1981/08/05 - 1981/08/06
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y.e.huangさん
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懐かしい写真をみつけました。 29年前の懐かしい旅の思い出です。
思い起こすととても思い出深い2日間でした。
この旅は、前年(1980年)の8月、台北のホテルの部屋で見た連続テレビドラマの1シーンがきっかけでした。
それは“摘星夢”という連続ドラマで、主人公の女性が小さな飛行機に乗り、どこかの島に降り立ったシーンがとても印象的でした。番組終了後、ホテルのボーイさんに尋ねたら色々と調べてくれて、島の名前は“七美島”で高雄から飛行機の便があることも教えてくれました。しかし、島についての情報は何も入手できませんでした。
島について全くわからないまま、翌年の8月に高雄空港に向かいました。
今思えば、よく行く気になったものだと我ながら感心してしまいます。
古いアルバムに貼ってあった写真ですので少し変色していますが、あえてそのままの写真を掲載しました。
今はインターネットでそれなりの情報は入手できますが、もし、最近この島に行かれた方がおりましたら是非生の情報を教えて下さい。
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七美人塚:
七美島は、「七美人の塚」の伝説から付けられた名称です。
明朝末期のころ、海賊の凌辱を恐れた貞女七名が井戸に身を投げて自殺しました。その貞節に感動した村人がその井戸を埋めましたが、間もなくそこから七本の「香花樹」が芽を出し、春になると可憐な黄色い花を咲かせることから、村人は七美人の化身として石碑を建てて祀り島の名前も七美と名付けたとのことです。
大正14年(1925年)には日本人の手により新たに紀念碑も建てられました。 -
雙心石滬:
もとは魚を捕るために作られたものですが、その形が2つのハートに見えることから知られるようになり、七美島を訪れた観光客が必ず訪れる観光ポイントになっています。
私が島に行った頃は、観光客は全くいませんでした。 -
七美燈塔:
澎湖群島の最南端にある燈台です。 -
七美燈塔:
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望夫石:
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石獅風景區:
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龍〔土呈〕:
海水の浸食によりできたもので、形が一匹の龍に似ているところから名付けられました。 -
龍〔土呈〕:
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分岔仔:
玄武岩の陸地が海水の浸食により分離したものです。 -
海岸の風景:
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島内の風景:
村を出ると島全体がこのような平地で山はありませんでした。 -
七美港:
小さな漁港ですが、たくさんの漁船がありました。
高雄に戻る日の午前中、夏萬清さんが連れてきた村の子供達と港の防波堤の内側の海で泳ぎました。子供達は防波堤の上から海に飛び込むのですが、私にはできませんでした。 -
七美港の遠景:
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夏 萬清さん:
高雄空港の永興航空のカウンターで空席状況と島について聞くと、『空席は有ります。しかし、島については誰も行ったことがないので解りません。』と言われました。 そんな所へ彼がやってきて私に中国語で声をかけました。
『七美に行くの?』、私が 『行きたい』と言い 『いいところですか?』と聞くと 『いいところだよ、島に帰るところだから一緒に行こう』と言われたので 『行きます』と言って、往復のチケットを買って飛行機に乗り込みました。
島に着いてしばらくすると彼の奥さんが車で迎えに来てくれたのでその車で村まで一緒に行き、村に着くと宿の予約をしてくれました。宿と言っても民宿みたいなものでしたが、当時島にはホテルや旅館、バス、タクシーなどありませんでした。彼は、また来るから宿に居るようにと言って家に帰り、しばらくするとバイクに乗って宿に来ました。自分で撮った島の景色の写真を私に見せて、これからこの景色の場所へ連れて行ってあげるからと言って私をバイクの後ろに乗せて島内を案内してくれました。
翌日の午前中は、村の子供たちと海水浴、宿で昼食を食べてしばらく待つと彼がバイクで迎えに来て空港まで送ってくれました。写真は、その時に空港の前で撮ったものです。
別れ際に、彼の住所氏名をメモ帳に書いてもらいました。住所氏名の後に『歓迎再来』と書いてくれました。もし、今でも島にお住まいでしたらお会いしたいものです。 -
BN-2 アイランダー:
この写真は、同年の年末に七美の隣の島“望安島”に行った時に帰りの便が到着したところのものです。 七美島の往復に乗った飛行機も同型のものです。 また、滑走路の周辺の景色も同じような景色でした。 島には背の高い樹木がありませんでした。 -
台北車站:
1980年に台湾に行った時に撮った台北駅と駅前のバスの発着場です。
30年前は、台湾鉄道の列車が、駅前から南に延びる中華路の脇を走っていました。
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この旅行記へのコメント (5)
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- yamachanさん 2012/04/14 14:45:03
- 懐かしいね
- 私が最初に台湾に出かけたときの駅舎なのですか。
当時は中華路を日本製の蒸気機関車が走っていて驚かされたことがありました。
- y.e.huangさん からの返信 2012/04/14 19:57:15
- RE: 私にとっても懐かしい写真です。
- yamachanさんへ
写真は1980年に撮影したものですが40年前も多分同じ駅舎であったと思
います。 残念ながら昔の駅舎の写真はこの1枚しか残っていません。
駅舎の後ろにある高い建物は当時は『名城大飯店』というホテルでした。
数回宿泊したことがあります。 駅の裏口の正面にありますがちょっと不便
なので中華路に出かける際には駅の入場券を買って駅の中を往来してい
ました。
当時は列車のことはあまり気にしていなかったので蒸気機関車が走って
いたことは私の記憶にはありません。
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- yamachanさん 2012/04/14 14:45:02
- 懐かしいね
- 私が最初に台湾に出かけたときの駅舎なのですか。
当時は中華路を日本製の蒸気機関車が走っていて驚かされたことがありました。
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- まあちゃんさん 2011/09/11 08:57:40
- クッキリですね。
- y.e.huangcさん、おはようさんです。
私は去年の10月に行って来ました。
30年前の雙心石滬は輪郭がはっきりしていて
とても綺麗ですね。
こんな姿が見たかったです。
ありがとうございます。
まあちゃん
- y.e.huangさん からの返信 2011/09/11 13:02:50
- RE: ちょっと残念でしたね!
- まあちゃんさんへ
こんにちは、コメントと投票ありがとうございました。
まあちゃんさんの七美島の旅行記を拝見しました。
雙心石滬が海中に沈んでいてはっきり見えなかったのは
ちょっと残念でしたね!
私が30年前に雙心石滬へ行った時には、たまたま干潮の時間帯
に当たり輪郭がはっきりと見えたのだと思います。
私も今月末から台湾へ行き澎湖島、七美島に行く予定です。
そこで、ちょっと調べてみたら、澎湖諸島には満潮、干潮、
大潮、中潮、小潮、長潮等があり、その時間帯により
雙心石滬が海上に出たり、海中に沈んだりするようです。
まあちゃんさんが行った時は、満潮の時間帯だったので
雙心石滬が海中に沈んでいたのだと思います。
馬公から七美島への往復船での日帰りツアーでは滞在時間が
1時間30分位しかありませんので私は七美島に1泊します。
できれば干潮の時間帯にもう一度海上に出た雙心石滬を見たい
と思っています。
30年前に行った際にお世話になった夏さんは、現在も七美島に
お住まいであることも解りましたので、七美島に到着後、会い
に行きたいと思っています。
それなりの写真が撮れたら旅行記を投稿したいと思ってます。
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