2010/12/04 - 2010/12/04
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kawabekentarouさん
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12月4日
グッドモーニング!!絶好調!!さすがホテルのベット、気持ちよかったです!!寝すぎて10時に起床、早速モーニングプールに入りました。屋上から見るパナマの景色は以外にも綺麗で、夜の怖さが全くありませんでした。朝食を食べてだらだらインターネットをして再びシャワーを浴びてたから今日の作戦を練りました。チェックアウトは2時だからまだ時間がある、あまり行ってはいけないと言われる旧市街地を散策してみよう!!昨日の夜怖かった道も昼間は大勢の人で活気にあふれていて、露店がすさまじく並んでいました。アジア人が全くいません。日本人なんて俺一人でしょうか?とにかく「オラ、チーノ」と言われます。でも、チーノと言われるのは嫌いなのでひたすら「ソイ ハポネス(私は日本人)」と連呼しました。警察はめっちゃ優しかったです、治安が悪いのか至る所に警察がいます、しかも拳銃を所有。今日覚えた「ドンデ エスタ〜〜(〜はどこですか?)?」を使いまくったら、ジェスチャーと簡単な英語で一生懸命道を教えてくれました♪ハッピー♪今日も何故かアンラッキーです。道を歩いていたら急に頭に何かが突っ込んできて、石を投げられたのかと思いました。そしたら鳩でした。。。鳩が俺の後頭部に直撃、周りの人は大爆笑!!俺はあるいみ天才なのか??たくさんの人をかき分けてどうにか旧市街地にたどり着きました。一歩間違えればマジでスラム街でした笑カテドラルやパナマ運河博物館、国立劇場、サンホセ教会に行きました。旧市街地からパナマ湾を通して見える新市街地は全く別物で高層ビルが立ち並んでいました。そこでちょうど学生たと仲良くなり、一緒に写真をとったりしました。最高の日差しを浴びながらまたもコーラを飲みながらパナマ湾をしばらく眺めていました。セントラル通りでは地元の人だけでなく、多分エンぺラ族と思われる先住民などもたくさん見られました。彼女らの服は派手ですが、足を見てみると、靴下でなく、ビーズでできたアクセサリーを足全体につけていました。器用だな〜〜。帰りに屋台にチャレンジしました。豚の串焼きでしょうか?マジ旨かったんですが、半分生のような、、、、、、、。OPP(おなかピーピー)の健太郎さん、案の定お腹をくだし、トイレで大格闘しました。。。。。ホテルに戻りもう一度シャワーを浴びチェックアウトしました。日射病にかかったのか、頭がめっちゃ痛いです。。。今はホテルのレストランでこの日記をかいています。これからどうしよう、今日の夜の深夜バスで16時間かけてコスタリカのサンホセに行こうかな〜〜。16時間、、、、。きついけど、国際バスはそれしかない、よし、後でターミナルへ行くか!!市バスは乗れたもんじゃありません、あんなギュウギュウノ中にバックパックなんて、、、。楽してタクシーで行こうっと!!それにしても頭がマジで痛い。。。カナダでひろみさんにもらった強力な薬を飲むか!!薬を飲んだら自然と頭痛が直ってきたぞ!!ひろみさん、ありがとう!!よ〜し、コーラタイムだ!!今日もやはりコーラを飲んじゃいました。気分が良くなったので、タクシーを捕まえて国際バスターミナルへ行きました!!まずはコスタリカ行のチケットを買うためにTICA バスのブースを探し、なんとか11pmのチケットをゲット。出発まで5時間もある〜〜〜、でも、このターミナルはいろんな複合施設になっていて24時間オープンの場所もあり、気持ちよく過ごすことができました。隣に座ってた黒人がいて動揺したので話しかけたら、パナマでカードとキャッシュを盗まれたらしい。シティーに行けばなんとなると言っていたので、旅行者として困った時はお互い様、タクシー代をあげました。俺も今迄の旅行で本当にいろいろお世話になっているしな〜、できるときにしないとね♪夜ごはんは食べたのだが、バス16時間乗らないといけないので、マックに次の日のご飯を買いに行きました。値段は日本と変わらないんだけど、行く国によってはその国にしかないメニューがある!それが俺の旅行の一つの楽しみにもなっている。パナマにもありました、ベジタリアンに近いバーガーでバジルが入っていてなかなか旨かったです。でも俺の中のベスト1はロスで食べたマッシュルームが入ったやつ!!インドのマハラジャバーがもおいしかったけどね♪今日はとりあえずここまで、バスに乗ってからの出来事は明日の日記に書きます。グッドナイト!!
出費
朝食$2 コーラ*2 $2 コーヒー*2 $2.5 帽子$3 サングラス$2 ディナー$5 タクシー$5 ドリンク$2 バス(パナマ〜コスタリカ)$40 その他$5
カスコ・ビエホ (Casco Viejo)
旧市街の一角にある歴史保存地区。独立広場前のカテドラル(大聖堂)、展示室を併設しているパナマ市庁舎、黄金祭壇で有名なサン・ホセ教会など、スペイン植民地時代の建物や遺構などの見所が集中しており、地区全体が世界文化遺産に登録されている。現在、地区内全域で建物の改修工事が行われているので散策には注意が必要。教会は防犯のため平日の午前中、週末のミサの時間帯のみ開放している場合が多いの注意すること。また礼拝施設なので服装や言動には気をつけること。
フランス広場
カスコ・ビエホの一番東側(海側)にある広場。フランス大使館が正面にある。広場自体は2層構造になっている。上層階は開放テラスとしてモラなどパナマの民芸品を販売する露店が多数出ている。下層階はパナマ運河の歴史はフランス人技師レセップスの発案から始まったのでそのことを顕彰した一枚ものの記念碑が壁一面に本のようにして展示している。広場は高台となっており、運河の入り口付近や海の向こうに浮かぶ新市街の近代的なビル群を見ることができる。但し、潮位の差が大きいのか、干潮時にはあたり一面岩だらけになってしまい、あまりきれいではない。できれば満ち潮の時を狙って訪れたほうがよい。
パナマ運河博物館 (Museo del Canal Interoceanico de Panamá)
独立広場横にある、パナマ運河関連の文物を集めた博物館。パナマ運河建設当時から現在までの運河に関する資料や文物が展示されている。興味深い内容ではあるが、(当然のことながら)ミラフローレス閘門のビジターセンター内にある博物館と内容が重複する部分も多い。また、説明文もスペイン語のみであるので、スペイン語ができる人以外は展示内容についてより深い内容を理解することは難しい。ちなみに、有料で英・仏語のオーディオガイドの貸し出しも行われている。
パナマ・ビエホ (Panamá Viejo)
16世紀はじめ(1519年)にスペイン人が生活・南米等への遠征拠点として築いた太平洋岸で最も古い都市。1671年にイギリス人のヘンリー・モーガン率いる海賊たちに火襲されて壊滅した。現在のカスコ・ビエホに都市機能が移転するまで南米からの黄金交易の拠点として栄えた。現在、国によって約57エーカー(28ヘクタール)が遺跡地区(公園)として保存されており、1995年に設立されたパナマ・ビエホ財団によって発掘調査・修復作業などが続けられている。また2003年にはユネスコの世界文化遺産として登録された。基本的に遺跡内は無料で見学できるが、大聖堂(カテドラル Catedral)の鐘楼は有料である(ビジターセンター(博物館)入場料と合わせて$6.00)。なお、大聖堂前には土産店がある。ちなみにタクシーでパナマ・ビエホへ、と告げると大聖堂前に着くので、500mほど手前の博物館を見る場合は「パナマ・ビエホビジターセンター (Centro de Visitantes de Panamá Viejo)」と伝えるように。
経済 アメリカ合衆国の通貨米ドルにすべてを依拠し、自国の通貨主権を放棄している。中央銀行(パナマ国立銀行)は存在するが、紙幣発行権を持たない。バルボアという通貨があるが、バルボア紙幣は存在しない。流通している紙幣は米ドル紙幣のみである。それは常に1バルボア=1米ドル固定であり通貨が米ドルと等価であるからである。硬貨はパナマ独自のものが発行されているが、米国セント硬貨も等価で併用されている。そのため、コスタリカと共に中米で最も経済的に進んだ国であり、伝統的に金融業が経済の中心である。他のラテンアメリカ諸国に比べて安定していたこともラテンアメリカの金融センターとして発達した理由の一つである。第三次産業の従事者が全体の7割にものぼる。他にはバナナとエビの輸出がある。国土の大半が山脈であることから平地農業が廃れてきている。熱帯性気候であり、年間降水量が2,000mm以上と非常に多いため、エネルギーの半分近くを水力発電で賄っている。パナマ船籍の外国商船からの収入も多い(便宜置籍船)。
鉱業
パナマの鉱業は小規模ではあるが、金と塩については経済的に採算が取れている。2003年時点の金の採掘量は1.6トン、塩は2.3万トンである。金はダリエンの砂金が著名であるが、ベタキジャやベラグアスの鉱山開発も進んでいる。塩は岩塩ではなく、塩田を利用したものである。サンタマリア川とチコ川に挟まれた都市アグアドゥルセに大規模な塩田が立地する。このほか、アスベスト、銀、鉄、銅、マンガンの埋蔵が確認されている。
国民
ヨーロッパ人とインディオ(インディヘナ)との混血であるメスティーソが60%、アフリカ系パナマ人が14%、ヨーロッパ系パナマ人が10%、先住民(アジア系モンゴロイド)が10%、その他が1%である。パナマにはインカ文明、アステカ文明、マヤ文明のような高度に発達した先コロンブス期の文明は存在しなかったが、それでもインディオが国民の内約10%を占めるのはメキシコの国民に占めるインディオ比と同水準であり、ラテンアメリカ域内では先住民系の人口の占める比率が大きい国となっている。黒人(アフリカ系パナマ人)は植民地時代にアフリカからパナマに連行された人々の子孫であるアフロ・コロニアルと、19世紀から20世紀にかけてジャマイカ、トリニダード、マルティニーク、グアドループなどから鉄道や運河の建設のために移住した人々の子孫であるアフロ・アンティーリャスに分けて統計されている。白人(ヨーロッパ系パナマ人)は植民地時代に移住したスペイン人の子孫の他、19世紀に鉄道や運河の建設、監督のためにイタリア人、イギリス人、アメリカ合衆国人などが移民した。パナマの人口の10%を占めるインディオ(インディヘナ)にはクナ人、ネーベ人、エンベラー人、ブグレー人、オウナン人、テリベ人、ブリブリ人、ボゴタ人などの諸集団が存在し、1953年にクナ・ヤラー自治区が、1983年にエンベラー・オウナン自治区、1996年にマドゥンガンディ自治区、1997年にノーベ・ブグレー自治区が創設された。その他にマイノリティとしてユダヤ人、中国人(華僑)、インド人(印僑)、トルコ人などが挙げられる。
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