2010/05/29 - 2010/05/29
63位(同エリア178件中)
ベームさん
5月29日、5日目。
シャルトル大聖堂を見て街中を散策したあとヴェルサイユに寄りパリに戻りました。シャルトルでは季節の白アスパラガスが市場に並んでいるのを見てその料理を食べようとレストランを巡りましたがどこにも有りませんでした、というかそういう料理は無いというのが幾つかのレストランの返事でした。今もって不思議です。それとも私の訊きかたが悪かったのでしょうか。ドイツなら今の時期何処ででも食べられるのですが。
写真はシャルトルの市場。立っている中年のご婦人のパンツがいいですね。右足と左足の色が違う。日本でこういうのを見たらかなり目を引く光景ですがここでは様になっている。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ANA
-
シャルトル。
大聖堂の近くの市場。フランスの特に地方ではこういった市場が住民の台所のようだ。 -
シャルトルの市場。
露天ではなく鉄骨の屋根があり常設らしい。 -
シャルトルの市場。
魚屋さん。海から遠く離れているからか種類、数は少ないし見た目生きも良くない。 -
左レマン湖産イワナ。
右大西洋産舌平目。 -
左の小エビはマダガスカル産。
-
日本人の目から見ると寂しい品揃えです。
-
シャルトル。
5人の中年の楽士が町なかを練り歩いていた。街には特にお祭らしい気配は無かったが。若くはないオジサンたちですが様になっている。 -
立ち止まって聴く人もいないが悠々と行進していきました。。
-
シャルトルの街並み。
壁も道路も古い石造りです。 -
シャルトルの街並み。
-
シャルトルの街並み。
しっとりした佇まい。 -
シャルトル。
サン・テニアン教会。大聖堂から石畳の道を南に歩いていく。 -
シャルトル。
サン・テニアン教会。 -
シャルトル。
サン・テニアン教会。 -
シャルトル。
サン・テニアン教会。 -
シャルトル。
サン・テニアン教会。 -
シャルトル。
サン・テニアン教会をさらに行くとサン・ピエール教会があります。12~13世紀。 -
シャルトル。
サン・ピエール教会。大聖堂から15分ほど南に位置する大きな教会。飛梁が目立つ。 -
シャルトル。
サン・ピエール教会。静まっていて薄気味悪いくらい。 -
シャルトル。
サン・ピエール教会。ステンドグラスは13世紀頃のもの。 -
焦げたように真っ黒。初代ローマ教皇?
-
シャルトル。
サン・ピエール教会。 -
シャルトル。
サン・ピエール教会の近く、何の建物か分からなかった。 -
シャルトル。
ギャルリー・ド・シャルトル。 -
シャルトルの風景。
-
シャルトル。
祖国の為に死んだウール・エ・ロワールの子供たちの記念碑。多分どちらかの大戦の時のものだろう。駅と大聖堂の間の広場に建っている。 -
シャルトル。
ケパブとビール・ハイネケンの昼食。
市場で白アスパラガスが屋台に並んでいたので今はその季節だという事に気がついた。ドイツでの白アスパラ(シュパーゲル)料理を頭に浮かべながら何軒もレストランを尋ねたがどこにもそんな料理は無いとの返事。それどころか
ASPERGE(アスペルジュ、アスパラガス)と言っても通じない。頭を傾げるばかり。市場のアスパラガスにはASPERGEと名札に書いてあるのに。結局落ち着いたのがケパブ屋、ここのお兄さんは日本に友達がいるとかで少し日本語を話す。
どなたかフランスで白アスパラガス料理をなんと言うのかご存知でしたら教えてください。
ビールはハイネケンだった。フランスではこれとアルザスの1669が幅を利かしている。 -
ヴェルサイユ・シャンティ駅。
シャルトル発12:35でヴェルサイユ着13:22。宮殿まで歩いて25分くらい。ヴェルサイユには他にRERのヴェルサイユ・リヴ・ゴーシュ駅、SNCFのヴェルサイユ・リヴ・ドロワット駅がある。 -
途中にあるヴェルサイユ市庁舎。
-
ヴェルサイユ宮殿。
2回目。前回2007年はツアーで来た。 -
やはり人が多い。
-
ルイ14世騎馬像。
-
ヴェルサイユ宮殿。
ここでパリ・ミュージアム・パスが威力を発揮する。切符売り場が長い列を作っているのを横目にパスで別の所からすいっと入れた。 -
ヴェルサイユ宮殿。
元はルイ13世が建てた狩猟用の小さな館の跡。1661年ルイ14世により建築着工、完成まで50年ほどかかった。1682年ルーヴル宮から宮廷がここに移り、以後1789年のフランス革命までルイ14世、15世、16世のブルボン朝の政治の中心となった。 -
ヴェルサイユ宮殿。
ヴェルサイユの栄華はルイ16世の時に頂点に達したが、1789年のフランス革命で王一家が民衆によりパリに連れ戻されることにより終わる。
1871年普仏戦争の敗戦でナポレオン3世が失脚、勝者プロイセン国王ヴィルヘルム1世がドイツ国王の即位式を鏡の間で行ってフランス国民を悔しがらせる。
1919年6月、第1次世界大戦の講和条約・ヴェルサイユ条約がこれも鏡の間で調印された。 -
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
-
-
ヴェルサイユ宮殿。
礼拝堂。 -
ヴェルサイユ宮殿。
礼拝堂。1710年完成。 -
ヴェルサイユ宮殿。
礼拝堂2階から。2層式で2階は王たちの席。 -
-
ヴェルサイユ宮殿。
礼拝堂天井。 -
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿:鏡の間の入口。
-
ヴェルサイユ宮殿:鏡の間。
1686年完成。長さ73m、578枚の鏡板がはめ込まれた17面の鏡。 -
ヴェルサイユ宮殿:鏡の間。
-
ヴェルサイユ宮殿:鏡の間。
-
ヴェルサイユ宮殿:鏡の間。
-
ヴェルサイユ宮殿:鏡の間。
-
ヴェルサイユ宮殿。
ローマ皇帝に扮した太陽王ルイ14世。 -
ヴェルサイユ宮殿。
王の寝室。ルイ14世は1715年76歳でここで息を引き取る。1643年、4歳の時の即位から実に72年間の統治であった。もっとも王若年のころは母アンヌ・ドートリッシュと宰相マザランが国政を取り仕切ったのだが。
14世の統治が長くあまりにも長生きしたためその死の時その子も孫もすでに亡く、ルイ15世となったのはルイ14世の曾孫であった。 -
ヴェルサイユ宮殿。
王妃の寝室。 -
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
-
太陽王ルイ14世。
-
ヴェルサイユ宮殿。
会議の間。 -
ヴェルサイユ宮殿。
1706年のからくり時計。 -
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
ダヴィッド「ナポレオンの戴冠」。ルーヴル美術館にもう1つの絵がある。 -
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
ルイ15世妃マリー・レクザンスカヤ。 -
ヴェルサイユ宮殿。
ヴィジェ・ル・ブラン作「マリー・アントワネットと子供たち」。
絵に向かって左、アントワネットの右に立つ少女が長子マリー・テレーズ。子供たちのうちで唯一長生し1851年72歳で亡くなる。王党派、反革命運動に加わり国外追放を受けるなど波乱の生涯であったらしい。 -
ヴェルサイユ宮殿。
ポンパドール夫人?、マリー・アントワネット? -
ヴェルサイユ宮殿。
ルイ14世。在位1643年~1715年。妃はスペイン王女マリー・テレーズ・ドートリッシュ。 -
ヴェルサイユ宮殿。
ルイ15世。在位1715年~1774年。妃はポーランド王女マリー・レクザンスカヤ。 -
ヴェルサイユ宮殿。
ルイ16世。在位1774年~1792年。妃はオーストリア王女マリー・アントワネット。 -
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿。
足腰が痛く庭園は眺めるだけにした。 -
ヴェルサイユ宮殿。
-
ヴェルサイユ宮殿:ラトゥーヌの泉。
-
ヴェルサイユ。
帰りのリヴ・ドロワット駅に行く途中ノートルダム教会。 -
ヴェルサイユ。
ノートルダム教会。教会があれば必ず挨拶する。 -
ヴェルサイユ。
ノートルダム教会。 -
ヴェルサイユ・リヴ・ドロワット駅。
帰りはここから16:36発SNCF・フランス国鉄でサン・ラザール駅へ。30分。
この線はパリの手前でモントルイユ、サン・クルーなどモーパッサンの短編で良く登場するかってのセーヌ川の舟遊びの地を通過する。 -
ヴェルサイユ・リヴ・ドロワット駅。
-
ヴェルサイユからサン・ラザールへの列車。古い車両だった。
-
ヴェルサイユからパリに帰り、オペラ座近くのカフェ・ギャルリーで夕食。ハンバーグと目玉焼き、ロゼ、カプチーノ。ハンバーグはパサパサで美味しくない。25ユーロ。よく歩き腰が痛くくたくた。
それでも明日からは3泊4日のノルマンディの旅に出かける。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
84