2009/08 - 2009/08
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Nekoshiさん
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ポトシ市と主要な銀山である『セロ・リコ(Cerro Rico)』は、1987年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されています。
ポトシの町は1546年に鉱山町として設立されました。ポトシ鉱山から産出される『銀』は、当時の世界経済に大きく影響を及ぼしました。
インカ族のワイナ・カパクの伝説によると、彼は富を増やすことを望み、鉱夫たちに膨大な量の財宝が眠る山と伝えられているSumaj Orcko山で採掘を始めるように命じました。彼の家来たちが銀鉱脈を掘っていた時、耳をつんざくようなケチュア語の声が聞こえてきました。『おまえたちのためではない。神はこれらの財宝を、もっと向こうから来る(遠方からくる)人たちのために保管しているのだ』。鉱夫たちが怖がって逃げ出そうする前に、インカ皇帝は、この山の名前をSumaj Orckoから爆発する轟音を意味するPotojsiに変えました。
後年、インディオの Huallpa族が偶然、丘の山腹でたき火をしたその時、たき火から、銀が吹き出してきました。その後、「もっと遠くからやってきた者たち(スペイン人)」がこの地を侵略し、山の財宝の掘削を始め、名前をPotosíに変えました。その後、膨大な銀鉱脈が発見され、わずか20年の間に、ポトシは、マドリッド、パリ、ロンドンよりも多くの人口を擁する都市になりました。
スペイン通商院(Casa de la Contratación)で見つかった歴史家Earl J. Hamilton資料によると、1503年から1660年の間に、約185トンの黄金、16,000トンの銀がスペインに到着しましたが、その大半はポトシ銀山から採掘されたのものであったと記載されています。しかし、この膨大な財宝の全体量を算出することは不可能です。
この財宝は、現地の住民の生活に全く裨益しなかったばかりか、この鉱山で死ぬまで強制的に働かされた800万のインディオの遺体が、この地には埋まっているのです。
ボリビア中央銀行文化基金の旧国立造幣局(Casa Nacional de Moneda)の館長Edgar Valdaによれば、Cerro Rico鉱山の発見・所有の数年後には、ポトシ市の基盤は整っており、1545年4月1日に、抽出した鉱物をリマに輸送のための最初の道路も同時に整備されました。
銀の延べ棒はリャマの背に乗せ運ばれました。
さらに詳しい内容に興味がおありなら、ブログをご覧ください。
http://nekocatgato.seesaa.net/article/125585520.html
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