1997/03/17 - 1997/03/21
61位(同エリア105件中)
北風さん
世界一周の旅行中、北の果てアラスカから目指すは南極大陸。
まずは初春のアラスカ。
観るべきものは、もちろんオーロラ。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
3月17日夕方、成田からアラスカのアンカレッジ到着!
乗継やら時差やらを計算すると俺の17日は40時間もあった。
すさまじい時差ぼけ(まぁ、40時間も寝ていないのだから当たり前だが)が、睡魔と共に襲ってくる。すぐにでもこのアンカレッジ空港から市内に行きたいのだが、バスは、・・・・無かった。しかも、深夜というわけでなく、路線自体が廃線になっていた。
確か、ボルネオ島のブルネイ共和国でもバスは無かったが、あそこは、現在窓の外を吹き荒れるブリザードとは縁の無い東南アジアだった。
しかも、ここは、れっきとした近代王国、アメリカの州都だ。自家用車やタクシーを使わない人間は、−30℃の気違いじみた寒気の中、犬ぞりで来るわけなのか?
まさかアラスカ初日が空港で野宿とは!
俺の人生の中で、おそらく最も長かった一日が、かぎりなく重くなったまぶたと共に幕を閉じる瞬間、最後に目に飛び込んできたのは、壁に貼られた注意書きだった。
「Don`t run out! your lung must be frozen」(走って出るな!肺が凍る!)
ALASKA・・・人間が生きる事を許された北限。そして極限の世界。 -
3月18日 AM10:00、空港から市内へ歩き始める。
今日は小春日和?で−4℃らしく、すごしやすいらしい。(南国育ちの俺には氷点下の環境下は冬眠タイムなのだが・・)
1時間ほど歩いて「グリズリー注意」のサインボードの30m先にやっとバス停を発見! -
アンカレッジは港町だった。
海は、・・・海は凍っていた。
船は、・・・船は海に埋まっていた。
春は、・・・知っている春はどこにも見当たらない。 -
3月22日、朝8:30、またしてもバスは無かった。
土曜日は9:00からしか走らないらしい。
−18℃の突風を一身に受け、Y・Hから2時間も歩き、身体中の熱気を失いながら、やっと駅に到着した。
(全く、アラスカじゃ駅に行くのも命がけらしい) -
「サマー急行」が駅に滑り込んできた。
氷点下のこの状況で、なにが「サマー」なのか良くわからないが、とりあえず定刻通りに来てくれたのは、ありがたい。
しかし、2階建ての展望車を探すが、それらしき物はなかなか見当たらない。
それどころか、客車らしき車両は2両だけで、残りは貨物車だ。
しかも、この客車、木造ではないだろうか?
これでUS$78とは、これ如何に!
こんなんで氷点下の世界を、フェアバンクスまで行けるのだろうか? -
「のろい」!驚嘆に値するほど、「のろい」!!
どれぐらいのろいかというと、前方で人が手を上げていると、すぐに停車して乗車させるほど、「のろい」!
(何故、−30℃のブリザードの山中に人が立っているのかも、大いに疑問が残る所だが・・) -
5時間後、列車は険しい山中に開けた,小さな村に到着!
乗客は凍えた身体を温めようと、コーヒーショップに出かけていった。
ここが先進国だと思い出させてくれる物は、店先に停めたピカピカのスノーモービルだけだ。
ここには車なんて一台も無い。
コーヒーの湯気の向こうから、「やっと半分きたな」と毛皮商人の話が流れてくる。
・・と、言う事は、あと5時間かかるという事か! -
旅日記
『フェアバンクスに着いたけど・・・』
真夏なら5時間、US$35でバスが走る所を、アンカレッジから11時間!、US$78もかけてやっとフェアバンクスに到着!
夕陽はとうに暮れ落ち、一緒に着いたツーリスト達は足早に予約していたホテルへと向かう。
今からホテルを探し始める間抜けな旅行者は、俺だけらしい。
「まぁ、いざとなったら、ここのベンチに野宿すればいいや」と思っていると、
「最終列車が到着しました。明日の7時まで、この駅は閉鎖されます。」
との、アナウンスが雪と共に頭上から舞い降りてきた。
・・・さぁ、どうする?
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