2008/05/25 - 2008/05/26
70位(同エリア144件中)
ベームさん
5月25日、今日は忙しい一日でした。朝ネルトリンゲンを発ちドナウヴェルト、ウルムを見てアウクスブルクに来ました。
アウクスブルク:ミュンヘンの西北約50キロ、ロマンティック街道沿いのバイエルン地方第3の都市、人口30万人弱。
西暦15年頃ローマ人により建設された。4世紀はじめには司教座。イタリアから通じる街道クラウディア・アウグスタと東西に走る街道の交わる地点で商業が発展。フッガー家に代表される商人の活躍により中世から近世の一時期アウクスブルクは「黄金のアウクスブルク」と呼ばれる。1274年帝国自由都市。
フッガー家は15世紀後半イタリアや東方との交易よりスタートし次に銀、銅の鉱山経営を手がけさらには金融業に乗り出す。この頃神聖ローマ帝国の皇帝は選挙で選ばれたが、選挙の帰趨を決めるのは金であった。皇帝を目指す王侯達やローマ法王までがこぞってフッガー家から金を借りた。まさにフッガー家の財力がヨーロッパを牛耳っていた。しかしその勢力が余りに強すぎたため、力を削ごうとする反動によりさしものフッガー家も16世紀後半には没落をはじめるが金融業は維持し、今もフッガー銀行として残っている。
アマデウス・モーツアルトの父レオポルト・モーツアルトはこの町で生れた。モーツアルトハウスとして残っている。
政治的には1530年のルター派の「アウクスブルク信仰告白」と1555年の「アウクスブルク宗教和議」で有名。これにより神聖ローマ帝国内でプロテスタント/ルター派の信仰が認められた。
写真はアウクスブルク市庁舎。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
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5月25日。アウクスブルク市庁舎。
足が痛むのでウルム滞在を2時間で切り上げアウクスブルクに向かう。
ウルム発16:08のICEでアウクスブルク着16:50。かなり混んでいて今回の旅行で初めて相席となった。
駅から市の中心部まで少しあるのでトラムに乗る。停留所でご婦人に市庁舎への行き方を尋ねたら、途中で乗換えがあるが私も乗換え点まで行くのでそこで教えてあげる、とのこと。乗換え点ではあのトラムに乗れと指し示してくれた。親切なご婦人、ダンケ シェーン!。
トラムを降りたとたん目の前にこの風景。今まで写真で見たとおりの美しさと圧倒感に息を呑む。 -
アウクスブルク市庁舎。
1620年。ドイツルネサンスの最高傑作といわれる。先の大戦で破壊され戦後元どおり再建。 -
アウクスブルク市庁舎の双頭の鷲、帝国自由都市の紋章。
写真では切れてしまっているが屋根の天辺にはアウクスブルク市の紋章松ぽっくりがのっている。 -
アウクスブルク:市庁舎とペルラッハの塔。
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アウクスブルク:ペルラッハの塔。
土台は11世紀、鐘楼は16世紀。下部は教会になっている。70m。 -
何はともあれアウクスブルク市庁舎の黄金のホールを見る。
目がくらむような金、金、金。入館料2ユーロ。 -
アウクスブルク市庁舎:黄金のホール。
見物客は私一人、いつのまにか見張りの?女性もいなくなっている。こやつは悪いことしそうもないと見くびられたか。 -
アウクスブルク市庁舎:絢爛たる黄金のホール。
まさに「黄金のアウクスブルク」。 -
アウクスブルク市庁舎:黄金のホール。
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アウクスブルク市庁舎:黄金のホール。
すべて金箔が貼られている。 -
アウクスブルク市庁舎:黄金のホール。
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アウクスブルク:市庁舎から市庁舎前広場を見下ろす。黄金に目をくらくらさせて外に出た。
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アウクスブルク:市庁舎前広場とアウグストゥスの泉。
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アウクスブルク:市庁舎前広場のローマ皇帝アウグストゥスの像。
アウグストスはジュリアス・シーザーの子で初代ローマ皇帝、紀元前後。 -
アウクスブルク大聖堂。
市庁舎からマキシミリアン通りを少し北に行ったところ。
904年~14世紀にかけて建築。 -
アウクスブルク大聖堂。
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アウクスブルク大聖堂。
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アウクスブルク大聖堂。
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アウクスブルク大聖堂。
南側入口青銅の扉。 -
アウクスブルク大聖堂。
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アウクスブルク大聖堂。
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アウクスブルク大聖堂。
ホルバインの祭壇画。1493年。 -
アウクスブルク大聖堂。
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アウクスブルク大聖堂。
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アウクスブルク:聖ウルリヒ・アフラ教会。
手前聖ウルリヒ教会、プロテスタント。奥聖アフラ教会、カトリック。1555年のアウクスブルクでの宗教会議での両派の和解を記念して建てられた新・旧両方の教会が同居する珍しいもの。
大聖堂から市庁舎の方に戻り、さらにマキシミリアン通りを南に行った突き当りにある。 -
アウクスブルク:聖ウルリヒ教会。
プロテスタントの教会。1458年。 -
アウクスブルク:聖ウルリヒ教会。
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アウクスブルク:マキシミリアン通りのフッガーハウス。
フッガー家の屋敷。元は1515年建築だが戦後再建。いまはフッガー銀行などが入っている。 -
アウクスブルク:シェッツラー宮殿。
1770年。商人の家。現州立美術館。 -
アウクスブルク:フッゲライ。市庁舎の北側を右に曲がり坂を下った少し先。
フッガー長屋。ヤーコプ・フッガーが1516年に建設した救貧院。世界最初の社会福祉施設といわれる。
入居条件が、アウクスブルク市民で貧困かつ勤勉であること、カトリック信者であること、だった。今も老人用アパートとして使われている。
アウクスブルクのフッガー家は世界一の金持ちだったが、当時の金持ちは金を儲けるだけではなく、神を恐れる気持ちがあり儲けた金の一部を社会に還元したのである。 -
アウクスブルク:フッゲライ。
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アウクスブルク:フッゲライ。
ひっそりとしていて住民の姿は見かけなかった。 -
アウクスブルク:フッゲライ。
中には教会まである。 -
アウクスブルク:フッゲライ。
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アウクスブルク:フッゲライ。
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アウクスブルク:フッゲライ。
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アウクスブルク:フッゲライ。
[左官職人フランツ・モーツアルト(モーツアルトの曽祖父)が1681~1693年までこの家に住んでいた]、と書かれている。 -
アウクスブルク:今のフッゲライ。
見物用のモデルルーム。 -
アウクスブルク:今のフッゲライの室内。
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アウクスブルク:今のフッゲライ。
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アウクスブルク:今のフッゲライ。
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アウクスブルク:昔のフッゲライ。
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アウクスブルク:昔のフッゲライの室内。
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アウクスブルク:フッゲライ。
ヤーコプ・フッガー、1459~1525年。彼の代にフッガー家はその隆盛のピークを迎える。 -
アウクスブルク:ホテルシュタイゲンベルガー・ドライモーレン。
町で道を聞いたおばあさんに、ホテルはどこかと聞かれ、どこそこだと答えるとそれはアウクスブルクで一番良いホテルだと言う。それにしてはシャワーのみでバスタブは無かったけど。 -
アウクスブルク:アウクスブルク1番のホテルの食堂。
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アウクスブルク:ホテルの朝食。
やはりコーヒー、ジュース、牛乳、ゆで卵を摂っている。美味しいと言われるドイツのハム、ベーコン類だが日本人には(私には)辛いので控えめにする。私には日本の畜産製品の方がずっと美味しい。 -
5月26日。ミュンヘンに向かう。
アウクスブルク中央駅。
黄色のボードは出発時刻表、隣の白いのはICEなど特急列車の車両編成表。何号車がホームのどこら辺に止まるかが分かる、が余り信用できない。ウルムでICEに乗る時2等車が止まるはずの所に1等車が止まり慌てた。 -
アウクスブルク駅ホームの電光案内板。
内容は、6番線北ホーム、12:06発RB(普通列車)37063、キッシング、メーリング、ミュンヘン・パッシング経由ミュンヘン中央駅行。
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