2011/01/14 - 2011/01/14
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ka-keikoさん
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徳島県の眉山(277m)へ。
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道路から眉山を見て---山頂の中継アンテナ、パゴダ塔が見える(9時45分)。
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天神社駐車場横の階段から登った---今日の登山口はこの階段(9時58分)。
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ずっと階段が続くと思ったが---。
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ロープウェイを使わないと こういう山道を登る事になる。
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100mの標識(10時12分)。
ここまで100mという事---この後、約500m歩くという事である。 -
幅広い山道なので迷う事はない---。
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400mの標識(10時25分)。
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「猿田彦神」---邪霊を防ぐ神,導きの神,道の神とされた猿田彦神らしい 。
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600mの標識(10時34分)。
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剣山神社(10時37分)。
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中継アンテナ。
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明治天皇聖徳景仰碑
「 四方の海
みなはらからと
思ふ世に
なとなみ風の
立ちさわく
らむ 」 -
パゴダ塔。
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モラエス館(10時42分)
アズレージョが綺麗。 -
館内をボランティアの方が案内してくれた。
1854年---リスボンで出生
1891年---マカオ港務局副司令
1893年---海軍中佐に任官
1899年---神戸で初代領事
1900年---おヨネと結婚(おヨネ25歳)
1912年---おヨネ死亡(おヨネ38歳)
1913年---徳島移住を決意。総領事辞任。
来徳し伊賀町では「コハル」がお世話をした。
1914年---コハル第一子誕生したが死亡す。
1916年---コハル死亡(23歳)
1918年---二度目の子 死亡
1929年---伊賀町でモラエス死亡 -
モラエスさんは こんな人だった。
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モラエスさんが愛した「おヨネさん」---美人である。
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モラエスさんの著書、「徳島の盆踊」。
右隣は「日本通信」---写真はモラエスさん。
モラエスさんはポルトガル語で日本を紹介してくれていた。 -
モラエスさんの著書、「日本夜話」。
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同じく著書、「日本精神」---絵はモラエスさんが描いたもの。
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同じく著書の「極東遊記」と「おそろし」。
絵はモラエスさんが描いたもの。 -
ポルトガルのレイリアと姉妹都市との事。
左端の雄鶏はポルトガルでよく見た雄鶏である。
雄鶏の伝説は---
何もしていない人が罪人にされてしまった。
その人は無実を証明する事ができなかったが
「その料理された雄鶏が鳴いたら私は無実だ」と言った。
人々はそんな事はありえないと笑ったが その雄鶏が鳴き叫んだので その罪人は無実となり釈放された---というお話。
「レイリア市は徳島市でその生涯を終えたポルトガル出身作家
ウエンセスラオ・デ・モラエス氏の縁故都市である」
「首都リスボン市の北部約150Kmの位置にある」と書かれていた。 -
お金になったモラエスさん。
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モラエスさんがポルトガルのリスボンに出した絵葉書---徳島の阿波踊りの絵葉書---当時の阿波踊り風景が良く分かる。
シベリア経由で届けられていた事が
ハガキ中央上部で分かる。 -
モラエスさんの居間を再現した部屋もある。
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パゴダ塔。
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眉山からの眺め。眼下に城山(61.7m)を見て。
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城山の左方面に市立体育館---ここに車を止めた。
夕方まで置いても310円なので助かった。
少し登山口まで距離があるが---。 -
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眉山からの眺め。
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天神社。
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天神社。
眉山山麓周辺には お寺がいっぱいあった。 -
歩道橋から市立体育館(左側)と 城跡のある城山(61.7m)を見て。
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「竜王さんのクス」
城山で最大のクスノキの古木で樹齢推定600年くらい。
昭和9年(1934年)の室戸台風で倒れた。 -
「8620形式蒸気機関車」
大正12年から親しまれたが昭和44年7月徳島ー小松島間の運行を
最後に鉄道からその姿を消した。 -
東二の丸跡、向こうに天守跡。
東二の丸には三層の天守が設けられていた。
一般的に天守は城郭の最上部に建てられたが
徳島城では本丸から一段下がった同地に置かれていた。 -
城山の石垣。
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城山頂上。
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城山頂上。
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城山頂上から眉山を見て。
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城山頂上は広い。
本丸があったところ。
この後、城山の一角にある庭園へ。 -
旧徳島城表御殿庭園(通称 千秋閣庭園)
この庭園は もと阿波、淡路両国を領有した蜂須賀公の居間や表書院の
庭先に当たったもので 枯山水庭と築山泉水庭の二庭からなる。 -
千秋閣庭園
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千秋閣庭園
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千秋閣庭園
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「蜂須賀家政公銅像」
戦前は野太刀と長槍を持った甲冑姿の蜂須賀小六正勝公(家祖)の
銅像が立っていたが、戦時中に供出されてしまった。
それが昭和40年に裃姿の家政公の銅像に生まれ変わった。 -
銅像の周りにネコが多かった。
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銅像周りで---パチリ。
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モラエスの住居跡(伊賀町)。
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