1997/05/09 - 1997/05/10
44位(同エリア85件中)
北風さん
ラリー・レース会場として記憶に残っていた
「BAJA CALIFORNIA(バハ・カリフォルニア)」
ただし、それがどこの国(カリフォルニアというぐらいだからアメリカだと思っていたのだけど・・)かは、メキシコ入国前に地図を見て判明した。
メキシコに入国して5分後、英語が全く通じない事態にパニくったのは事実だった。
人間、不思議と未知なる世界に放り出されると、記憶のカケラを拾い集めてそれにすがるらしい。
俺の場合は、それが「バハ・カリフォルニア」という単語だった。
それが、直前までどこにあるかさえ知らなかった土地でも。
俺はとりあえずバハ・カリフォルニアのラパスを目指す事にした。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
学生時代、俺は車、オートバイが好きだった。
転倒して、複雑骨折したギブスのまま、バイクにまたがるほど好きだった。
当然、「Baja 3000」と言う、パリダカールに並んで有名なレースがある事も知っていた。
知らなかった事は、その開催地がアメリカでなく、現在バスが南下し続ける、このメキシコ国内のカリフォルニア半島にある事だけだった。 -
さすが、過酷な環境で行うラリーの舞台になるだけあって、周りは乾燥しきった砂色の風景が浮かんでいる。
もし、「さぁ、ここが中東ヨルダンだよ」と誰かに説明されても納得してしまいそうだ。 -
旅日記
デブとは・・
1997年5月8日、今日俺は「デブ」と言う言葉の限界を知る。
メキシコ入国後、バハ・カリフォルニアのラパス行きのバスを待つ事6時間。
大枚US$53(何故、メキシコのバスはこれ程高いんだ?)をつぎ込んだバスは、夕陽の彼方から、ガタピシ白煙を上げながら登場した。
こころなしか、ビルマのバスに似ている気がする。このバスもあのビルマバスのように、乗客に押しがけをさせるのだろうか? -
これから始まる22時間ものバス移動に、多少の不安を覚えながらシートに腰かけていると、何やらバスの入り口付近で人の叫ぶ声がする。
よく見ると、巨大な肉の塊がドアにつっかえている。
2本の足で踏ん張り、両手でバスに這い上がろうとしているからには、人類に属する生き物らしいが・・
これを「デブ」と言ったら、「デブ」と言う言葉に失礼な気がする。
ピンボールの様に、あちこちの座席にぶつかりながら進んでくるおっちゃんは、もはや「デブ」と言う言葉の外に存在していた。 -
おっちゃん、フーフー言いながら自分のシートNo.を目でたどっている。
バスの中には静寂と張り詰めた緊張感が広がっていた。
誰も顔を上げている乗客はいない。
もちろん、俺もうつむいて皆と同じ言葉をつぶやいた。
「神様、お願い!」
フーフーという鼻息が、気のせいか、俺のものすごく側から聞こえる気がする。
恐る恐る振り仰げば、メキシコ版裸の大将 2.5倍 が目の前に立っていた。
どうやら、メキシコの神様は俺に試練を与える気らしい。
再び和やかな雰囲気に包まれたバスは、シートから大幅にはみ出した肉の塊の横で、窒息死しそうになった1人の東洋人の事など気にもかけず、目的地ラパスに旅立って行った。
「ラパス」、スペイン語で平和を意味するらしい。
確かに、目的地にたどり着く事ができれば、俺は平和になるだろう。 -
旅日記
「ラパスへ向かって、3時間後」
メキシコの太陽が、線香花火の様な最後の頑張りを見せながら、大きく膨らんでサボテンの海に沈む頃、気温は急激に下がっていった。
裸の大将2.5倍は、まだ燃えている。
日中、窓から差し込む陽射しは強烈だった。
そして、隣で白熊並みの皮下脂肪を、たえず高カロリーに変換している人間チェルノブイリも強烈だった。
俺は右から左から、両面焼きの魚みたいにあぶられていた。
身体から水分が失われるほどに、隣に座ったチェルノブイリに対する苛立ちが、殺気に変わっていく。
しかし、バスの中で乗客がジャケットを着込むこの時刻、事態は一変した。
暴走するチェルノブイリの体温のおかげで、全く寒さを感じない。
少し汗臭いが、適度な湿度まで供給してくれる。
ようやく、しげしげと隣の肉を眺める余裕が出てきた。
おっちゃんは、自分の身体が、いかに人様に迷惑をかけるか知っているらしい。
少しでもスペースを空けようと、両手を高々とシートの後に組んでくれていた。
実は、いい人なのかも? -
おっちゃんと会話を始める事にする。
スペイン語の辞書を片手に、何処まで行くのか聞いてみた。
「ラパス」との答えが返ってくる。
・・つまり、この状況があと18時間続く事を意味していた。
おっちゃんとの会話が終わる。
俺は「殺す気か、このやろう!」と、叫びたくなるのを我慢するので、精一杯だった。
おっちゃんが、俺の気も知らずにポツポツと話し始める。
驚くべき事に、おっちゃん、医者らしい。
過食症で保険医の世話になっていると言うのなら、世界中の人が納得するだろうが、事もあろうに、医者とは!
これは、ブラック・ユーモアなのか?
俺は、これ程見事に自己管理を怠っている医者を見たことがない!
おまけにその存在だけで、人を半死状態に追い込める医者も初めてだ。 -
それから、気が遠くなる程の時を経て、死後硬直に近い身体のこわばりの中、朝日を迎えた。
その後、80%ミイラ化が進む中、日中をやりすごす。
三途の川のゴールに飛び込む寸前、バスがラパスのバスターミナルに飛び込んでくれた。
1997年5月9日、俺は生きて、バハ・カリフォルニアの夕陽を見ていた。
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