2010/12/08 - 2010/12/08
231位(同エリア376件中)
本ナームさん
今日はシェムリアップから東に約80キロ(直線40キロ)のところにあるベンメリア遺跡の観光です。
ベンメリアは昨日観光したアンコール・ワットの建設される以前11世紀末~12世紀初めに建てられたヒンズー教の寺院です。
アニメ「天空の城ラピュタ」のモデルとなったとも言われているカンボジアのベンメリア遺跡。(タ・プロームがモデルだったと言う説もあり真偽の程は不明、どちらも日本人観光客を当て込んだ巧妙なデマの可能性が大です。)
熱帯樹に埋もれて眠る巨大遺跡ベンメリアは崩壊が激しく進んでいます。
密林が遺跡全体を覆っており、建造物のいたるところにガジュマルなど熱帯樹が繁茂し根の伸長で石材を持ち上げ樹木の倒れる時に建造物を同時に崩壊させてしまったのです。
往時の面影を想像するのは難しいですが、失われた古代の都市・街の雰囲気を感じさせます。
ここにいると何か言いようの無い不思議なパワーを感じさせる興味深い遺跡です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 1.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
2010年12月8日(水)午前6時58分
3日目、シェムリアップの朝、サワディー・アンコール・インのバルコニーからの景色です。
周囲には同じような新しいホテルが立ち並んでいます。
ここ最近になってシェムリアップでは観光客を当て込んだホテル建設ラッシュです。 -
午後7時09分
食堂のテーブルの下でワン公が気持ち良さそうに寝ています。
東南アジアの犬連中は昼間はだらしなく寝そべっている癖に夜になると俄然元気になります。
野犬などは特に夜は凶暴で大変危険(狂犬病に注意)なほどです。
このワン公も昨夜の夜遊びでさぞお疲れなんでしょう。 -
午後7時29分
宿の食堂で朝飯です。
ここは雰囲気は悪くないんですが蝿が煩いんです、潔癖症の日本人は嫌がりますがファラン連中は案外無頓着なんですね。
今日もフランスパン。美味しいです。 -
午前8時05分
今日もサワディー・アンコール・イン前から出発です。
距離が遠いのでミニバスかと思ったら何と今日もトゥクトゥク2台です。ガイドさんは昨日と代わってこの宿のスタッフです。
昨日遺跡ツアーで一緒だった男性は今朝早く宿を発って行かれました。 -
午前8時43分
トゥクトゥクは国道6号線の殺風景な田園地帯を東に突っ走ります。
昨日と同様轟音と風と振動で速く感じますが後ろから驀進してくる四輪車にどんどん追い越されていきます。
この時期朝方は肌寒く短パンとTシャツ姿で座席でガタガタ震えていました。 -
午前9時01分
国道6号線を左折したDamdekで小休止。
やませみ氏がトゥクトゥクが停まるなり「もうええわ!ここから帰りたいわ!」と泣き言を言い出しました。彼もTシャツと短パンだったので相当辛かった様です。まあそろそろ陽も高くなったし暖かくなるでしょうと皆で説得しときました。
ガイドさんによるとここから先は以前は未舗装でゴミゴミしてたそうですが、ここ数年で街も綺麗になり道路も整備されてきたそうです。 -
午前10時06分
入場券売り場で5ドル払って入場券をもらいました。
ここはまだ一部工事中でトイレや駐車場などが整備中です。
まだまだマイナーな遺跡ですが将来を見越して拡張中、ここにも中国人・韓国人団体観光客が大型バスで大挙して押し寄せてくるのは時間の問題でしょう。 -
午前10時08分
入場券売り場兼ゲートの横にあった学校、日本のライオンズ・クラブが資金寄贈した旨の表示がありました。
まだ10時なのに校門から出てくる子供がいますが・・ -
午前10時13分
ベンメリアの南側入口の環濠に架かる石橋、ナーガ(蛇神)がお出迎えしてくれます。
環濠の幅は45メートル、周囲4.5キロメートルと規模は小さいものの、アンコール・ワットと構造上の類似点が多いことから「東のアンコール」とも呼ばれているそうです。 -
午前10時14分
周囲には環濠が廻らされています -
午前10時18分
参道の途中でガイドさんが地面の上に絵を書いてベンメリアの伽藍配置を事前説明してくれます。
寺院の構成はアンコール・ワットとほぼ同じ三重の回廊と、中央祠堂から四方向に廊下がある構造ですが、アンコール・ワットのように中央部の第二〜第三回廊が段々と高くなっていく構造ではありません。 -
午前10時26分
アンコールワットほどではありませんが結構長い南参道です。
メインの参道はバライに近い東参道ですが東端はまだ密林に埋もれている様です。
ベンメリアとは「花束の池」という意味を持ちます。 -
午前10時27分
南側の参道の突き当たりは南門ですがここの円柱に支えられていた石畳の空中参道は完全に崩落しここから入ることは出来ません。
右(東側)に迂回して回廊に沿って進みます。 -
午前10時29分
南門の塔屋周辺の激しい崩壊振りに唖然とします。昨日のタ・プローム遺跡より激しい破壊が進んでいます。
この遺跡はアンコールワット建設以前よりスリヤバルマン2世を含む複数の王によって建設が続けられたといわれています。 -
午前10時30分
更に回廊の壁に沿って東に歩きます。
遺跡破壊の主はまたしてもこれ、ガジュマルの樹。
根っこが成長してジャッキの様に建造物の石材を持ち上げて崩落させるのです。 -
午前10時33分
もう少し東に歩くと最外周の回廊を乗り越えて寺院内部に入る階段が設置されています。
階段上から見ると東側の塔屋方向は回廊が完全に崩壊しています。 -
午前10時34分
寺院内部で真っ先に目に付いたのが南の経蔵です。東口からの参道を挟んで北の経蔵と対で建てられています。 -
午前10時34分
進行方向左には更に回廊状の建築物がありその東側側面にはヒンズーの神々のレリーフが所々に刻まれています。 -
午前10時35分
同じ位置から後方の最外周回廊を見ると、樹木の根が石材に潜り込み成長と共に押し上げて歪ませている様子が伺えます。 -
午前10時39分
寺院内部には見学用の歩道が設けられており正面(北)に進みます。
内部の回廊はまだ一部原型を留めているようです。 -
午前10時43分
第二回廊の内部です。観光用の木道があるので安心です。数年前までは見学者は瓦礫をよじ登ったり、ここまでの交通アクセスも劣悪でかなり苦労したようです。
この遺跡は1990年に発見されましたが、その後の内戦でポルポト派による地雷敷設のため長く非公開でした。(アニメ映画公開が1986年ですから、ラピュタのモデル説は完璧な意図的宣伝デマです。)
2001年ごろからからは地雷撤去も進み外国人にも公開され始めたそうです。 -
午前10時44分
左が第二回廊で中央が崩壊した最内周の第三回廊だと思われます。
ベンメリアは東西を基軸とした左右対称でなく、アンコール・ワットのような四角い回廊が内部に2周分にあるのとも異なるので判別し難いのです。
ベンメリアの伽藍配置
http://angkor.yan-tian.net/02/suburbs.html
回廊構造を頭に入れておかないとガイドが居ないと迷子になります。 -
午前10時45分
最内周の第三回廊内側です。中央祠堂はまだ姿が見えません。 -
午前10時45分
これは回廊や廊下の一部ではない独立した建物のようですが・・・至る所崩落してるので判然としません。 -
午前10時46分
目線を西に向けると何やら瓦礫の山が・・・期待してた中央祠堂はどうやら全く原型を留めてはいないようです。 -
午前10時48分
ガイドさんが足元に転がっていたレリーフのある石材を指し示してヒンズー教の宇宙の始まりの概念を説明してくれました。
「ヴィシュヌ神が、大海の底にある不老不死の薬「アムリタ(甘露)」を得る為に神々と阿修羅達に命じて、須弥山を軸として、ナーガ(蛇神)を綱として大海を攪拌すると、1000年の歳月を経て大海は乳海に変わり月や太陽が生まれ、最後に「アムリタ」が生じた。」という一場面が彫られているらしいです。 -
午前10時52分
この完全に崩壊した石材の山が中央祠堂の跡です。
柵も何も無いのでここから自己責任で頂点まで登ることが出来ますが、私は生憎サンダルと短パンだったので諦めました。中国人の観光客グループは何人か登ってたようです。
登りたい人は運動靴と長ズボンは最低限必要です。ここもその内怪我人が出たりして登頂禁止になるでしょう。
ここは原則自己責任でどこでも入って行けます。日本では到底考えられません。除去し残した残留地雷が無いとも限りませんし・・・ -
午前10時53分
瓦礫の中でガイドさんが示しているのは踊るアプサラ(天女)の像の下半分です。
上半分は将来見つかるのでしょうか。 -
午前10時54分
木道は第三回廊の内側に沿って設けられています。
(左が中央祠堂跡) -
午前10時54分
北西角、ここにもガジュマルの奴が蔓延っています。 -
午前10時55分
木道で中央祠堂の周りを観察できます。(行き止まりで一周は出来ません) -
午前10時56分
周囲を回ってみると辛うじて中央祠堂の構築物の一部らしいものが見える部分がありました。
アンコール遺跡と同じく須弥山を模した見事な中央祠堂だったろうだけに残念なことです。 -
午前10時57分
中央祠堂の西前から見た回廊南西側です。正面の第三回廊が崩れているのは、遺跡に喰い込んだガジュマルの樹を切り倒した所、逆に遺跡の倒壊を速めてしまったそうです。
遺跡を守る為にも不用意に樹を伐採出来ず厄介なことです。 -
10時57分
南西角から見た中央祠堂跡。やっぱり登ってみたかったな・・・諦めの悪いことで。 -
午前10時58分
第三回廊上からみた第二回廊(左)との中間部分、ここは石材もそれほど散乱してないので観光客の歩く姿も見えました。 -
午前10時59分
木道上から第二回廊の入り口が見えていました。 -
午前11時00分
木道の最南端の行き止まり付近です。木道から東側に見える回廊状の建物、これは第一〜三回廊とは別個の物で南門からの参道を挟んで東西にほぼ対称に建てられています。(左が第二回廊) -
午前11時00分
遥か先に最初に歩いてきた南参道が塔門の向こうに見えています。
塔門の前から続く空中参道は門の内部もこの通りの崩落ぶりです。 -
午前11時03分
第二回廊の南塔門上の木道終端の休憩場所で暫し休憩です。じっと座っていると聞こえるのは風に樹々の揺れる音と鳥の声程度でとっても静かです。
木道休憩場所の手摺をナーガ(蛇神)の化身ならぬ小さくて可愛い蜥蜴がチョロチョロ歩いてました。 -
午前11時04分
南参道の西側にも回廊状の建物があり庇の一部にヒンズーの神々の神話のレリーフが刻まれています。 -
午前11時08分
もと来た木道を引き返し北側の回廊上です。(写真左上が中央祠堂跡) -
午前11時10分
同じ位置から第三回廊の内部が覗けます。回廊の窓から差し込む光が床面に見えています。この回廊の屋根の上を忍者のように歩く人もいます。 -
午前11時10分
これも同じ位置から東側の回廊方向、乳海攪拌のレリーフ石があった付近です。 -
午前11時11分
少し北に移動して第二回廊上です。先程内部を覗いた第三回廊の壁面と屋根が見えています。 -
午前10時13分
第二回廊に階段で下りていよいよ回廊の中に入っていきます。 -
午前10時15分
回廊の中は南側の壁の小窓から陽光が差し込むので真っ暗ではありません。
ここは会議室に使われていたと説明を受けましたが・・・ちょっとそれには狭いと思いますが。 -
午前10時17分
第二回廊の東端出口から外に出ます。ここの塔屋は崩れていました。
回廊から出るのに一旦瓦礫の山をよじ登って再び下りなければなりませんでした。
この遺跡見学は運動靴で来たほうが賢明です。 -
午前11時18分
第二回廊の縁石の部分を歩いて更に東口から伸びる脇参道に沿って東に向かいます。
縁石には樹木の細い根が縦横に張っていますが強烈に硬くて蹴飛ばした程度ではビクともしません。 -
午前11時18分
東口から伸びてきている脇参道壁面(東口から三本の参道が中央に向けて延びています)です。この先に北の経蔵に通じる廊下が見えています。 -
午前11時19分
北の経蔵です。参道と繋がっている廊下は円柱で石板が支えられた空中廊下です。 -
午前11時20分
経蔵の前に壊れた石棺が野晒しにされていました。盗掘者によって運び出され副葬物を奪われてここに放置されたそうですが、なぜこの寺院に棺があったのか、いったい誰の棺なのか、もともと何処に安置されてたのか知りたいものです。 -
午前11時24分
北の経蔵の西側です。東西の参道を挟んで南の経蔵と対になっています。 -
午前11時25分
北側最外周の第一回廊の東端の塔屋です。(回廊外側より撮影) -
午前11時30分
ここが本来の正門、東の塔屋跡です。円柱で支えられた空中参道がまだ一部残っています。 -
午前11時32分
東正門前のナーガ(蛇神)の石像は破損も無く見事です。 -
午前11時35分
南東角の塔屋です。デバター(女神)のレリーフが綺麗に残っています。 -
午前11時41分
南の塔門前参道に戻ってきました。
崩れた石畳の上に登ってみました。
まだ一部ですが円柱が倒れずに残ってる部分もあります。 -
午前11時47分
ベンメリアは半日観光なのでこれでおしまい。個人的には昨日のアンコール遺跡群観光よりは面白かったです。
超鈍感な私が、ここはパワースポットだと感じたくらいですから、敏感な人なら何か得るものがあるかもしれません。
他のメンバーは私より更に鈍感なので何も感じなかった様です。
ここはまた来てみたいですね、今度はガイド無しでゆっくり遺跡の中を彷徨ってみたいものです。 -
午前11時59分
例によって昼飯は遺跡の近くの現地旅行会社提携のぼったくりレストランに連れていかれます。(前にも書きましたがこれは当初からパンフに書かれているので文句は言えません。) -
午後12時28分
ここも申し合わせたように5〜6ドルのメニュー。カレーを頼みましたが、そこそこ美味しかったので良しとしましょう。
昨日みたいに不味くて高いと怒り心頭です。
他のツアーらしいシンガポール人(?)の2人連れはパン持参で飲物だけ注文してました。旅慣れてますね。 -
午後2時31分
帰りも2時間近くかけてシェムリアップに戻って来ました。
もう市内だというのに牛が道路をノソノソ渡っていました。 -
午後4時24分
宿でシャワーを浴びてから再び街中に出て来ました、ここはオールド・マーケット。
シェムリアップ川沿いにある市場です。 -
午後4時30分
オールド・マーケット内の果物屋。 -
午後4時40分
ここは衣類・雑貨や土産物屋、貴金属店も並んでいます。 -
午後5時18分
昨日のアンコール遺跡では雲が邪魔して見えなかったけど、シェムリアップの街中で見る日没は見えました。
(オールドマーケット横の通) -
午後6時18分
バー街にあるワールド・ラウンジ・レストランでは生ジョッキが一杯50セント!カクテルも1ドルなので吸い込まれてしまいました。
ここらは通称バー・ストリートと呼ばれる一角です、続々と洒落たレストランやカフェ&バー、ショップなどがオープンしており、まるでバンコクのカオサン通りの雰囲気です。 -
午後6時39分
昨日は行くのが遅すぎて閉まっていたシヴォタ通の中華料理店「木房子餐庁」に入りました。
マーボー豆腐他もそこそこ美味しいです。
「特に!」でなくても「そこそこ」でいいのです。 -
午後8時01分
今夜がカンボジア・シェムリアップ最後の夜です。明日の夜は再びバンコク・カオサンに戻ります。 -
午後8時07分
街角のパン屋さん。カンボジアのパンはフランス風で美味しいのでしょう、やませみ夫婦が買っていました。 -
午後8時14分
街をブラブラ歩いていたら突然何かが飛んできてやませみ氏のTシャツに留まりました。
よく見るとでっかいタガメです、きっと食用にされるのを必死で逃げてきたのでしょう。
やがてタガメは近くの水溜りに飛び込んで行きました。
無事に自然に帰ることが出来たのでしょうか・・・
姿形は可愛くないけど憐れを感じさせました。 -
午後8時48分
裏通りにあるナイト・マーケット、入口のゲート脇には対人地雷で手足を失った人たちが楽器を奏でて募金・カンパを募っていました。
明日は再びタイ・カオサンに戻ります。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 一歩人さん 2011/01/31 07:38:32
- 崩壊現場ですね
- 本ナームさんへ
観光旅行のつもりで立ち寄りましたが、
報道的でショックでした。
ニュースでは聞いていましたが、ここまでとは。
太古の昔を想像するととても素敵だったのでしょうね。
浄土真宗の一歩人でした。
ありがとうございました。
失礼しま〜す。
- 本ナームさん からの返信 2011/02/03 11:38:40
- RE: 崩壊現場ですね
- ようこそ、一歩人様
たしかに凄まじい崩落ぶりです、特に須弥山を模したはずの中央祠堂がほぼ完全に崩れ去っていたのには落胆しました。
しかしそれでも熱帯樹に覆われて静かに眠る巨大遺跡は昼間も暗く重厚で厳粛な雰囲気があります。
私的にはアンコールワット周辺遺跡群よりも強烈な印象を受けました。
まだまだ訪問観光客も少なく静かな遺跡です。
時間があれば遺跡内を単独探検してみるのも面白いでしょう。
(残留地雷にご注意!)
開発が進んでいるので遠からずここにも団体観光バスが押し寄せてくるでしょうから、もし観光される場合はお早めに・・・
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