2010/12/31 - 2011/01/01
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しんちゃんさん
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栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢にある「安住(やすずみ)神社」に重さ500Kgの大鏡餅が飾られたので見学に行きました。30年続く行事だそうです。3段重ねの高さは90Cm。一番上は“みかん”では小さすぎるため、大きな鹿児島産の「晩白柚(ばんぺいゆ)」を飾ります。それでも小さく見えます。神社の東側には「浄蓮寺(じょうれんじ)」というお寺があります。小道を隔てて神社とお寺です。明治時代の神仏分離(しんぶつぶんり)で安住神社と分かれたのかと思い、住職に尋ねると「そんな事はありません、昔から別々です」との返答でした。ついでにお寺も見学です。高さ195Cm、安永2年(1773)建立、作者戸室将監・伊兵衛、「地蔵菩薩半迦座像」延命地蔵があります。女人念仏講中39名等の名前が明記されています。入り口に目立つ銅像です。説明版からは大阪の豪商が入牢され無念の死を悼み寺に墓碑がある様ですが、探しても見つかりませんでした。
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 自家用車
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田はたの中に赤い鳥居と杜が見えます。
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大きな鳥居は数々あれど、「赤い鳥居」は栃木県一らしい…
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31日訪問しました。お正月参拝の準備中でした。
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残念、大切な鏡餅はビニールシートで覆われていました。元旦にまた来るしかない!
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元旦に再び訪問。渋滞の道路
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お寺にしては珍しい「イルミネーション」もあります。
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本殿と鏡餅にお祈りするため並んだ方々
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「夫婦円満」野仏もありました。
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神楽殿
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神楽殿の彫刻
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境内にはおみくじ売店があっちこっちにあります。
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絵馬
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巨大絵馬
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白い狛犬も人気者(犬)でした。「触ってもいいですか?」子供も大人も触りたいようでした。
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「鏑矢」2000円「金鏑矢」3000円「御神矢」1000円
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的屋(てきや)さんも結構ありました。
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南側の正式入り口です。
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神門、左右に黄金の狛犬がいます。
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「黄金の狛犬」説明版からです。
【御神門と狛犬の建立について
平成二年 安住神社鎮座壱千百年を迎え、さらに大掌祭の奉祝を機に、これを記念して将来当社神道に慶すべく氏子・崇拝者の阿久津恵一氏が神門並びにブロンズ金箔狛犬一対を寄進されました。寔に奇特の至りで、その功績を顕彰し、深く感謝申し上げます。この狛犬は、長崎平和祈念像始め、多くの名作を彫愬され、日本芸術界の重鎮として、多大の功績を残し、昭和六十二年、百四歳の天寿を全うされました北村西望先生の作であります。先生は文化勲受章・日本芸術院会員となられた斯界の巨匠であります。この黄金の狛犬が社頭を守護し、祭祀の振興と、氏子・崇拝者の皆様が西望翁の如く上寿されることを祈り、さらに開運・家内安全・交通安全・商売繁盛・合格・安産の御神徳が普洽されんことを祈願申し上げる次第であります。平成二年十一月二十二日】 -
「生子神社」
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安産子育ての守護神を祀っています。
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小さな仏像がありました。
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可愛いおみくじです。
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おみくじ、お守り、御札売店
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売店
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売店の巫女さん
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旧売店、現役です。
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臨時売店
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重量500Kgの鏡餅(HP/新聞/テレビ発表)、30年前は3俵(180Kg)から始まったそうです。現在は8俵(480kg)だそうです。(下の受け台が20Kgかも)
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このお餅は「無病息災餅」として、2月の節分に撒かれるようです。車の渋滞は無いし、駐車料金無料です。また行こうかな?
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参拝に並ぶ方々
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あま酒は無料です。二杯いただきました。
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参拝者
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次から次への参拝者
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絵馬にお願いを書く参拝者
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「ほぅ〜!頑張れ!」名前は内緒にしました。
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天満宮
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手水にもお賽銭箱は中々無いぞ!
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手水を飲む参拝者
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31日は東側の「浄蓮寺」を見学しました。
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明治時代の「神仏分離」にて安住神社から分かれたと思い、掃除中の住職に尋ねると「そんな事はありません、昔から別々です」との返答でした。となりなのに、そんなお寺もあるのですね。
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高根沢町指定文化財説明版
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「地蔵菩薩半迦座像」延命地蔵
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【銅造 地蔵菩薩半迦座像
像高は195Cm、右手に錫杖、左手に宝珠をもち、座った左足を反花(そりはな)に懸けた力強い容姿で、手馴れた見事な鋳造とされる。像の背面には、造立した上高根沢村の願主藤兵衛と妻幾代、宿・向戸・塚原の女人念仏講中39名、世話人三郎衛門、権平、半四郎らの名が陰刻されている。作者の戸室将監は宇都宮藩の御用鋳造師である。地蔵は、苦しみさまよう衆生を救済するとされ、近世以降、民間信仰と結びついて様々な地蔵がつくられた。この像は、錫杖、宝杖をもつ僧侶の姿で表現されており、様々な地蔵の中では最も一般的なもので、特に延命地蔵と呼ばれる。】 -
背中
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説明版からです。【聖観世音菩薩と恵観堂の建立について
平成十年、浄蓮寺草創五四七に當り、檀徒世話人阿久津恵一氏が積徳の志を以って、聖観世音菩薩並びに恵観堂を寄進されました。寔に奇特の至りで、その功績を顕著し、深く感謝申し上げます。この聖観世音菩薩は、長崎平和祈念像始め、多くの名作を彫愬され、日本芸術界の重鎮として、多大の功績を残し、昭和六十二年、百四歳の天寿を全うされました北村西望先生の作であります。先生は文化勲受章・日本芸術院会員となられた斯界の巨匠であります。この聖観世音菩薩が寺門の興隆と地域大衆の発展並びに護持に寄与し、檀信徒崇拝者の皆々様が西望翁の如く上寿されることを祈念し、更に家内安全・交通安全・商売繁盛・開運・学業等の諸祈願が成就されんことを、お祈り申し上げる次第であります。平成十年四月二日 浄蓮寺第三十二世 住職中僧正 片野眞雄 悦堂佐瀬幸俊謹書】 -
「恵観堂」扁額
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説明版からです。【いとひば(糸檜葉)根回り約3.8m樹齢推定300年とされる。太い垂直の基幹から蜜に伸びた枝張りが円錐状の樹形をつくる。浄蓮寺は嘉永5年(1852)に全焼したとされるが、それ以前の植栽の風をとどめる古木である。イトヒバは、中国原産のコノテガシワの変種でネズコ属の常緑小高木。庭園樹木として寺院や廟になどに植えられる。】
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本堂
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しだれ桜も大きくどんな花が咲くのでしょうか?
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浄蓮寺は梵鐘が無く寺田家(培氏)からの寄進により、建立となったそうですが。寺田家とは…謎でしょう!
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高根沢観光協会HPからです。「寺田治兵衛は昭和60年から数えて約150余年前の天保年間の人であります。上高浄蓮寺の前に徳川の一ツ橋家の陣屋がありました。(現在でも中宿と呼んでいます)この陣屋にこの治兵衛が送られてきて投獄されたのでした。この理由については判然としたことは判っておりませんが、当時禁制であった密貿易の罪であったと伝えられています。又一方八坂神社創建について罪のあるともいわれております。当時姓を寺田と名乗る程の大阪の豪商であったので、あれこれ八方に手を尽くして保釈を願ったのでした。当然当地の名主をはじめ諸役人にも働きかけたのでした。
当時罪の償いは物質か金銭でしたから、大阪の寺田家では当村2人の代表に金品を頼み保釈を願い出たのでした。ところがこの願いは途中で消えてしまって一向に保釈の気配すらなく、ついに獄死してしまったのでした。この時が天保7年8月23日で年齢55歳でした。」 -
寺田治兵衛のお墓を探しに行きましたが見つかりませんでした。
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これかな?
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お墓内を2・3周しましたが寺田性の石碑は見つかりませんでした。アバウトな性格なので見逃しているのでしょう。後日探索にまた行きましょう。
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徳川の一ツ橋家の陣屋跡を探しに行きましたが現在はその跡形もありません。地元の方に尋ねましたら「陣屋跡は昔は小学校があり、その後は民家が建ち、その民家も10年前から廃屋となっている」との事でした。民家と門を探して見付けました。ありました、うっそうと繁った杜の中に門柱と民家跡。外部から分かりません。心霊写真の様に映ってしまいましたが心霊写真ではありません。
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徳川の一ツ橋家の陣屋跡に建てられた民家は廃屋でした。近くには刑場もあったそうです。寺田治兵衛さんとはいかなる人物か調べると面白いでしょうね。ひょんな500Kgの鏡餅見学からの脱線でした。
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