2010/09/13 - 2010/09/15
31位(同エリア91件中)
旅じぞうさん
ネパールのパタレ村(パトレ村)にホームステイしてきた。でも始めそんな村に行くとは思いもしなかった。実は、風KAZEの旅行社のツアーでネパールのホームステイで少し有名になりつつある村シルバリ村に行くはずだった。(ツアーと言っても結局他に行く人がいなく一人で行くことになっていたのだが…。)日本出発の2日前の夜に,突然 風の旅行社から電話があった。ネパールは雨期あけの9月、大雨が降ってシルバリまでの道が土砂崩れで,車で行くことができない。どうしても行きたければ,行き帰りそれぞれ7時間のトレッキング??をすれば行くことはできますが…。と言う話。でも他に一カ所、おすすめの所があると言って勧められたのがこのパタレ(パトレ)村だった。まだツアーなどにはしていないけど これから風の旅行でツアーにと組み込もう企画している所だそうだ。ある意味実験台みたいな感じだが…。「ハップニングは旅につきもの。こういうことでの出会いもまた楽しいのかも。」と自分に言い聞かせてパタレ村に行くことになりましたが…。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 風の旅行社
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2010年9月13日。カトマンズを出たの朝8時半。そこから4時間ほど車に乗ってダディン(ダディン郡ダディンベシ)という村に着来ました。カトマンズより標高が低いらしくとにかく暑い。今年の東京の夏も暑かったけど、それ以上の暑さ。日差しもきつい。まずこの村でお昼ご飯。ここまでの車の中でガイドさんがお弁当みたいなのを大事そうに持っているので、一緒に食事するのを遠慮する人なの かなあと思っていたら、カトマンズの日本料理屋さんで作ってもらった日本の幕の内弁当を、差し出してくれて「これからしばらく限られたものしか食べれませんから…。」と昼食に渡してくれた。聞きようによってはこれからどんなことが待っているかと不安にさせる不吉な話。気にしないようにと思いながら、ちょっと気にしてしまう。
http://www.kaze-travel.co.jp/tabibito241.html -
食事が終わると「ここからは歩きですから。」といわれ山のほ うに向かって歩き始めた。
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ちょっと歩くと遠くに山の稜線が見え、そこに “この木何の木気になる木”みたいな形の木がはるか向こうに見える。あの辺に村があると言われ、「うそだろう。」と思いながらも、仕方ない何とかなるかと歩き始めた。が、…。とにかく暑い。
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(数時間後,無事村に到着し この木を実際に目にすることができるとは…!!!)
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村に向かう道は,日差しがびっくりするほど強く、木陰などでは涼し いのだけど、日が当たるととにかく暑い。仕方なく、黒い雨傘を日傘代わりにするのだけど、所詮は雨傘用。光が透けて入ってくるようで、木陰に比べればかなり暑い。ないよりはましなのだけど、何でサハラ砂漠のために買った傘を持って来なかったのだろうと後悔だらだら。自分の荷物はポーターのような方が,運んでくださる。
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道中の飲み水とカメ ラなどの手荷物だけを最初 自分で持っていたのだけど、疲れて来てそれもほかの人に持ってもらう始末。ばてて皆さんに迷惑かえるよりは、といいように解釈してお願いする。しばらくすると、「ショートカット。」と言われ細い道に入る。実はここからが地獄だった。急激に上り始めて、息も絶え絶え。四国のお遍路さんで遍路ころがしといって急な山道でお遍路さんがリタ イアする場所があるんだけど、まさにその状態。
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お願いして杖を作ってもらって、それを頼りに何とか意地になって上って行く。すると…。
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道の向こうのほうに人がワヤワヤ集まっているところがみえた。「そういえばシルバリ村の体験記に村の入り口で村人たちの大歓迎があったと書いてあったけど それと同じかな。こちらは歓迎を受けるのに答えれるコンデションじゃな いのに。」と心の中にぼやきながら近づくと、案の定、村人が20人近く、歌を歌って待っている。そこまで行くと、花の首飾りやカタという祝福のそろい布をかけてくれたり、数輪の花をくれたり、大変なことに。VIP待遇?!
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そこでの一通りの歓迎の儀式が終わるとまだ村のはずれだったのでまた歩き始める。ガイドさんと二人の後を ぞろぞろと一団がついてきて、太鼓の演奏と歌が延々と続く。ものすごく気恥ずか しい感じ。
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PATALE VILLAGEの看板を通り過ぎ…。
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ホームステイ先の村長さんの家に向かう。
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村長さんの家の狭い中庭?で地元の焼酎を振るまわれ、ただただ皆さんの関心の的に。
とっても気恥ずかしかったけれど、村をあげて迎えてくれたので、その後 村を歩いていてもなんとなく「あの日本人。」みたいな感じで居やすかったのは、この大げさのお迎えのおかげかも。
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迎えに来てくれたお兄さんと村長さん
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村の男達が集まって何やら相談している。ガイドさんに何の話をしているのと聞くとホームステイの予定の段取りを相談しているとのこと。村挙げてのホームステイなんだと言うことを改めて知った。
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パタリ村は80件500−600人ほどの村。牛やヤギや鶏といった家畜は多くの家にいて、どこが人の住む所か、どこが家畜の住む所かわかりづらいほど家畜が身近にすんでいる。電気は来ているのだけどよく停電になるらしく、初日は朝の8時まで一晩中停電だった。
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トイレは家の外にあって、雨が降っていると傘を持っていかないといけません。便器の脇を水を貯めた桶がありここから水を汲んで、トイレが終わったらお尻と便器を流します。現地の人はこの水でお尻を左手で洗い流す、原始的なうウォッシュレット見たいですが、自分で持っていけばトイレットペーパーも使っていいということでした。日本からトイレットペー パーの芯を抜いて中心から紙が取っていける状態にしたものを、ちょうど合う大きさのジップロックに入れて持ってきてそれを持ち歩いていました。
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トイレの中は当然電気がなく夜は懐中電灯が必要です。雨の日にはかさ、懐中電灯、トイレットペーパーの3点セットを持って夜中トイレに行くのは結構大変です。しかもトイレは僕たちの部屋よりヤギ小屋に近く、突然ごそご そ物音がしてぞっとします。朝のテレビのげげげの女房ではないですが、こういうところにいると妖怪とかを感じながら生きていくのだなあと思います。
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水道はなくて毎日水汲み場から水を汲んでためている。そんな ところだから、着いて汗だくで暑くて暑くてしょうがない時に、水浴をどうぞ、と水浴場にたらいいっぱいの水と手桶をくれるのだけど、どれだけ使っていいのか不安になる。遠慮をしいしい、頭から水をかぶる。ありがたいと思う分だけ気持ちがいい。
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朝,子供達が水汲みに行くのを付いていくと、100m程の所に,水場が有ってそこから水を汲んでいた。
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初日の夜は停電の中夕食。懐中電灯と、酒瓶に灯油を入れてアルコールランプみたいな芯に火をつけたランプで食事。土間のようなところで家族と一緒に食事する。その日は停電でもあり、そのま ま寝ました。
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夜、寝るときの話。僕とガイドさんの部屋は土間のような部屋で、土足で入っていいのか脱がないといけないのか、わからないところで(最初土足でしたが途中から靴を脱いでいましたが時に忘れてそのまま土足のことも。)。そこにベッドがおいてあった。
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昔ブータンで1泊だけのホームステイ をしたとき南京虫に悩まされたことがあるので、今回は寝袋のインナーと言って、薄い切れで作られた寝袋状の布を持っていきその上から寒いときは布団をかけていました。
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旅行会社の人に飲み水を持って行きたかったら自分で持って行くようにと言われ,用意したのだけど,初日の炎天下の中の山登り??で予想以上に水を飲んでしまい,さあ心配。と思ったら 中国旅行でよく見る魔法瓶に沸騰したお湯をお母さんが用意してくれて大助かり。
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〜パタレ村の生活2日目〜
朝6時ころ鶏の声でぼんやり目が覚めると、外で働く人の声。家の人たちはもう水汲みや掃除などの仕事を始めています。翌日も鶏の声で目が覚める習慣がついてしまった。 -
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朝,ヒマラヤ山脈のマナルスとアンナプルナ四を村から見ることができた。
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イチオシ
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イチオシ
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料理は薪のかまどと石炭のかまどと、牛の糞や野菜くずなどをメタンガスに変えるバイオガスの装置があってそれで作ってました。
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ここに,水牛などの糞と水を入れておくとメタンガスができるらしい。
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時々お母さんや子供達がかきまぜていた。
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食事の準備
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村長さんがビール瓶で延ばしてくレープみたいなものをやいてくれました。
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前日村長さんが、明日はこうもり城に連れて行ってあげると熱く語っていましたので(ちなみにガイドさんが日本語に訳してくれました。)、午前中からそこに向かいました。途中村長さんの携帯に電話がかかってきて、カトマンズに出かけないといけないのが早まったようで、ここで戻らないといけないとお別れになってし まいました。お土産も渡せず、困ったことだとお別れしました。そして,村長さん以外の3人とコウモリ城に向かいました。まずは山の頂きの峠まで。
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山の頂きには昨日目標にしていた「この木何の木,気になる木」風の木があった。この木の横にに携帯用の電波塔ができていた。携帯電話はこの村でも使えるみたい。びっくり!
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さてさて、こうもり城です。昨日あんなに苦労して登ってきたのに、峠を越えてどんどん下っていきます。下るのはそれほどつらくないけど帰りのことを考えると…。そして徐々にまた日差しが強くなり、途中で細い山道ののぼりに入ったところで、…。ギブアップでした。向こうの人たちにしたら単なる散歩だけど、こりゃ 登山だ。
あきらめてもどってきました。
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なんせ、へとへとで村までたどり着いたのが昨日のこと。足はパンパン。そもそもこうもりのいる所に対して興味はないのですが村長さんがあまりに熱心に勧めるので、一緒に生きたいと思ったのだけど、その村長さんももう帰ってしまっていないし。大体、村人とのふれあいを求めてここに着たので、トレッキングに来たわけでな い。そんな泣き言、つらみ事が心の中にふつふつと沸いてきてとうとうギブアップ。ギブアップしたのはいいけれど村まで登り道がまた…。我慢しいしい,上って行くと売られて行く牛が一匹。もう前には進みたくないとふんばっている。自分を見ているかのようでした。
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そんなかんなで。ホームステイ先に戻ってみるとまだ村長さんがいました。こうもり城にいけなかったことで残念そうな顔をしていらっしゃったですが、もう一度顔が見れたことを喜んでくれました。
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「持ってきたお土産を渡そう。」と出発前日そろえたお土産を、村長さんと奥さんに披露。お父さんとおじいさんには扇子と孫の 手を。孫の手がカトマンズのボダナートで売られているときはショックだったけれど思い切って渡してみると、夫婦で「何だ、これは?」という顔をしているので、身振りで使い方を説明すると大うけ。心の中で「よかった!」とつぶやいてしまった。
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奥さんにも鍋つかみとピューラーを。それほどいい反応ではなかったけれど、翌 日の朝ごはんでは鍋つかみを使って見せてくれてうれしそうにしてくださった。ピューラーは使うことがあるのかはちょっと心配。出てきた食材は、豆が中心であとはオクラとジャガイモ。ジャガイモはゆがいた後に子供たちが熱そうに皮を手でむいていたし…。使ってくださることを期待して。
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一番受けたのは、子供たちに上げた水鉄砲。男の子二人に水鉄砲を上げたのですが、子供たちだけでなく村の青年もそれで遊んでいた。ところが、前日よそに泊まっていていなかった、長女が戻ってきて、あれちょっとやばい感じ。お姉ちゃんも水鉄砲で遊んでいるけど、どこかすねているみたいな。あわてて、いろんな色のサイン ペンのセットと自分で絵を書くジグゾーパズルをあげたけど、ちょっときょとんとした感じ。サインペンだけのほうがよかったのかな。
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パテレ村に行くことが決まったのが出発の前々日。旅行会社の人が,ホームステェイになるからお土産を買って行った方がいいようなことを言っていたのであわてて買い物に。どんなものがいいのか聞いたら「物の少ない所だから,普通のものがいいですよ」と。でも普通の物ってなに??ついでに、「学校に行くかもしれないから,その時生徒さんに配れる物も有った方がいいかも。」と。(結局,中日が祝日で学校訪問はなかったけれど。)右の写真のような物を買いました。
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村の至る所に,ポリエステルやプラスチックを入れるゴミ袋が有り,村人達はこまめにそこに捨てていた。自然に帰らないものは大地に捨てないと言う考えなのかもしれない。
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子供達もまめに捨てていた。
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村の中を散歩していると、何人か集まって立ち話やお茶を飲みながらの話になる。わいわい話しているんだけど、ガイドさんもこちらから聞かないとほとんど訳してくれない。別にウルルン滞在記みたいなのを期待してたわけではないけど、なんか話の蚊帳の外にいて、ホームステイって何なんだろうなどちょっとネガティブに考え たりしたこともあった。でも、村長さんのうちへのお土産渡しのころから、ちょっと考え方変わってきた。
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パタレ村に行く前にいったパタンでは、町の人たちや子供たちが楽しく、表情豊かにしゃっべっているのを外から見て楽しいな、それを写真に撮ったりして喜んでいた。でもここでは、その話の集団の中に自分もいさせてもらえているんだなということに気づいた。もちろんその分、逆に安易に写真を撮ったりすることに躊躇される けど。何をしゃべっているか、その表情とかを雰囲気とかを一緒に味わえるポジションにいさせてもらえていることはすごく有難いことなのでは…。そんな風に思えるようになってきました。それに聞けば、ガイドさんがとりあえず訳してくれるし。だから、「今何を話していたの?」とそのころから聞くのが増えてきました。
そんな風にしていろいろな人の顔が見えてくると、すごく楽しくなってきました。 -
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特にお世話になったのが、村長さんの家に行く際の裏道にある家で、お母さんと帰省中の大学生の娘さんがいました。お母さんは豪放磊落のしっかり者の方でガイドさんは村一番のきれいなお母さんと呼んでいました。実はお酒好きで、歓迎会のときも最後まで飲んでいらっしゃった。娘さんは、実はダディンの町からパタリ村に上 ってくるときに、ちょうど町に買い出しに行っていたのか、抜きつ抜かれつしていた人ですが、表情豊かで、大きな声で笑い、周りを盛り上げるのが上手な人です。最初、ガイドさんはこの子のことが好きなのではないかと思うほど、しょっちゅうこの家によるし、話し出すと夢中になってしまい、最初のころはほったらかしにされ たような感じでしたが、何回か訪問するうちに、話の中に入れてもらえるようになってきました。
ガイドさんが細かく気が利いて何でも訳してくれる人だとこんな風ではなかったのでしょうが、何が幸いか、ほったらかしにされる事で、逆にその中に自然に存在することが許されていったようで結果的にすごくよかった気がします。 -
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イチオシ
村の風景
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〜夜のおどりの集まり〜
2日目の夜、村の人たちが集まって踊りと歌を見せてくれることになっていました。夜7時から村長さん一家と夕食を食べ、8時から踊りのために村長さんの家の中にはに村の人が集まってくる予定でした。
夕食が終わるころ、ガイドさんの言うきれいなお母さんが来て、まだ時間があるからうちに遊びに来なさいとさそってくれました。 -
訪ねて行くと、酒好きのお母さんですから早速お酒が出てきます。さすがに酒好きだからか村長さんの所の地酒よりおいしく飲みやすいです。親子そろって表情豊かに語るのを半分くらい内容を聞きながら、その雰囲 気を楽しんでいました。すると途中から大雨が…。雨だと、村の人は集まれないので踊りは中止らしい。
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ちょっと小ぶりになったところで村長さんのところに戻ったら、2人くらいの人が来ていた。でもなかなかやむ気配がない。中止かなあと思っていた拍子に突然雨がやんできた。と、思ったとたんなんと停電!!
やっぱり、今日は中止なのかなと思っていたら今日の停電は5分くらいで復旧。雨もやんで、村長さんの奥さんのところにいろんなところから電話が。突然きれいなお母さんの娘が、立ちあっがって、と多くに向かって何かさけんだ。「お祭りが始まるよう!」そんな感じの叫びに答えて、村のほうから、何か叫び声がし、太鼓の音 がし始めそれが近づいてくる。まるでミュージカルかなんかの1シーンのような展開にちょっと感動。さすがに小雨も時々降るので、中庭は無理なので軒下で踊りと歌の会がはじまった。踊り方もわからないのに、何回か一緒に踊らされたりして会は終了。歌が素敵で後で考えたら、携帯電話持ってたので音だけでも録音すればよか ったと後悔しきり。 -
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この村の踊りをやることで,旅行の費用から10米ドル小学校に寄付されてこれがプールされて、学校に行くのにお金がなくて困っている人への奨学金として使われる仕組みだそうだ。
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〜パタレ村最後の日〜
山を降りるのに、日差しが強くなるとつらいので予定を早めて10時ころ出発のこと。そういえば、学校訪問するはずで、お土産買ってきたのにどうしよう??どうも2日目はこどもの日で学校は休みだったらしい。3日目も学校が始まるのは10時だから、出発に間に合わない。ということで校長先生に会いに行くことに。
校長先生の家 は学校の近くで雑貨屋をやっていた。ノートやお菓子も売っていて、自分の小学校の前にあった小さいお店を思い出した。ラムネ菓子と金平糖の2つのお菓子と、風船とスーパーボールを渡して帰る。 -
村の小学校は山の頂近くにある。今の校舎への建て替えには日本の有る大学の先生のイ援助が有ったそうだ。その大学の先生は建て替えのあと数年(10年??)間、毎年学校がきちんと運営されているか見るためと,交流のため自分の生徒さん達をこの村に派遣してホームステェイさせているそうです。今年の冬がその最後だとか。
http://cicero.u-bunkyo.ac.jp/lib/kiyo/fsell2009/kantougen.pdf
http://www.u-bunkyo.ac.jp/release/tmp/pdf016.pdf -
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旅立ちのとき、また村人が集まって、お別れの儀式をしてくれる。
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その後村のゲートまでぞろぞろ送りに来てくれて、そこで記念写真を。2人の青年が荷物を運びながら、ダディン村まで送ってくれる。そこにお迎えの車が着ており、2人と別れてポカラに向けて出発。
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ダディン村においしいヨーグルト屋さんがあり、車を降りてそれを 買ってたべました。
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ヨーグルト屋さんから、初日目標にして上って、気になる木のような木が稜線にみえました。あそこが、パタリ村だと、ぼんやり眺めると、不思議な体験が思い出されて、夢の中のような生活はこれで終わりなんだんあとしみじみ思いました。不思議な国のアリスが夢から覚めて,これまでの出来事を最後に思い出すのはこんな感じだったのかなあと思いました。(終)
http://ameblo.jp/akkiena-otenkiena/entry-10767063405.html
http://www.kaze-travel.co.jp/np-sp-02.html
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この旅行記へのコメント (5)
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- pedaruさん 2011/02/10 05:56:43
- こういう旅行もあるんですねー
- 驚きました。感心しました。たくさんの写真とていねいな文、最後までじっくりと、見させていただきました。非日常の世界の極みを見せていただきました。
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- KOA08さん 2011/02/03 01:11:16
- ホームステイ
- はじめまして。
楽しく、読ましていただきました。
GWにネパールに行こうかと考えているのですが、どうせ行くなら、現地の生活に触れたいなと思い、ホームステイを検討しています。
旅行記見ていたら、やっぱりホームステイ興味深いですね。
参考にしたいと思います。
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- Yattokame!さん 2011/01/22 02:13:54
- ホームステイいいですね
- 旅じぞうさん
はじめまして。
私も同じ会社で同じ時期にパタンでホームステイしてきました。ホームステイだと、観光地を観るだけでなく地域のコミュニティの中に入っていけるのでいいですね。写真を拝見していますと、カトマンズやパタンとは人々の来ているものも少し違いますね。この国の多様さを改めて感じます。
Yattokame!
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- いぬちゃんさん 2011/01/19 09:53:41
- 懐かしの民族楽器・音楽
- 初めまして、旅じぞう様!
私目も何年か前にエヴェレスト街道トレッキングした折、お別れ会にルクラで貴殿の写真にある細長い太鼓を叩きながら民族音楽(たしか、「レッサム・フィリリ」とか言う唄)を大合唱しながら、踊りやら大パーテーをやって戴いた想い出が蘇って参りました・・・そしてその記念にあの民族太鼓を土産に購入し、我が家に飾ってあります!その感動は貴殿と一緒かと思い一票を・・・もう一度あの感動を味わいたいですねェ〜〜〜!!! ネパール大好き人間、いぬちゃんより
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- masohさん 2011/01/19 09:18:50
- 未知の国の探検気分
- ホームステイなのでネパールの人々の暮らしが手に取るようにわかります。
旅行記を見ていると一度は行ってみたい気になります。
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