2004/07/10 - 2004/07/19
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あーや@パンダさん
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2004年7月、2回目のイタリア旅行は、娘と2人だけでフィレンツェからポルトフィーノ、チンクエ・テッレを巡ってミラノへ抜ける旅でした。
念願のポルトフィーノを訪ねた翌日は、世界遺産『チンクエ・テッレ』を巡る日帰り旅行です。
『チンクエ・テッレ』とは、『5つの土地』という意味ですが、険しい海岸線に守られて時が止まったような村々です。
私たちは、ローカル列車でモンテロッソ・アル・マーレに出て、観光船に乗りました。
『チンクエ・テッレ』の村々を巡り『ポルト・ヴェーネレ』までの船旅は絶景の連続でした。
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道 船
-
『モンテ・ロッソ・アルマーレ』から観光船に乗って、『チンクエ・テッレ』を巡ります。
『モンテ・ロッソ・アル・マーレ』の海岸にはビーチ・パラソルが並び、観光船乗り場にも世界各国からの観光客があふれていました。 -
チンクエ・テッレ:
日差しが強いけれど、絶景を満喫できるデッキに座りました。
5つの村を経由して『ポルト・ヴェーネレ』に向かう観光船では、イタリア語と英語で観光ガイドがアナウンスされますが、地名くらいしか聞き取れませんでした。
海から見上げると、なぜ、こんな所に住むの?と思える場所にも家が見えます。 -
チンクエ・テッレ:
最初の寄港地、『ヴェルナッツァ』に到着。
『チンクエ・テッレ』で最も美しい集落といわれているそうです。
狭い入り江に桟橋が作られていますが、乗り降りは結構スリルがありそうです。
『ヴェルナッツァ』は、ワインの産地として有名で、ローマ時代からワイン積出港だったといいます。 -
チンクエ・テッレ:
『コルニリア』の村は、海抜100メートルの小さな半島の上にあります。
この村は海岸には面していませんが、鉄道駅はあります。とはいえ、海岸側の駅から365もの階段を上がらないと村には到達できないそうです。 -
チンクエ・テッレ:
急斜面に葡萄棚が作られているのが見えます。
天空の集落『コルニリア』もまたワインの産地です。 -
チンクエ・テッレ
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チンクエ・テッレ:
『マナローラ』は、その昔、村の上に築かれた城を守る兵士の家として町が作られたそうです。
1273年に城が破壊され、兵士が去ったあとに漁師が住み着き現在に至っているとのこと。 -
チンクエ・テッレ:
『マナローラ』から隣村の『リオ・マッジョーレ』に続く「愛の道」と名付けられた山の散歩道は、海岸沿いの岩場に続く一時間ほどの散策路。
かつて、英国のロマン派詩人・バイロンやシェリーなどの詩人が散策したそうですが、時間に余裕があれば、ゆっくりしてみたい村ばかりです。 -
チンクエ・テッレ
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チンクエ・テッレ:
最後の寄港地『リオ・マッジョーレ』は、谷間に張り付くように建物が重なってみえます。
この村は、5つの村の中で最大の人口とのことですが、入り江から見る風景は絵のようです。 -
ポルト・ヴェーネレ:
まるで要塞のように岩山に突き出た教会が見えてきました。 -
ポルト・ヴェーネレ:
ようやく目的地『ポルト・ヴェーネレ』に到着です。
リグーリア海岸の特徴である、カラフルな色の建物が肩を寄せ合う風景ももうお馴染みになりました。
私たちは、ここで食事をしたり街をゆっくり散策するのを楽しみにしていました。
ここは”海洋王国”ジェノヴァとピサ軍との戦いのために生まれた要塞港としての歴史を持っている町です。 -
ポルト・ヴェーネレ:
まずは、岩山に突き出た『サン・ピエトロ教会』に行ってみました。
この教会は、キリスト教以前にはヴィーナスを崇めた神殿だったとか。
詩人のバイロンは、しばしば『ポルト・ヴェーネレ』で泳いだ後、教会の立つ岩礁に憩い、詩の一節を朗々と詠うことを好んだといわれています。 -
ポルト・ヴェーネレ:
岬から『サン・ロレンツォ』教会へ続く坂道を上り、ジェノヴァ人が築いた城塞まで急坂を登って汗だくになりましたが、町の上からみる海の眺めは最高でした。
民家の間を抜ける道は、一昔前の漁村風景でした。
このあたりはムール貝の養殖場もあり、漁業で暮らしをたてる漁村が観光地になったようにみえます。 -
ポルト・ヴェーネレ:
海辺のトラットリア(Iseo)でシーフードを満喫しました。
シンプルな調理法のシーフードは、白ワインにぴったりでした。
フレッシュ・バジルから作る鮮やかなうす緑色のジェノヴェーゼソースのパスタもおいしかったのですが、デザートを食べたあとで、スキャンピ(手長海老)のグリルを食べていないことに気づきました。注文したはずなのに、請求書にも書いてなかったからオーダー漏れだったようです。お腹は一杯だったけれど、ちょっと心残りでした。 -
チンクエ・テッレ:
海岸にたくさんのレストランや土産物店が並ぶビーチリゾートを満喫した私たちは、3時過ぎの観光船に乗って、帰途につきました。 -
チンクエ・テッレ:
中世の面影を残す街が、世界遺産になったことで観光客が増加し、交通が不便だからこそ保たれてきた自然や街の景観が変わってしまわないことを願っています。 -
ポルトフィーノ:
『チンクエ・テッレ』の翌日、私たちは再び『ポルトフィーノ』を訪ねました。
高級ブランド街と反対側の小さな路地にあるレースのお店に立ち寄りました。マイナーな「ガイドブック」でみつけたお店ですが、買い物しながらオーナーにその本を見せたら、はるばる日本からお客が来たことに大変感激して、イニシャルを刺繍したハンカチをプレゼントしてくれました。
その昔、レース編みは、男たちが漁に出ている間の女たちの仕事でした。以前訪れた、ヴェネツィア近くのブラーノ島もレース編みが有名でした。
緩やかな坂道を上って、港を見下ろす高台にある『サン・ジョルジォ教会』に行きました。 -
サンタ・マルゲリータ・リグーレ:
ミラノ行きの列車に乗る前に、『サンタ・マルゲリータ・リグーレ』の街の食堂でで昼食をとりました。
ポルトフィーノはホテルが少ないのですが、こちらは庶民のリゾートとして人気があるようです。
地中海のリヴィエラ海岸といえば、フランスを思い浮かべますが、イタリアは、東リヴィエラ。
リグーリア州には、日本からは遠いけれど一度は行ってみる価値のある素晴らしい観光資源がたくさんありました。
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