2010/08/12 - 2010/08/12
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Giraudさん
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ロンドンから日帰りで、主にイングランドのゴシック建築を目的に巡る旅をしてきました。
初日の訪問地はカンタベリー。
ブリテン島で最初にローマ・カトリックが布教された都市で、中世にはトマス・ベケット殉教の場として巡礼地となり、16世紀にテューダー朝のヘンリー8世がローマ教皇と決別すると、カンタベリー大聖堂が新たに成立したイングランド国教会の総本山となりました。
現在でもカンタベリーには、
ローマ博物館・・・・・・ローマ時代の邸宅遺跡がある博物館。
デーン・ジョン・マウンド・・・・・・中世初期の城跡。
カンタベリー城・・・・・・中世の石造の城。
聖オーガスティン修道院・・・・・・ロマネスク様式(ノルマン様式)の教会の廃墟。
カンタベリー大聖堂・・・・・・イングランドで最初のゴシック様式の教会建築。
と、古代から中世まで各時代の史跡が残っており、ここを訪れたことをきっかけに、(帰国後にいろいろと調べて)イングランドの歴史に深く興味を持つことになりました。
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ロンドン・ヴィクトリアLondon Victoria駅8:22発
カンタベリー東Canterbury East駅9:58着
時刻表は事前にネットで調べました。
http://www.transportdirect.info/web2/JourneyPlanning/FindTrainInput.aspx?repeatingloop=Y
今回の旅行中、列車の遅延は一度もありませんでした。 -
カンタベリーの街を囲む城壁。
最初に築かれたのは古代ローマ時代。 -
デーン・ジョン・マウンド
Dane John Monud
中世初期のモット・アンド・ベーリー(築山城)の名残。
イングランドを征服したノルマンディー公ウィリアムが築城。
ローマ時代の古墳跡に造られました。
当時はまだ木造の城と柵でした。
現在は周囲が公園になっています。
頂上のオベリスクは18世紀に建てたもの。 -
デーン・ジョン・マウンドの上からの眺望。
手前がデーン・ジョン公園の緑。
遠くにカンタベリー大聖堂が見えます。
このときは、まだかろうじて天気はよかったのですが・・・ -
街中の時計塔。
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クライストチャーチ・ゲート
Christchurch Gate
カンタベリー大聖堂への入口。
しかし雲行きが怪しくなってきましたので、まず屋外にある聖オーガスティン修道院を訪問することに変更。 -
聖オーガスティン修道院
St. Augustine's Abbey
聖アウグスティヌスに捧げられた修道院。
598年に修道会が設立、三つの教会堂がこの地に建てられました。
ノルマン征服後の12世紀にロマネスク様式で建物を統合・再建。
しかし16世紀、ヘンリー8世の修道院解散令で解体され廃墟化。
現在は野原に土台跡が散在しているだけです。
それでも説明板のイラストが充実しており、見ていて飽きませんでした。
遠くにカンタベリー大聖堂の塔が見えます。 -
聖オーガスティン修道院の側廊跡。
壁面を支えていたバットレス(附壁)の土台が残っています。 -
修道院が1541年に解体された時の想像図。
建材は売却されて再利用されました。 -
聖オーガスティン修道院の身廊跡。
西正面入口から見たところ。 -
15世紀の身廊の想像図。
西正面入口から見たところ。
ロマネスク様式、イングランドで言うノルマン様式でした。 -
アングロ・サクソン七王国時代の王たちの墓。
修道院の袖廊に安置されていました。
建物が解体されたために現在は野ざらし。
埋葬されているのは以下の4人。
エドボルドEdbald(640年没)
ロセレLothaire(685年没)
ムルMulus(686年没)
ウィフトレッドWihtred(725年没)
4人とも、当時カンタベリーが都であったケント王国の王。 -
ウルフリックの円形広間
Wulfric's Rotunda
1050年に修道院長ウルフリック2世が着工。
既存の二つの教会をつなぎました。 -
ウルフリックの円形広間の想像図。
当時のイングランドには例のない形状。
フランスの洗礼堂建築に影響されたと言われます。 -
聖オーガスティン修道院の内陣跡。
クリプト(地下聖堂)があったため地面が掘り込まれています。 -
11世紀後半の内陣とクリプトの再現断面図。
主要な聖遺物は内陣に置かれていました。 -
聖パンクラス礼拝堂
St.Pancras Chapel
12世紀の再建前からあったサクソン時代の三つの教会のひとつ。
ここを見学しているあたりから、ついに小雨がぱらつき始めました。 -
グレート・ゲート
Great Gate
聖オーガスティン修道院敷地内へ続く1309年建設の門。
現在はここからの入場は不可。 -
ローマ博物館
Roman Museum
狭い路地に神殿風の入口があります。
天気が回復するのを期待して、地下にあるこの博物館を見学。 -
ローマ時代のファースト・フード・バーの再現模型(実物大)。
供されているのは殻つきの牡蠣。 -
ローマ時代の靴職人。
いかにも職人といった面構え。
棚に並んでいるのはカリガ(ローマの軍用サンダル)です。
他にも布屋、八百屋、ヘアピン職人の人形がありました。 -
家事奴隷が食事の準備をするローマ人の台所。
説明文には当時のレシピが書いてありました。
「鳩のロースト、甘タマネギ・ソース添え」
ソースの材料:胡椒、セロリの種、コリアンダー、キャラウェイ、ミント、タマネギ、ナツメヤシ、蜂蜜、酢、出汁、オリーブオイル、ワイン、卵黄
調理方法:鳩肉をローストして、ソースをかけ、さらに20分焼く。
「羊のロースト、冷製ソース添え」(作り置き用のメニュー)
ソースの材料:胡椒、セロリの種、タイム、クミン、ナッツ、蜂蜜、酢、出汁、オリーブオイル
調理方法:羊肉(マトン)をローストして冷まし、25分間煮てから冷ましたソースをかけておく。
味がどうだったかはともかく、手は込んでいます。
現代の英国料理には失われてしまった精神? -
手鏡を見ながら髪結いをさせているローマ時代の女性。
このヘアスタイルは1世紀末から2世紀初頭に流行したもの。
ルーヴル美術館にあるドミティア(皇帝ドミティアヌスの妻)の彫像がこんな髪型でした。 -
ローマ時代(西暦300年頃)のカンタベリーの想像図。
現存していませんが、神殿のある広場や劇場がありました。 -
ローマ帝国撤退後(西暦450年頃)のカンタベリーの図。
古代文明が滅亡して、時代は中世へ。 -
ローマ時代の邸宅の床暖房システムの跡。
レンガで浮かせた床下の空間に熱風を通していました。
第2次大戦の爆撃で地下から発見。
こんなところにローマ博物館があるのは、この遺跡が出たから。 -
ローマ時代の邸宅の床。
浴室に続く回廊のもの。
幾何学模様のモザイクが残っています。 -
カンタベリー大聖堂
Canterbury Cathedral
イングランド国教会の総本山。
1070年〜77年、征服王ウィリアム1世の治下、カンタベリー大司教となったノルマン人ランフランクが既存の教会を建替。
1174年の火災後、フランス人の建築家ギョーム・ド・サンス(ウィリアム・オブ・サンス)が当時パリ周辺で流行していた最新の建築様式、つまりゴシック様式へ改築。
その後も何度となく増改築が繰り返されました。 -
カンタベリー大聖堂の平面図。
色の違いはその部分が建築された年代を表しています。 -
カンタベリー大聖堂の身廊。
1337年〜1449年、本堂の中では後期に改築されたところ。
聖歌隊席の前に衝立があり、内陣までは見通せません。 -
身廊の天井。
細い棒を束ねたような柱がゴシック様式の特徴。 -
ベル・ハリー・タワー
Bell Harry Tower
真下から見上げたところ。
1498年、大聖堂に最後に追加された高さ約72mの尖塔。
イングランド・ゴシック独自のファン・ヴォールト(扇型)天井。 -
衝立
Pulpitum
聖歌隊席の前にある装飾壁。
1450年に設置。 -
聖歌隊席のある内陣。
1096年〜1135年、本堂の中では現存する最も古いところ。
師ランフランクの没後、空位期間を経てカンタベリー大司教となったイタリア出身の神学者アンセルムが改築。
1130年に献堂式が行われました。 -
聖書台
Lectern
1663年製作。
このあと訪問した教会でも、聖書台はみな真鍮製の鷲でした。 -
コロナ・チャペル
Corona Chapel
本堂の東端。 -
トリニティ・チャペル(三位一体礼拝堂)
Trinity Chapel
1167年〜1200年に付け足されました。
百年戦争初期の英雄エドワード黒太子の墓もあります。
(見物客が多いので写真は後で撮ろうと思い、結局忘れました・・・)
左に見えているのは大主教座。 -
奇跡の窓
Miracle Window
トマス・ベケットの墓で起きた奇跡(狂人が正気に還る、など)を描写。
内陣のステンドグラスは1180年頃から13世紀初期のもの。 -
平和の窓
Peace Window
1956年製作の新しいステンドグラス。
現代アニメ風に描かれた聖家族。 -
内陣の天井。
建築時期が古いので、身廊の天井に比べてシンプルな装飾。 -
カンタベリー大司教トマス・ベケット暗殺の場。
プランタジネット朝の開祖ヘンリー2世が教会勢力に干渉することに反抗して、4人の騎士に刺殺されました。
後年ローマ教皇によって聖人とされ、カンタベリーは巡礼の地となります。
もっとも当時は各地の教会も広大な土地を保有する領主だったので、単純に政治VS宗教という図式ではなかったようですが・・・ -
チャプターハウス
Chapter House
修道士たちが聖書を朗読したりする集会所。
1200年〜1285年の建築。 -
大回廊から見上げるカンタベリー大聖堂の本堂。
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大回廊
Great Cloister
修道士たちの瞑想の場。
1337年〜1449年の建築。 -
大回廊から見上げるベル・ハリー・タワー。
カンタベリーでは最後まで天候には恵まれませんでした。 -
カンタベリー大聖堂の裏庭。
あちこちに廃墟が散在していて歴史を感じさせました。 -
剃髪室(?)の外観。
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カンタベリー大聖堂の敷地内にあった礼拝堂の廃墟。
1135年〜1167年に建築されたもの。 -
カンタベリー大聖堂の内陣外観。
右端が増築されたトリニティ・チャペル。 -
カンタベリー大聖堂敷地内の教育センター。
2000年に開館した新しい建物。 -
カンタベリー城
Canterbury Castle
1090年着工、1120年竣工。
征服王ウィリアム1世の子、ヘンリー1世の時代のもの。
ドーヴァー城と同じく、英仏間の街道の要衝として築城。
これの完成で、旧式のデーン・ジョン・マウンドは役目を終えました。 -
カンタベリー城についての説明板。
石造3階建、高さ24.4m、広さ30m×26m、壁の厚さ4.0m。
同じノルマン時代に建築されたロンドン塔のホワイト・タワーに似た外観。
(ホワイト・タワーは高さ27m、広さ36m×32m)
1階Ground Floor・・・倉庫
2階First Floor・・・広間、厨房、夏の居間、冬の居間(暖炉付)、宝物庫
3階Second Floor・・・王の家族の個室
玄関は、戦闘時には外してしまう木製の外階段を登って2階から。
英語では(米国語と違い)First Floor=2階なのはこれに由来するとか。 -
カンタベリー城の内部。
後世には牢獄やガス貯蔵庫などに転用されました。 -
ロンドン・ヴィクトリア駅に帰着。
このあとは、木曜日のナイター開館をしている大英博物館へ。
明日はピーターバラとイーリーを回ります。
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