1995/09/18 - 1995/09/20
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北風さん
1995年9月18日、イタリアからフェリーでギリシャ入国!
ギリシャ
・・・青い海、白い家、現在も残る神話の世界。
・・・同姓愛、暗い街、現在(いま)にも転覆しそうな経済の世界。
この国の話題は尽きない。
古くは海運業で名を馳せ、歴史上、最も華やかな伝説に彩られるこの国は、現在ヨーロッパ連合EURO統合の足かせになる程、経済的に落ちこぼれていると言うが、さて真実は・・・
とりあえず、フェリーから急かされるように乗り継いだ列車は、一路ギリシャの首都「アテネ」を目指してひた走っていた。
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旅日記
『アテネへ』
観光客やら行商人やらを山積みした列車は超満員状態。
息もつけないほどの暑苦しさに、誰かが列車の窓を開け始める。
途端、ものすごい砂ほこりが飛び込んできた。
やれやれだ。
散々、フェリーの甲板で潮風に吹きっさらしにされた挙句、今度は砂混じりの熱風にさらされている。
適度に潮風で湿った身体に、砂が勢いよく張り付いていく。
まるで、卵を絡めた肉にパン粉をまぶしているみたいだ。
このまま油で揚げられたら立派なトンカツになれる気がする。
列車のブレーキ音が響き渡ったかと思うと、乗客が急に車窓に張り付きだした。
どうやら、橋を渡るらしい。
砂色の景色が突然、青く裂けたかに見えると、大地がすっぱりと切り落とされた崖が目に入ってきた。
数秒後、列車は、海の上に浮いていた?
はるか下に巨大な船が見える。
細長い青い通路ぎりぎりの船体を、タグボートが引っ張っていた。
速度を落とした列車がそろりそろりと、橋を渡りきるまで窓から離れようとする者はいない。
わずか、3分ぐらいの出来事だったが、今俺が口に出しそうな台詞を皆考えているに違いない。
「バックしてくれ!」 -
<ATHENS(アテネ)>
汗まみれ、砂まみれでたどり着いたギリシャの首都「アテネ」。
無秩序にひしめき合う白い家々の向こうに、女神アテナが持ち込んだと言われる標高273mのリカビトスの丘がのぞいていた。
とにかく宿を決めて、シャワーを浴びた後、「エーゲ海に捧ぐ」などを口ずさみ、街を散策してみると、
・・・暗い!
街自体は東欧などとは比べ物にならないぐらい都会なのだが、なんだこのくらい雰囲気は?
ここはブルガリアか?
ブルガリアと違う所は、妙に道に溢れている日本製大型バイクぐらいだ。 -
安宿から、地図を片手にトコトコと・・・
あの丘を目指して! -
<ハドリアヌスの門>
ハドリアヌス皇帝が、古いアテネと新しいアテネの境界線として建てた門らしい。 -
大通りに出ると、あちこちに民族衣装を着た方々が!
一見、トルコ風の衣装なのだが、このおじちゃん目を閉じたまま動かない。
何かのパフォーマンス?
それともコスプレ? -
アクロポリスの丘に近づくにつれ、周辺に遺跡がゴロゴロと・・・
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特に円形劇場の様な崖を丸く削り取った遺跡が多いのは何故?
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とうとう都市国家(ポリス)のシンボル、アクロポリスの丘が目の前に!
あの頂上の神殿が有名なパルテノン神殿だろうか? -
神殿の周りは遺跡だらけだった。
どうもパルテノン神殿は遺跡の一部らしい。
がしかし、どうもトルコで見た形が多い。
聞けば、ギリシャ文明の遺跡もトルコの方が多く、保存状態もいいらしい。 -
結構な山登りにも似た山道を登りきると、白亜の神殿が迎えてくれた。
ギリシャ神話の舞台となるこの神殿は、現在、観光客の記念撮影の舞台となっていた。 -
<パルテノン神殿>
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神殿の柱は、遠くから見た時に真っ直ぐに見える様に、上部は細く、真ん中が膨らんでいるらしい。
しかも、柱自体が内側に傾斜して建物全体に安定感をだしているとの事。
すごいビジュアル的デザインだ。
この神殿自体、建築技術の集大成になっていた。 -
夜も魅せてくれるアテネの街。
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