2010/11/15 - 2010/11/15
51位(同エリア266件中)
福の海さん
東北理光さんの会社周辺には福州第一の観光地・鼓山や私がお勧めする馬尾(写真は羅星塔)などがあり、見所いっぱいです。
お水がとてもきれいなこのエリア、そこに工場創立。インクの製造と関係があるような気がします。
RICOH 東北理光(福州)印刷設備有限公司
1 道順、展示場見学
2 工場見学と日本式食堂
3 近隣の馬尾散策 ← この旅行記
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 高速・路線バス ヒッチハイク バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
工場訪問後、車で送ってもらったのは
羅星公園 -
とてもきれいな公園
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よく整備されています。
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線路がありますが現在運行しているのでしょうか。
街中を1両編成の車両が走っていれば、とてもすてきな観光地になるはずです。 -
馬尾は中国造船発祥の地
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古代より
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優秀な人材を輩出した由緒ある教育の街でもあります。
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船に乗って世界へ!
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羅星塔
福州市の東南21キロ、馬尾港の羅星山にある。磨心塔ともいう。
宋代に柳七娘という女性が建立したと伝えられている。七娘は嶺南の出身、美貌で知られていた。宋氏に嫁いだが、村の有力者・里豪は七娘を奪おうとして夫に無実の罪を着せビン南に流し死に至らしめた。
七娘はこれに抗し、資財をなげうってビン南に塔をつくり夫の冥福を祈ったという。
明代に倒壊したが、有志により再建。八角7層・高さ31.5メートルの石塔で、港内にある羅星山にそびえる。
参照 Chinahotel.com.cn -
馬尾市内の案内図
領事館や監獄、造船所の位置がよくわかります。 -
先に見えるビン江で
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1884年8月23日
馬江沖の海戦 勃発 -
清仏戦争は1884(明治17)年〜1885(明治18)年の間、ベトナム(越南)領有を意図するフランスと、ベトナムでの宗主権を主張する清国との間で行なわれた戦争のことです。
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清・ベトナム国境付近のバクレでの両軍衝突にフランスが武力介入。
ベトナム沖から北上したフランス艦隊は、まず台湾を陥落させ、ついで対岸の福州へと攻撃の矛先をむけました。 -
迎えうったのは、当時馬尾港に停泊していた清朝の南洋艦隊。
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だが、近代的な装備を ほこるフランス軍の前には手も足も出ず、南洋艦隊はたちまち全滅してしまった。
これが、清仏戦争で最大の激戦となった馬江沖の海戦と呼ばれる戦いです。 -
馬江沖の勝利によって勢いに乗ったフランス軍はその後、沿岸に上陸、さらに北上しようとしたが、 やがて反撃に転じた清朝軍と劉永福ひきいる黒旗軍の陸上部隊によって撃退された。
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清は次第に劣勢を挽回したが、イギリスの調停で、1885(明治18)年6月天津条約が締結され、清は宗主権を放棄、ベトナムはフランスの保護領となる。
参照 中国近現代史観光ガイド他 -
戦いは壮絶だったに違いありません。
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孫文の像
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ビン江 今はとても静か・・・
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このマンションから見る景色はとても綺麗なことでしょう。
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船がありました。
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福州の港からどこへ・・・
このあと、国際港に行ってみることにしました。
バイクタクシー8元乗車 -
5分後
福州港客運駅 -
入場口
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建物向かって右側に進むと
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到着ロビー
10分ほど見学した後 -
ちょうど14:30、時刻表通りであればバスが来るはずなのですが、なぜか来ませんでした。
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しかたなく、今度はバイクタクシーに三人乗りし
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最寄の73番バス始発停留所へ
20分ほど待った後 -
馬尾中鋼 → (2元) →
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1時間ほどで公交仁徳駅に到着。
今回
環境保全に努めるRICOH 東北理光(福州)印刷設備有限公司の訪問
そして、
歴史を感じる街・馬尾の散策
魅力あるエリアですので、時間を見つけみなさんも出かけて見ましょう!
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