2010/08/08 - 2010/08/09
4234位(同エリア5128件中)
ゆみちんさん
今年の夏はお金とヒマがなく、また、東京に越してきたこともあり、なかなか足を運ぶことがなかった北陸地方へ行くことにした。
なんと、往復の交通手段は、怒涛の深夜バス!!この歳になると、さすがに深夜バスはツライ!それでも、3列シートのトイレ付デラックスバスではあったのだが・・・。往復1人10,000円は格安であろう。
前半の観光地・金沢での宿泊は、わが家の定宿・東横イン!
ダンナくんが会員になっているので、日曜日の宿泊が30%引き・月曜日の宿泊が20%引きとなり、2人でツインの部屋に宿泊したのだが、とってもおトク!
ただ、私達が宿泊した東横イン(金沢香林坊)は、ホテルフロントスタッフの応対がイマイチ。観光地のホテルスタッフとしては、もう少し教育を徹底してほしいものだ。
さてさて、当の金沢だが、今年の夏は全国的に記録的な猛暑に見舞われ、金沢も例外ではなくかなり暑かった。
深夜バスで金沢駅西口に到着し、重い足を引きずり、まずは、朝食を取ることに…。朝は意外に開いてる店は少なく、駅構内を見て歩くも、結局朝マック。
その後、観光案内所が開くのを少し待ったが、待ちくたびれて、バスにてホテルへ向かうことにした。
駅前の「北鉄グループ案内所」で“城下町金沢周遊バス・1日フリー乗車券”を購入して、レトロなバスに乗車。
このフリー券はとっても優れもので、私達は、かなり上手に使いこなせたのではないかと思う。
たまたま、東横イン(金沢香林坊)はこの周遊バスの停留所の目の前なので、大荷物を持っての移動も全く苦にならなかったしね。
荷物をホテルに預け、いざ、観光へ!
まず向かったのは金沢城跡。お昼ご飯は近江町市場近くのお店で海鮮丼。その後、長町武家屋敷のボランティアガイドさんに観光案内をしてもらい、夕方、ひがし茶屋街へ。ひがし茶屋街に到着すると夕立に遭い、あまりウロウロできずにホテルへ帰った。
翌日も金沢観光!
朝モタモタしてたので、動き出しは昼近くになってしまったが、今日はメインの“兼六園”へ。そして、昨日夕立に遭ってしまいあまり見てまわれなかったひがし茶屋街へ再び…。
じつは、ひがし茶屋街にある“箔座”での買い物も不十分だったのでした。
まるまる2日間、金沢を堪能!
次は、東尋坊とあわら温泉へ・・・
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今回の旅は、深夜バス!
始発の東京ディズニーリゾートから乗車したため、お客さんは少人数。 -
一応、トイレも付いているバスでした。
利用しなくても、あると安心!
まぁ、高速道路途中のサービスエリアで休憩はあるが、夜中のため、誰も降りる人はいなかった。 -
金沢駅西口到着。
このバスに乗ってきました。動く広告塔ですね、このバスは…。 -
朝食の朝マック。
“ソーセージマフィン”初めて食べたけど、なかなかおいしかった。
朝からマックってあまり普段食べないからねぇ。 -
金沢駅前からレトロな周遊バスに乗って、一先ずホテルへ。
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重要文化財“三十間長屋”。
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金沢城公園内“菱櫓・五十間長屋、橋爪門続櫓”。
金沢城は1546年に本願寺が金沢御堂を創建したことに始まります。その後1580年に織田信長の命を受けた佐久間盛政が金沢御堂を制圧入城し尾山城としました。1583年に前田利家が入城し1869年(明治2年)まで加賀藩前田家14代の居城として金沢城が置かれました。金沢城はその後終戦まで陸軍の拠点として用いられ、その後1995年まで金沢大学キャンパスとして利用されていましたが1996年から金沢城公園として一般に開放されるようになりました。度重なる火災によって消失した金沢城は1999年に着工され2001年7月に菱櫓・五十間長屋、橋爪門続櫓が完成しました。菱櫓・五十間長屋、橋爪門続櫓は1809年金沢城再建時の姿に可能な限り忠実に復元されているそうです。(金沢の総合情報 きまっし金沢より) -
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“金沢城石川門”。
石川郡の方を向いていたことからその名がついた石川門は金沢城跡の東に位置する重要文化財です。宝暦9年の大火によって全焼しましたが、11代藩主治脩の代に再建され、その後修理等を重ねて現在の姿になりました。豊かな緑の中、百万石の風格を漂わせるその堂々たる構えと、夜のライトを浴びた幻想的な姿が印象的です。(金沢市観光協会サイトより) -
近江町市場近くのお店にて、海鮮丼を食べました。
おいしかったです。 -
長町武家屋敷跡。
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イチオシ
長町界隈は、かつての藩士が住んでいた屋敷跡で、土塀の続く町並みの中では今も市民生活が営まれています。
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石畳の小路を散策すれば、当時の雰囲気がしのばれます。
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“大野庄用水”。
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“旧加賀藩士 高田家跡”。
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“足軽の家”。今は、資料館となっています。
武家屋敷は、土塀が敷地を囲うように建っていて、立派な門構えなんかもあるが、足軽の家は、そんな立派なモノはな〜んにもない。 -
“前田土佐守家資料館”。
お金がかかるので、中には入らず。 -
“ひがし茶屋街”。
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卯辰山山麓を流れる浅野川の川岸には、今でもキムスコ(木虫籠)と呼ばれる美しい出格子がある古い街並みが残り、昔の面影をとどめています。灯ともし頃にもなれば、今でも軒灯がともる茶屋から三味線や太鼓の音がこぼれてきます。
平成13年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され「街並みの文化財」として保存策が進められています。(金沢市観光協会サイトより) -
急に夕立が降ってきて、みんな、店先で雨宿り。
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イチオシ
裏路地の街並みも趣あっていい!
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ひがし茶屋街近辺にある“無料休憩館”。
ここの休憩館は、長町武家屋敷跡近辺にある休憩館と違って、エアコンが全く入ってない。
涼もうと思って行ったのだが、期待外れだった。 -
“箔座本店”にある「黄金の茶室」。
4万枚もの金箔を使用してつくられていて、スタッフさんがいろいろ説明してくれます。また、金箔入りのお茶を出してくれます。
恐縮して、お茶の味なんてわかんなかったよ。 -
“箔座ひかり藏”にある「黄金の蔵」。
昼間は陽の光を受けて眩しいほどに輝き、陽が落ちると妖しい美しさを漂わせる、不思議な魅力に満ちた蔵です。
純金プラチナ箔で仕上げた外壁の迫力ある美しさも圧巻ですが、藍の土壁に純金箔24Kを使用して仕上げた内壁も必見。 -
私らは、真弓坂口から入りました。
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百万石前田家の庭園として造られた特別名勝・兼六園は、水戸の偕楽園、岡山の後楽園とともに、日本三名園の一つに挙げられます。ほぼ現在の姿に造園されたのは13代藩主斉泰の時代で、「兼六園」の名は宋代の詩人・李格非が書いた「洛陽名園記」に由来し、宏大・幽邃(ゆうすい)・人力・蒼古・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園として時の老中松平定信が命名したと伝えられています。冬の風物詩・雪吊りや梅苑の紅梅白梅など四季折々の自然と、代々の藩主たちによる絶え間ない築庭の妙が織りなす景観は、屈指の美しさと雄大さを生み出しています。(金沢市観光協会サイトより)
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イチオシ
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イチオシ
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兼六園を見終わって、桂坂口から出ました。
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兼六園近くのお店で昼食。今日は、親子丼とうどんのセットにしました。
それにしても、観光地そばのお店のくせに手際が悪くてビックリしたさ。 -
2日間の金沢観光はおしまい。
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