1995/04/12 - 1995/04/12
103位(同エリア111件中)
北風さん
ジョードプルを早朝出発したおんぼろバスは、ひたすら砂の世界を突き進んだ。
・・・7時間も。
ひび割れたフロントガラスの向こうに、夕日に照らされたSF映画のセットみたいな風景が見えてきた。
何だろう?
この風景は?
世界を旅しても、こんな風景には出会った事がなかった。
あまりにも広大で、あまりにも幻想的で、あまりにも・・・
・・・とても現実の世界とは思えない。
赤い砂の海に溶け込むようにバスが進んでいく。
遠くに霞む巨大な古城を見上げながら、ドライバーがボソリとつぶやいた。
「ジャイサルメールだ」
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
ジャイサルメールは、パキスタンとの国境までたった100kmのタール砂漠のど真ん中に位置していた。
パキスタンがインドから独立するまでは、西へと続く交易路の重要な城塞都市として繁栄していたらしい。
バスが甲高いブレーキ音を響かせる砂煙の中、イスラム教徒との戦いの歴史が刻まれる、高くどこまでも続く城壁が見下ろしていた。
アニメじゃありがちなシチュエーションだが、ブラウン管ごしじゃ、この雰囲気は味わえない。
そして、バスの扉が開くと同時に群がる、ホテルの呼び込みの群れ。
これも、他の国じゃ味わえない。
(インドじゃ当たり前の事なのだが) -
街は意外なほどヨーロッパ系ツーリストで賑わっていた。
どうやらこの街は、キャメル・ツアーで有名な観光地らしい。
何も知らないで降り立ったツーリストでも、これだけ周りを取り囲む男達が、半狂乱で同じ台詞を叫んでいれば嫌でもわかる。
「ミスター、キャメル・ツアーは俺のツアー会社が一番!」 -
俺が選んだホテルは、インド旅行最安値の一泊30円のシングル・ルームだった。
別にハードなバーゲニングをしたわけではない。
観光客の多さ以上に、キャメル・ツアー会社とホテルの数が増えすぎた結果、この街では壮烈なダンピング合戦が始まっていた。
つまり、あのラスベガスと同じ様に、宿泊の安さで人を呼び込んで、ツアーで金を落とさせるシステムに行き着いたらしい。
俺のホテルの親父も、部屋に案内して5分後にパンフレットと、ツアー参加者のインプレ・ノートを抱えてドアをノックしてきた。
まだまだ昼間の熱気がこもる部屋で、目にドルマークを浮かべた親父の熱のこもった勧誘、
・・・インドは、どこまでも休ませてくれない。 -
街の外れの小高い砂丘に、イスラムっぽい建物があった。
あそこから眺める夕暮れの砦は、そのまま絵葉書に使われるとの噂を聞き、のこのこと出かけてみた。
迷路のような小道が続く、街中とは違い、一歩街から出ると、砂丘までは遮る物のない直線ルートだと思ったのだが・・
これは、「イバラ」というものだろうか?
地面に這っている乾燥した枯れ枝みたいなものに、無数のとげがついていた。
たかが植物と甘く見て、思いっきり踏みしめた俺のサンダルをその刺は簡単に突き通していた。
痛いなんてもんじゃない!
もうすぐ日が暮れる。
果たしてあそこまで、あとどれくらいかかるのだろう?
この天然の地雷群を避けて・・・ -
やっと、たどり着いた砂丘の上では、営業スマイルを浮かべたインド人が迎えてくれた。
おもむろに、袋の中から、土産物を取り出し始める。
ここで、いくら買う気はないと言っても時間の無駄だという事はわかりきっている。
とにかく、夕陽に染まる街を見なければ! -
夕日に追い立てられながら、放牧から帰ってきた牛達が、黒く長い道を刻んでいく。
美しい!
本当に歴史が遡っていくようだ。
「ミスター、このらくだの民芸品はいかが?」
悔しい!
あぁぁ、おもいっきり現実を背負ったおっちゃんの言葉に歴史が戻っていく。 -
旅日記
『ジャイサルメール』
砂漠の太陽が、俺の影を赤茶けた石畳にたたきつけている。
気温は40℃を超えているだろうか?
乾いた風がすれ違いざまに、身体中から水分を引っぺがしていく。
脱水症状からくる渇きが、熱に浮かされた身体を、市場へ運ぶ唯一の原動力だった。
市場の入り口を示す崩れかけた城門で、一人の女が目にとまった。
女は牛と争って、腐りかけの野菜、雑草をほうばっている。
時折笑うその声は、狂気を含んではいるが不思議と不快な響きにならなかった。
女が立ち上がり、そして振り向く。
インド人特有の浅黒い肌と、唯一身に付けている鮮やかな青の腰布が強烈なコントラストで目に焼きついた。
ただきれいだと思った。
いや美しいと感じたのだろうか?
汗に濡れる乳房、S字を描く身体のラインに扇情的な色はなく、全てが自然の一部になっていた。
この日、人の内面に潜む煩悩から切り離された時の美しさがある事を知った。
茶屋のおやじがつぶやいた。
「あの娘は、来週砂漠に捨てられる」
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