2010/05/03 - 2010/05/03
107位(同エリア216件中)
ゴリさん
マニアな旅3日目。
中国で初めて電車で一夜を明かした。電車のなかは食べ物やらカップラーメンやらいろんな臭いが充満している。それでも、なんとか何時間か寝ることができた。よっぽど疲れていたのかもしれない。
この日は陽平関で電車を降り、そこからバスで漢中に向かう。いよいよ漢中入りだ。
【全行程】
①関空⇒上海・浦東⇒西安
②西安⇒眉県⇒五丈原⇒宝鶏⇒
③⇒陽平関⇒漢中
④漢中⇔勉県
⑤漢中⇒西安⇒上海
⑥上海⇒関空
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6時30分ごろに目が覚めた。あたりは少し明るくなっており、山の間の川沿いを走っていることがわかった。野郎同士向き合って寝ている。
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デッキに行きタバコを吸う。川沿いの景色に和む。
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少し街になってきたと思ったら、略陽という駅についた。女性車掌さんに、あっち行け!と追い払われる。
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それでもめげずにデッキで景色を楽しむ。列車の先頭部分も見えて、まさに世界の車窓からだ!小雨で幻想的なのもいい。
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7:45ほぼ定刻に陽平関に到着!降りる人はまばらだが・・・。
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予想通りではあるが、かなり小さな駅。山間部の駅という感じだ。
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これが駅前。山間部なのでかなり狭い。
1元を払ってトイレに行った後、この写っているタクシーのお兄さんに、子龍山古戦場に行って、とお願いする。すると、なーーーんもないよ、ただの山と原っぱだよ!(たぶんそんなこと言っていた)と言って行こうとしない。まー、それほど行きたいと思ってもなかったので、そのまま漢中行きのバスに乗る。でも、子龍山古戦場はどの地図を見ても書いているけどな・・・。 -
これが漢中行きバス。結局8:45まで出発せず、1時間ほどこの何もない駅で待つことになった。
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出発するころすごい雨が降ってきた。山道なので大丈夫だろうか?
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1時間ほど走ったころトイレ休憩があった。左に見えるのが陽平関から漢中に行く線路。この路線は便数が少ないので、バスのほうが時間を有効に使えるだろう。
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12:30にようやく漢中に到着。陽平関から3時間45分もかかったことになる。電車の睡眠時間が短かったので、よく寝れてよかった。
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これが漢中のバスターミナル。
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バスターミナルから信号を渡ると虎頭橋飲食文化街という食堂街があった。そこでうまそうなパンがあったので購入。食べてみると餅がなかに入っていて、とてもうまい!しかもひとつ1元(約13円)。作りたてなのでほかほか。
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そして、漢中で最も大きい通りの天漢大道に行く。ここには蜀の武将、魏延ゆかりの遺跡があるのだ。
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これがそう。
デパートの一階のケンタッキーの横に、こんな感じで碑がある。しかも碑の周りは、売店があるし。 -
なかには、曹操、孫権、劉備、諸葛亮、蒋婉などの絵とともに魏延の絵もあった。
諸葛亮が亡くなり漢中に引き揚げてきた蜀軍。そんななか俺が魏をやっつけると言わんばかりに息巻いている魏延。そこで、生前から魏延は謀反の恐れがあると言っていた諸葛亮から命を受けていた馬岱が、この地で魏延を斬ったのだ。
武勇は類まれであったが、最期は哀れであった。なんでも頭の後ろが盛り上がっていたようで、それが謀反を起こすしるしのようだ。 -
この諸葛亮は雰囲気がある。
ちなみにこの場所は「古虎頭橋」という。魏延が斬られたときは橋があったようだ。 -
そして雨のなかホテルまで歩く。天漢大道を南下する。
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ひときわ高い建物。これが目指していた郵政大酒店。日本で調べていたものの、予約はできなかった。
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4つ星。でも値段はかなり安く2泊して720元。
1泊で5千円程度。しかも部屋はまずまずで、リーゾナブルであった。 -
部屋はこんな感じ。
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眺めもいい。
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少し休憩して、遺跡へGo。
これは自転車専用道。昔はここを大量の自転車が通っていたが、今ではほとんど通っておらず、バイクか車になっている。 -
タクシーに乗って、漢中から北にある遺跡に行ってもらうように言う。するとこの運ちゃん、とてもやる気なさそうで、遠すぎて今からは無理だよ!と言う。その手前にある、褒谷道にしとき、とのこと。まー、そこも行きたかったので、じゃあそこでいいよと合意。
たぶん夕方で、シフトを交代する時間だったのかもしれない。
褒谷道のところでおろして、すぐに帰っていった。 -
これが入り口。
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ここは漢中の北にあり、このあたりから山深くなる。この山を抜けると西安方面にいけるのだ。
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でも今はダムができており、大きな湖ができている。ダムができるまでは、岩をくりぬいて木をいれ、そこに橋を作るという、桟道があった。漢や三国時代はそのような桟道で西安と漢中を行き来していたのだ。
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ダムから見るとかなり深い谷ということがわかる。
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これがダム湖。一見、カナダのレイクルイーズに見える。
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ダムはかなりでかい。
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このあたりは石門風景区と言われる。
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そしてこれがダムに沈んでしまったので、桟道を再現したもの。真新しいので、雰囲気はまったくなし。少し歩いたけど、すぐに引き返す。
曹操もここを2度通っている。そこで岩に「滾雪(こんせつ:なお曹操の字は「さんずい」がない)」と書いたといわれている。 -
その意味は2つあり、ひとつは曹操の野望を象徴したもの。「滾(のさんずいなし)」には天子の礼服という意味があり、漢を滅ぼし魏の皇帝になるという悲願を込めたということ。
もうひとつは、漢中で石門の下を滾々と流れる水を見て書いたもの。後者ならば「さんずい」が必要になるため、従者が曹操に何故さんずいがないのか、と尋ねたところ、「すでに河には水が沢山ある、その上3つも水しぶきをあげるのか。」と曹操が言ったといわれる。
そして、その岩は、漢中博物館にあるのだ。明後日行く予定。 -
この集団は何をしているのか、と思えば、ゴミを拾っているではないか!中国では珍しい自然愛護の精神だ。
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ひととおり見終わって満足。ただ、まだ明るい。出口のタクシーを捕まえて、もう少し北にある遺跡に行ってもらうことにした。
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快調に飛ばしていると思ったら、立ち往生。なんでもトラック同士でミラーがぶつかったそうな。そんなん、道の横に止めて喧嘩しろ!中国ではよくある光景であるが。
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ひたすら川沿いを北上する。この川はさっきのダムを作っている川だ。そしてこれが褒谷道であり、ずっと北に行くと西安に行ける。
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石門桟道風景区から約50分で到着!ここは蕭何追韓信処というところ。絶対に来たかった場所だ。
看板には、張良廟まであと45Kmと書いている。張良廟はまた明日行くぞ! -
ちゃんと碑もたっている。漢中市の重点文物保護単位だ。
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こんな祠まである。
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項羽を見限った韓信は、漢中にいた劉邦に仕えた。でも劉邦にあまり重宝されず低い位しか与えられなかった。そこで劉邦も見限り漢中を出て西安に行こうとしていた。
しかし劉邦の参謀である蕭何(しょうか)は韓信の能力を高く評価していた。そこで、蕭何は韓信を追ってここまで来たのだ。川が氾濫していて韓信が立ち往生していたのが幸いした。それから漢中に引き返し、韓信は大将軍となり、劉邦の大躍進となるわけだ。
ここ地元民の間では、川の氾濫がなかったら、漢朝の400年の歴史はなかったと言われている。ここから漢が始まったといってもいいぐらいの場所だ。 -
碑の横にこんもりした山があり、そのうえには廟があった。
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蕭何か韓信の像でもあるのかと思いきや、関羽など関係ない像がある。そのなかで面白い象がいたので思わず写真をとる。
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タクシーの運ちゃん、案内してくれるのだが、やたら木の写真を撮れという。とても熱心に言ってくるので、何枚か木の写真を撮る。
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蕭何追韓信処近くの街。
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このあたりは馬道という街だ。
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変わった形の車がある。
とても満足して漢中に帰る。 -
夜、ホテル近くのお茶屋でおみやげを購入。
漢中は盆地ということもあり、降水量が比較的多い。そんな気候もあって、お茶の産地なのだ。 -
大きなデパートもある。
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細くて高い建物はホテル。
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ここで晩ごはんを食べる。
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このピリカラの麺、とてもうまい!冷麺だが、どこかウズベキスタンで食べたラグマンに似ている。
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このスープも最高だ。
これで300円ぐらい。安い! -
もう閉店の時間だったので、従業員がいっせいにご飯を食べている。賄いつきの仕事はいいな。とても楽しそうでしかもおいしそうに食べていた。
さー、明日は漢中の三国遺跡だ!
~④につづく~
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この旅行記へのコメント (2)
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- スーポンドイツさん 2010/05/23 13:30:41
- こんな道を・・
- ゴリさん、ほんとうにマニアックですね。
五丈原から蒋琬の撤退を追うようですが、現在でも厳しい旅程に驚きました。当時武器を持って桟道を通る・・となると命がけだったことでしょう。
よくこんなに険しいところを!感心します。
魏延は悪者に決めつけていましたので、遺跡があるとは意外。
子龍山古戦場は趙雲と関係があるのでしょうか。魏延より人気者でしょうに知られていないのですね。
ゴマパンの中にお餅、美味しそう〜食べてみたいです。
滾雪は新長田で拓本を見ました。新長田の旅行記に載せていますが、そのいわれを初めて知りました。
蕭何追韓信処、ほぉ〜ここだったのですか。
国士無双の中国での評価はどんなものなのでしょう。
張良さまの廟、私もお参りしたいです。
すーぽん
- ゴリさん からの返信 2010/05/24 00:17:01
- RE: こんな道を・・
- すーぽんさん、こんばんは!
> ゴリさん、ほんとうにマニアックですね。
はい、友人に言うと、「ほ〜」というか、「は〜」というかです。
それでも気にせず話すと、呆れられます(笑)。
> 五丈原から蒋琬の撤退を追うようですが、現在でも厳しい旅程に驚きました。当時武器を持って桟道を通る・・となると命がけだったことでしょう。
それがですね、今では違うのです。
また、続編をお楽しみください!
> 魏延は悪者に決めつけていましたので、遺跡があるとは意外。
> 子龍山古戦場は趙雲と関係があるのでしょうか。魏延より人気者でしょうに知られていないのですね。
正史や演義で悪者扱いされていても、ゆかりの地にいけば、祀られていることも結構ありますよ。やっぱり、地元のヒーローですから。地元を誇りに思っているのでしょうね。
子龍山古戦場は、名前からすると趙雲なのですが、地図に書かれている以外、まったく情報ないのでわかりません。
> 滾雪は新長田で拓本を見ました。新長田の旅行記に載せていますが、そのいわれを初めて知りました。
新長田って神戸のですか?つい先日、仕事で行きましたよ。
でも、おみやげに滾雪(さんずいないやつ)と書かれた置物かって来ましたので、我が家にもありますv
> 国士無双の中国での評価はどんなものなのでしょう。
> 張良さまの廟、私もお参りしたいです。
韓信のふるさとでは、盛大な廟がありました。おにぎりをもらったおばあさんの像も墓もあったし、股をくぐった場所に遺跡もありましたので、淮陰(江蘇省)あたりではヒーローです。
謀反の疑いで殺された韓信、老後は隠居して悠々自適に暮らした張良。
まったく対照的ですね。張良廟もお楽しみに!
しかし、すーぽんさんもかなりの通ですね。
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