2010/08/01 - 2010/08/11
3325位(同エリア4551件中)
waniさん
行 程
8月2日(月)
NH205成田11:20発 パリ16:40着
LH4227パリ19:05発 フランクフルト20:15着
LH3266フランクフルト22:20発 プラハ23:20着
ホテルリムジン送迎 (プラハ泊)
3日(火) プラハ市内観光
13:00ロブコヴイッツ宮殿コンサート (プラハ泊)
4日(水) カルルシュテイン城・プルゼニュスキー・プラズドロイ醸造所見学
(フルボカー泊)
5日(木) フルボカー城・ホラショヴィツェ
チェスキー・クルムロフ城・旧市街 (フルボカー泊)
6日(金) テルチ市内観光・テルチ城・ザハリアーシュ広場
トジェビーチユダヤ人街・レドニツェ城・ヴァルティツェ城
20:30スメタナホールコンサート(ブルノ泊)
7日(土) ブルノ・リトミシュル城
クトナーホラ納骨礼拝堂・聖バルバラ大聖堂(プラハ泊)
8日(日) プラハ市内観光・プラハ城・聖ヴィート大聖堂・旧王宮
聖イジー教会・カレル橋・旧市街広場
20:00 国立マリオネット劇場 (プラハ泊)
9日(月) 10:30 空港へ
LH3271プラハ12:50発 ミュンヘン13:50着
LH4248ミュンヘン14:45発 パリ16:20着(パリ泊)
10日(火) 16:30 空港へ
NH206パリ20:00発
11日(水) 成田14:40着
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 飛行機
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
- 旅行の手配内容
- その他
- 利用旅行会社
- ANAセールス
-
8月2日(月) NH205成田11:20発 パリ16:40着です。
ようやく休みです!
チェコ、パリ楽しんできます。
でもこれからプラハまで19時間の旅です。
少しつらいかな。 -
無事定刻に17時前にCDG(パリ・シャルル・ド・ゴール空港)に着きました。
外に出るとフランスらしく香水の香りがします。気温は暑い!と言うほどは有りませんでした。先頭で外に出され、少しうろたえながら入国審査を捜しました。ようやく見つけて入国しました。
入国したものの自分でトランジットです。ルフトハンザの座席指定もまだです。
さ〜何処に行ってどうしたら良いのでしょう?これからたいへんです。なんとかルフトハンザのマークを見つけ、それに従って行くと動く道路でルフトハンザのターミナルに着きました。中の職員に聞くと荷物検査を受けて中に入れと言います。「でもね座席指定まだなんだよ」と言うのですが、それでも中に入れと言うので中に入りましたが、荷物のチェック、ベルトはずせ等々うるさいのです。中に入るとカウンターがあり、そこでようやくチェックインできました。しかし、心配は日本からの荷物「バッゲージはだいじょうぶ?」と2回聴くと「大丈夫」と答えるのですが、何となく不安です。なんせトランジットのトランジットですからね。あまりヨーロッパも信用できません。
LH4227パリ19:05発は定刻にCDGを離陸しフランクフルトに20:15つ着ました。フランクフルトはこの時間でもまだ明るく、曇りで近くに真っ黒い雲がありますからもう近雨でしょう。さあここからもうひとつ乗継です。この時間日本時間で3:15です。眠いです!! -
丸1日かかっての移動です。
LH3266フランクフルト22:20発は10分遅れ離陸し、プラハ到着は23:25でした。プラハは雨でも涼しい!!
荷物を無事受け取り、ホットしました。
その後外に出ると大柄な黒いスーツ姿の男性が紙に私の名前を書いて待っていました。ホテルタクシーを依頼していました。運転手に荷物を預け、ワーゲンのセダンでホテルへ向かいました。小雨が降っていたので「天気はどうですか?」と聞くと「夕方少し雨が降るくらいで良い天気だよ」と言ったので安心しました。「空港からホテルまでどのくらい時間がかかる?」と聞くと運転手は「普通は20分だが、今夜は15分だね」と答えました。これは夜だから飛ばすと言うことですね。案の定飛ばしてすぐホテルに着きました。
料金は530 CZKでしたが600コルナ渡すと彼は荷物を部屋まで運んでくれました。両替を成田でしたら1コルナ=5.24円でした。ですから3000円くらいですね。でも成田で替えていて良かったです。プラハ空港の両替は全部閉まっていました。
ホテルタクシーは深夜到着やタクシーに不安がある時は、料金が決まっているし安全です。 -
ホテルはディプロマットです。
12時過ぎようやく部屋418室に入りました。日本時間朝の7時です。長く複雑な移動でした。荷物も無事でした。まず第一の難関突破しました。ほぼ、24時間の移動で疲れと眠たさで風呂にも入らず寝ました。 -
3日(火) 雨
朝6時過ぎに目が覚めました。外は雨です。外を見るとここが地下鉄の最終駅なので早朝から通勤でしょうか?バスから地下鉄に乗り継ぐ人達が多くみえます。ゆっくり風呂につかり疲れをとりました。そして8時から朝食に行きました。団体が多いようです。日本人も多いのでしょう。日本食がありましたが、総ての料理内容がそう大したことはありません。コーヒーが美味しくないのは残念です。エスプレッソも飲めません。外に出ると心地良い気温です。ドアマンに今日の天気を聞くと「朝は雨だがそんなに強くなく、昼から良い天気だ」とのこと。喜んだのですが、結局は異なり通り雨が多く1日大変でした。 -
食事をして、9時過ぎ、さ〜旧市街に行くことにしました。
地下鉄の駅はホテルからすぐ近くでした。何度もチケットを買うのが面倒なのと買い方を調べてきましたが自動発券機を見てもチェコ語で書いてあるため良く解りません。
そこで、売店で地下鉄1日チケット100コルナ(500円)を売っているので2枚購入しました。昨夜移動で600コルナ(3000円)今200コルナ(1000円)既に手持ち1200コルナと少なくなりました。
現地通過が無いと心もとないので、本当は空いている早い時間にプラハ城に行こうと考えていたのですが、まず、銀行での両替を優先することにしました。 -
野菜と土産物市場にでて、蝋人形館付近から北西に向かい何とか人に聞きながら旧市街広場に着きました。そこで銀行を探しましたが解りません。警官に聞いて銀行を教えてもらい何とか旧市街広場近くのKB銀行で両替えしました。すると1コルナ=4.98円とやはり率が良かったです。その後ムハ美術館に向かいましたが、これまた迷いに迷いました。同じところをグルグル回ってしまうのです。何とか見つけて絵を観ていると時間は11時半、13時からロコブリッツ宮殿でコンサートの予約をしています。急いで美術館を出てトラムを捜すもみつからない。あるべきところの線路が工事中で無いのです。仕方なく歩いて国民劇場を過ぎヴルタヴア川沿いレギー橋まで行ってしまいました。時間はもう12時過ぎです。ようやく、何とか12:05に路面電車の22番の駅ナロートニー・ディバドロにたどり着き、そこから電車に乗りプラハ城前プラズスケー・フラッドにかろうじてたどり着けました。
-
そこから、教会をめざして歩き宮殿のところに着きました。ロコブリッツ宮殿に着いたのが12:30です。移動で疲れ、もう喉もカラカラです。時間も無いのですが、ロコブリッツ宮殿のレストランでようやくビールを飲み、ほっとする間も無く、12:45会場だったので中に入りました。中は案内で観たほど豪華さは無くすすけた感じでした。でも昔の貴族はこのような宮殿内でコンサートを聞いていたはずです。同じ環境で聞けるのはとても良い経験ですね。13時コンサート開始でした。3人の演奏でピアノ、フルート、バイオリンで演奏をしました。そうですね、良いことはよいですが音に迫力と切れが無い。物足りない感じでした。雰囲気ってことですかね。
-
コンサートが終わりビート教会を見て黄金の小道に行こうとしましたが、黄金の小道は工事中で行けませんでした。大雨の中宮殿の道を下り、トラムに乗りカレル橋へ行きました。最終日にまた行くのでビート教会は予習と言うことで無料で観れるところだけにしました。
ところが、「最終日」に期待したのが誤りでした。最終日は日曜で結局ビート教会にも入ることができませんでした。ムハのステンドグラスを観ることができなかったのです。黄金の小道と共に残念でした。 -
その後レストランに行き早い夕食をとりました。ナロードニー・トゥシーダ駅テスコというスーパーのすぐ近くにある、ウ・メドヴィク(ウ・メドゥヴィーットゥク)「くまさんの家」です。
昼ごはんも食べずに歩き移動していたのでまずビール!を頼みました。
バドワイザーの元祖ピルスナーと黒を飲み、鳥の串焼きアンドサラダ、そしてハンガリーから伝わったビーフシチュー グラーシュ にご飯を食べました。付いていたパンも美味しかったですよ。
地元の人がチェスを持ってきてビールを飲みながらチェスをしていました。地元に根付いた店ですね。
その後イギリス系スーパーテスコで水、ビール、ワインを買って、地下鉄でホテルに帰りました。
時間は19時すぎです。妻は時差ボケが無いと昼自慢していましたが、立派な時差ボケです。私は我慢に我慢をして寝たのが9時過ぎでした。外は雨が降っています。明日から天気が良いことを祈りました。 -
4日(水) 良い天気!!
プラハに来て2日目です。4時過ぎに目が覚めました。外を見ると昨日と打って変わって良い天気です。
8:00のバスはホテルを出て、ボヘミアの森に抱かれた古城、カルルシュテイン城に向かいました。カルルシュテイン城への道のりは途中からまるで田舎の道と同じでした。くねくねして道は狭く、本当にこの先にカルルシュテイン城があるのか?信じられないくらいでした。下の駐車場から1人150コルナ(750円)を払い馬車で城を目指しました。何となくドイツのノインシュバインシュタイン城を思わせますが、スケールは小さく豪華さも無く、そこまでの感激はありませんでした。実際に戦争に使用された城ですのでそうかもしれません。案内ガイドに従い見学し、その後歩いて駐車場に行きます。次のプルゼニュまで2時間ほど掛かるというのでトイレ、トイレ。でも1回5コルナ(25円)です。 -
プルゼニュはいわゆるピルスナー・ビール発祥の地として有名です。
昼食はピヴニツェ(ビアレストラン)にて黄金色に輝くピルスナービールを飲みました。ビールは泡だて方のこだわりがあるようです。でも本当に飲みやすいビールです。私は黒ビールを追加しました。そんなに苦味が無く、コクがあって美味しい!おまけに料金が25コルナ(125円)でした。ま〜製造元、売るほどありますからね。
料理はコンソメスープと静子は特製グラーシュと蒸しパンのクネドリーキ付き、味は少し塩辛いのですが、蒸しパンが合います。でも昨日のご飯(タイ米)の方が良かった気がします。私は七面鳥の胸肉とライス、生野菜添え これは中に詰め物がありました。ソースがやや塩辛くご飯に付けて食べると美味しかったです。どれもビールに合いますね。 -
ドキットするチェスの駒がありました。まるで自分を見ているようです。
昼食後、プルゼニュスキー・プラズドロイ醸造所の見学に行きました。ビール造りは既にサントりーモルツで勉強済みですが、昔ながらの地下10℃での保存された殺菌されていないビールを試飲すると、泡立ちが良く酵母が生きているので濁り、苦味はありますが、本当に強い美味しいビールでした。
昼からビール3杯飲みご機嫌でまた車の人となりました。 -
プルゼニュ を3時頃発ち、今度は南を目指します。南ボヘミアのフルボカーへ(約2時間30分/約180km)向かいますが、北海道の農村地帯を走るように全然変化の無い景色が続き、17時頃宿泊地に着きました。部屋は206室で下に集落が見えます。フルボカー城に隣接して建つ「シャトーホテル・シュテクル」に宿泊です。ですが、聞いてみるとこのホテルは元はシャトーの馬小屋だったそうです。なんだかそれを聞くと半分ガッカリです。でも部屋はシャンデリアがあり、落ち着いて広い良い部屋です。城に近いため下の街と離れていて、おまけに坂。これでは外にでられません。でも田園風景の景色は良かったです。
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5日(木) 良い天気、遠くの木立から水蒸気が昇っています
前日今日の天気が雨とガイドが言っていましたが、良い天気です。朝4:30に起き、まずフルボカー城へ行きました。
南ボヘミア地方のチェスケー・ブディェヨビツェ近郊にあるチェコで最も美しいといわれるお城です。13世紀に建てられたこのお城は、19世紀になってイギリスのウィンソル城にならって改築されました。お城の周りには、美しいイギリス庭園が広がっています。城内には、貴族によって収集された骨董品、ゴシック時代の絵画、16世紀から18世紀にかけてのオランダの画家による作品などが展示されています。調度品の数々と言い、彫り物のすばらしさは質素の中に質実剛健さを感じました。カルルシュテイン城よりも立派でした。 -
トルコ人がワタリカラスに頭に穴を開けられている姿の取っ手です。
趣味の悪さも一品でした。この領主は火薬のためにトルコと戦い、その戦いに勝った証に家紋にトルコ人がワタリカラスに頭に穴を開けられている姿を入れています。その家紋が城の入り口の取っ手にもあります。これはどうもですね。また、鹿狩りが好きだったようで中庭には多くの鹿の角が飾られています。日本人にはこれもどうもです。 -
1時間ほど朝の散歩がてら見学し、一度ホテルに帰りその後向かったのがパステルカラーに彩られた家々が並ぶ[世界遺産]ホラショヴィツェへこれまた、昨日よりもすごい道を走り行きました。
ホラショヴィツェは美しい田園地帯にある小さな村に佇むかわいらしい22軒の農家。この家々、なんと南ボヘミア風バロック様式という世界でここだけしか見られない独特な建築なんです。19世紀後半の短期間に次々と建てられた家屋はバロック、ロココ、クラシックの要素が入り混じったたいへん珍しいもの。らしいのですが、私には「何でここが世界遺産?何が良いの?」単に田舎でした。私には疑問だらけでした。 -
その後向かったのが、楽しみにしている中世の佇まいを残した美しき古都[世界遺産]チェスキー・クルムロフです。
昼食は16世紀に建てられた修道院を利用した「ホテル・ルージェ」です。有名なレストランで多くの政治家や有名人が来て食事をしたそうです。建物の外見はとても厳かな感じです。しかし、建物の中のレストランに入ると、何となく安そうな装飾です。そこでモッツアレラチーズのサラダこれは普通、名物クネドリーキ(チェコ風蒸しパン)はスープは少し塩っ辛いが豚肉が柔らかく美味しく食べられました。デザートはテイラミスと言いますが、クッキーと生クリーム、イチゴとイチゴムースでした。所変わればでしょうか?
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昼食後クルムロフ城を眺めるところから写真を撮り、そこから市街地観光です。完全に観光地化していました。あまり大したものも無く、ヴルタヴア川沿いの
カフエで涼みながら妻はカフエオーレ60コルナ(300円)、私はビール大50コルナ(250円)でゆっくりした時間を過ごしました。
風が心地よく、川の音がこれまた心地よかったですよ。 -
おしゃれなマンホールを見つけました。
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「城の熊」チェスキー・クルムロフ城には、どういうわけか3頭の熊がいるそうです。なぜ城に熊がいるのかと言うと、それにはこんなおとぎ話があります。「むかし、王さまが、森に鹿狩りに出かけました。狩りをしていると突然、メス熊に襲われました。慌てた王さまは、馬を飛ばして城まで逃げ帰りました。追っかけて来た熊を振り切ろうと、跳ね橋を上げたところ、熊は橋を渡りきれず、堀に落ちてしまいました。メス熊はそこで子供を産み育て、以来370年もの間、熊が城の堀に住み続けている」と言うことです。城の中にはその歴代の熊でしょうか?多くの熊の毛皮がたくさんありました。そして、舞踏会場に絵がたくさん書かれていました。その中にお化けが一人いると言うのです。それはレデイで白い手袋をしています。宮殿内に出没し、そのレデイが白い手袋をしていたら幸運の予感、黒い手袋だったら不幸や病気が身近で起こる予感、赤い手袋だったら火事の予感と言うことでした。
この城の中の調度品もさほど気を引くものもありません。さほど贅沢でなく、フランスやドイツの城とは違った感じがしました。 -
フルボカー レストランの前に近くのストアでビール1本15コルナ(75円)を3本手に入れました。今夜はホテルのレストランでは無くてホテル近くの鹿専門風のレストランでした。ブドヴアルビール40コルナ(200円)
私はオードブルがプラハハムにホースラデイッシュと生クリームでした。いったいこれは何?食べてみると「辛〜〜い!!取れたてのホースラデイシュの千切りが中に詰め込まれていました。ワサビの段ではありませんでした。涙無しでは語れない強烈さでした。でも、生クリームを載せるとアラ不思議辛さが和らぎます。結局美味しくいただきました。メインは七面鳥の詰め物とポテトフライ、これはま〜ま〜。デザートは厚いホットケーキにベリージャムと生クリームでした。これもありですね。妻は最初アスパラガスのアッサリ炒め、これ普通に美味しい、次が鱒のグリルとゆでポテト、鱒が大きい!!デザートはクレープでした。近くにチェスケー・ブデェヨヴイッツェが有り、「ブデェヨヴイッツキー・ブドヴァルBudweiser Budvar」ピルスナービールでバドワイザーの元祖の地でした。行けずに残念でしたが、ブドヴアルビールは良く飲んでいます。 -
6日(金) 曇りですが何とか持ちそうな天気です
翌朝大変でした。そうです。お化けが出たのです。4:30雨の音で目が覚め、電気を付けようとしても点きません。「おかしい」用意していたライトが役に立ちました。ライトで確認しても点かないのでフロントに言いました。すると、たぶんブレーカーが落ちたのでしょう。すぐに点きました。それから起きて、風呂に入り、荷物を整理し、朝食前にフルボカー城まで散歩しました。雨上がりで清清しく、人もいなくて良かったです。
今日の最初の目的地ははテルチです。この町の重要な遺跡とされているのはザハリアーシュ広場です。テルチのザハリアーシュ広場には、ルネサンス様式とバロック様式がユニークに混合された家々が建っています。
街の大きさを考えると大きすぎるぐらいの感じの広場でした。鮮やかなのは表だけです。まるで、張りぼてのデイズニーの街のようです。子雨が降って残念でしたが、街の雰囲気は伝わりました。周囲を歩くとやはり城壁で囲まれています。中世の都市の形態ですね。 -
その次に向かったのが[世界遺産]トジェビーチです。ユダヤ人街です。チェコ南部の町トシェビーチには500年間、キリスト教文化の中にユダヤ人文化が共存してきました。
宗教のために虐げられ、差別されたのは、ナチスだけでなく、その前の15世紀からだそうです。
イスラエルが何故いろいろな軍事、経済に大きな影響力を持つ理由はこの残酷な長い歴史から守るためなのですね。それにしても貧素な家に今はユダヤ人で無い人たちが今でも住んでいます。
次にレドニツェへ向かいました。段々南方に向かっているのでしょう。畑の作物が小麦、とうもろこしから、ヒマワリ、葡萄、果実に変わってきました。それにしても高速の路面のひどいことマッサージ器のようでした。 -
レドニツェとヴァルチツェは、チェコの南東部、南モラヴィア州の南、オーストリアとスロヴァキアの国境の近くにある小都市です。
レドニツェ城は馬が宮殿内で乗りまわされていたことに驚きました。また、メイン玄関の階段に柱が無いのです。本当にこの階段は使えるのでしょうか?不思議でした。この城の木細工は見事で石の文化より木の文化が素晴らしく感じました。オランジェリー(温室)も広く、イギリス庭園、フランス庭園もあり、広いことにもビックリです。カルルシュテイン城やフルボカー城のように戦う城ではなく、狩りや休息につかった城のようです。 -
車に乗り、今日の宿泊地ブルノを目指します。相変わらずの田舎の景色です。でも、本当に高速の作りは悪く、一般道はもっとひどい。雨でも降れば水浸しでシブキをあげながら走る状態です。事故も多いようで道端に花がたむけられている場所がたくさんありました。こえだけ飛ばせばそうでしょうね。シートベルトは忘れずに!約1時間(約52km)程でブルノに着きました。
さすがにブルノは街です。しかし、人口は50万人程でチェコ第3の街だそうです。
チェコはボヘミアとモラビアの2つの地域に分けられますが、モラビアの中心になる都市がブルノです。
夕食会場が遺伝学のメンデル記念館の近くでした。メンデルがチェコ人であったこと、また僧であったことに驚きました。遺伝学の神様のような方ですからね。 -
7日(土) 何となく雨が降りそうな天気。たくさん降らないでね。
朝5時起床。外を見ると山にはシュビルベルク城が少し霞んでみえます。でも雨は降っていません。
リトミシュルへ向かいます。リトミシュルは「交響詩モルダウ」で有名なスメタナの生誕地です。
リトミシュル城もフレスコ画できれいですが、ここはショウガクッキーが有名とのことで、結婚祝いその他でもいろいろ飾ったクッキーを使用するそうです。味見すると懐かしい田舎で食べたクッキーのようです。日持ちが良く、かわいいので飾る目的やおみやげで購入する人が多いようです。 -
次に途中4基の原子力発電所を横目に走り、向かったのがクトナーホラ町郊外の骸骨堂です。「全聖人教会は伝説によると、1278年に当時のセドレツの大修道院長が、聖地エルサレムのカルヴァリ(イエズスが十字架に架けられたとされる場所)から一握りの土を持って帰りました。大修道院長はその土を復活の象徴として全ての埋葬者のために墓地に播きました。このような理由からその後墓地の名は多くの人の間に広まり、セドレツ近郊からだけでなく、近隣諸国のポーランド、ドイツ、ベルギーからも死後ここで埋葬されることを願う人たちの数がたちまちに増え、埋葬者が後を絶ちませんでした。
1348年には、ボヘミア王国で疫病が流行りました。そしてその時に亡くなった3万人にのぼる犠牲者がこの墓地に埋葬されました。15世紀に勃発した宗教戦争の際にも、クトナーホラ町の周辺で戦士した人々をこの墓地に埋葬しました。そして同じ頃、修道士は当時の墓地を現在の墓地がある場所へ移しました。そして1511年に盲目の修道士によって、人骨の山は四つのピラミッドに並べ変えられました」とのことです。
小雨の中の観光でしたが、何といっても骸骨の山がインパクト強かったですね。骨の多さに驚きましたが、伝染病と戦争による死者なんですね。どおりで傷ついた骸骨が展示されていました。何といっても趣味の悪さピカイチでした。おかげでバルバラ聖堂が霞んでしまいました。 -
プラハに帰ってきました。
ここでサプライズがありました。「この時期はプラハでは「正規のコンサートは開催されない」とあきらめていましたが、市民会館に行ってみると今夜コンサートがあります。それも美しさでも有名なスメタナホールです。ラッキーでした。時間は20:30からと言うことなのでチケットを手配し、スメタナホールがある市民会館のレストランで食事をすることにしました。そのレストランの豪華さにビックリ!綺麗だし、ボーイもしっかりしています。ソムリエもいます。思ったこと「ここは高い!」でもせっかくですからチェコのグルメを一度は経験しましょう。でもまた、ビックリ安い日本の半分以下の料金でした。
そして、スメタナホールに行ってまたまたまたビックリ!!!
席が一番前の中央でした!!!!「すばらしい弦楽コンサートをスメタナホールの最高の席で聞けたこと」今回の旅行で最高のサプライズでした。 -
イチオシ
8日(日) 天気はだいじょうぶでしょう
朝6時に起床し今日はプラハ市内観光です。
カレル橋、旧市街地、プラハ城・・・・・
プラハは見どころいっぱいです!
飽きずに町中を歩き回り、疲れたらカフエでビールを飲む。
そんなに暑くもなくて湿度も低いためビールが旨い!!!!!! -
夜は食事を早めに終え。国立マリオネット劇場に行きました。昼チケットを交換する時に店の人に「19:10〜20頃来た方が良いよ」と言われたのです。その通り、行った時は人はそこそこでしたが、7:30を過ぎると急に増えました。
私たちはガイドに一番良いと言う席、真ん中の席をとりました。しかし、前にでかい韓国人が座り視界が悪く、劇の途中で水が客席にまかれたり、ゴミが飛んできたりしますが、真ん中だと遠すぎて少し迫力に欠けました。やはり、かぶりつきが良いですね。
言葉が解らなくても笑えるようになっていました。人形がだんだん生き物に思えてくるところはさすがでした。劇が終わったのは22:00でした。 -
昼食に行く時悲劇は起きました。そのレストランは地下で階段を降りると暗く視界が無くなりました。その時です私の右手に何かが引っ掛かりカメラが飛びました「あっ」カメラは階段を6段ほど転がり落ちました。そこでカメラでの撮影は終わりました。衝撃でレンズの軸が狂ってしまい撮影できなくなってしまったのです。
これからの写真は携帯での写真です。
プラハのライトアップは夢の国のようです。 -
9日(月) くもり
6時起床。いよいよチェコともお別れです。風呂に入り、パッキングです。朝の予定は何もありません。準備をし、10:15予約したホテルタクシーでプラハ空港に行きます。これと言った買い物をしていないため、準備はすぐ終わりました。
プラハ12:50発LH3271はC12から20分遅れで13:10に飛び立ちました。座席は7D,7Fでした。やけに乗る人が少ないなと思ったら、何と
プロぺラ機 サーブでした。雲が多い上空を飛び、1年ぶりのミュンヘン空港に20分遅れで降りました。もともと時間に余裕がなかったので、ミュンヘンでは
ラウンジに入る間もなく搭乗口に向かいました。プロペラ機のためバスでの空港着で到着口が離れていて、次の搭乗口G18までかなり離れていました。
何とか時間に間に合い搭乗口に着きました。
ミュンヘンを14:45発のLH4248はG18ゲートから定刻に飛び立ちました。座席11A,11Cでした。先がAとCで飛んでいるので一瞬またプロペ
ラ機?と心配しましたが、ジェットで安心しました。パリCDGに定刻16:20に着きました。荷物をとって空港を出て、今度は初めてのオペラ行きロワシ―
バスに出口扉 30から乗ります。
外に出るとロワシ―バスが1台来ていました。急いで乗って切符を運転手から買おうとすると外を指します。すると、外のボックスに人がいて切符を売っていま
した「料金9.1ユーロ」。「ドウ・ビィエ スィル・ヴ・プレ」と20ユーロ出し切符を買いバスに乗ると満員でした。通路に荷物を抑えながら立ちました。座席
に荷物載せている人がいるのでブツブツ言うと、隣の席に座っている人たちがゴソゴソ動いて一人分空けてくれました。日本人のご家族でした。ご家族4人で1
週間アパートメントで暮らすそうです。いろいろ話している内に30分ほどでオペラ前に着きました。早い!確実!これからはこれですね。 -
時間が早いので当然すぐに10月消滅予定のパリ三越へ行きました。行ってビックリ!!商品が激減し、売切りセール状態です。そんなに買う物も無く帰りました。
帰るとお腹がすきましたが、少し周辺観光です。いつもの場所で懐かしく、帰って来た感じがしました。バンドーム広場、ホテルリッツ、コンコルド広場に行き、シャンパンを買い、食事に行きました。食事は前回帰る前に行ったマドレーヌ寺院とオペラ座の間のレストランです。
ビール、エスカルゴ、小エビとアボガドのサラダ、ホタテのグリル、スズキのグリル、ワインキャラフを頼みました。エスカルゴは殻に入っていませんがブルゴーニュ風味でグー、小エビとアボガドのサラダはアボガドがカクテルソースとエビに合うんですね、ホタテのグリルは新鮮ホタテとトマトソースが良い、スズキのグリルは油が乗ってるがあっさりしている、ワインキャラフ白の辛さが合いました。さすが、フランスでした。今回プラハの市民会館の料理と1、2を争う食事でした。
食後ホテル スクリプの部屋でゆっくりしました。風呂も広くゆったり。買ってきたピンクシャンパンを空けて飲みました。美味しかったです -
10日(火) 天気晴れ
今回の旅行の最終日です。パリも空港に行く16:00までしか時間がありません。午前中は妻につきあい円高利用の買い物です。
そのあと、私はオランジェリー美術館に行こうと思っていました。
しかし、火曜日は休館日でした・・・・・・・
それではどこに行きましょう?コンコルド広場からルーブル、オリセー両美術館は混んで中にはいるだけで時間がかかるでしょう。
12:40です。そこでBATOBUSに乗ることにしました。乗場はコンコルド広場近くから乗りました。1日券12ユーロと1回しか乗らないのでもったいないですが、歩かずに市内遊覧ができるのです。切符販売の女性に聞くと1周1時間40分くらいと言いました。ここから乗り、エッフエル塔からシテ島、ルーブルまで1時間20分のクルーズでそこで降りて、ルーブルを抜け、オペラまで歩きました。
カフエで一息つくと時間は15時過ぎました。
ホテルで荷物を受け取り、ロワシ―バスに乗り無事CDG第一ターミナルに17時に着きました。今度は免税処理です。いつもはすごく並んでいるのですが、今日は幸い空いてました。書類を提示するときれいなマドマーゼルがニコッとしてすぐスタンプをついてくれました。
NH206パリ20:00発はCDGを離陸し、翌11日成田に14:20に着きました。
真っ先に飛行機を降り日本に帰り着いての感想は「暑い!!」
チェコに戻りたくなりました。
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