1999/07 - 1999/07
249位(同エリア300件中)
ひゅーいさん
戦災での大きな被害も少なく、美しい町並みが残っているというプラハへ行くことになりました。日本人がヨーロッパ、と聞いてぼんやり想像する「ヨーロッパらしい町」だとか。
独文学をかじった私としてはフランツ・カフカの住んだ町であり、ゴーレムの影響もあって幻想的なイメージも。
「アマデウス」など、ウィーンが舞台の映画もプラハでロケをする事が多いとのこと。今回は滞在日程中にそのモーツァルトが歌劇「ドン・ジョバンニ」を初演したエステート劇場で「ドン・ジョバンニ」公演があり、チケットも取ることができました!
またチェコはビールの1人あたり消費量が世界一。ピルスナーはチェコのピルゼン(プルゼニュのドイツ語読み)に由来し、チェスケー・ブデヨヴィツェの地ビールであるブドヴァルは米バドワイザーとの商標権訴訟でも有名だそうです。まったくビール党ではない私もちょっと楽しみになってきました。せっかくなので色々飲んでみるつもり。
プラハにゆっくり滞在し、せっかくなのでチェスキー・クルムロフにも足をのばして1泊することにしました。
旅の連れは以前ソウルに行ったAちゃんとBちゃん。関空からフランクフルト経由でルフトハンザで行くことになり、Bちゃんとは関空で待ち合わせて出発です。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
-
プラハのルジニェ空港には夕方着きました。
ミニバスで市内へ向かい、ホテル:ビーラー・ラブチェへ。こじんまりした新しいホテルでした。かわいらしめのビジネスホテルといった感じ。 -
明日は鉄道でチェスキー・クルムロフへ向かうので駅の場所を確かめがてら町をぶらぶら。
夏のヨーロッパは初めてです。夜は8時9時まで明るいと聞いていましたが、本当に空が青いんだ、、と納得。
とはいえ明日は早いのでさっさとホテルに帰り就寝しました。 -
プラハ本駅へ。
今日はコノピシュチェ城に立ち寄りながら、チェスキー・クルムロフへ移動です。
チケットを購入した後時間があったのでカフェでお茶。ビール好きのAちゃんは早速ビールを。 -
駅のカフェといっても、美術品です。
巨大なドームとステンドグラス。彫刻もほどこされた博物館のような空間でした。 -
プラハ中央駅。
ホームで列車を待っていると、おばあさんが話しかけてきました。さっぱり言葉が通じないので切符を見せてみると、どうやら「ホームが変更になっている」と教えてくれているようです。慌ててホームを移動しました。この後も私達は何度かおばあさんに助けられることになります。チェコのおばあさんはとても親切な人が多い!若者は(不親切な訳じゃないけど)ちょっととんがった感じの子が多かったように思います。まあそれは日本でも同じでしょうか。困っている人に物怖じせずに声をかけてくれるのっておばさんやおばあさんが多いですよね。 -
電車には自転車も持ち込めるし、犬もいっぱい乗ってきます。ヨーロッパの犬はよくしつけられていると聞きますが本当におとなしく、大型犬も床に座ってじっとしているので感心しました。ただ、大型犬は安全のため?か首の回りにエリザベスカラーみたいなものをつけられているのでした。
自転車はさっと乗り込んで、田舎の駅なんかだと降りたらそのままホームでまたがって颯爽と走り去ってゆくのが何ともかっこいい。日本みたいなラッシュがないからこそ許可されているんでしょうか。 -
ベネショフの駅。
ここから歩いてコノピシュチェ城に行きます。小さな駅で手荷物預かり所らしきものはありませんでしたが、駅員さんに声をかけてみると駅員室みたいなところで預かってくれました。 -
乗ってきた列車はベネショフ止まりでした。運転室の窓から運転手さんが顔を出したので「写真撮っていい?」と聞くと「ダメ」とつれない返事のわりに「おいでおいで」と手招きしてきます。「?」と乗り込んでみると、ひとりずつ運転席に座らせて写真を撮らせてくれました!
後で考えると、ただでさえ若く見える東洋人、しかも日本でも実年齢より若めにみられる事が多い3人です。もしかしてうーんと若く見られたのでしょうか…子供扱い?
ま、ラッキーだったので良し! -
広々とした小麦畑の間をのんびり歩いていきます。
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コノピシュチェ城。
14世紀に建てられたバロック様式の城で、最後の城主は、サラエヴォで暗殺され第一次世界大戦のきっかけとなったオーストリア皇太子フランツ・フェルディナンドだそうです。 -
城の見学はツアーで行います。
せめて英語ツアーを、と思いましたが、ちょうど出発した後で、次回を待つと予定の列車に間に合いません。仕方なくドイツ語ツアーに参加することになりました。
ごくごく簡単な事意外はさっぱりわからないのでガイドブックを見ながらツアーのおしりにくっついて見学しました。 -
一歩中に入ると「ひょえー」。廊下から部屋からびっしり動物の剥製や武器がかざってあります。
鹿の首、角、仁王立ちの熊、牛、虎の毛皮に象の足、鳥類、、、ずらーーっと並ぶ様はなんともいえません。皇太子は狩が趣味だったようですが、日本人から見ると異様な雰囲気です。こんな中に普通に暮らしていたんですね。
内部はカメラ禁止だったので、外から撮りましたが外からでも見える程いたるところに剥製が並んでいるのです。 -
城を出た後、再び列車でチェスキー・ブディヨヴィツェへ。車窓からは小麦畑と赤い屋根の民家が美しいです。
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列車は全車両コンパートメントタイプ。とはいえガラガラで私達だけで6人部屋貸し切りです。
チェスキー・ブディヨヴィツェからバスに乗り換えチェスキー・クルムロフに向かう予定でしたが、着いてみて問題が。バス停の案内によるとどうやら日曜日はバスがない?らしい。バスの案内所は閉まっているし、待っていてもし欠便だったらどうしようもないので、あきらめて列車で行くことになりました。
チェスキー・クルムロフの観光中心地=旧市街は列車の駅からはかなり離れているらしいので不安ですが仕方ありません。準備不足で失敗です。 -
チェスキー・クルムロフ行きはうってかわって2両連結の可愛らしい電車でした。とにかく降り損なわないように、通り過ぎる小さな駅(花がいっぱい飾ってあったり本当に可愛い駅ばかりでした)の名前をしっかりチェックすること約1時間。うす暗くなるころチェスキー・クルムロフに到着しました。ここからタクシーで旧市街まで…と思っていた私達は甘かった。タクシーはおろか公衆電話すらないではないですか!一緒に降りた人々もわずかであっという間に散っていきました。
ガイドブックにも駅からの道はないに等しく、とにかく方向だけを見定めて歩き出しました。看板もないようなごくごく普通の住宅街を延々と歩きます。ほとんど人通りもありません。
不安に駆られだした頃、庭に水をまいていたおばあさんが声をかけてくれました。といってももちろんチェコ語はわからないし、英語、ドイツ語も通じないよう。ガイドブックの旧市街の写真を見せてみたら「ああ!」という感じで手振りで道を示してくれました。とにかくあってるみたいねーと、安心して歩いていくと、なんとおばあさん、心配そうに一緒に来てくれるではないですか。 -
結局、おばあさんはかなりの道のりを同行してくれ、この階段を下りていけばもう旧市街、という所まで来ました。
全て手振りで「ここを降りればいいのよ」「そうなんですね、本当にありがとうございます」「舌まで行ってあげるわ」「とんでもない、もう大丈夫です、本当に本当にありがとうございましたーっ」と、おばあさんと別れ階段をおりてゆく…途中で振り返ると、おばあさんはまだ心配そうに私達を見送ってくれていました。
方向はあっていたとはいえ、彼女のおかけで安心して進むことができたのです。本当に感謝です。
今日の宿、HotelRuzeに着きました。 -
イエスズ会の学校として1586年に建てられた建物をホテルにしており、建物は古いが中の設備は近代的。とても過ごしやすくかつ雰囲気も味わえてお勧めです。
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トリプルでお願いしたので、エクストラベッド対応でしたがかなり立派なベッド、ゆったりくつろげる十分な広さの部屋でした。
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