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 40分ほど走ると、視界が開け、平原の中に町が現れました。この町はストルブィ(СТОЛБЫ)です。距離的には、バタガイからヴェルホヤンスクの中間地点にあたります。あらかじめ地図で見た限りでは、かなり小さな集落だろうと勝手に想像していたのですが、なかなかどうして立派な町です。ここではちょっと立ち寄って、学校を見学させてもらえることになりました。

エクメネの最果てへ ―サハ共和国 冬の旅― (9)

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2009/01 - 2009/01

209位(同エリア341件中)

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JIC旅行センター

JIC旅行センターさん

 40分ほど走ると、視界が開け、平原の中に町が現れました。この町はストルブィ(СТОЛБЫ)です。距離的には、バタガイからヴェルホヤンスクの中間地点にあたります。あらかじめ地図で見た限りでは、かなり小さな集落だろうと勝手に想像していたのですが、なかなかどうして立派な町です。ここではちょっと立ち寄って、学校を見学させてもらえることになりました。

  •  ロシアの学校(シュコーラ)は、義務教育が約9年間+中等2年間、ということくらいは知っていましたが、私は実際にその現場を見たことが一度もありません。生まれて初めて生で見るロシアの学校教育です。しかも、サハ共和国ヴェルホヤンスク地区のストルブィという、かなり特殊な場所の!<br /><br /> 案内された授業の現場は、想像をちょっと超えていました。ロシア語が全然、聞こえてこないのです。つまりそれは、ヤクート語…ですよね? 恐る恐る、ロシア語で話しかけてみると、ロシア語で返事が返ってきました。今やってるのは、文学(リテラトゥーラ)の授業とのことです。なるほどー、文学の授業はヤクート語でやるのですね。ところが隣の教室、さらにその隣の教室からも、ヤクート語しか聞こえてきません。鈍い私もこの時点でようやく気づいてきました。サハ共和国の教育の本当のチカラに。質問タイムをいただいたので、先生に聞いてみました。<br /><br />「もしかして、授業は全部ヤクート語なんですか?」<br /><br />「もちろんです。」<br /><br />「数学も、歴史も、全部ですか?」<br /><br />「全部です。」<br /><br />そんなの当たり前でしょ、と言わんばかりの反応です。<br /><br />「では、ロシア語は全然使わないのですか?」<br /><br />「使いますよ。『ロシア語』の授業でね。」<br /><br />うん、そりゃそうだ。さっきから何だか自分がすこぶる間抜けな質問をしているみたいで、恥ずかしくなってきましたよ。<br /><br />「教科書はヤクート語で書かれているのですか?」<br /><br />「そうです。全部ではないですが。」<br /><br />「ヤクート語の教科書を作る出版社があるんですね!」<br /><br />「ええ、ヤクーツクにあります。」<br /><br /> ああそうか、これがロシア「連邦」なのだなと、改めてこの時思い知りました。この連載の第1回で少し触れたように、ヤクート語(最近はサハ語とも呼ばれます)というのは、はるか西で使われているトルコ語とも親戚にあたる言語で、より詳しく言うと、チュルク諸語という言語系統に属します。サハ共和国の人口は全部で100万人弱ですが、ヤクート語話者は多くてもその半分に満たない40数万人といわれていて、それが日本の面積の8倍にもなる広大な領域に、絶海の孤島のように散らばっているわけです。要するに、話者の分布密度が、ものすごーく希薄だってことです。そんな事情なのに、サハ共和国で教育に用いることばが、これほど徹底的にヤクート語で占められているとは、失礼ながら予想だにしていなかったのです。正直、ヤクート語のことなめてました。許してください。ヤクート語さん、本当すいませんでした。<br /><br /> 見学させていただいた教室の生徒たちは、日本の小学校の中学年に相当する年頃です。はっきりした東洋系の顔をしていて、女性の先生も含めみんなよく似ています。7-8人のクラスが全部で3つほどあるようで、全校生徒は20数名というところでしょうか(そういう数字はちゃんと確認しておくべきでしたが、うかつにも聞き落としてしまいました)。<br /><br /> 教室での授業をひとしきり見せてもらった後、別棟の食堂に案内されました。生徒たちは皆ここで昼食をとるのだそうです。私たちも、生徒たちの食事と同じ、温かいペリメニ(ロシア風水餃子)とお茶を、皆さんより一足早くご馳走になりました。至れり尽くせりで、どうにも恐縮してしまいますが、ここのほかに、道中適当な食事処があるわけでもないので、ありがたく頂戴いたしました。<br /><br /> 食事が用意されるまでの間、生徒たちが製作した工芸作品や絵画作品を見せてもらいました。寄木の絵、レリーフ彫刻など、そのレベルが高いのに感心する一方、題材にトナカイや馬などの動物がたくさん登場することを、おもしろく感じました。そうそう、特に馬は大事なので覚えておいてください。馬はヤクートの人たちにとって最重要動物です。後ほどたっぷりと出てきますから(笑)。<br /><br /> さて、山盛りのペリメニ、本当においしかったです。ご馳走様でした。それにしても、なんという豊かさでしょう。このストルブィの学校、日本だったら、間違いなく僻地等級5(マニアックな尺度を持ち出してすみません)に相当する場所ですが、この教育環境は、少なくとも初等においては真に充実と言っていい…。思いがけなく、いいものを見ました。それはもう、学校を後にしてからも軽く打ちのめされるくらいに。<br /><br /> 学校での小休止を終えて再び出発です。外に出ると、通り沿いにコンクリートでできた建造物を見つけました。様式から言って、これは間違いなく旧ソ連の田舎に典型的なバス停です。…んっ、バスがこの道を通る?アナトリーさんに聞いてみました。<br /><br />「そう、それはバス停だけど、バスは走ってないよ。共産主義時代は走ってたけどね。」<br /><br />やっぱりそうですか、今バスが通じていないのは残念ですが、かつて路線があって、ここに停留所があったというのは、大変おもしろい情報です。

     ロシアの学校(シュコーラ)は、義務教育が約9年間+中等2年間、ということくらいは知っていましたが、私は実際にその現場を見たことが一度もありません。生まれて初めて生で見るロシアの学校教育です。しかも、サハ共和国ヴェルホヤンスク地区のストルブィという、かなり特殊な場所の!

     案内された授業の現場は、想像をちょっと超えていました。ロシア語が全然、聞こえてこないのです。つまりそれは、ヤクート語…ですよね? 恐る恐る、ロシア語で話しかけてみると、ロシア語で返事が返ってきました。今やってるのは、文学(リテラトゥーラ)の授業とのことです。なるほどー、文学の授業はヤクート語でやるのですね。ところが隣の教室、さらにその隣の教室からも、ヤクート語しか聞こえてきません。鈍い私もこの時点でようやく気づいてきました。サハ共和国の教育の本当のチカラに。質問タイムをいただいたので、先生に聞いてみました。

    「もしかして、授業は全部ヤクート語なんですか?」

    「もちろんです。」

    「数学も、歴史も、全部ですか?」

    「全部です。」

    そんなの当たり前でしょ、と言わんばかりの反応です。

    「では、ロシア語は全然使わないのですか?」

    「使いますよ。『ロシア語』の授業でね。」

    うん、そりゃそうだ。さっきから何だか自分がすこぶる間抜けな質問をしているみたいで、恥ずかしくなってきましたよ。

    「教科書はヤクート語で書かれているのですか?」

    「そうです。全部ではないですが。」

    「ヤクート語の教科書を作る出版社があるんですね!」

    「ええ、ヤクーツクにあります。」

     ああそうか、これがロシア「連邦」なのだなと、改めてこの時思い知りました。この連載の第1回で少し触れたように、ヤクート語(最近はサハ語とも呼ばれます)というのは、はるか西で使われているトルコ語とも親戚にあたる言語で、より詳しく言うと、チュルク諸語という言語系統に属します。サハ共和国の人口は全部で100万人弱ですが、ヤクート語話者は多くてもその半分に満たない40数万人といわれていて、それが日本の面積の8倍にもなる広大な領域に、絶海の孤島のように散らばっているわけです。要するに、話者の分布密度が、ものすごーく希薄だってことです。そんな事情なのに、サハ共和国で教育に用いることばが、これほど徹底的にヤクート語で占められているとは、失礼ながら予想だにしていなかったのです。正直、ヤクート語のことなめてました。許してください。ヤクート語さん、本当すいませんでした。

     見学させていただいた教室の生徒たちは、日本の小学校の中学年に相当する年頃です。はっきりした東洋系の顔をしていて、女性の先生も含めみんなよく似ています。7-8人のクラスが全部で3つほどあるようで、全校生徒は20数名というところでしょうか(そういう数字はちゃんと確認しておくべきでしたが、うかつにも聞き落としてしまいました)。

     教室での授業をひとしきり見せてもらった後、別棟の食堂に案内されました。生徒たちは皆ここで昼食をとるのだそうです。私たちも、生徒たちの食事と同じ、温かいペリメニ(ロシア風水餃子)とお茶を、皆さんより一足早くご馳走になりました。至れり尽くせりで、どうにも恐縮してしまいますが、ここのほかに、道中適当な食事処があるわけでもないので、ありがたく頂戴いたしました。

     食事が用意されるまでの間、生徒たちが製作した工芸作品や絵画作品を見せてもらいました。寄木の絵、レリーフ彫刻など、そのレベルが高いのに感心する一方、題材にトナカイや馬などの動物がたくさん登場することを、おもしろく感じました。そうそう、特に馬は大事なので覚えておいてください。馬はヤクートの人たちにとって最重要動物です。後ほどたっぷりと出てきますから(笑)。

     さて、山盛りのペリメニ、本当においしかったです。ご馳走様でした。それにしても、なんという豊かさでしょう。このストルブィの学校、日本だったら、間違いなく僻地等級5(マニアックな尺度を持ち出してすみません)に相当する場所ですが、この教育環境は、少なくとも初等においては真に充実と言っていい…。思いがけなく、いいものを見ました。それはもう、学校を後にしてからも軽く打ちのめされるくらいに。

     学校での小休止を終えて再び出発です。外に出ると、通り沿いにコンクリートでできた建造物を見つけました。様式から言って、これは間違いなく旧ソ連の田舎に典型的なバス停です。…んっ、バスがこの道を通る?アナトリーさんに聞いてみました。

    「そう、それはバス停だけど、バスは走ってないよ。共産主義時代は走ってたけどね。」

    やっぱりそうですか、今バスが通じていないのは残念ですが、かつて路線があって、ここに停留所があったというのは、大変おもしろい情報です。

  •  サルダナさんがこれからの行程を説明してくれました。<br /><br />「ここからヴェルホヤンスクへは、山越えの道と、凍った川の上の道の2通りのルートがあります。川の道の方が状態がよくて快適なんですが、山の道の方が距離が短いのと、途中にあるシャーマンの木を案内したいので、山の道を行きます。」<br /><br /> シャーマンの木?!それは楽しみです。<br /><br />< 続 ><br />

     サルダナさんがこれからの行程を説明してくれました。

    「ここからヴェルホヤンスクへは、山越えの道と、凍った川の上の道の2通りのルートがあります。川の道の方が状態がよくて快適なんですが、山の道の方が距離が短いのと、途中にあるシャーマンの木を案内したいので、山の道を行きます。」

     シャーマンの木?!それは楽しみです。

    < 続 >

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