2010/09/19 - 2010/09/19
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たか☆さん
文久二年(1862年)28歳の龍馬は、沢村惣之丞とともについに土佐の国を脱藩することを決意します。
3月24日 高知を出立した龍馬は、翌25日には国境前の最後の町である梼原(ゆすはら)に到着し、当地の勤皇の志士である那須家に宿泊します。そして翌25日、最大の難関である国境の番所を超え、伊予の国へとわずか3日間で脱藩を実現したのでした。
二度と土州の土を踏むことはないと、決意して脱藩を果たした龍馬。
土佐の龍馬が日本の龍馬となる第一歩を記した地である、梼原に行ってきました。
そしてそこで見たのは、龍馬の姿...?!
【梼原町・脱藩の道・維新の門】
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龍馬が脱藩に出立したのが3月24日。国境を越える梼原は高知県でも大雪が降ると知られる山里です。
3月に出立したのは、雪が消えるのを待ったのでしょうか。
でも今回の脱藩の道は、抜けるような秋晴れの日に出発です! -
実は、梼原へ向かう途中の高速道路、高知〜須崎間は本年度無料化された区間です。
今まで見たことないくらい大量の車が走っていて、効果が出すぎて逆に渋滞気味(^^;) -
須崎で高速を降りて、一路国道197号線を梼原に向かいます。
実は脱藩の道ですが、梼原を通ったことは間違いありませんが、高知〜梼原の間はどの道を通ったか定かではありません。本日は高知から須崎経由で、梼原を目指します。
川はとても透き通っていて、落ち鮎漁をする人やキャンプをする人など、ゆったりした雰囲気です。 -
しかし、梼原に近づいてくると急に坂がきつくなり山道になってきます。
今の国道はトンネルを抜いているのでそれでも快適ですが、勾配6%のきつい坂が続きます。
トンネルなどない江戸末期のことを思うと、険しい山越えとなったことでしょう。 -
今、この道は津野山街道と呼ばれ、龍馬脱藩の道として知られるようになりました。
しかし山に近づくほど民家はまばらで、夜は街灯ひとつあるわけでなく、今も昔も真っ暗な山道です。 -
道はだんだんきつくなり、山深くに入り込んできます。
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梼原を中心とした脱藩の道の地図です。
トンネル以外は今の197号線に沿った道であったことが分かりますが、梼原を過ぎると完全に山に入り、今でも車の通れない山道であったことが分かります。 -
さらに進んでいくと、道沿いに小屋がありました。
これは茶堂と言われるもので、1600年頃に梼原の人たちが立てたものが時を経て、今に引き継がれています。
ここで旅人やお遍路さんに茶菓の接待をしていました。
お接待の精神は四国のお遍路さんを迎える各地にある風習です。
あれ、写真の下の方をよく見ると... -
ついにきた!これだ〜(^^)/
約150年前のかの日、龍馬は正にこの道を一歩一歩、歩んでいったのです。 -
程なくして梼原の町に着きました。
町はこじんまりとしていますが、道路整備によって街並みが新しくなり
モダンな街並みとなっていました。 -
高知をたった翌25日。脱藩を前にした龍馬はこの地の志士、邦須邸に一泊します。
高知からここまで高速道路を経由して1時間半。
この道筋をわずか2日足らずで踏破した脚力には感服します。
もちろん脱藩ですから、追手を気にしながらではあったでしょうが。
梼原は単に龍馬が一泊したというだけでなく、龍馬に続いて10人余の志士が脱藩し、維新の波の中でその命を落としていった志士の里でもあるのです。 -
とりあえず、であい博のパビリオンへ。
中はほかのところのパビリオンと同じく、半分は龍馬伝の展示ばかり。 -
パビリオンの中で写真が撮れるのはこのコーナーだけ(-.-)
出口前にビデオコーナーがあって、各地での龍馬についてコンパクトにまとめたビデオが上映されるのも同じとなっています。
このビデオは基礎知識無しでも脱藩に向かう龍馬の気持ちとそれを支援し送り出す梼原の志士の心情をよく伝えてくれます。
ほかの社中のビデオも見ましたが、これが一番良かったかも。 -
あまりパビリオンには期待せず、最初に行って予習をするところ位に思っておけばいいでしょう。受付の人はどこも親切なので、本当に見たいもの・知りたいことを聞いてみるのが一番です。
ご相談の結果、近隣の史跡を説明してくれる「脱藩の道ウォーク」に参加することに。 -
20人ほどの参加者の方と一緒に、ウォーク開始!
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道にはこんな標識があっていい感じ。
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まず最初に行ったのが六志士の墓。
六志士とは梼原出身で維新に殉じた、吉村虎太郎、那須信吾、那須俊平、掛橋和泉、中平龍之介、前田繁馬の事です。 -
龍馬の後を追って土佐を脱藩した5人の志士達と、それを支援していることが発覚し累を及ぼすことを恐れて自害した掛橋和泉の墓があります。
維新で血を流した土佐の志士は非常に多く、薩摩や長州と異なり藩の保護をうけられないばかりか、脱藩という形で罪を犯さなければならなかった彼らの覚悟が伝わってくる場所です。 -
周りにはもうコスモスが咲き始めていました。
山の手から見渡す梼原の町は、豊かな実りの秋を迎えています。 -
志士を支援し続けた、掛橋和泉の家です。
調べてみると、意外なことに神職であったようです。
脱藩も考えたようですが、結局最後は掛橋家のご先祖のお墓の前で自害したとのこと、齢27歳とはあまりに若い最後です。 -
家の中に入ることができます。
部屋から屋根裏の隠し部屋に上がる階段がありました。 -
隠し部屋は姫隠しの間と呼ばれ、志士をかくまうのに使われていたようです。
登ってみると、天井は低いものの6畳ほどの広さがあり、数名をかくまうことも可能ではないかと思います。 -
掛橋邸を離れ、梼原の街中を歩きます。
その途中の道端にある看板を見ると、武知半平太の妻、冨子が晩年を過ごした地であるということが書かれています。 -
ここはこの夏できた、まちの駅ゆすはらです。
よく見るとカヤ葺きに正面がなっているのでびっくり。1階は地場産品や龍馬グッズが買えるお店で、2〜3階はホテルになっているそうです。 -
次は三嶋神社です。
起源は平安時代にまでさかのぼり、伊豆の三嶋神社から分祀されたものと伝えられています。 -
神社に渡る橋は梼原産の木材で仕上げられています。
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本殿は素晴らしい木彫りの龍や鳳凰によって飾られています。
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そしてこの神社の横からも、脱藩の道が続きます。
少しすすんでみると... -
風もないのに竹林がざわざわと騒ぎます。
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イチオシ
あ、龍馬...
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いや、誰もいない。
さっき見たのは龍馬の幻だったのでしょうか。 -
少し歩いたところにお城発見!
昔の城跡のようですが、今は天守閣を模した建物があります。 -
本命はその横にあるこの銅像。
「維新の門」と名付けられたこの銅像は、脱藩し維新の中で活躍した梼原の志士の群像です。 -
中央にいるのが、掛橋和泉の像。
志士たちをじっと見守っているようです。 -
こちらは、先頭が那須信吾、後ろで手を挙げているのが天誅組を旗揚げした吉村虎太郎、他に前田繁馬、中平龍之助。
皆、維新の中で命を落としてしまっています。 -
イチオシ
特に迫力があるのが、中平龍之介の像です。
土佐を脱藩し、長州の忠勇隊に参加し禁門の変で負傷し、自刀しています。
その時懐に入れていた辞世の句は、
「散りていく秋の木の葉は朽ちるとも
また来る春のめぐみまたなむ」
維新に命をかけた強い意志と、はかなさがぐっと伝わってきます。 -
右端で先を指し示しているのが梼原の志士、那須俊平。
その右にいるのが、坂本龍馬です。 -
那須俊平の指し示す先を振り返ってみると、伊予の国に続く険しい山々がつながっています。
龍馬たちはこの山を越えて、韮ヶ峠より脱藩したのでした。 -
イチオシ
この銅像の龍馬の顔は、桂浜の銅像(亀山社中時代に長崎で取られた写真が題材)とは違い、今から国を捨て未知なる世界へ飛び出していく強い意志と高ぶりを感じさせるものです。
維新の門の像については以下のリンクをご覧ください。
http://www.mantentosa.com/sightseeing/yusuhara/ishin_gate/index.html -
梼原は南国高知のイメージと違って山深い里であり、冬は雪が降り積もる地です。でもこの日は秋の柔らかな日に包まれ、田んぼは稲が穂をたれて、風が吹くと黄金の波のようにたなびきます。
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清らかな流れの川には木製仕立ての橋がかかり、川では子供が遊んでいました。山深くとも木材で栄え、独自の文化や多くの人材を輩出した地、梼原。
単に龍馬が脱藩の道すがらで選んだ町というだけでなく、支援してくれる人やその志を感じることができる旅でした。
龍馬の脱藩は新しい旅立ちであり、それはこの梼原から始まったのでした。 -
イチオシ
Special Thanks to 現代の志士の皆さん(^^)
真ん中が今回楽しいガイドをしていただいた、梼原の志士です。いつもは建具屋をされているそうですが、身振りもしゃべりもまさに勤皇の志士そのもの。
両側が東京から遠く梼原を訪ねてきた、兄弟志士のお二方。なかなかの男振りで、カッコよかったよ!
今回ちょっと都合会いませんでしたが、機会があれば飲もうね〜(^^)
(鰹も鮎もおいしいき、いつでも高知に来いや〜)
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