日本橋旅行記(ブログ) 一覧に戻る
江戸の町づくりと共に発展していった東京の川や運河。<br />沢山の船が行交い、物流ルートの要として使われていました。<br /><br />そんな水辺が、高度成長期のモータリゼーションの発達から使われなくない、新たな役割として、生活排水やゴミの運搬路に使われるようになりました。<br /><br />その結果、水質汚染が進み誰も近づかない水辺へと変貌してしまったのです。<br /><br />そんな、私たちが暮らす東京の水辺が、現在どのように変化し、どんな役割をしているのか、実際にボートで巡りながら、歴史・街づくり・環境について学ぶNPO法人あそんで学ぶ環境と科学倶楽部が主催している「都心の水辺でエコツアー」の体験記。<br /><br />詳細は公式サイトから<br />http://www.enjoy-eco.or.jp

東京の水辺探訪クルーズ 日本橋川編

3いいね!

2005/06 - 2009/12

1466位(同エリア1890件中)

0

17

キャプテン

キャプテンさん

江戸の町づくりと共に発展していった東京の川や運河。
沢山の船が行交い、物流ルートの要として使われていました。

そんな水辺が、高度成長期のモータリゼーションの発達から使われなくない、新たな役割として、生活排水やゴミの運搬路に使われるようになりました。

その結果、水質汚染が進み誰も近づかない水辺へと変貌してしまったのです。

そんな、私たちが暮らす東京の水辺が、現在どのように変化し、どんな役割をしているのか、実際にボートで巡りながら、歴史・街づくり・環境について学ぶNPO法人あそんで学ぶ環境と科学倶楽部が主催している「都心の水辺でエコツアー」の体験記。

詳細は公式サイトから
http://www.enjoy-eco.or.jp

同行者
家族旅行
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • 豊海橋<br /><br />日本橋の下を流れる日本橋川の最後の橋<br />江戸時代、江戸湊の船溜まりから、はしけ船によってさまざまな物資が運び入れた江戸の玄関口に当たるところです。

    豊海橋

    日本橋の下を流れる日本橋川の最後の橋
    江戸時代、江戸湊の船溜まりから、はしけ船によってさまざまな物資が運び入れた江戸の玄関口に当たるところです。

  • 日本橋水門<br /><br />日本橋川から分岐する亀島川の入り口に作られた水門。<br />亀島川は、日本橋川と違って護岸の高さが低く、高潮や津波対策のために、こうした水門が作られています。

    日本橋水門

    日本橋川から分岐する亀島川の入り口に作られた水門。
    亀島川は、日本橋川と違って護岸の高さが低く、高潮や津波対策のために、こうした水門が作られています。

  • 三菱倉庫本屋ビル<br /><br />国内初の都市型倉庫ビルとして昭和5年に建てられたこの倉庫には、嘗てホイップホイスト、テルファーといった川からの荷物の荷役機械が設けられていました。<br /><br />楓川と日本橋川の分岐点に建てられていて、両方の川の護岸の一部ともなっていた建物は、表現派風建築の代表的作品として東京都選定歴史的建造物の選定を受けています。<br />

    三菱倉庫本屋ビル

    国内初の都市型倉庫ビルとして昭和5年に建てられたこの倉庫には、嘗てホイップホイスト、テルファーといった川からの荷物の荷役機械が設けられていました。

    楓川と日本橋川の分岐点に建てられていて、両方の川の護岸の一部ともなっていた建物は、表現派風建築の代表的作品として東京都選定歴史的建造物の選定を受けています。

  • 楓川(かえでがわ)<br /><br />かつて、ここは築地川まで繋がる水路がありました。<br />高度成長期、首都高速環状線を作るために、無くなってしまいました。<br /><br />そのまま存在していれば、船から銀座の街を眺める事も出来たのに...

    楓川(かえでがわ)

    かつて、ここは築地川まで繋がる水路がありました。
    高度成長期、首都高速環状線を作るために、無くなってしまいました。

    そのまま存在していれば、船から銀座の街を眺める事も出来たのに...

  • 江戸橋<br /><br />現在の江戸橋は、震災復興計画の一環として昭和4年(1929)に架けられた鋼製アーチ橋です。<br />首都高速の渋滞情報でお馴染みに場所ですが、その下は全く渋滞がありません。

    江戸橋

    現在の江戸橋は、震災復興計画の一環として昭和4年(1929)に架けられた鋼製アーチ橋です。
    首都高速の渋滞情報でお馴染みに場所ですが、その下は全く渋滞がありません。

  • 日本橋<br /><br />現在の日本橋は、明治44年(1911)に架けられたもので、石造の重厚感溢れる2連アーチ橋です。<br />

    日本橋

    現在の日本橋は、明治44年(1911)に架けられたもので、石造の重厚感溢れる2連アーチ橋です。

  • 豊海橋のライトアップ<br /><br />夜になると、日本橋川の河口にあるこの橋はライトアップされます。奥の永代橋のライトアップと合わせて、とても綺麗です。

    豊海橋のライトアップ

    夜になると、日本橋川の河口にあるこの橋はライトアップされます。奥の永代橋のライトアップと合わせて、とても綺麗です。

  • 東京証券取引所<br /><br />川から見た兜町にある東京証券取引所<br />江戸時代から金融の中心となっていました。

    東京証券取引所

    川から見た兜町にある東京証券取引所
    江戸時代から金融の中心となっていました。

  • 道三堀跡<br /><br />かつてここには道三堀と言う堀がありました。<br />この水路は、太田道灌が江戸城を構築する為に、材料を船で運び入れる為に作られた水路で、巨大都市東京のルーツとなったところ。<br /><br />今は、すっかり面影はありません。(穴のみ)

    道三堀跡

    かつてここには道三堀と言う堀がありました。
    この水路は、太田道灌が江戸城を構築する為に、材料を船で運び入れる為に作られた水路で、巨大都市東京のルーツとなったところ。

    今は、すっかり面影はありません。(穴のみ)

  • 常磐橋<br /><br />常磐橋御門は明治 6年(1873)に廃止されましたが、木造の常磐橋だけが残りました。門跡の石垣石を使って、明治10年(1977) に現在の石造アーチ橋が架けられたそうです。<br />

    常磐橋

    常磐橋御門は明治 6年(1873)に廃止されましたが、木造の常磐橋だけが残りました。門跡の石垣石を使って、明治10年(1977) に現在の石造アーチ橋が架けられたそうです。

  • 常磐橋御門<br /><br />この常磐橋御門は、田安門、神田橋門、半蔵門、外桜田門、などと並び江戸六口と呼ばれた主要な関門所でした。常磐橋御門からの道は馬喰町を抜け、浅草橋御門に至り、そこから北上して千住 水戸街道に向かう<br />奥州街道の起点。交通の要所としてだけでなく城塞の防衛面においても重要となっていました。

    常磐橋御門

    この常磐橋御門は、田安門、神田橋門、半蔵門、外桜田門、などと並び江戸六口と呼ばれた主要な関門所でした。常磐橋御門からの道は馬喰町を抜け、浅草橋御門に至り、そこから北上して千住 水戸街道に向かう
    奥州街道の起点。交通の要所としてだけでなく城塞の防衛面においても重要となっていました。

  • 一ツ橋<br /><br />寛永年間(1624〜1643)、江戸城側に一ツ橋御門が設置され、同時に 見附橋 としての一ツ橋が架けらました。<br /><br />残念ながら、御門の基礎となっている石積は、高速道路の土台として、壊されています。

    一ツ橋

    寛永年間(1624〜1643)、江戸城側に一ツ橋御門が設置され、同時に 見附橋 としての一ツ橋が架けらました。

    残念ながら、御門の基礎となっている石積は、高速道路の土台として、壊されています。

  • 常磐橋防災船着場<br /><br />阪神淡路大震災以降、人の救助や物資の補給に陸路が遮断された場合に水路を利用しようと、整備された桟橋の第1号。<br /><br />ちょうど日銀の前にあります。

    常磐橋防災船着場

    阪神淡路大震災以降、人の救助や物資の補給に陸路が遮断された場合に水路を利用しようと、整備された桟橋の第1号。

    ちょうど日銀の前にあります。

  • 石積み<br /><br />もともと、日本橋川のほとんどが、江戸城の石積によって覆われていました。しかし、護岸の耐震補強や高速道路の建設によってほとんど失われています。<br /><br />ここは、竹橋 毎日新聞社の裏。<br />数少ない石積が、唯一近くで確認できるところです。

    石積み

    もともと、日本橋川のほとんどが、江戸城の石積によって覆われていました。しかし、護岸の耐震補強や高速道路の建設によってほとんど失われています。

    ここは、竹橋 毎日新聞社の裏。
    数少ない石積が、唯一近くで確認できるところです。

  • 荷上場<br /><br />大名家が船から荷物を降ろす場所として、鎌倉橋の橋詰にあった荷上場から上げたそうです。<br />ここは、その跡。<br /><br />川から出ないと確認できなくなってしまいました。

    荷上場

    大名家が船から荷物を降ろす場所として、鎌倉橋の橋詰にあった荷上場から上げたそうです。
    ここは、その跡。

    川から出ないと確認できなくなってしまいました。

  • 地下鉄湧水<br /><br />都営新宿線のトンネルから湧き出る地下水を利用して、水量の確保と水質浄化を行なっています。

    地下鉄湧水

    都営新宿線のトンネルから湧き出る地下水を利用して、水量の確保と水質浄化を行なっています。

  • 日本橋のテラス<br /><br />日本橋の橋詰には、橋を見ながらご飯が食べられるテラスがあります。

    日本橋のテラス

    日本橋の橋詰には、橋を見ながらご飯が食べられるテラスがあります。

この旅行記のタグ

関連タグ

3いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP