2010/05/29 - 2010/05/29
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TAKEおじさん
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浅草に用事が有ったついでに浅草寺の周りを1時間くらい散歩してみた。浅草には、今年は3回目である。実家は近いので小学校の頃から花やしきなどに遊びに来ていた。
しかしながら、浅草寺など詳しく見学したことは無かった。浅草は仲見世を通って、拝観して、六区に流れるがパターンで、今回初めて浅草寺境内を回ってみた。
かつて浅草は東京随一の繁華街だったが、その後寂れていたが最近に成って再び勢いを取り戻しているように思われる。また、スカイツリーが浅草の各所から良く見え、2011年の完成時には浅草+スカイツリーが人気を呼ぶものと思う。
浅草、ガンバレ!
- 交通手段
- 私鉄
-
雷門からスタート
浅草のスタートはやはり雷門からである。何時来ても、この雷門は賑わっている。昔、会社の忘年会で雷門前で大騒ぎしたのを思い出す。 -
大きな提灯
雷門にはこの大きな提灯が目に付く。重さ700Kgも有る。この提灯はかつて松下幸之助個人の寄進だとか。提灯の下のプレートには「松下電器」と書かれているが、現在のパナソニックではちょっと似合わないかも。
浅草寺のホームページにはこの「松下電器」は見事に消されている。 -
畳まれた提灯
三社祭の時は神輿が通るのでこのように畳まれる。この重い提灯、畳めるのですね。
雷門の正式の名称は、風雷神門(ふうらいじんもん)と言い、門の両側に風神、雷神が配されている。創建は960年に遡る。 -
仲見世を通って
さて江戸情緒の仲見世。江戸元禄の頃から出来ているが、維新、震災、戦災と何度も災害に有ったが都度復興して現在に至っている。250メートルの参道に89店舗が統一された店構えで朱塗りが鮮やかである。 -
楽しいお店が一杯
小さい頃からこの仲見世を通るとワクワクしたものである。 -
いろいろ売っている
みやげ物、かんざし、箸、提灯、お面、雷おこし、和装小物・・・きらきら輝く物ばかり売っており、外人客も多い。 -
小さい頃はよく買ったけど
今はあまり買いたい物は無いが(笑 -
伝法院通りからスカイツリー
仲見世を進んで伝法通りまで差し掛かると右側にスカイツリーが見えて来る。浅草は、東西に走る通りからはスカイツリーがよく見える。完成して夜にライトアップされたら何処からも綺麗だろうな。 -
宝蔵門(仁王門)
やがて宝蔵門が目の前に。天慶5年(942)と古いが、戦災で焼け落ちて再建された。宝蔵門と云うからには寺の宝物が収蔵されている。上層部分に国宝の法華経と重要文化財の「元板大蔵経」「元版一切経」などが収蔵されている。かつては仁王門と呼ばれていた。 -
ここにも提灯
ここにも大きな提灯が掛かっている。雷門よりやや小ぶりだが400Kgも有り、小舟町と書かれている。340年前、日本橋小舟町の魚河岸商人の信徒らが提灯を奉納したのが現在も同町で受け継がれている。 -
観音様は工事中
本堂の観音様は残念ながら工事中だ。平成21年2月より2年間、平成本堂大営繕として本堂の改修工事を行っている。除夜の鐘を聞きながら初詣客で大賑わいを見せる。中学生の頃は毎年家族で紅白歌合戦を見た後に観音様に初詣に来ていた。亀戸から東武線で曳舟経由で浅草に行ったが、あの頃は本当に寒かった。 -
お香を浴びて
お香の煙を浴びている人が相変わらずで一杯だった。いつもながら頭に煙をかけるが、何時頃からの風習なんだろうか。 -
お参りして
観音様のお参りも工事中で願い事の効き目が悪いのじゃないかと思われる。3つ目の提灯も有るはずだが写真では見えない。 -
境内からスカイツリー
境内からもスカイツリーが良く見える。完成時にスカイツリーから浅草寺を見てみたいものだ。来年の楽しみだが、大混雑で完成しても暫く近づけないだろう。 -
境内案内図
浅草寺境内の案内図が有った。本堂に向かって左側にいろいろなお堂が有る。行ったことが無いので訪ねてみた。 -
阿弥陀如来像
阿弥陀如来像が有った。元禄6年(1693年)に建立された。総高7.5メートル言うが、見た目は3メートルくらいにしか見えないのだが何処から計っているのか。 -
宝筐印塔
宝筐印塔は宝暦11年(1761年)建立、塔内に経典「宝篋印陀羅尼経」を納めた塔で参拝人は計り知れない功徳を得るそうだ。 -
石橋(しゃっきょう)
都内最古の石橋で1618年に参拝の為の神橋として造られた。これでも、文部省から重要美術品に認定されていると言うが。 -
影向堂(ようごうどう)
影向堂は、仏さまをおまつりするお堂で七福神の内の大黒天をお祀(まつ)りし、浅草寺の御朱印所にも成っている。御朱印を求めてくる人も多い。 -
六角堂
都内最古の木造建造物で、東京都指定文化財に成っている。室町時代(16世紀頃)の建立された、木造で単層の六角型造り。本尊は日限(ひぎり)地蔵尊で、日数を決めて祈るとその願いが叶うとされる。なかなか趣のある建物だ。 -
六地蔵石憧
六地蔵石憧の石憧とは石塔の一つで仏像を納める厨子の六面にお地蔵さまが刻まれている。年代不明(室町?)。いかにも古そうで朽ちそうである。 -
金龍権現、九頭龍権現
金龍山浅草寺の金龍。金龍が舞い降り観音様をお守りした。現在、3月18日10月18日に浅草寺境内で「金龍の舞」が演じられているそうだ。九頭龍権現は長野県戸隠山の地主神で昭和33年本堂再建に当たって勧請(分霊を移す)された。みな由緒ある権現様だ。 -
銭塚弁財天
弁財天は七福神の一人で芸能・学問・財宝や福徳の神だが、この銭塚弁財天は福徳財運だそうだ。 -
橋本薬師堂
当初は北薬師と呼ばれていたが、1649年、三代将軍家光が観音堂の北西に再建した時に、堀にかかる橋のかたわらにあったので、橋本薬師堂と名付けた。浅草寺では浅草神社と同時代の古建築。 -
淡島堂
淡島堂は元禄年間(1688〜1703年)に和歌山の加太神社の淡島明神を勧請して建てられた。婦人病の苦悩から女性を守護するための神と伝えられる。 -
五重塔はきらきらだが
あの東京下町を襲った東京大空襲で焼けてしまった五重塔。現在は鉄筋コンクリートであまり風情が無い。徳川3代将軍家光により本堂・仁王門などと共に建立されたのだが、今も残っていればと思う。 -
伝法院はひっそり
伝法院は浅草寺の本坊である。庭園は回遊式庭園で美しいが、一般には公開されていないのは残念である。 -
浅草神社鳥居
最後に浅草神社。浅草寺の影に隠れているが、元は浅草寺と一緒だったが、明治の神仏分離により浅草寺とは別法人に成った。明治元年に三社明神社に改称、明治6年に現在の浅草神社に改称した。 -
浅草神社本殿
大きな鳥居をくぐっていくと朱塗りの本殿が現れる。本殿の両側には狛犬も阿吽の呼吸で。 -
阿吽
本社に向かって右側が、阿形(あぎょう)。口が開いている。左側は、吽形(うんぎょう)。口を閉じている。 -
今年の三社祭
有名な三社祭は浅草神社の例大祭である。5月の第3週に行われている。浅草神社の本社神輿は一ノ宮、二ノ宮、三ノ宮と三台出る。浅草神社の宮出しから始まり浅草神社の宮入りで終わる。
三社祭はこちら
http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10460875/ -
二天門
浅草神社の鳥居の横には二天門。浅草寺の境内に東照宮が建てられた時に随身門として建てられた門で、これまで奇跡的に災害から免れた。明治の神仏分離令のあとに門の名前が二天門となった。 -
右には持国天
門の両側には昭和32年から増長天(左)・持国天(右)の二天像が安置されている。上野の寛永寺から拝領したもので、仏教の守護神であることから武装した姿に造られている。 -
花嫁・花婿 到着
浅草神社では、神前結婚式が今日も行われる。浅草神社に人力車に乗った花嫁・花婿が到着した。 -
街の人も祝福
人力車に乗って、「花嫁道中」の掛け声で、町の人も振り返ってカメラを向けていた。浅草はやっぱり浅草だ。 -
社殿で挙式
人力車で到着すると格式ある社殿で結婚式を挙げる。神前結婚式は楽人による笙の演奏で雅楽が流れる中、厳かに『三三九度の盃』が取り交わされる。 -
外人さんも
外人さんにはとくに珍しいようでしきりにカメラを向けていた。 -
帰りに浅草六区
帰りに見かけた六区の街灯には「大宮デン助」が。
「デン助劇場」は小さい頃毎週楽しみに見ていた。他にも浅草で活躍した喜劇役者が並んでいる。渥美清、エノケン、欽ちゃん・・・・
デン助の裏には一人の芸人が予約されていた。
「ビートタケシ」だそうだ。
下町情緒の浅草、良いねえ。
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