2010/09/08 - 2010/09/11
8134位(同エリア27500件中)
あまちゃんさん
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ずっと行ってみたいと思っていた韓国にようやく行くことが出来ました。
家内と夏休みの日程を合わせ、とにかく旅行することを決めたのが8月も下旬に入ってから。
家内は、シュノーケリングなどをするため沖縄に行きたいといっており、大概、旅行の行き先は家内の言うとおりにしてきましたが、今回は強引に韓国に決めました。
旅行出発の二日ほど前に、何と二人とも風邪を引いてしまい、韓国にしておいて正解でした。
また驚くなかれ、韓国語どころか英語も出来ない、日本語さえも関西弁しか話せないオッサンとおばさんのフリープラン三泊四日(朝食もなし)、ガイドブックなんか関空内の書店でやっと購入するといった少々横着な旅行でした。
しかも、その旅行の話が決まったのが8月下旬と遅かったため、フォートラベルやソウルナビなどでホテルの口コミ情報を参考に幾つか希望のホテルをピックアップし、電話で何度も旅行会社にホテルの手配を依頼し、さすがに思うようには希望のホテルは見つからず、最終的に地下鉄明洞駅の地下道を挟んで明洞の繁華街の反対側にあるパシフィックホテルになりました。やれやれ。。。
ところが、出発前日の午後に思いもよらぬアクシデントが・・・!
旅行会社から私の携帯に連絡が入ってきました。
『すいません。予約していたはずのホテルが取れていませんでした。』
『えっ!!』
ということで、
どんなホテルかは知らなかったけれども、結局、パシフィックホテルと同等クラスのホテルと言うことで、地下鉄明洞駅前の繁華街側に建つ『世宗(セジョン)ホテル』に変わることになり、その代わりそこの旅行会社が持っているプランの中で、17坪のスィートルームで朝食付きプランで了解して欲しいということのなり、その条件を飲みました。
後から考えるとこれが結構儲けものでした(笑)
というのも、ソウルに行っている間は、ずーっと雨天・曇天。
そのため、地下鉄の駅前でもあり、夕食を食べに明洞の街に出るのもすぐと言うバッチリのロケーションだったんです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス タクシー
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旅行記を時系列に沿って展開していく前に、一つ二つお話が・・・
この写真、携帯でとったためかなり映りが悪いですが、妙齢の女性が彼氏と思しき男性と焼肉を食べに来た時の後姿です。
何と、ミニスカートなのにいすの上に胡坐をかいて食事をされていたんです(ちょっと分かりにくいですね)。
因みに、韓国では、女性の立てひざ座りはマナー違反ではないそうです。
だから、きっとこんな座り方もマナー違反じゃないんだと思いますが。。。
あと、ついでに食事時のマナーについて。
韓国では、食事の際には、器を手に持って食べたり、器に口をつけてスープなどを飲むのは行儀の悪いことだそうで、ご飯やスープはスプーンを使って食べ、お箸はキムチなどのおかずをつまむときのみ使うのだそうです。
また、麺類は、スプーンにお箸で麺や具を載せて食べるのがマナーだそうです。
そう言えば、韓国の方は誰も器を持ったりせずに、上に記したように上手に食べられていました。
あと、お店ではテーブルの上に金属製のスプーンと箸がセッテイングされていたりそれらが入った箱などが用意されていますが、とある韓国餃子の有名店では、テーブルに引き出しがついており、その中にお箸とスプーンが入っていました。 -
私達が宿泊したのは、15階建ての14階にあるスィートルーム。
でも、何でこんなものが置かれているんでしょう? -
とりあえず、旅行記に入る前の最後の余談です。
口コミ情報などを見ていると、結構いいホテルでもトイレはウオシュレットじゃないところが多いとか、何であんなにトイレットペーパーが遠いの?っていう記事を何度か見かけましたが、流石にスィートルームだけあってか、トイレは2箇所あり、メインのこのトイレはウォシュレットでした。でも、トイレットペーパーは確かに遠かったです。
あと、このトイレ。
ベッドルームから見えないように仕切りはあるんですがドアがない。
そしてその正面には洗面所、奥には贅沢にもバスタブとシャワーブースがありました。 -
いよいよ旅の始まりです。
余談ですが、11時10分関空発、13時30分金浦空港着。
帰りは、17時40分金浦空港発、19時20分関空着のアシアナ航空を利用する飛行機プランを選び、基本プランより9000円高くなりました。
金浦空港には、ちょっとイケメンの若い現地係員さんが車で迎えに来てくれていました。
とても日本語が流暢な方でしたが、我々は京都人、同乗の女性三世代3人組は大阪の方で、どちらも関西弁を喋るので、時々『何を言っているのかわからない』と困られていました(笑)
さて、ホテルに行く前に東和免税店に立ち寄りました。
ここはコスメが比較的お安いとのことでした。
でも、私達は余りショッピングには興味はなく、自分はマッコリが飲みたかったので道路の向かいに並んでいる地元の方が立ち寄るような小さなお店を覗きました。
1軒目のお店には、『マッコリある?』と日本語で聞くと、どうも置いてないような返事が返ってきました。
2軒目のおばさん三人でやっておられる店(日本の田舎の食堂のような感じのいすとテーブルがある)に同じように聞きながら入っていくと、どうやら置いてあるらしく、韓国語での返事とそこに座れと言う感じの身振りをされたので座るとマッコリを持ってきてくれました。
コップはメラミン製のようなコップでした。
二人で飲み始めると、『チヂミ×××』と言うような声を掛けられたので、指1本を立てたら、一人前にしては大き目のチヂミを出され、食べようと箸で切ろうとしていると、韓国料理の番組なんかでおなじみのハサミでチョキチョキチョキと切ってくれました。
『おお!韓国に来たんだ』と実感した瞬間でした。
マッコリもチヂミもとっても美味しかったです。
さて、御代のほうですが、1万ウォンでした。
この『イチマン』だけが日本語でした。
食べ終わって支払いを済ませ、『ごちそうさん』と言って店を一旦出たんですが、ガイドブックに簡単な韓国語が書いてあったのを思い出し、もう一度店の中に顔を突っ込み『カムサハムニダ』と言ったら店のオバサンたちは笑顔で見送ってくれました。 -
ホテル到着後、少し休憩してから、明洞の街中へ散策に出かけました。
雨が降ったりやんだりする天気にもかかわらず、人出は結構ありました。
ソウル一の繁華街と言うことで、韓国の若い人たちや日本人観光客(中でも、若い女性や年配の女性同士のグループが多かったです)でごった返していました。
ファッション関係やコスメのお店、焼肉などを中心にした食べ物屋さんが多かったですね。
両替は、とりあえず金浦空港内の銀行で1万円を両替しました。そこでは13万4千ウォンでした(皆さん御存知のように、日本の空港では非常にレートが悪いからです)。
そしてもう一度、明洞の両替屋さんで一万円を両替しました。
ここでは、大体13万8千ウォンでしたが、1軒だけ13万8千8百ウォンの店を見つけたのでそこで両替をしました。
現地係員さんに教えてもらった『明洞餃子』という店で夕食をとりました。
よく言われるように、サービス過剰の日本と違って、この店も御他聞に漏れず愛想は良くありませんでした。また、日本語は全く通じません。
お店の内装も質素なものでしたが、何故だかお客さんは満員状態でした。
メニューは4品だけ。しかも、アルコール類はなし。
このお店の看板メニューの“カルグクス(肉や野菜ワンタンなど具沢山の麺)”と皮の中が透き通って見えるほど具がたっぷりの点心風の丸い包み方をした“蒸し餃子”を注文しました。当然のように、キムチとご飯も出てきました。
困ったのが、お箸とスプーンが無かったことです。
ちょうど、隣に日本人の我々くらいの年配の先客がおられ、テーブルの引き出しの中に入っていることを教えてくれました。
良く見ると、注文している品は一緒でした。
“蒸し餃子”のつけダレを作っていると、「これ何やろ?」と思うものがテーブルの上におかれていたので、中を見ると何か『少しとろみのあるねぎなんかが若干入った透明な液体』でした。
訳も分からず、とりあえず少しだけ入れてみました。
そうしたら、ムチャムチャ辛くなりました。
今後、初めて行かれる方はどうぞ御注意を!
さてお味の方ですが、どちらも結構あっさりとしていて美味しかったです。
人気があるのも窺えます。また、それだけで結構おなかが一杯になりました。値段は、いずれも7,000ウォンでした。
また、店内では、絶えずお水とキムチの追加サービスを持って回っている店員さんがおられました。
その後、おなかは一杯になったんですがアルコールが飲みたかったので、居酒屋風の店を探し出し、一品注文し、また“マッコリ”を注文しました。
面白いシーンを見ました。
日本がサービス過剰なのかそれとも韓国風なのか、我々が座ったテーブル席のすぐ横に座敷の入り口があり、男物の革靴三足が日本のように店員にそろえてもらえることも無く脱ぎおかれていました。
狭い店内、店員はそこを通る時そろえようとすること無く飛び越えて行ったり、いつの間にか片方がひっくり返っていた靴がありそれに気付いた店員が手で表向けましたが、そろえるのは足でけりながら適当に揃えていました。 -
イチオシ
夕食後、風邪引きさんの我々は早々にホテルに帰りました。
ホテルに帰ってからは、家内はお風呂に入って就寝しましたが、早寝する習慣のない私は、ホテルの裏側から外に出ることなく入っていけるセブンイレブンにてマッコリを買ってホテルの部屋で仕上げをしました。
因みに、セブンイレブンに数種類あったマッコリは、大体1リットル弱で日本円に換算して高いので100円強、100円未満の方が多かったです。
写真延び発泡性のマッコリは、とっても口当たりが良く美味しかったんですが、これも1,400ウォン(日本円換算で100円を少し上回る程度)でした。
日本では、マッコリは郊外型の酒店でも500〜600円くらいはしますから、激安ですね。
三日ともホテルに帰ってからはマッコリばかり飲んでいました。 -
さて、ソウル二日目です。
相変わらずの天気で、朝から雨が降ったりやんだり。
本日から観光開始です。と言っても、相変わらずの風邪引きさん二人。
ホテルで朝食を済ませ、まずは、南山韓屋村へ行くことに。
行き方をホテルの方に尋ねると、地下鉄で一駅だし、歩いてもそんなに遠くないとのことでした。
しかし、体力温存のため、ホテル前の道路を挟んで向こう側のバス停からバスも出ているとのことで、バスで向かうことにしましたが、タクシーを利用する場合に備え、念のためにハングル語で南山韓屋村まで行きたい旨メモに書いてもらいました。参考までに、運賃も。2500ウォンて書かれていました。
バス停でバスを待っていると、直にバスが来たので乗ろうと思ったら、1000ウォンとの料金が見えました。
即座に、バスをやめ、入り口まで行ってくれるタクシーに乗ることにしました。
タクシーは、模範タクシーじゃなく一般のタクシーに乗りました。
タクシーを止め、ドアを開けてメモを見せ『オーケー?』と聞いたらOKのような返事。
料金メーターを見ると、基本料金は2400ウォンでした(メッチャ安い!)。
そして、何と入り口の門の前まで行ってもらって、基本料金のままでした(余り近すぎて、何か悪いことをしたような・・・)が、運転手さんは嫌な顔一つせず(感謝!)。 -
南山韓屋村(南山コル韓屋マウルとも言うらしい)は、近年、昔の姿を現代に再現すべく貴族階級の両班(韓流ドラマ好きにはこの意味がすぐに分かるらしい。文班(文臣)と武班(武臣)を指してこういうとのこと)の屋敷や一般の伝統的家屋を集めて作られたテーマパークのようなもので、何と入場無料。でもメッチャ広い!
詳細は、
http://www.seoulnavi.com/miru/156/article/
を御参照下さい。 -
イチオシ
当日は、幼稚園くらいの子供達の遠足の団体がたくさんいました。
また、この伝統的家屋は一部は開放されているのか、
この写真のように、建物の中で音楽の先生らしき人から伝統楽器の演奏を習う子供達(動画は、http://ameblo.jp/5819ha/entry-10665353557.htmlで公開しています。)や、 -
習字の練習をする叔父さん叔母さん、
-
チョゴリを着て、おそらく韓国の伝統的な礼儀作法を先生から教えてもらっている子供達がいました。
-
さて次は、景福宮へ移動です。移動手段に地下鉄を選びました。
南山韓屋村の出口から歩いてほんの数分のところに、地下鉄の忠武路(チュンムロ)駅があります。
地下鉄3号線に乗って景福宮(キョンボックン)駅までの移動です。
さて、ここからは、地下鉄の乗り方について簡単な解説をします。
切符は日本のような券売機で買うのではなく、「1回用交通カード」というものを販売機で購入します。
料金は、10キロまでは1000ウォンですが、このカードの購入時には保証金として500ウォン(降車時に返金する機械があります)が上乗せされ1500ウォン必要です。
この販売機は、写真のようにハングル語のほか、英語、日本語、中国語に対応していて日本語のボタン(タッチパネル)を押すと、日本語の音声ガイダンスが流れてくるのでそれに沿って進んでいけば初めての人でも簡単に購入できます。
なお、ソウル市民は一般に「交通カード(T-money)」というものを持っていて、これは「1回用交通カード」より100ウォン安く、また一定の時間内ならバス、地下鉄に関係なく5回までは距離に合わせた料金で済むそうです。
簡単に言うと、地下鉄で3キロ、バスで2キロ、また地下鉄で3キロ移動した場合、「1回用交通カード」なら3000ウォンかかるところ、900ウォン(今のレートで日本円に換算して70円ほど)で済むそうです。公共交通機関がこんなに安く利用できるなんて日本では到底考えられません。 -
地下鉄3号線の改札はターンバー式で、『T-money』と表示されているところに「1回用交通カード」をタッチすれば通過できます。
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地下鉄の各駅には番号がつけられ、また路線ごとにシンボルカラーで表示が色分けされて大変分かりやすいです。
因みに、私が時々利用する京都市の地下鉄は2路線しかありませんが、これも路線ごとにシンボルカラーで表示が色分けされていて、駅名に番号がつけられており、今まで何の気なしに見ていたんですが、今回の旅行で初めてその便利さが分かりました。 -
あまり映りがよくありませんが、地下鉄のプラットフォームです。
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私たちが乗った3号線の列車は車内のドア上部に次の駅名表示がされていて、ハングル語の次に、
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英語標記に切り替わり、
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その次に漢字表記に切り替わりました。
そして、各々の表記時に、かなり音が小さく聞き取りにくかったのですが、韓国語、英語、日本語での車内アナウンスが流されていました。
ただ、地下鉄4号線ではそれはなかったので、あくまでも参考としてこの部分は見て下さい。 -
目的地について改札を出たあと、保証金換金機で保証金の500ウォンを返してもらうのを忘れないようにしましょう。
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保証金換金機の使い方はいたって簡単。
「1回用交通カード」を挿入口に入れれば、500ウォン硬貨がチャリンと出てきます。 -
地下鉄3号線5番出口を出ると、国立古宮博物館があって、その前を通り過ぎるとすぐに李朝時代の正宮である景福宮が見えてきます。
むちゃくちゃ広そうです(実際広すぎて途中で引き返してきました)。
この景福宮は、李氏朝鮮時代の正宮で、現在ソウル市内にある5大王宮の中で最も広いそうで、初日空港まで迎えに来てくれた現地ガイドさんに、王宮を見るならまずここを見なさいといわれました。
また、ガイドさんの話によると、この景福宮は、豊臣秀吉との戦いで全焼し、また再建された後も、日韓併合により日本が建物のほとんどを破壊してしまったそうで、話を聞いていて大変申し訳ない気もしました。
入場料(3000ウォン)を支払い中に入ると、正門である光化門と興禮門の間にあるとてつもなく広い広場に出ます。
無料の日本語ツアーが日に3回あるそうですが、時間的にお昼も過ぎていておなかも空いていたので次の日本語ツアーの時間を待たず中に入りました。 -
興禮門です。
この内側右手に景福宮案内室があります。
韓国語、日本語、英語、中国語の無料案内ツアーはここから出発しますが、その時間に間に合わず自分たちで見学する時は、ここで日本語の案内パンフレットが置いてあるので必ずそれを貰ってから中に進んで行きましょう。
持っているのといないのとでは大違いです。
恥ずかしながら、私たちは帰り際にパンフレットが置かれているのに気付きました(爆)。 -
興禮門の衛兵です。
色鮮やかな衣装を身にまとい、全員が髭を蓄えています(付け髭の人も?)。
この日は、小雨模様で残念ながら衛兵交替式が見られませんでした。
衛兵と言えば、台湾の忠烈祠、マレーシアの王宮でも見ましたが、ここの衛兵は本当の兵士ではないのでしょう、若干緊張感が足りなさを感じました(笑)。 -
勤政殿に通じる勤政門です。
ここにも衛兵がいます。 -
勤政殿です。
ここで王が、文武百官が出席した中で朝礼を行ったり、外国の使臣との接見、即位や婚礼のような重要な儀式などを行ったそうです。 -
勤政殿の広場には石柱(品階石と呼ぶそうです)が並んで立っており、これには臣下の地位が刻まれていて身分の順に並んでおり、階級に応じて臣下が王の前に立つようになっています。
-
勤政殿のまわりをこのような回廊が囲んでいます。
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勤政殿内の玉座です。
とてもきらびやかでした。 -
勤政殿の天井の龍です。
パンフレット(以下、Pと表記します)によれば、龍は、動物の持つ最上の長所をすべて備え、調和能力に優れていると解されていたようです。 -
宮殿内随所でこのような石物を見かけます。
Pによれば、これらの石物は王室の権威と威厳を示す縁起のよい存在とされているそうです。 -
康寧殿の一室です。
Pによると、康寧殿は王が生活をしていた建物であり、ここで読書や休息をとったり、時には臣下と会って話をすることもあったそうです。 -
各建物の細部に渡ってこのような鮮やかな文様が施されていました。
-
宮殿の中心部(外殿・内殿)を出ると、広い芝生の広場に出ます。
Pによると、この向こうには、後苑と言って王室家族が宴会を催したり、リフレッシュするための建物や庭があるそうですが、昼も二時を過ぎ流石にこの辺りで疲れたので駅の方に戻ることにしました。
なお、この芝生の辺りには臣下の家々があったそうです。 -
この広場の一角に「風旗台」があります。
下の写真が、その案内版です。 -
景福宮の風旗台についての日本語の案内板です。
-
この建物は、慶会楼です。
Pによると、この慶会楼は、後苑の香遠亭とともに、景福宮の様々な庭園や後苑のなかで最も注目を集める場所です。
天気が良ければ、池の水面に楼閣が写りとても美しかったでしょう。
この日は、このあと、地下鉄3号線で一駅戻った安国駅で下車し、仁沙洞(ニンサドン)の入り口にある「キョンホカルビ」と言うお店でかなり遅め(午後3時頃)の昼食をとりました。
この店、我々が行ったのはお昼と夕食との間の時間帯だと言うのに、次から次へとお客さんが入ってきました。
さて、注文したのは、骨付きカルビと豚の三枚肉(サムギョプサル)とチヂミだけで、あとはつけ合わせで出てくるキムチやご飯、その他諸々を食しながら、マッコリとビールをたらふく飲み、満足して一旦ホテルに帰って小休止することにしました。
お肉は店の方が焼いてくださり、例のごとくハサミで切り分けてくれました。
料理の写真ですが、余り美味しかったので、撮ってくるのを忘れてしまいました(笑)。
夕食は、明洞のホテル近くにあるビビンバの専門店、これもガイドさんに教えていただいた「古宮」でいただきました。
何と、ここで偶然にも、空港への迎えの車で一緒だった大阪の三世代女性グループと再開しました。
ビビンパは美味しかったのですが、少し小さめのお好み焼き風の“こなもん”はいまいちでした。
さらに、この店の若い方で少し小太りのお姉さん、慌てものなのかいい加減な人なのか、注文の意思疎通が上手く図れていないのにさっさと引っ込んで行ったり、自分がテーブルに置く時にこぼしたマッコリのしるの上に、それを隠すように他のものを置いたりとか、少しイラつく人でした。 -
さて、ソウル滞在3日目は、いよいよ本旅行のメーンイベントとなった板門店と非武装地帯(DMZ)見学ツアーです。
当日は、ロッテホテル2階からの出発でピックアップがないため、私たちが泊まっている世宗ホテルまで現地係員さんがタクシーで迎えに来てくれました。余談ですが、タクシー料金は、2400ウォンで基本料金でした。
8時50分出発で15時から15時30分頃に帰着予定です。
バスには、日本人と英語圏内の外国人が同乗していて、添乗員の女性も日本語で案内する人と英語で案内する人の二人が乗っていました。
座席も決められていて、私たちは一番前でした。
板門店は、休戦中とはいえ、対戦(臨戦)状態にあるところで、このようなところに世界で唯一観光できるのはここ(板門店)だけだそうです。
この写真は、ニュースなどでよく見るいわゆる『板門店』の写真で、左側の建物がT2と呼ばれる軍事停戦委員会本会議場です。右側の建物はT3と呼ばれる国連軍の建物です。
建物と建物の間にコンクリートで線が引かれていますが、それが軍事境界線でその手前の砂利部分が韓国、舗装されている部分が北朝鮮です。
軍事境界線上にあるこの辺り一帯を共同警備区域(JSA)と呼ばれ、この建物の左右に広がる緑の中には鉄条網などがあるわけではなく、白い杭が一定間隔で打ち込まれています。
このブルーの建物の向こうに見えるのは、北朝鮮側の建物で「板門閣」と呼ばれています。
ちょうどこの写真を撮った私の真後ろに韓国側の同じような建物があり、「自由の家」と呼ばれています。
ブルーの建物の手前に国連軍の兵士が建物に半分身を隠して警備に当たっている姿からは、正しく臨戦体制下にある国境という緊張感がひしひしと伝わってきます。
ブルーの建物3棟のうちの真ん中の棟が軍事停戦委員会本会議場で、中を見学することは出来るのですが、今回のように先に北朝鮮側が見学していた場合は、自由の家の前からの写真撮影のみです。とても残念でした。
中に入れた場合は写真撮影も許可されるそうですが、北朝鮮側の入り口の前に国連軍兵士が立ち、国境のコンクリートの線を越えてその手前までいけるのですが、その兵士より向こうに行けば亡命とみなされるそうです。
(参考までに・・・)
自分たちより2週間遅く同じくソウル旅行に出かけた職場の先輩が居たんだが、話を聞けば彼は事前に計画的に旅行計画を組み立てていて(普通はそうでしょうが)、このツアーも日本で申し込んでいて一人6000円くらいだったそうですが、私たちのように関空でガイドブックを買うような横着者は、このツアーを金浦空港についてホテルまで送ってもらう車の中でツアー参加を決め、現地係員に申し込みを依頼し、たまたま定員が空いていたのでツアーに参加できたのですが、料金は日本円で9000円でした。 -
イチオシ
ここには、真ん中に三つブルーの建物があり、これは国連軍のもので、その両端に白い建物が1棟ずつあり、それは北朝鮮軍のものです。
この写真に写っているのは、国連軍のT3という建物と北朝鮮の白い建物です。
右手奥に写っている建物は、北の監視所だそうで、実際、監視の兵士が見えました。
ここからは、かなりくどい説明になるかとは思いますが、ここ(板門店)に来るまでの話をしたいと思います。
ロッテホテルを出発したバスの中では、ガイドから、板門店に纏わるいろんな歴史的な事件や背景の説明を受けるとともに、見学時の注意事項、例えば写真を撮ることができるのは軍に許可された場所・時間だけ、板門店に着いたらバスから手に持って出られるのはカメラだけ(一定以上の望遠機能がついたカメラは許可されません)でビデオ撮影はだめだと言うこと、北朝鮮の観光客に出くわして、向こうが手を振ってきてもこちらは手を振り返してはダメだとか、指差してもいけない(拳銃と間違えられ撃たれても文句は言えない)、スカーフをしていてもダメだということなどです。
実際に北側の「板門閣」側に来ていた北朝鮮側の観光客は、こちらに向かって手を振ってきたり、こちらとは逆に緊張感もなく笑って話していたり、指差しもしていました。
また、ツアー中の飲酒はもちろんのこと飲酒状態での参加も不可です。
さらに、同乗者に問題行動をするものなどがいた場合、連帯責任としてツアー自体が中止されることもあるとのことでした。
さて、当然のことながら、観光バスでいきなりここ(板門店)まで来られたのではありません。
軍事境界線から南北それぞれ領土に2キロまでの地域が非武装中立地帯(DMZ)とされています。
一部の地域を除いて、この辺り一帯は今も地雷原となっているそうです。
2007年には、この幅が南北それぞれ300メートルまで狭まったそうです。
さらに、そこにたどり着く前には民間人統制線と言うところがあり、検問所が設けられ、観光バスに韓国軍の兵士が乗り込んできてパスポートのチェックなどをします。
つまり、このツアーにはパスポートが必携なのです(もちろん旅行会社がその点は事前に注意してくれます)。
また、服装などもチェックされ、不適切な服装の場合は、軍が用意した服に着替えさせられるそうです。
また、その日の状況によっては、ツアーの一部が省略されたり、ツアー自体が突然、中断・中止されることもあるそうです。
話が前後にまりましたが、ここからがこのツアーの本当の始まりと言うことになります。
そして、先述の非武装中立地帯に入る前に観光バスを降り、国連軍のバスに乗り換えて国境に向かって行くわけです。
この国連軍のバスの運転手は国連軍兵士で、もう一人バスの先頭に軍の兵士が乗り込んできて、乗客が勝手に写真を撮ったり(許可された場所・時間にしか写真撮影は出来ません。ビデオは不可でした)、その他不穏な動きをしたりしないか、乗客に監視の目を光らせます(実際は北朝鮮軍兵士から表情を読み取られたりや顔の判別をされないようサングラスを掛けていますが)。
この日の兵士はどちらも韓国人でしたが、ここから内は国連軍の兵士となるのだそうで、その構成は9割以上を韓国軍が占め、残り殆どを米軍が占めているそうです。
まずは、キャンプボニパス(JAS警備大隊)についた後、見学前の注意事項やポプラ事件、ソ連大学生越境事件、帰らざる橋などについてのブリーフィングを受け、板門店に向かいます。
板門店に着いてからは、軍の支持のもと、2列縦隊で平和の家の入り口から中に入り、指示が出れば平和の家の外に出て、先着の北朝鮮側の観光客がいなければ軍事停戦委員会本会議場に入れたわけですが、私たちの場合は残念ながら北側の先客がいて、平和の家の軒先からの見学、写真撮影となりました。
その後、また、2列縦隊でバスに戻り、共同警備区域内をバスの車窓からの見学となります。
この間も、軍の指示がなければ写真撮影は出来ません。
以前は、共同警備区域内にある訪問客用展望台から北側を見ることが出来たそうですが、今は若干緊張状態にあるせいかそれは出来ませんでした。
少しだけ車窓から写した動画があります。
10月16日付の
http://ameblo.jp/5819ha
をご覧下さい。 -
板門店ツアー中に必ず訪れるポプラ事件の跡地。
車窓から撮影。
ポプラ事件とは、北朝鮮軍の動きが見えにくくなったため、共同警備区域内の韓国側にあるポプラの木の枝を切ろうとしていた国連軍(アメリカ軍兵士)に北朝鮮軍が攻撃を行い、2名のアメリカ軍兵士を殺害した事件で、第二次朝鮮戦争の引き金ともなりかねない事態に発展したそうです。
このほか、ソ連大学生越境事件などの話を聞きました。
※1984年11月23日、北朝鮮の板門店観光ツアーに訪れていたソ連人大学生が軍事境界線を越えて南(韓国)に闖入した。この大学生を追った朝鮮人民軍兵士が軍事境界線を越えたため、国連軍が攻撃し両者は衝突、韓国軍兵士1名と人民軍兵士3名が死亡した。 最終的にこの大学生はアメリカへ亡命した。
(wikipediaより)
このツアーで印象に残ったことの一つに、ガイドさんは、中国や北朝鮮のこと、或いは北朝鮮単独をとっても、決してそのような表現は用いず『共産』と言う言葉を使われていたということがあります。 -
帰らざる橋の韓国側の入り口です。
1953年の休戦協定調印後、南と北が捕虜交換した橋で、共同警備区域西端に位置します。
捕虜達が南へ行くか北へ行くかこの橋の上で決め、一旦渡ったが最後帰ることが出来なくなったことからその名がつけられたそうです。 -
板門店(共同警備区域)の見学ツアーの最後に、非武装地帯の売店(ギフトショップ)に立ち寄ります。
ここで国連軍のバスから降り、もとの観光バスに乗り換えます。
さほど広くないこの売店の中ではいろんな記念品が売られていて、中には北朝鮮の紙幣セットも売られていましたが、紙くずのような紙幣がバカ高かったのには驚きでした。
私は、中をちょっと覗いて、やっとここでタバコが吸えるようなったので外で休憩していました。 -
売店(ギフトショップ)の中はかなり狭かく、ツアー客が入ると満員になります。
-
若い国連軍兵士(徴兵された兵士達)もここでやっと緊張を解いて、携帯で遊んでいました。
このあと、ツアー参加者との記念撮影にも気軽に応じていました。 -
臨津閣(イムジンカク)から見たイムジン河を渡る京義線の白い鉄橋。新たに架け替えられたものですが、これを自由の橋と呼びます。
南と北を結んでいて、ロシア大陸横断鉄道にも繋がっているそうです。
韓国から列車に乗ってモスクワ、ヨーロッパへ・・・
そのような平和な時が少しでも早くくればいいのですが。。。
非武装地帯を出たところに最初に現れてくる建物らしき建物があるのがこの臨津閣で、一般車で許可なく自由に出入りできる板門店の手前の最後の地点だそうです。 -
自由の橋に向かう通路。
-
自由の橋に向かう道は、じきにこのように閉ざされ、隙間がないくらい多くの統一を願う旗や願いを書いたものなどが掲げられていした。
南北分断の悲しさが伝わってきました。
この近くの食堂で昼食。
プルコギを頂き帰途につきました。
余談ですが、昼食時、私たちの隣に三人組のオバサングループがいました。このうちの一人がまるでタレントの上沼恵美子のようにど厚かましい言葉を大きな下品な声でぽんぽんはきながら、料理もあれやこれやとけなしながらもしっかりと食っている一人のオバハンがいて、非常に不愉快な思いをしました。 -
ホテルに帰った後、少し休憩して南大門に行きました。
天気は完全なる雨。
メインの通りも、写真のように閑散としていて
楽しみにしていた屋台も全く出ていませんでした。
残念! -
南大門が雨で大半の店が開店休業。
期待していた屋台も全くでした。
仕方なく一旦ホテルに帰り小休止し、夕食を食べに出かけました。
夕食はホテルの近所で済ませようと思っていたのですが、いつものように家内となかなか意見が合わず、同じ辺りを行ったり着たり。
ホテル近辺の明洞の街中をウロウロし、最終的に行った先は宿泊先の世宗ホテルに程近い『三金』と言う店でした。
ここでは、豚の三枚肉とキムチ冷麺、そしてキムチ入りの卵焼きを注文しました。
写真は、豚の三枚肉の焼肉です。 -
これは、豚の三枚肉のメニューです。
-
これはキムチ冷麺です。結構美味しかったです。
何故だか、「ハサミ」も一緒に出てきました。
何のために出てきたのか真相は不明ですが、ハサミで適当に麺を切りながら食しました。
韓国の食べ物では牛の焼肉とチヂミが念頭にあったのですが、結構豚の三枚肉の焼肉が好まれているようでしたし、実際に美味しかったです。
この店は、さほど広くはないのですが、地元のお客さんも沢山いて外に待ち人が出来るくらい満員状態でした。
旅行記最初のいすの上に胡坐をかいて食事する女性もこの店で携帯で取りました(笑)。
流石に三日目の夜となると注文も大分なれてきたため、比較的動きの良い兄ちゃんに注文時はアイコンタクト。
どの料理も大変美味しかったです。 -
キムチ冷麺のメニューです。
日本語でも書かれていました。 -
因みに、この写真は、「三金」の壁メニューです。
全く読めません(笑) -
韓国のお土産といえば、これが思い浮かびます。
そうです。韓国のりです。
これは、世宗ホテルの裏にあるセブンイレブンの斜向かいくらいにある韓国のりの専門店で買いました。
お店の女将さんが、日本語が余りにも堪能すぎるので聞いたら日本人でした。
お土産と言えば、他に、化粧品やメガネなども有名なようです。
明洞や南大門にはそんなお店が沢山ありました。
私たち二人はメガネを買いました。
夕方お店に行って、晩にはホテルに届けてくれました。
店員さんは日本語がとっても堪能でした。
たまたまクーポンを持っていたので20%引き。
更に値切って買いました。
でも、日本円での支払いだったので少々値切っても損にはならないんじゃないかなと思いました。
他のお土産は、旅行最終日にロッテ百貨店の地下食料品売り場で買いました。
キムチ売り場で私たちの相手をしてくれた店員さんは、とっても親切な方で
キムチなどを買ったあと、マッコリが欲しんやけど何処にあるかと尋ねたら、『お客様、私についてきてください。御案内します。』と地下の食料品売り場のマッコリを置いていそうなコーナーを2箇所も案内してくれました。
売り切れていたのか、残念ながらマッコリは見つかりませんでしたが、外のコンビニで買ってきてまたここに戻ってきてくれたら、飛行機に積んでもこぼれない様にラッピングしてあげますよと言ってくださり、コンビニの場所まで教えてくれました。
そして、コンビニでマッコリを何本か買ってその人のところへ戻ったら、本当に親切にラッピングしてくれました。
余りに荷物が多くなったので安くて大きな袋を売っている店はないかと尋ねたら、また親切に地下街にあることを教えてくれ、地下街への行き方も教えてくれました。お陰さまで、お土産を入れるのにちょうどいい大きさの500ウォンのバッグを二つ買うことが出来ました。
因みに、その店員さんの名前は覚えていませんが、30台半ばで細身でスタイルが良く、とてもきれいで上品な顔立ちをした人で、どちらかと言えば日本人顔の人で『お客様』と呼んで対応してくださる人で、社員ではなく日本で言うパートタイマーのようでした。ロッテ百貨店の地下食料品売り場に行かれたら探してみてください(笑)。
最後に、お土産を買うに当たっての注意事項です!
金浦空港の利用者で、初めて韓国に行かれる方はこれだけは是非御注意下さい。
私たちのツアーは、フリープランでしたが、行き帰りだけは金浦空港への送迎がつきました。
帰りは、大型バスで、いろんなホテルに回って帰りの客をピックアップして一件だけお土産屋に立ち寄ると聞いていましたが、明洞での韓国のりとロッテ百貨店の地下食料品売り場で十分にお土産は買ってので、帰りに立ち寄るはずのお店ではもう買う物はなかったのですが、それが非常に幸いしました。
帰りに立ち寄った金浦空港近くのお店は、完全にボッタクリでした。
日本のスーパーなどで買うのとさほど値段は変わらず、全く安くありませんでした。
店の名はアルファベットのAで始まるお店です。 -
韓国に行く前は、反日感情を持った人が多く、嫌な思いをすることもあるだろうなぁと思っていましたが、老若男女、全くそんな場面に出くわすことはありませんでした。
想像をはるかに越える良い国でしたし、二人とも風邪引きさんで、体力が落ちている上にずーっと雨模様でしたが、結構楽しめました。
政治の世界では何故もっとお互い上手にお付き合いできないのでしょうね。
最後に、初めて韓国に行かれる方へもう一つのアドバイスです。
お買い物を楽しみにされている方は、欲しいと思っているものの値段や評判のいいお店などを事前に調べていかれる方がいいと思います。
我々のようにあまりに無計画だと、板門店ツアーの時のように、日本で事前申し込んでおいた場合と比して、50%も高い値段を支払わされる羽目にもなりかねませんので。。。
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