1994/08/10 - 1994/08/13
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北風さん
ホーチミンの街中はベトナム戦争時代にアメリカ軍の拠点になっていただけあって妙に垢抜けていた。
ビックリするほどの活気と喧騒の中、あのホンダのカブ(郵便屋さんが乗っているやつ)が国民車となって走り回っていた。
過積載で・・・
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- 高速・路線バス
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旅日記
『ベトナムへ』
カンボジアのプノンペンを出たのは早朝だった。
国境までのバスは、市内バスと変わらない程ボロボロの上に120%満杯状態!
未舗装の砂利道の上でバスがウサギのように跳ねる度、中の荷物と人間も跳ね回る。
3時間も走っただろうか?どうにか国境に到着!
まるで、亡命者の群れのような人ごみに流されながら、気がついたらカンボジア出国手続きが終わっていた。
さて、問題はベトナム入国だった。
社会主義のパスポート・コントロールは、かなり厳しいチェックをするとは聞いていたが・・
管理官が俺のバッグを開いてから、もう20分が過ぎている。
小さく小分けした洋服、ノート、カメラが、1つ1つ取り出されては調べられた。
いちいち俺の顔を覗き込むようにして、表情が読まれる。
・・俺は疑われているのだろうか?
結局、パスポートに入国のスタンプがおされた時は、とっくに昼をまわっていた。
国境で乗り込んだ乗合タクシーが、ものすごい勢いでホーチミン市を目指す。
年代物の車体が奏でる、分解しそうなBGM、重量オーバーに耐えかねたサスペンションのきしみ、エンジンの悲鳴、
まるで、車全体が発している危険な音など当たり前の様に、ドライバーはアクセルをべた踏みしている。
ただ一つ、俺達に救いなのは、道路の状態がカンボジアとは雲低の差だった事だ。
国境を越えただけで、道路は舗装され、道路脇には見事な水田が続いている。
さすが、ベトナム戦争時代、アメリカ軍の拠点となった地域だけあり、よく整備されている。
さて、運良く無事に着いたなら、始めに何をしようか? -
<HO-CHI-MIN(ホーチミン)>
「ホーチミン・シティ」、戦争時の名前は「サイゴン」。アメリカ軍の拠点となった街。
そして、アメリカが来る前はフランスの植民地として栄えたこの街は、植民地時代の面影を残しながら、今でもベトナム経済の中心を担っていると言う。
いやぁ、それにしても活気がある街だ! -
現在でも道路のあちこちには、爆弾による大きなキス・マークが口を開けている。
街中を駆け回るものすごい数の50ccは、まるでダート・レーサーの様なハンドルさばきで次々に走り抜けていた。
しかも、ほとんどがホンダの「カブ」だ。
さらに、その非力な郵便屋さんのバイクに、3人、4人乗りは当たり前!
なんと、ベトナムではバイクの事を、「ホンダ」と呼んでいた。
つまり、ヤマハのバイクなら、「ヤマハのホンダ」と言うらしい。 -
市場の前には「シクロ」と呼ばれる3輪自転車タクシーが客待ちをしていた。
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旅日記
『シクロ』
事の発端は、ツーリストの情報交換の場所として有名な
喫茶店「シン・カフェ」の前で、ドライバーに声をかけられたときに始まった。
好奇心に負けて「少しぐらいなら・・」
と思い、簡単な市内観光に出かける。
そして、俺は「シクロ」に乗っていた。
車椅子の後ろに自転車をくっつけたような、このベトナム名物の変形3輪自転車は、市内の至る所で見かける自転車タクシーだ。
そして、現在、俺の心臓は、永久停止の危機を迎える事になる。
なんと表現すればいいのだろうか?
そう、ボディの無いジェットコースターに乗っているようなものだ。
目の前でインディジョーンズ張りのアクションが繰り広げられる。
もろにぶつかってくる風圧、急ブレーキをかける自動車のクラクション、街が奏でる騒音、
その全てが、見る見るうちに目の前に迫る。
車を運転していた時の習慣から、俺の足は何度もブレーキペダルを探してステップを踏みしめる。
しかし、そんな観光客の気分など知ってか知らずか、ドライバーのおっちゃんは、力の限り自転車のペダルを漕ぎまくる。
日本では衝突安全設計を売りにした車が売れているそうだが、このままどこかに衝突したなら、どんな体勢でも一番最初に衝突を吸収するのは俺の身体自身だろう。
おっちゃんに、少しゆっくり走ってもらうように、タバコを1本渡す。
これで、一服してくれたなら安いものだ。
背後から、おっちゃんが嬉しそうに「サンキュー」という声が聞こえてきた。
途端に、スピードが一段と跳ね上がる!
・・いや、別にターボをかけてくれと、渡したわけではないのだが・・ -
旅日記
『ベトナムマッサージ』
ホーチミンでの宿は1泊10ドルもするだけあって、フランス植民地風の天井の高い洒落たつくりだった。
ベッドに寝転んだ途端、旅の疲れが睡魔を誘う。
うつらうつらと、夢の世界の入り口にたどり着いた瞬間、いきなりノックの音がまぶたをこじ開けた。
ドアの向こうには、痩せこけたおじさんが立っていた。
清掃の時間なのだろうか?
おじさん、開口一番「俺はベトナムNo.1のマッサージ師だ」とのたまう。
今まで生きてこの方、マッサージなるものは風呂屋のマシンでしか試した事が無い。
しかし、このタイミングは絶妙だった。身体が受けろと言っている。
よくテレビで見た様な、ボキボキ、バキバキが始まる。
痛い!
これがマッサージなのか?
全然気持ちよくないぞ!
10分ほどの苦行をやり終えると、おじさんがにたにた笑いながら、持参のでっかいバッグの中身をあさりだした。
・・悪い予感がする。
おじさんが取り出したのは、ガラスのコップらしき球体だった。
小休止の間に、手品でも披露してくれる気なのか? -
うつぶせにさせられた俺の背中で、おじさんの不気味な笑い顔が炎に照らされている。
おじさんは、左手に先程のガラスのコップを持っていた。
そして、なんと右手にはアルコールに浸した綿棒を握り締めている。しかも、それが燃えているときている。
確かおじさんは、マッサージ師だと言っていた気がするが、俺の聞き違いなのか?
このままでは、背中に焼きを入れられそうだ。
おじさんの両手が、まるで太極拳を舞うように交差している。
注意深く覗くと、どうやらコップをあぶっているみたいだ。
おじさんのイメージが、マッサージ師から入れ墨師、そして怪しげな黒魔術師に変貌する。
と、おじさん、いきなり、あぶったガラスを、ひょいと俺の背中に乗せやがった! -
「痛い!、痛い!痛い!」
背中がものすごい力で
つねられている感覚だ。
驚いて振り向いた俺の瞳には
、コップに吸い込まれた背中の肉が映った。
マジか?これはマジなのか?
コップの中には俺の背中の肉が、たこ焼き大の大きさ(しかも、LLサイズ)で吸い込まれているぞ!
俺のパニックなどお構いなしに、おじさんはぺッタン、ペッタン手際良くコップを貼り付けていく。
見る見る内に、背中じゅうたこ焼きだらけになった。
痛いなんてもんじゃないが、この格好で外に逃げ出したら、どう見てもただの変態としか見えないだろう。
このたこ焼きマッサージの原理はわかった。
つまり、火であぶられて、コップの中の空気が薄くなり、真空掃除機の様に俺の肉を吸い込んでいるわけだ。
しかし、いくら原理は理解できても、痛さは変わらない。
おじさんは、こころおきなくコップを乗せ終えた後、「待て!」と言ったきり黙りこんでしまった。
どれぐらい時間が経ったんだろう?
全てが終わって、鏡に映った俺の身体には、無数のきれいな、まあるいアザが出来ていた。
俺は、これからしばらく前髪をおろして過ごさなくてはいけないだろう。
何故なら、おじさん、サービスと言って、俺のおでこにもコップを乗せていたから・・
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