2000/09/18 - 2000/09/19
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yasyasさん
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市内観光
今日の午後は、早くも次の観光地イグアスへ移動する予定なので、この街にはわずか24時間も滞在しないという駆け足ぶりである。朝食を済ませて8時半過ぎ、早速市内観光へ出かける。バスは高層ビルが立ち並ぶ一大ビジネス街・パウリスタ大通りを通り抜け、イビラプエラ公園へと向かう。
サン・パウロは1800年から1930年にかけてがコ−ヒ−景気の最盛期だったそうで、当時はこれだけでブラジルの経済が成り立っていたという。その当時、これで儲けたコ−ヒ−貴族たちの宴の跡である高級住宅が、今でも中心部に残っている。この大通りは、コ−ヒ−貴族全盛の時代から工業化時代へと進展するなかで、一大ビジネス街に変貌を遂げたわけで、その100年の歴史を集約した通りでもある。この内陸部に位置する街が南米最大の都市へと発展できたのは、ここから1時間ほどの距離にあるサントスの港があったからだという。生産されたコ−ヒ−は、すべてこの港へ運ばれ、そこから各地へ輸送されたのである。
このサン・パウロ市は丘陵地帯になっているため坂が多く、そのため斜面に建てられた家々には地下室が多いという。そこは家賃が安いため、以前は多数の日本人が地下室を借りて住んでいたそうである。市中心部の家賃は高く、到底庶民には手が届かない。いきおい、30km〜40km離れた郊外に住む結果となり、そこからの通勤となる。そのため、朝5時ぐらいから郊外バスのラッシュが始まるという。
公園にさしかかると、道路端で若い女性たちが人名の書かれた大きな旗を振っている。今、市長選の選挙運動の最中だということで、支持者の旗を振りながら応援しているのである。
話によると、この国の選挙制度は厳しいものである。18歳以上の者が選挙権を持ち、投票が義務づけられているという。そのため投票をさぼると罰金が科せられるそうで、投票所に行った証拠として証明印までもらう必要があるという。だから面倒でも、みんな否応なしに投票所に行くそうだ。そうでもしないと、投票する人たちが少ないのだろう。
イビラプエラ公園
やがてバスはイビラプエラ公園に到着。ここはセントロより南方5kmに位置する大公園で、サン・パウロ市政400年を記念して造られた市営公園である。ユ−カリの樹が茂る広さ120ヘクタ−ルの公園には、大小の池、スポ−ツ・フィ−ルド、ジョギングコ−ス、日本庭園、各種文化施設などが設けられている。
フォトストップでバスから降りると、外気はさわやか。気温は25度と、マナウスよりぐっと低い。目の前の池には2本の噴水が、ゆるやかな放物線を描きながら静かな水面に落ちて細波をつくっている。なんとも心なごむ風景である。
目を後ろに転じると、そこには大きな人間の群像が置かれている。それはバンディラス記念像である。バンディラスとは、植民地時代にブラジルの奥地を探検し、サン・パウロ市の基を築いた奥地探検者たちのこと。小さなポルトガルの国が、南米の半分ほどの領土を占めるに至ったのだが、発見当時は現在の1/3ぐらいしかなく、それがこの探検者たちが奥へ奥へと進行して領土を広めたわけである。この記念像は、その業績を讃える巨大な石像なのである。
ブラジル進出に限らず、ポルトガルははるばる九州・長崎にも上陸して布教活動に努めるなど、世界各地に進出して勢力を伸ばしてきた。その影響で、日本人が最初に使い始めた外国語はポルトガル語といわれている。その影響で、長崎などでは多数のポルトガル語が現在でも使われている。例えば、佐賀の銘菓「丸ボ−ロ」のボ−ロはお菓子という意味のポルトガル語、カステラはお城という意味。また、ガラスのことをビ−ドロ、長椅子のことをバンコ、カボチャをボ−ブラと呼ぶのもポルトガル語からきたものである。それにポルトガル語のポンからきたパン、ボタン、ザボンなど数多く使われている。
東洋人街
その後、バスは最高級住宅街のあるモルンビ−ク地区を通り抜け、左手に有名なサッカ−チ−ム、サンパウロ・フットボ−ル・クラブの本拠地競技場を見ながら東洋人街へと移動する。サッカ−競技場に入って見学する時間はないらしい。途中の道路はかなりの渋滞で、なかなか進まない。やがて、バスはサン・パウロの中心セ−広場からすぐの所にある東洋人街へ到着。
ここ東洋人街は日系移民をはじめ、中国、韓国の人たちが商店を連ねて商店街を形成している。その中にある1軒の土産品店に案内され、みんなは土産品を物色し始める。その間にメインストリ−トへ足を伸ばしてみる。そこには赤いポ−ルに提灯形のランプが付いた街灯が並び、通りの中ほどには日本の朱塗りの鳥居も見える。
それぞれの商店には日本文字の看板が並び、あたかも日本に戻ったような錯覚さえ覚える雰囲気である。ここでは日本の書籍雑誌をはじめ、和菓子、日本食など、ほとんどのものが売られているという。在住の日系人は、ここに来れば日本の味が得られるというわけだ。ストリ−トを歩いてみたいが、その時間はなさそうだ。記念の撮影だけをして引き上げることに。
第二次大戦中、ブラジルの日系人は敵対国ということで、彼らの所有する土地などは没収されたそうだが、収容所に収容されるようなことはなかったそうだ。それも終戦後は、没収財産もすべて戻されたそうで、恵まれた環境にあったという。最近は、日本へのUタ−ン現象が見られ、現在20万人ぐらいの日系人が出稼ぎに行っており、そのうちの半数ぐらいは日本に定着しているという。現地ブラジルでは、なんとか食べてはいけるが、まとまったお金を得るには無理らしく、いきおい日本へ出稼ぎに行き、工場などで厳しい仕事に従事しながらお金を貯め、家造りの資金を稼ぐのだという。
空港へ
東洋人街を最後に、あっけなくサン・パウロ観光を終え、バスは空港へと向かう。この街は遺跡やリゾ−ト地域などもなく、ただ商都だけという感じなので、観光客には少し物足りない所でもあるようだ。これから1時発の飛行便でイグアスへ向かうのだが、今日の昼食は和食弁当である。
空港に到着すると、各自弁当とミネラル水をもらい、ロビ−で出発を待つことになる。お腹も空いたので、その間に弁当を開いて食べ始めていると、そろそろ搭乗時間だという。慌てふためいて弁当をかき込み、残りは処分して席を立つ。実のところ、和食といってもご飯はパサパサで、いただけるものではないのだ。とにかく、なんとかお腹をふくらませて機上の人となる。この地最後の弁当にも失望させられた上に、24時間も滞在しない短時間の観光で、なんとも心残りのするサン・パウロ遊覧ではある。
(この続きはこちらへ⇒ http://yasy7.web.fc2.com/ )
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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