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道の駅・湯西川を後にして、湯西川温泉のほうへ向かうことにしました。次の目標は平家の里です。<br /><br />湯西川を沿って上ります。この周辺の道路は元々、綺麗な舗装ではありませんが今はダムの建設やらなにやらで工事をしている場所がたくさんあります。行き違いが厳しいので、車で行かれる方はご注意ください<br /><br /><br />平家の里は平家落人集落を再現したものです。<br /><br />壇ノ浦の戦いを目途とする源平の戦いにおいて源氏に平家が敗れた後、全国各地に平家落人伝説は広がりました。湯西川温泉もその一つです。<br /><br />源氏の追手から逃れた平氏の一族は湯西川へ身を隠して生活をしていました。その頃の生活様式や生き方を次世代へ継承するために造られたものが平家の里なのです。<br /><br /><br />平家の一族が湯西川まで来た話には諸説ありますが、平家の家臣・平貞能(さだよし)が平重盛の妹である妙雲禅尼と、平資盛・忠房の忘れ形見を伴う一行を引き連れて宇都宮の藤原朝綱のもとへ落ち延びてきたという話から始まります。<br /><br />平家追討の世相の中、落ち延びてきた一族は高原山に身を隠していました。そのおり、一行の婦人が男子を出産します。端午の節句には鯉のぼりを立てて祝っていましたが、このことが源氏に見つかることになり追討の手が近寄ります。<br /><br />一族は再び奥地へ逃れることとなり、貞能は塩原へ。その他の一族は湯西川へ逃げ延びることとなったのです。これ以来、湯西川では鯉のぼりをあげることを一切やめたと伝えられています。<br /><br />注:<br />平重盛(小松内府平重盛)=平清盛の長男<br />

枯れているとしても行紅葉~平家の里へ~ 2009。in湯西川

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2009/10/29 - 2009/10/29

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フロッガー

フロッガーさん

道の駅・湯西川を後にして、湯西川温泉のほうへ向かうことにしました。次の目標は平家の里です。

湯西川を沿って上ります。この周辺の道路は元々、綺麗な舗装ではありませんが今はダムの建設やらなにやらで工事をしている場所がたくさんあります。行き違いが厳しいので、車で行かれる方はご注意ください


平家の里は平家落人集落を再現したものです。

壇ノ浦の戦いを目途とする源平の戦いにおいて源氏に平家が敗れた後、全国各地に平家落人伝説は広がりました。湯西川温泉もその一つです。

源氏の追手から逃れた平氏の一族は湯西川へ身を隠して生活をしていました。その頃の生活様式や生き方を次世代へ継承するために造られたものが平家の里なのです。


平家の一族が湯西川まで来た話には諸説ありますが、平家の家臣・平貞能(さだよし)が平重盛の妹である妙雲禅尼と、平資盛・忠房の忘れ形見を伴う一行を引き連れて宇都宮の藤原朝綱のもとへ落ち延びてきたという話から始まります。

平家追討の世相の中、落ち延びてきた一族は高原山に身を隠していました。そのおり、一行の婦人が男子を出産します。端午の節句には鯉のぼりを立てて祝っていましたが、このことが源氏に見つかることになり追討の手が近寄ります。

一族は再び奥地へ逃れることとなり、貞能は塩原へ。その他の一族は湯西川へ逃げ延びることとなったのです。これ以来、湯西川では鯉のぼりをあげることを一切やめたと伝えられています。

注:
平重盛(小松内府平重盛)=平清盛の長男

  • 湯西川沿いの紅葉です。<br />上流に行くにしたがって渓谷のようになっていきます。<br />

    湯西川沿いの紅葉です。
    上流に行くにしたがって渓谷のようになっていきます。

  • 平家の里へ着きました。<br /><br />案内板。今は日光市に入りますが、ここは統合前は栗山村でした。

    平家の里へ着きました。

    案内板。今は日光市に入りますが、ここは統合前は栗山村でした。

  • 平家の里の案内板。<br />

    平家の里の案内板。

  • 入口、冠木(かぶき)門です。

    入口、冠木(かぶき)門です。

  • 冠木門をくぐって左手に太敷(ふとしき)館。受付です。<br /><br />入館料、\500。

    冠木門をくぐって左手に太敷(ふとしき)館。受付です。

    入館料、\500。

  • 由緒書き。風流です(笑)

    由緒書き。風流です(笑)

  • 園内へ。<br /><br />夕方です(爆)

    園内へ。

    夕方です(爆)

  • 調度(ちょうど)営みどころ。<br /><br />二棟あります。<br />中には民芸品が飾られています。<br /><br />湯西川では古くから木杓子(しゃもじ)つくりが盛んだったそうです。

    調度(ちょうど)営みどころ。

    二棟あります。
    中には民芸品が飾られています。

    湯西川では古くから木杓子(しゃもじ)つくりが盛んだったそうです。

  • 二の館・三の館。

    二の館・三の館。

  • よろず贖い(あがない)どころ。<br /><br />ここは物産を売っているところです。<br />湯西川で生産されている農産物や食品、漬物などを売っていました。<br /><br /><br />

    よろず贖い(あがない)どころ。

    ここは物産を売っているところです。
    湯西川で生産されている農産物や食品、漬物などを売っていました。


  • 床しどころ。<br />三棟あります。<br /><br />

    床しどころ。
    三棟あります。

  • 六の館では、平清盛が入道になった姿の像と平敦盛が一の谷へと出陣する様を像にしたものがあります。

    六の館では、平清盛が入道になった姿の像と平敦盛が一の谷へと出陣する様を像にしたものがあります。

  • 系図等のほか、重要文化財になっているものが展示されています。

    系図等のほか、重要文化財になっているものが展示されています。

  • 平清盛像。

    平清盛像。

  • 平敦盛像。<br /><br />敦盛は美少年だったそうで、一の谷の合戦で源氏方の武将である熊谷直実に首を取られますが、直実は押さえつけた際に敦盛が若いことと美しい顔立ちに驚き助けてやりたいと迷いながらも首を落としたそうです。<br /><br />直実はその後、後悔と空虚感から仏門に入り敦盛を悼んだと伝えられています。

    平敦盛像。

    敦盛は美少年だったそうで、一の谷の合戦で源氏方の武将である熊谷直実に首を取られますが、直実は押さえつけた際に敦盛が若いことと美しい顔立ちに驚き助けてやりたいと迷いながらも首を落としたそうです。

    直実はその後、後悔と空虚感から仏門に入り敦盛を悼んだと伝えられています。

  • 種々伝えどころ。<br /><br />ここで伝統行事などがとり行われます。

    種々伝えどころ。

    ここで伝統行事などがとり行われます。

  • 湯西川赤間神宮。<br /><br />湯西川の赤間神宮は、昭和60年6月6日に平家の里完成に併せて分祀されたものです。<br /><br />下関の赤間神宮が安徳天皇の菩提寺です。<br />

    湯西川赤間神宮。

    湯西川の赤間神宮は、昭和60年6月6日に平家の里完成に併せて分祀されたものです。

    下関の赤間神宮が安徳天皇の菩提寺です。

  • なにやら囲いのほうへ行くと・・・

    なにやら囲いのほうへ行くと・・・

  • 鹿がいました(^◇^)

    鹿がいました(^◇^)

  • 庭園。

    庭園。

  • 平家塚。<br /><br />平家の落人の霊を奉ったとされる塚です。<br /><br />言い伝えでは、武将としての身分を隠すために落人たちが鎧や兜を埋めておいたそうです。

    平家塚。

    平家の落人の霊を奉ったとされる塚です。

    言い伝えでは、武将としての身分を隠すために落人たちが鎧や兜を埋めておいたそうです。

  • 餉(かれい)の館。<br /><br />おやすみどころです。

    餉(かれい)の館。

    おやすみどころです。

  • 平家の里を後に、平家集落にも寄ってみました。<br />日が落ちて暗くなってきてしまったので、寂しい雰囲気・・・。<br />

    平家の里を後に、平家集落にも寄ってみました。
    日が落ちて暗くなってきてしまったので、寂しい雰囲気・・・。

  • おしまいは、小競り合いをする鹿さんです(^−^)

    おしまいは、小競り合いをする鹿さんです(^−^)

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この旅行記へのコメント (2)

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  • ゆうこママさん 2009/12/08 20:24:14
    敦盛
    こんばんは。はじめまして。
    関東にも平家落人伝説の地があるのですね。
    勉強不足で、まったく存じませんでした。
    敦盛の物語は平家物語の中でも、とりわけ涙をさそうところ。
    そんなイメージをふくらませながら、旅記を拝見しました。

    今秋、高野山に行った折、熊谷寺というところに行きました。
    あわれ敦盛の首をとった側である熊谷直実ゆかりの寺です。
    勝者の直実もまた、その後は哀しみを知る人生を送ったようで、
    そんな想像をしながら歴史の舞台を旅し、皆様の旅行記を拝見するのが好きです。

    すてきな旅の記をありがとうございました。

    フロッガー

    フロッガーさん からの返信 2009/12/08 22:16:32
    RE: 敦盛
    +。:.゜こんばんはヽ(´∀`)ノ

    お越しいただきありがとうございます<(_ _)>

    全国に落人伝説はありますが、どの土地も儚げのある雰囲気がありますね。平家物語における「敦盛最期」の章も知っている方も多いと思います。

    直実は数多くの寺院を開いていますが、高野山の熊谷寺(ゆうこくじでしたっけ?)は直実の本領だったでしょうか。高野山のほうへ行った際には一度寄ってみたいと思っています(汗)



     フロッガー

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