2010/01/21 - 2010/01/21
407位(同エリア622件中)
早島 潮さん
朝8時15分にフランネリーズホテルを出て一路ダブリンを目指す長時間のバスドライブである。所要時間約3時間213km。
途中キルケガンウイスキー工場で小休止してからダブリンの市内に入りポーターハウスで昼食を摂った。メインディッシュはベーコンとキャベツであったが肉厚のベーコンはいかにも量が多い。食後、聖パトリック大聖堂St Patrick's Cathedral、トレニティカレッジ、国立博物館を見学した。
以下は首記したURLから引用した文章である。
http://www.globe.co.jp/dublinguide/dublinguidebook/dublin/g-dublin7.html
聖パトリック大聖堂は「ガリバー旅行記」の作者ジョナサン・スウィフトが1713年から1745年まで大主教を勤めていた。(中略)
この場所に最初に教会が建てられたのは450年ころ、聖パトリックがキリスト教へ改宗する人々に洗礼を行なっていた泉の横に木造の礼拝堂があった。川に挟まれた場所にあり‘島の聖パトリック(St Patrick's in Insula)’と呼ばれ、ケルト的なキリスト教の礼拝が行なわれていた。1172年のアングロノルマンのアイルランドに進出によって、最初のアングロノルマン人の大司教となったジョン・カミン(John Cumin/Comyn)はクライストチャーチの建て替えの後、修道院の規範や英国の直接的な影響から離れ、自らの教会を設立するため、管轄外の地域にあった木造の聖パトリックの礼拝堂を引き継ぎ、1192年に石の教会に建て替えた。さらに1212年に後を継いだヘンリー・オブ・ロンドン大司教によって1225年ごろからおよそ30年かけてほぼ現在の形のゴシックスタイルの教会が完成した。教会である一方、アイルランドで最初の大学(1320ー1520)としても利用された。
16世紀のヘンリー8世の宗教改革で教会の財産は没収、聖書は英国国教会の祈祷書(Book of Common Player)に取って変わった。
1544年に身廊の屋根が崩壊、建物は教会以外の目的にも使用され、およそ300年の間、ところどころを修復しながら状態の悪いまま放置された。やがて1864年に、ギネス家の一人ベンジャミン・ギネスが資金を提供し老朽化した大聖堂の大規模な修復が行われ、クライストチャーチの修復に先立って大聖堂は再建された。長さ91メートル、ミノットタワーは高さ43メートル、アイルランドで最も大きい教会。
トリニティカレッジとケルズの書
http://www.easytobook.com/jp/dublin-hotels/dublin/universities/trinity-college-in-dublin/
以下は引用である。
ダブリン近郊のトリニティカレッジ(The College of the Holy and Undivided Trinity of Queen Elizabeth )は1592年にエリザベス1世によって設立され、アイルランド最古の大学であるダブリン大学に属する唯一のカレッジである。ダブリンのカレッジグリーンに位置し、旧アイルランド議会(現在アイルランド銀行の支店)の向かいにある。47エーカーのキャンパスには、鐘楼、チャペル、ダイニングホールなど建築上また歴史上重要な建造物が数多くある。高等教育機関として国際的に高い評価を受け、年間にここを訪れる人も数多い。キャンパス内には、オスカー・ワイルドセンター、サミュエル・ベケット劇場、ダグラス・ハイドギャラリーなどがある。またケルズの書を一目見ようと、毎年50万人以上が訪れることでも有名である。ケルズの書は西暦800年ごろに書かれ、豪華な装飾が施されたラテン語の福音書であり、Vulgate エディションを元にしている。トリニティカレッジを訪れたら、有名な徒歩ツアーに参加したい。学生が案内するこのツアーは、キャンパスをまわりながら、カレッジの歴史や建築物、面白い逸話、また有名な卒業生などについての興味深い話を聞かせてくれる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%81%AE%E6%9B%B8
以下引用
ケルズの書(ケルズの書、The Book of Kells)は、8世紀に制作された聖書の手写本。
「ダロウの書」、「リンディスファーンの福音書」とともに三大ケルト装飾写本のひとつとされ、アイルランドの国宝となっており、世界で最も美しい本とも呼ばれる。
縦33cm、横24cm。豪華なケルト文様による装飾が施された典礼用の福音書で、四福音書(マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書)が収められている。
聖コルンバの偉業を称えるために、スコットランド、アイオナ島のアイオナ修道院で制作が着手され、その後アイルランドのケルズ修道院で完成された。現在は、ダブリン大学のトリニティー・カレッジ博物館に所蔵されている。
http://www.shajisitu.or.tv/c2.htm
http://www.easytobook.com/jp/dublin-hotels/dublin/museums/national-museum-of-ireland-collins-barracks-dublin/
以下引用。
アイルランド国立博物館は、ダブリン市内のCollins Barracks にあり、アイルランドでも最高の文化機関。博物館は、アイルランドの芸術、物質的文化、自然史に重点をおいている。ここは長年に渡って、様々な年代の人々に生涯学習の機会を提供したり、アイルランドの豊かな遺産を学ぶ機会を与えてきた。サービスにはガイド付ツアー、公開レクチャー、週末イベント、ワークショップ、実演、教育リソース室、情報およびリソースサービスなどがある。アイルランド国立博物館のCollins Barracks 館には衣装、硬貨、家具などの素晴らしい作品を展示している。また特別展示や、レクチャーシリーズ、サマーアウトドアプログラムなども行っている。新しいPhase 2展示ギャラリーでは、民族誌的なコレクションや、地質学やアイルランドの歴史に関する展示を行っている。博物館の展示を全て見てまわるには、半日かかる。午前中に展示を見た後は、博物館のカフェでランチを取ることができる。
チャプターハウス/参事会室の扉(Chapterhouse Door)
もともとは南翼廊のチャプターハウスにあった木製の扉。
1492年に、長く敵対関係にあったキルデア伯爵とオーモンド伯爵がこの教会で出会った時、オーモンド伯爵はチャプターハウスに身を隠した。するとキルデア伯爵は、和解を申し出、ドアに穴をあけ、腕を差し込みオーモンド伯爵に握手を求めた。オーモンド伯爵はそれに応じ2人は和解することができた。扉は「和解の扉」と呼ばれ、このエピソードから"chancing your arm"(いちかばちかやってみる)という英語のフレーズができたと言われている。
引用終わり
ダブリン市内観光の自由時間ではHさんと共に国立美術館へ行った。目当てはカルバッチョのキリストの逮捕とフェルメールの手紙を書く婦人であったが残念ながらカルバッチョは展示されていなかった。絵葉書だけはショップで購入することができた。フェルメールの絵葉書はショップでは売り切れで求めることができなかった。
自由時間が終わり指定された集合場所へ同行メンバーは集まってきたが一組の夫婦が40分待っても現れないというトラブルがあった。この夫婦は集合場所の目印を失念してしまいタクシーを拾って先にホテルへ辿りついたことが判明してことなきを得たがはた迷惑な出来事であった。
帰路に成田空港上空で遥か遠くに富士山を見ることが出来た。富士山を見ながら何の脈絡もなくガイドの嶋口嬢が言っていた言葉を思い出した。アイルランド人の特徴は酒好きであること、陽気であること、親切であること。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 観光バス
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