2003/08/01 - 2003/08/05
217位(同エリア554件中)
しきんさん
トリエステの長距離バスターミナルからスロヴェニアの首都リュブリャナ行きのバスがありました。
トリエステを見る前は、トリエステ泊を予定していたのですが、もう少し回ってから、ヴェネツィアへ戻ることにして、リュブリャナへのバスのチケットは、次の火曜の便を窓口で買ったつもりだったのですが、チケットをよく見ると今日の便になっています。出発時刻が迫っていて、窓口の列にまた並んでいたのでは間に合わず、かといって、乗ってしまえば済むのかと思うと、窓口に並ぶ列の横から割り込んで、よく通じない英語で、訴える勇気も元気も起きず、なんとか出発間際のバスに乗り込みました。あれで、気がつかないまま火曜に来たときには無効と言われるのかなあ。
8/1(金)1日目 ヴェネツィアからトリエステ(イタリア国鉄)
トリエステからリュブリャナ(長距離バス)
8/2(土)2日目 リュブリャナ市内散策、CD店巡り
8/3(日)3日目 リュブリャナ市内散策
8/4(月)4日目 リュブリャナ市内散策、ミュージカリエ
8/5(火)5日目 リュブリャナ出立
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
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ヴェネツィアからトリエステへ向かう列車の車窓から
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がらがらの車内。みんな降りてしまい、わからないうちに終点トリエステを過ぎて回送車になってしまったのかと心配になりました。
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やっぱり回送ではなく、トリエステに到着。よかった。トリエステの町は静かで、たまたま歩いた街路に因るのでしょうが、建物は仰々しく、ローマに似た印象を持ちました。また、山がすぐ迫っており、坂の町でした。今、地図みると、マリーナもあり、海を望む斜面、高台の住宅地と、いろいろな魅力があったようです。
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トリエステ駅構内。やっとリュブリャナに反応してくれる案内所にたどり着きました。
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リュブリャナへのバスの車窓から。
トリエステの裏山が国境になっていて、町を出てしばらくすると、国境検問所があり、車内に係官が乗ってきて、パスポートのチェックを受けました。中には時間がかかったり、バスから降ろされて審査を受けたりする人も出て、こういうとき日本のパスポートのありがたみを感じます(逆の時もありますが)。 -
リュブリャナへのバスの車窓から。
緑に覆われた山がちで、より日本に近い印象でした。 -
リュブリャナへのバスの車窓から。
教会のデザインも、イタリアやフランスとははっきり違っていて、別の国に来たことを印象づけます。
スロヴェニアは、国民のほとんどがローマ・カトリックに属しています。 -
17時前にリュブリャナに到着しました。書店を見つけ、リュブリャナと全ヨーロッパの地図、絵はがきを買いました。
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到着が金曜の夕なので、オフィスが開いているうちにと、真っ先に向かったスロヴェニア・フィルハーモニア(Slovenska Filharmonija)。しかし夏期で当分オフィスは閉まっていました。
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フィルハーモニアに隣接するズヴェズダ公園(Park zvezda)(コングレスニ広場(Kongresni trg))。
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中央郵便局(Posta Slovenije)。切手を買いました。
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地図に載っていた4つのホテルの中で、宿泊したシティホテルツーリスト(City Hotel Turist Ljubljana)
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ホテルの部屋
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ホテルの部屋
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ホテルの部屋
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バスルーム
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ホテルのレストランで夕食にしました。ビュフェ形式で、ハム、チーズのプレート。
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リュブリャナ駅。「POST」という文字が見えていますが、隠れている文字を補うと「POSTAJA」で駅のことです。
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リュブリャナ駅構内
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リュブリャナ駅前にある長距離バスターミナル
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丘の上にあるのがリュブリャナ城(Ljubljanski grad)。12世紀、スパンハイム公(Spanheim)の統治の下に造られたこの城は、14世紀にハプスブルグ家に引き継がれ、それ以来、一時ナポレオンのフランス帝国に組み込まれた時期がありますが、リュブリャナは1918年の帝国崩壊までハプスブルグ家の支配下にありました。
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フランシスコ会教会(Cerkev Marijinega oznanjenja(Franciskanska))と3本橋(Tromostovje)。
フランシスコ会教会は1646-1660にかけて建てられたもので、バロックの貴重な例だといいます。その後18世紀にヴェネツィア人彫刻家Francesco Robbaによって祭壇が造られ、19世紀には、スロヴェニア人フレスコ画家Matevz Langusによって内部装飾がされ、20世紀にスロヴェニア人印象派画家Matej Sternenによって、身廊天井のフレスコ画が描かれています。
3本橋は、1842年に元の石橋がかけられ、その後1931年に、プレチニックの設計で両側に2本の橋が架けられて3本橋となりました。 -
市内を静かに流れるリュブリャニツァ川(Lyubljanica)。川沿いの通りで日曜にはフリーマーケットが開かれていました。
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旧市街の路地と丘の上の城
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竜の橋(ZmajskiMost)の竜の像。竜はリュブリャナの象徴です。
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市庁舎(手前の時計塔のある建物)。奥の二つの塔がある建物は、聖ニコラウス聖堂(Stolna Cerkev sv. Nikolaja)。
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旧市街に並ぶ建物
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St James Church(Cerkev sv. Jakoba)。現在の建物は1613-1616に建てられました。ここもフランシスコ会協会と同じで、Francesco Robbaによって後から祭壇が造られています。
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オペラ座(SNG Opera)。1882年にできたとのこと。とすると、当時ハプスブルグ帝国属領・クライン公領の首府でライバッハ(Laibach)と呼ばれていたこの町の歌劇場(Landschaftliches Theaters in Leibach)の楽長「カペルマイスター」を1881-1882の1シーズン勤めた21歳のマーラー(Mahler, Gustav)が1882年にできたという、この劇場で指揮をしたことは残念ながらなさそう。
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スロヴェニア・フィル演奏のマーラーの交響曲のCDを探して回って、どの店にもなく、そのとき、どの店からも、あそこならと勧められたリュブリャナのヤマハや山野楽器といった存在の音楽ショップ、ミュージカリエ(Muzikalje)。広さは山野の店の前のスペース程ですが、趣のある内装でたくさんの楽譜とCDが置かれていました。土曜は午前中までで、ここでも時間切れ。明日は休みで、リュブリャナまで来て手ぶらでは帰れないと、2泊(日曜まで)の予定をもう2泊延長することにしました。
週明けに訪れましたが、結局、お目当てのCDありませんでした。どの店も親切にCDを探してくれるのはありがたかったです。 -
夕食は昨日と同じ
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SwatchならぬSlowatch。Slowatchという時計があるわけではなく、時計屋さんの店名のようです。
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National Gallery(Narodna Galerija)
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アメリカ大使館。ユーゴスラヴィア連邦内で経済的に先進地域で、その稼ぎが連邦内の他の地域へ回されてしまうことに、スロヴェニアは、かねてより不満を抱いていたのですが、東欧革命の時流と、連邦内で民族の平等が揺らぎ、大統領ミロシェヴィッチの下、セルビア勢力の拡大が図られることへの反発から、1991年6月25日、連邦からの独立を宣言します。それを妨げようとするユーゴスラヴィア連邦軍との間で、「十日間戦争」が起こりますが、この戦いに勝利を納めます。EC諸国の国家承認はそれから半年ほどたった1992年1月以降でした。独立して、各国から承認を得られて、まだ10年あまり、観光案内所で貰ったリュブリャナの地図には、観光名所やホテルなどとともに、29もの大使館が、マークと番号を振られて記載されていました。その大使館の位置が地図に載っている29の国や地域で、ヨーロッパ以外の国は、アメリカと中国でだけでした。因みに、日本がスロヴェニアを国家承認したのは1992年3月17日、外交関係の開設は同年10月12日。1993年7月より在オーストリア大使館がスロベニアを兼轄していて、当時、日本大使館はありませんでした。その後、2006年1月、在スロベニア大使館が共和国広場に面したビルに開設されています。
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共和国広場(trg republike)に立つ社会主義革命記念碑。第二次大戦時、ユーゴスラヴィアは枢軸国によって分割占領されましたが、ユーゴスラヴィア共産党によって組織された抵抗組織パルチザンはナチスドイツにゲリラ戦を展開、徐々に解放地域を広げ、1945年ユーゴスラビア連邦人民共和国を建国、その指導者チトーが初の首相となりました。後に大統領、終身大統領となったチトーが1980年に87歳で息を引き取ったのは、リュブリャナの病院でした。チトーの死後10年で起こったユーゴスラヴィア解体とそれに伴う惨状を見ると、そのカリスマの偉大さと民族融和の皮肉な結果に複雑な気持ちになるばかりです。
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商業ビル(Maximarket)の「過激な」壁面広告とChurch of the Holy Trinity(Cerkev Svete Trojice)
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国立劇場(SNG Drama)
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石塀と静かな街路。
実はこの石塀はRoman Wall。東(中央)ヨーロッパ内陸とイタリアを結ぶ要地であるこの地にはエモナ(Emona または Aemona)という古代ローマ都市があったのですが、5世紀以降フン族の侵入によって破壊されてしまったとのことです。その後、6世紀に、スロヴェニア人の祖先であるスラヴ系の民族がスロヴェニアになる地域に入ってきたということです。なお、ローマの都市は、今の町の南西部になり、リュブリャナ城とその丘の麓にある旧市街とは別の位置になります。 -
スロヴェニアのトラール(tolar)紙幣。色遣いがユーロに似ているという印象でした。スロヴェニアは2007年からユーロを導入しています。500トラール紙幣に描かれているのは建築家のヨジェ・プレチニック(Joze Plecnik)。三本橋や同紙幣裏に描かれている国立大学図書館もプレチニックの作品です。
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夕食。Grand Hotel Union Executive & Businessのレストランへ行ってみました。
野菜スープ -
レバーのロースト
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「お勧め」の仔牛のカツレツ(KOTLET)
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ティヴォリ公園(Park Tivoli)。
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この公園もプレチニックの作品です。
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ティヴォリ城のある丘には遊歩道が巡らされています。
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ティヴォリ城(Tivoli grad)
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ティヴォリ公園に接して立つセルビア正教会(Pravoslavna cerkev)
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午後で人もまばらな市。場所は不明になってしまいました。
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ホテルの部屋へ戻って、窓から。裏の建物はスロベニア放送協会(Radiotelevizija Slovenija)
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夕食。今晩もGrand Hotel Union Executive & Businessのレストランへ。
トマトスープ -
また食べたくて来たレバーのロースト
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子羊のロースト
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デザート
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