2009/05/12 - 2009/05/19
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タンタンタヌキさん
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この旅行記は、ポンポコたぬきとピョンピョンうさぎの2人で行った旅行の記録で、表題の旅行はその5,6回目にあたるもの。
ポンポコたぬき(執筆者)は旅行と酒が好きな年金生活者。ピョンピョンうさぎはその配偶者でほぼ専業主婦。それぞれの名前の由来や趣味などは次のとおり。
たぬきの由来は、その腹の出方が置物のたぬきに似ていることから。好んで行った先は、昔はアメリカ、中年になってからはヨーロッパ。ゲルマン系の国を好む。今好きな国はアイルランド.趣味は旅行のうちでも鉄道・ドライブ。鉄道では特にトラムと運賃等の制度.といっても国内の運賃制度については、旅行会社の社員に教えていたくらいなのである程度自信があったが海外のものについては、苦手とする言葉の関係であまりよく分かっていない。昔から歴史が好きで日本史の勉強はそれなりにしたが、今は中世のヨーロッパが関心の中心となっている。
うさぎの由来はエトから。フランス好き.ほかに歌舞伎、建築物にも興味を持つ。又印象派を中心とする絵画などにも興味がある。趣味でフランス語の翻訳もしている。
ポンポコピョンの旅行も双方の興味ができるだけ合うようにしているが、最近は両者の力関係のせいかフランスが中心となっている。ちなみにこの旅行記のときの平均年齢はちょうど60歳くらい。
旅行の形態。
パリ8日間フリータイムというパック旅行に申し込み、それに加えたぬきが、ニース3泊のホテルをネットで取り、フランスレイルパス3日用を都内の旅行会社に行き購入した。
ここで、ごらんの方に質問
このような形態で旅行をすると、ツアーに含まれているパリ3泊分のホテルを使わないことになるのだが、このことは、一部の旅行会社が言っている,離団。権利放棄に該当するものであろうか。
旅行の目的
前に「目標75歳の海外旅行」コンビで行ったとき、マルセイユに3泊したのに海が荒れていたため行けなかったイフ島に行くこと。モナコで衛兵交代を見たいこと。せがれの趣味であるツールドフランスのグッヅを買うこと(その年はモナコが出発地)それとうさぎの趣味のパリを見ることなど。
旅行の申し込み時期等
ツアーには出発日の3週間くらい前にネットで申し込み2週間くらい前にOKをもらう。ニースのホテルは1週間くらい前にネットで予約。レイルパスは出発前日に出かけて購入。
旅行時期等
平成21年5月12日から5月19日まで
第1日目 5月12日火曜
いよいよ旅行の出発日。
遅くとも出発時刻(11時25分)の1時間前までにチェックインしてくださいという旅行会社の案内があったので少し余裕を持ち8時過ぎに出発する。
車の回送員役のせがれも乗せ、たぬきが運転。
途中混雑はなく、東関道では空港行きのリムジンバスに何台も追い越されるくらいのスピード走っても9時20分頃成田着。
車はせがれに託し航空会社NHのカウンターヘ。
荷物を預け搭乗券はどうするかと聞くと、カウンター前の機械でということ。操作をしようとするとそばに立っていた案内役らしいスタッフが、「ご自由にお好きな席をお選びください」といって搭乗便のシートマップの画面を出してくれる。見てみると空席は3つのみ。3つしかないのに、どうやって自由に選べばいいの--という感じでそばで見ていた係員を見ると、顔をちょっと引きつらせながら「できるだけおそばの席にしましょうね」といってさっさと操作して2席とってくれる。席はBとそれから2列後ろのE。
カード会員用のラウンジで時間をつぶし、ころあいを見て搭乗する。現地での支払いはカードと前回の旅行の残りのユーロでするつもりで両替はなし。
機内は満席で、タヌキ(B)の両隣は個人旅行者のような男性。うさぎ(E)の席は団体枠だったようで回りは添乗員付きの阪急のヨーロッパ周遊ツアーの客のよう。
うさぎが隣の方(うさぎより少しお歳を召した方)から聞いたところによるとその方は友人と二人で申し込んだのだが事情があり友人が出発1週間くらい前にキャンセルしたとのこと.ご本人もどうしようか迷ったがせっかくだからと参加した由。うさぎの席はその友人の方の席かとなんとなく納得。
12時ごろテイクオフ。
飛行は順調。食事は2回でたが前回と比べ特に変わりなし。隣にうさぎがいないので、たぬきはのうのうとスパークリングワインを何回かおかわりしてくつろぐ。
ほぼオンタイムにCDGシャルルドゴール空港着。
到着ターミナルから長いトンネルを通って真ん中の建物へ。
イミグレ入国管理に行くと以前とちょっと違い結構長い列が。
ブースは5箇所くらい開いていたが、見ているとアラブ・マグレブ風の服装の人がかなりいてなかなか進まない様子。それでも15分くらいで順番が来たので、係官にパスポートを見せると15秒くらいで入国スタンプを押しかえしてくれる。eチケットの控えの提示も求められず質問もなし。
イミグレで時間をとられたせいか、ターンテーブルに行くともう荷物はベルトのうえで回っている。
それぞれの荷物をとり、税関をとおり外(制限区域外)へ。例によって税関は荷物を引きながら通るだけ。
申し込んだツアーは、空港−ホテルの送迎付だったので出迎えの人を探す。
通常はツアー名、ツアー会社の名前の入ったカードを持って待っているのだが、それらしき人はいない。
よく見てみると我々の姓がローマ字で書かれている板を持っていたおじさんがいたので、接触すると我々の迎えと判明。日本語はしゃべれず、ともにカタコトの英語で意思疎通する。
我々二人だけの迎えということで、駐車場の車(普通のセダン型乗用車)へ案内される。
市内に向かう途中ドライバーに携帯がかかる。ドライバーから渡されて電話に出るとツアーの現地代理店(ミキトラベル)が帰国時のホテルへの迎えの時間の確認、ホテルのことなどいわゆる契約条件にあることの説明をしてくれる。
以前、ロンドンについたときもミキは同じ様な方法で連絡してきたが、日本語のしゃべれないドライバーのみの送迎に関してはこのような方法で客の不安をなくすことにしているようである。ミキトラベルはヨーロッパの日系ランドオペレータとしては最大手といわれている会社である。
環状線のてまえで少し詰まったが大きな渋滞もなく40分くらいでホテル着。
ドライバーは荷物をホテルの入り口まで運んでくれてさようなら。
1階(日本風に言うと2階)にあるフロントでチェックイン。名前を告げるとすぐに受付をしてくれ部屋の鍵を渡される。泊数の確認やチェツクアウト時間の確認をした後荷物を引いて部屋に向かう。
(朝食つきの条件だったので、食堂の位置や開かれる時間を聞いておくべきなのだが忘れてしまい、あとで外出の際聞いた。)
部屋は5階〈6階〉で中庭に面している部屋で広さはまあまあ。浴室・トイレもまあまあの広さ。古びているがこぎれいにはなっていた。
ホテルは、「ティモテル オペラ マドレーヌ」。名前に反して、オペラ座やマドレーヌ寺院から少し離れているサンラザール駅のすぐそば。
たぬきがはじめてパリに来た40年くらい前に泊まったのも駅前のサンラザール。コンコルド。それ以降、幾度もパリにとまったがこの辺はまったくなし。ということでなんとなく懐かしいところ。
前のときは旅行会社のファーストブランドのツアー、今回はネットで選んだエコノミーツアー、ということでホテルに差があるのは当然のこと。
さて、部屋で一休みしたあと外出する。
まず明日のために駅に行く。
サンラザール駅は以前来たときから改装工事をしており、ようやく終わりに近づいている感じであった。
確か以前は昔風の小さい窓が並んでいる出札所であったが、今はと駅の東の端のほうに丸い形のコーナーになっていた。中はオープンカウンターで明るい開けた感じ。
用件であるフランスレールパスのバリデーション処理と次の日の予約を済ませる。バリデーションはパスとパスポートーを出し「バリデーション プリーズ」といい予約は行き先と希望の時間を紙に書いて渡したらすぐに処理をしてくれた。係員は英語が分かるようで、2階席か1階席か聞いてきたが「アッパーフロアー」というだけで理解してくれたよう。無事パリリヨン発 1016の予約(一人3ユーロ)をして駅を出る。駅そばのフナック〈書籍・音楽店〉をのぞき、オペラ座のそばまで歩きデパートをちょっと見てそばのスーパーへ。最初(35年くらい前、)に来たときもこのあたりにあったスーパーを利用したことを改めて重いダイス。現在はモノプリだが当時はどうだったか記憶にない。
パンなどの軽食、水などを購入してホテルに戻る。
部屋にあった湯沸しで湯を沸かしこれも部屋においてあるインスタントのコーヒー、紅茶を飲みながら軽食を取る。次の日からの旅行の準備をし、フロに入りベッドに寝ながら「夕食はどうしようか」などと話していたが、いつの間にか二人とも寝入ってしまう。
第2日目 5月13日水曜
時差ボケもあってか5時過ぎには目を覚ます。荷物整理の続きなどをしているうち7を時を過ぎたので朝食をとりに行く。(昨日外出のとき朝食は2階で6時半から10時半の間と聞いておいた。)
レストランでは一応準備はできていたが2組の客が食事をしているだけでスタッフの姿はなし。
コンチネンタルということだったが昔と違いビュッフェ形式で、ハムなどもありまあまあの内容。あとから姿を見せたスタツフに頼むと卵も調理してくれるようだ。
部屋に戻り支度をする。遅くとも9時半までには出ようと思っていたが準備ができたので9時頃にはフロントに鍵を預け出発。サンラザールの駅から14号線でパリリヨン駅へ。ホテルを出てから20分くらいで到着。
掲示板で乗る列車のホームを確認する.有名なレストラン「青列車」の前の中央ホームでなく、セーヌ川と反対側のちょっと奥まった感じのホームから出発すると表示。
小一時間あるので、スタンドで昼食用のサンドイッチを求めた後、交代でひとりが荷物を見張りひとりが構内を見て回るということで時間をつぶす。うさぎは本や雑誌、などを見て回ったとのこと。タヌキは社中で飲むためのワインを売っていないか見て回ったが、本格的なワインショプが1軒あっただけ。タヌキの好むワイン〈平たく言うと安いワイン〉がないようなのであきらめる。
10時ごろには列車に乗り込みほぼ定時に出発。しかし何かあまりスピードが乗らない感じ。新線区間に入っても時々徐行し、2度ほど止まってしまうことも。しばらくたってからようやくTGVらしいスピードで走り始めた。リヨン付近を走行中車内放送で「この列車は30分遅れで運行しています。このあと回復運転をしますのでマルセイユには20分遅れくらいで着く予定です。」とアナウンス。
もちろんタヌキにはまったくチンブンカンブンで内容はうさぎの通訳によるもの。理由はいわなかったのか聞き取れなかったか分からないが不明のまま。
昼食の時間帯になったので駅で買ったサンドイッチを食べる。つき物のワインを持ってこられなかったので
車内の売店に出かけ購入する。フランスの誇るTGVでも売店では赤白とも1種類のみ。値段も量に比べて高め。国内の新幹線の中とあまり変らない。
回復運転?にもかかわらずマルセイユには30分くらいの遅れで14時少し前に到着。
駅のコインロッカーに荷物を預けメトロで旧港へ急ぐ。(メトロひとり1.7ユーロ)(写真A)
発着場に行くと幸い欠航の表示はなかったが次の船の出港まで40分くらいあるとのこと。
定時に着けば 前の船に十分時間があって乗れたのに、と思っても致し方なし。
観光案内所の売店(うさぎはここで趣味である絵葉書のコレクションなどを購入)などを見て時間を見て船着場に行き乗船券を求め船に乗る。船賃は往復でひとり10ユーロ.カードで支払う。
船は湾を出るとかなりの速度で走りまずイフ島へ。
船から船着場を見ると、本当に簡単な岸壁を利用しており、防波堤などは何もないところ。これではちょっと海が荒れたら欠航になるのも当然。と思われる様子。当日は何の問題もなく着岸して下船。
石段を登ると目の前は広場になっており、正面に砦の建物が見える。左手には砦の入場券売り場、レストランなどが連なっているが、あとは昔の兵舎らしいの建物があるだけ。
入場件を求め(ひとり5ユーロ)砦の見学。内部は小ぶりな中世の城といった感じ。小説モンテクリスト伯の中で、ダンテスが閉じ込められていたという牢屋などのほか、デュマに関するパネルなどもあった。ちょっとした売店もあり、記念グッズなども買える。タヌキの趣味にあったものはなかったが。
屋上に出ると周りが一望できる。マルセイユの町などもよくみえた。
次の船がくるまで時間があったので、広場の周りのミニ塀歩きをしたりする。船着場周辺は何もなく日陰もないので待っている人たちはみなうんざりした様子で石段などにすわりこんでいた。
島への船は マルセイユ――20分――イフ島――10分――フリオール島――30分――マルセイユ
というように運航されており、基本料金は1島用と2島用がある。もちろん我々は1島用を買い乗船したが、マルセイユでの乗船時以外はチェックなしであった。
次の船に乗り、フリオール島に向かう.この島の波止場は某は低などに囲まれ、確かに少しくらいの海のあれには対応できるようす。ヨット、レジャーボートなどがたくさん係留されており、船から見た街の様子もまさに海のレジャー基地と言う感じ。
島を出ると又かなりのスピードで元の旧港の船着場へ。
1729発のTGVでニースまで行く予定だったが、メトロの旧港駅のプラットホームについたのが1720過ぎ。
駅でもらった時刻表によると、ニース行きは20時に出るTGVがあるのみ。
間に合わないとは思ったが、くるときの列車のように遅れることもあるかもしれないと、サンシャルル駅へ。
1735に出札所に駆け込み、レイルパスを見せてニースまでのTGVの状況を聞くと、やはり20時のしかないとのこと。2時間半くらい時間があるので、ゆっくり考えようとカウンターを離れようとすると係員が呼び止め、「ニースまで行くのか」と聞いてくる。
「そうだ」と答えると「ニースまでならこの列車があるよ」とディスプレイをまわしてみせてくれる。
そこには、1759発ニース行きter XXX の表示が。「パスだけで乗れるよ」と案内してくれたので
「メルシー」とお礼をいい、コインロッカーに急ぎ荷物を取り出し、55分頃プラットホームへ。(写真B)
行き先を確かめすぐに最後尾のほうから乗車する。
なお、乗ろうとしていた列車 TGV マルセイユ17:29 ニース19:55
時刻表にあった次の列車は 最終の TGV マルセイユ19:59 ニース22:20 のもの。
車内はかなり込んでおり、各車両には立っている人も少なくないといった状況。空席を探しに前のほうに歩いてゆく。
6〜7両くらい歩くとようやく離れ離れだが2席空席があったのでそこに座る。(ニースで下車したときに見たら、前から2両目の客車だった)。
この列車、駅でもらった時刻表にも載っていない上連結されている車両も色々な車両の寄せ集めで一等車もないということなどから、臨時、あるいは不定期列車だったかもしれない。
列車はすでに発車しておりかなりのスピードであまり停車することもなく進む。
種類はTGVでなくterであったがニースまでに停車したのはツーロンなどTGVの停車駅とほぼ同じ。所要時間も2時間半くらいでほぼ同じであった。
ツーロン、レザルクでたくさんの人が降りて行き、並びの席に移ることもできた。カンヌを過ぎる頃はもうガラガラであった。
8時半過ぎにニースに着く。さすがにもう暗くなっていた。
駅前からタクシーでホテルに向かう。ドライバーに、バウチャーのホテル名、住所を見せるとうなずいてすぐに動き出す。はじめての街でしかも夜のためどこを走っているのか分からなかったが10分ちょっとでホテルの前まで運んでくれる。メータ表示は11ユーロちょっとだったので12ユーロ渡す。(小さい荷物だったが乗り降りのとき運んでくれたので)
(写真C-1)
フロントに行きチェックイン。到着時刻(20時50分くらい)が遅かったが特になにも言われず。
珍しく、旅券の提示を求められたので二人の旅券を渡す。何か記録しすぐに返してもらえたが。ネット宿泊手配会社からのバウチャーを渡し、チェックインは終了。
日本人の客もかなりあるらしく、日本語の観光マップをくれる(ちょっと昔に発行されたものだったが)
日本語が聞こえたので振り返ると滞在客らしい家族ずれが外出のためフロントの前をと売るところだったようだ。
荷物を持ち部屋に行く。
アサインされた部屋は1階で窓からは、道路を挟んでホテルの名前にもなっているアルベルト一世庭園が目の前。右のほうを見るとマセナ広場も見えるまあまあの位置.下(0階)はレストランのようで12時過ぎまで其の騒ぎが聞こえたがそれ以外は料金的な面も考えるとあまり文句も言えないといったところ。料金は、日本のネットで2人部屋1泊朝食つきで一人7000円弱
ちなみに朝食の食堂も同じフロアであった。
部屋で一休みしたあと夕食でも、と思い外出。歩いて旧市街の中心部へ。裁判所のそばのほうまで行くと、多くのレストランが開店準備をしていたり、開店直後という感じ。夜の9時半過ぎにもかかわらずである。
イタリアン風のレストランを見つけ、食事をすることにする。屋外の席で、タヌキはムール貝、うさぎはピザを頼み2人でワイン1本。(3/4はタヌキの腹に収められているが)
食事中から周りのレストランもにぎわってきており、ホテルに戻る途中も人出が増えている。
さすがに疲れていたので、ホテルに戻り風呂に入り休む。
3日目
5月14日木曜
7時半ごろ食堂へ行き朝食をとる。(7時から10時40分)
コンチネンタルビュッフといったところ。パリのホテルよりは少し料理が多い感じ。
30分くらいで部屋に戻る。
今日の予定は特に決めていなかったが、ルノアール美術館と、鷹ノ巣村のヴァンスにでも行くかということになる。バスで行けるようになってたと思い、まずバスターミナルとに行くことにする。
地図で見ると大して距離もないようなので、歩いてバスターミナルに向かう。トラムに沿って10分くらいで到着10時頃。
(写真E)
案内所で路線図、時刻表などをもらい、コースを検討する。
カーニシュメールまで行き美術館を見て其のあとヴァンスに行きニースに戻るというコースにすることにし、カーニシュメールまではカンヌ行きの200番バスが頻発しているようなので、カンヌ行きバスの乗り場を聞きそちらに行く。
時刻表ではすぐに出るバスがあることになっていたが、停車しているバスは客扱いをしない様子。しばらくすると次のバスが入ってくる。女性ドライバーとディスパッチャーらしき男性となにやら話していたが、そのままおりて控え室のほうに行ってしまう。我々を含め十数名の客は事情が分からないブツブツ言いながらまっている。
5〜6分するとさっきのドライバーが出てきて、やっとバスに乗ることができた。
ドライバーから4ユーロの1日券を購入し座って待っていると程なく出発。乗客はさっきより増えて30人近く乗り込んでいる。バスはターミナルから海岸に出てプロムナード・デザングレをとおり、空港の横から西(マルセイユ方向)に向かい快調に走る。目的のルノアール美術館の最寄の停留所が良く分からなかったので、バス停の表示を見ながら、駅の最寄の場所で下車約30分くらいであった。付近を見て歩くと、案内表示があったのでそれに従いブラフラらと歩き出す。ところがいくら歩いてもそれらしき建物や案内が見当たらない。
競馬場のような場所の前の道に大きな案内看板があったので見てみると、途中で道を間違えていたことが判明。
道を確認して又元の道を戻る。途中バス停はあったが本数が少なく利用できず、タクシー乗り場も見当たらないため歩いてゆく。美術館のそばまで来ると案内があちこちにあり、安心して行けたが、最後はかなりきびしい坂になっており、ちょっとめげる。
12時半過ぎに美術館についてみると今度はあまり人気がない。案内板を見ると12時から2時までは閉館とのこと。ガッカリしたが、せっかくだから食事でもして時間をつぶし又こようということにしたが、付近は住宅街でそれらしき施設はまったく見当たらない。やむを得ず又坂を下り街の方に降りてゆく。
店舗などが並んでいるところまで降り、食堂(レストラン)を探しながらぶらぶらする。ついでに、ヴァンス行きの400番バスの乗り場も探す。少し先の、たまに来る路線バスの止まるところが地域のバスターミナルの様子。ニース/カンヌのバス、ニース/ヴァンスのバスのほか地域のバスも含め5〜6系統のバスが止まるようだ。(下車した停留所の1つか2つ前、美術館にはこちらからのほうが近い)
ぶらぶらしたあと,通りに面したレストラン(というよりファーストフード的食堂)でスパゲティとワイン、ビザと紅茶と言う食事を取る。(写真D-1)
2時を過ぎた頃店を出てある又歩いて美術館へ。(写真D-2)
今度は無事入館でき小一時間見学をする。
建物の中に、この街の観光案内のリーフレットなどがあったのでいただいて帰る。
街のバスターミナルまで戻り400番バスの時刻表などを確認して待っていたが時間になってもぜんぜんバスが来ない。
カンヌ行きやニース行き、地域のバスは時々やってくるが肝心のヴァンス行きはさっぱりである。
同じようにウロウロして待っているらしい人に声をかけて見ると、アメリカから来た観光客で、やはりヴアンスに行こうと待っているという。彼はやってきた他系統のバスのドライバーに訪ねたりしていたが、やがてタヌキに手を振ってベンチに座って待っていた奥さんらしい方と一緒にカンヌ行きのバスにのっていってしまった。
我々も一旦ニースに戻ることにしてバスに乗り込む。
バスターミナルで折、トイレとあとの行き先を考えるため、案内所に向かう。途中のバスポストを見ると400番ストライキの張り紙が。(写真E-5)ストならストで途中のバス停にも貼れよ、といいたかったがこれもストが日常茶飯事のフランスなのだなとあきらめることにする。ここのトイレはトルコ式というのか腰掛ける便座のないタイプ。有料(40セント)だが備え付けの紙などはなかった。床全体に水を流すタイプなので気をつけないと靴やズボンがぬれる恐れがあるので注意が必要。
時刻表などを見ていると少しあとにエズ行きのバスが出ることを見つける.同じような鷹ノ巣村で有名なところだからそこに行こうかということで又バスに乗り込む。
時刻表のとおり約20分くらいでエズ村(入り口)に到着。
いわゆる村はここから少し上ったところにあるようだが、疲れていたことと、所要時間の見当がつかなかったこと、帰りの82番バスの最終の時刻のことなどもあり、地中海が眺められると黒まで雪後はみやげ物店などを見てすごす。(バス停に張ってあった時刻表によると、其のあとモナコから山越えでニースへ行くバスもあったようだが)
今日はよく歩き疲れていたので夕食はホテルで取ろうということにして、市内に戻ったところで、行きにモノプリを見かけた、ガリバルディ広場で下車する。
イタリア統一の英雄の一人で、「妻を娶らば才たけて、見目麗しく情けあり・・・」と言う歌詞で有名な「人を恋うる歌」にも歌われるおり、赤シャツ千人隊でも知られているガリバルディに由来していると思われるが、どうしてイタリアの英雄の名前が使われているか分からない。あとから調べてみたら、彼はこのニースの出身と言うことで納得する。
当時ニースは統一イタリア王国の中核となった、サルディニア王国の一部であり、色々な経緯でフランスに割譲されたので現在はフランスになっているとのこと。
ガリバルディはほとんど同じ時期の明治維新で言うと、奇兵隊を率いた高杉晋作のような立場であったようである。
スーパーで夕食の食べ物や飲み物を買い込み、今度はトラムでホテルに戻る。
一休みのあと、食後のケーキや追加の飲み物を買いに近所まで出かけたがその後は部屋で夕食をとりフロに入り休む。
4日目
5月15日金曜
8時ごろ朝食をとり、トラム(写真F)でSNCFの駅ニーススヴィルへ。
10時前に駅に着き建物の中に入ると中は多くの人でごった返している。
どうやらフランス名物ストライキらしい。昨日はバス、今日は列車とフランスに来てフランス名物を体験できたのだから、非常にラッキー?−なのかもしれないが、現実にはそんなことで喜んではいられない。
発着掲示板ををみても、少なくとも1時間に1本はあるはずの東行きの列車は一本も表示されていない。駅で待っている旅客と鉄道職員のやり取りは、日本のようにそうとげとげしい感じはしないが、一人一人への対応時間が非常に長いのでなかなか様子を聞くことができない。ようやくの係員に聞くと「13時26分まで列車もバスもない」と言う話し.これではお昼の衛兵交代にまにあわない。
モナゴまでは路線バスもあることを思い出し、とりあえずトラムでバスターミナルヘ。案内所で聞くまでもなく、発着場に100番系統のバスが客扱いをしている。1ユーロの運賃を運転手に払い乗り込む。バスはほぼ満員の客を乗せ出発。
バスは海沿いの道を走る。時々鉄道の線路も見かけるが走っている列車にはまったく会わない。エズの駅も通り過ぎる。ここからエズ村までは歩いても行けるし路線バスもある。(本数は多くないようだが)
11時過ぎにモナコに入り、地図を見て公宮のそばで下車。
平面状は確かにすぐそばだったが実態は高台にある公宮の下のところ。衛兵交代の行われる公宮前広場まで上る手段が分からずウロウロして大きな案内図を見ていたら、地元の人らしい人が親切に教えてくれる。
もちろんフランス語なのて応対はうさぎの役目。「これがモナコホスピタリティね」とはうさぎの話し。
アメリカ南部の「サウスホスピタリティ」というのはきいたことがあるがおフランスにも同じような親切さがあるようだ。
案内に従い、最後は坂を上り広場に出ることができる。11時40分過ぎになっていたが、広場にはまだあまり見学客が集まっていない。鎖で仕切られた前のほうにたっていると、後ろのほうから日本語が聞こえてくる。
ガイドに連れられたJ社の団体さんが見物に集まってきたようだ。後から見てみると3つくらいの団体がいたようだ。
12時前から交代式が始まる。人数は分隊単位の交代のようで、バッキンガム宮殿前の大隊規模の交代と比べるとちゃちさは否めない。
若い兵士は見当たらず、メタボの兵隊さんが目立つ。(写真G-1,2)
終了後、テラスから町の中のほうを案内している団体のガイドのはなしを後ろのほうからきく。(写真G-3.4)
博物館へ行くらしい団体と別れ旧市街を通り抜けバス乗り場から市内に向かう。(写真G-5)
まず<次の日のパリへ戻るTGVの座席指定券を買うためモンテカルロの駅に行く。(写真G8-12)
混んではいないらしく希望通りの切符を買うことができる。駅内を見て写真を撮ったりしたあと歩いて海岸、波止場方面へ。まじかのF1の準備が進んでおり、仮設の観覧席、安全ネットの設置などがすすんでおり通行しにくいところもある。
そのまま有名なカジノを見に行く。といっても外側から見たり写真を撮っただけで中には入らず。(写真G6.7)
バスを探して,先ほどの公宮前の旧市街に戻る。ここは飲食店、お土産屋などが軒を連ねている。
何軒か見ていくうちに、ツールドフランスのグッツを売っている店を見つけ,息子への土産を購入する。
日本人も多く来る店のようで、珍しく、というと怒こられるかもしれないが日本の国際カードも使用できる。
大体の目的も達したので、ニースからのバスを降りたところに戻り、やってきた100番バスに乗る。
帰りのバスは乗り込んだ次のバス停から非常な混雑であった。どうやら輸送申請をしていない遠足のグループが乗り込んだらしく、座席通路はもちろん出入り口も人で身動きできないくらい乗り込んでいた。(途中で少しずつ下車してニースについた頃はほどほどの客数であったが)
6時半ごろ夕食のため先に散歩のとき見つけたラファイアットの裏手のフロへ
早めに行けば予約なしでも大丈夫だろうと見当をつけ行ったが、幸い席がすぐ取れる。開店時間までちょっと待ってほしいといわれ、、しのため開店時間まで待ってほしいといわれ、ラファイアットの中を見て時間をつぶす。
食事は魚をメインにした定食とワイン定食(エビアン付で一人35ユーロ程度、ワインボトルで32ユーロ
100ユーロちょっとを、ここではビザカードで支払い。さすがに最初はガラガラだったがだんだん席も埋まってきた。すぐ横の席では知り合いではないと思われるアメリカ人のハネムーンと思しきカップル,熟年のカップルなどが談笑していた。(英語で話していたのでアメリカ人らしいと思っただけだが。)
スポーツ店を冷やかしたりしながら、歩いてホテルに戻る
ちょうど日本から到着したらしい20人位のHISのグループが到着してチェックインしていた。
5日目
5月16日土曜
7時過ぎに食堂へ
昨夜到着したグループと同席
近くの席のハネムーンらしきカップルと言葉を交わす。其ののツアーの当日の予定は貸し切りバスでモナコに行き午後にはエズ経由でニースに戻りプロムナード・デザングレで小一時間過ごし又バスでマルセイユまで行くとのこと。
強行軍のようだが、周遊型のツアーでは良くあるパターン。
添乗員らしき若い男性が、客に宿泊したホテルについて説明していた。
知っているものから見ると、かなり苦しい説明で、言わされているのか、知らないで言っているのか分からないが、同情してしまう。(添乗員に対してというより参加者に対してだが)
食後、海岸(歩いて数分)まで散歩
地中海で手を洗っていたら小さな波で靴が水浸しに。
あわててホテルに戻ると かのツアーがちょうど出発するところ。
客と添乗員のほかドライバー,現地ガイドがトランクをバスに積み込んでいた。
部屋に戻り靴下を履き替え、靴は履き替えがないのでタオルなどで水気をとり備え付けのドライヤーで乾かす。やっとはけるくらいの半かわきになったので、ちょっと早かったが出発。
チェックアウトは鍵を返すのみで支払いはなし。
トラムで駅に向かう。(写真H)駅前の店で昼食のパンを買い、駅に入る。
前日ほどではないが構内は人がたむろしていた。
幸い我々の乗る列車は予定通り運行されるらしく、掲示板に表示されていた。
ホームに出るとすぐに列車が入線してくる。列車はホームの前のほう(パリ方向)に止まる。
購入した席は2号車で、後ろから2番目の車両。席を見つけ時計を見ると出発時刻までまだ15分以上あったので、ウサギを残しタヌキはホームにおり、駅を見学することにする。
ちょうど、最後尾にもうひとつのTGVを連結する作業が始まったのでそれを見物する。
其のあと駅の手荷物預けの場所などを確認し出発予定時刻の5分くらい前に席に戻る。
定刻を5分くらい過ぎ、例によって何の合図も聞こえないまま列車はパリに向かって出発する。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- ANA
-
A-1 マルセイユ旧港 イフ島行き船の乗船券売り場
-
A−2 乗船場と船
-
A-3
船から、マルセイユ新港方向 -
A-4 イフ島船着場
地中海とはいえ、防波堤もない船着場。ちょっと波が高ければ欠航するのも当然か -
A-5 船から見たイフ島
-
B-1 マルセイユ駅手荷物預けの案内表示
-
B-2 手荷物を入れるコインロッカー3種類の大きさがある。
-
B-3 マルセイユ駅発着案内板
我々の乗った列車が表示されている -
C-1 ニースホテル
ホテルのいりぐちは、バスの一番前の左手辺り。
泊まっているバスは,同宿の日本人グループの専用バス。 -
C-2 ニース アルベルト1世庭園
朝の風景。ここでも日本の公園と同じような犬集会が行われていた。
ホテルもこの庭園も人の名前に由来しているのだろうが、アルベルト1世というのがどういう人なのか分からない。長くこの地を支配していたサゥォイ家の伯、公、王といった当主の中には見当たらない。モナコのグリマルディ家やヴェローナのスカラ家にはいるようだが゜。
隣のマセナ広場のマセナもそうだがどんな由来なのだろうか。 -
D-1 カーニッシュメールで食事をしたレストラン(食堂)
ごらんのようにイタメシ屋である。 -
D-2 ルノアール美術館
庭園(裏手)から -
E-1 ニースバスターミナル
バスターミナル案内書入り口
手前を走るトラムの停車場もすぐそば。
ガイドブックには「長距離バスターミナル」と表示しているものもあるが、ニースおよびコートダジュール地区の近・中距離バスのターミナル。
単にバスターミナルと表示したほうが、誤解を招かないのではないか。 -
E-2 ニースバスターミナル
ルートの案内板。有人の案内所も有る。 -
E-3ニースバスターミナル
カンヌ行きのバス。ドライバーは休憩か打ち合わせのため乗っていない。 -
E-4ニースバスターミナル
乗り場ポスト
古くなり下のほうの印字がきえている。
他の掲示板でクイズになっていた。 -
E-5 ニースバスターミナル
E−4のポストのうら -
E-5 ニースバスターミナル
スト中と言う張り紙 -
F-1 ニーストラム
マセナ広場を走るトラム。
電池走行区間なので、パンタを上げていない。 -
F-2 ニーストラム
電停の料金表 -
F-3 ニーストラム
電停の路線案内図、バス路線も表示されている。赤い線がトラム -
F-4 ニーストラム
電停の切符自動販売機 -
F-5 ニーストラム
駅方面へのトラム。
電池走行区間を走ってきたので、パンタを下げたままになっている -
F-6 ニーストラム
駅方面へのトラム
パンタをあげて、ここからは架線から集電する。 -
F-7 ニーストラム
バスターミナル方面に行くトラム
こちら側はこの電停から架線から集電する。 -
G-1 モナコ
公宮前広場での衛兵交替式
数名の軍楽兵が先導して行進してきます。 -
G-2 モナコ
衛兵交替式
左手後ろの公宮の前には、中世〜近世にかけて使われた大砲と弾丸が飾られています。 -
G-3 モナコ
公宮前広場の橋のテラスから -
G-4 モナコ
少しアップです。F1用のスタンドもほとんど完成している。 -
G-5 モナコ
市内バス
2系統あります。料金は1ユーロ、1日券4ユーロ
ニースと同じ。 -
G-6 モナコ
有名なカジノ。
てまえの広場の左手には、カフェドパリ,右手にはオテルドパリが。 -
G-7 モナコ
前の写真のカジノの建物の右手のオペラ座の関係者出入り口。
役者さんなどはここから入るのでしょうか。 -
G-8 モナコモンテカルロ駅
プラットホーム
線路は3本あります。正面がニース方向。
この駅は地下駅といわれていて確かに間違いではないのだが普通考えるのとちょっとニュアンスが違う。
出入り口が、上中下とありそれぞれが道路に面している。
上の入り口から入ると、エレベータで少し下がり,出札所等の駅施設がある
フロアーに降りそこから階段エスカレータでホームに下りる。ホームへ降りるエスカレータからとった写真。
左手前のちょっと明るくなっているところが中の出入り口 -
G-9 モナコモンテカルロ駅
中の出入り口。外側から見たところ。プラットホームと同じ面である。
道路のてまえはもうF1のコース。防御柵の設置が進んでいた。 -
G-10 モナコモンテカルロ駅
中の出入り口を建物の中から見たところ。 -
G-11 モナコモンテカルロ駅
ホーム面から又下がったところの下の出入り口 -
G-12 モナコモンテカルロ駅
下の出入り口の児童トビラが開いたところ -
H-1 ニース駅
ニースゥ゛ィル駅正面。
こじんまりした駅。左手がカンヌ方面右手がモナコ方面。
てまえ後ろが海岸方面。 -
H-2 ニース駅
地下連絡通路に貼ってあったツールドフランスのポスター -
H-3 ニース駅
パリ行きTGV6074.
ホームの前のほうに停車している。 -
H-4 ニース駅
駅の手荷物預り所 -
H-5 ニース駅
手荷物預り所の案内。右のほうは待合室でそのままホームへも出られる。 -
H-6 ニース駅
発着案内の掲示板 -
H-7 ニース駅
6074列車(左)と6174列車の連結 -
H-8 ニース駅
連結ほぼ完了。
国内だと列車番号は変らず、増結扱いになるパターンだがフランスで異なる列車番号で処理しているようだ。 -
H-9 ニース駅
列車の編成の電光掲示
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