1991/02/14 - 1991/02/17
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Hiro Tamuraさん
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1991年2月、初めてのタイ。バンコク、プーケット、ウボンラチャタニーを4日で周り、絶景を探していた。もちろん仕事だ。地元のロケーションコーディネーターの方と、社会人1年目の僕が、数千万円の製作費を使うCMの風景を探していたのである。何本目かの制作担当ではあったが、初めて任された海外ロケハンだった。もはや記憶のかなたの旅だが、この体験がなければ、今のようにアジアにハマりはしなかっただろうと思う。(表紙は、1991年2月のZEN。今年デモ隊が占拠した場所。)
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 航空会社
- JAL
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Khao Phra Viharn カンボジアとの国境である。現在はもう少しましな看板になっていると思われる。当時は、微妙に国境というものが怖く感じられた。
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手持ちのフィルムカメラのズームが足りず、中途半端な絵になっている。陰影もない。今のデジカメのように深みがある写真を撮るには、ホントに腕がないと無理だ、と改めて自覚した一枚。
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イチオシ
この絶景をみたとき、「恐竜が出そう」と感じた。大河の望む崖からの風景である。当時、25歳で、海外は2-3回目だったが、自然の景色に対して感動したのは、これがお初であった。
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旅の終着点として、この崖から望む大河をバックに、バイクに乗った男女3人が佇む。完成した当時のCMは、そのように終わる。当時のコマーシャルフィルムは、時に人生を語る説得力を持っていたと想う。
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1991年のプーケット、カロンビーチ。ただの海岸だった。海の水はひたすら美しく、ヨットを借り切った欧州人が果てしなくカッコよく見えたのを記憶している。
この後、2000年頃までの10年間、僕にとってタイは大嫌いな国だった。この出張の帰国便に搭乗する直前に高熱と下痢に見舞われたのである。おかげで、JALのファーストクラスに隔離され、トイレに通い続けた。帰国後、さらに10日間病院に幽閉された。細菌性の赤痢、めったにかからない病気だった。
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