2009/05/16 - 2009/05/16
290位(同エリア2204件中)
ゆっきさん
小江戸・川越散策に出かけました。
川越市役所前の駐車場に駐車し、散策開始!
まず最初に行ったのが、川越のシンボル 時の鐘
そして、一番街通りの風情ある街並みを、雰囲気を楽しみながら
の〜んびりと歩き、蔵造り資料館では、蔵造り家屋の中の様子を見学しました。
その後、菓子屋横丁に行って、たい焼きや焼きたてお煎餅を食べました。
一つ残念だったのが、川越城本丸御殿が保存修理工事で見学できなかったこと。(平成23年3月まで見学できないとは・・・)
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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川越のシンボル・時の鐘が見えてきました。
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時の鐘です。
意外とこじんまりしているなぁ〜という印象でした
が、味がある建物でした。
現在の鐘楼は、明治26年(1893)の川越大火の翌年に再建されたそうです。
1日に4回程、鐘をならしているそうですが・・・
今回は聞くことが出来ませんでした(^^ゞ -
さすがに、中には入れないようになってました。
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蔵造りの建物
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炭の置物。
犬・猫・兎 そしてふくろうの置物がありました。 -
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人だかりしているまめ屋川越店
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これ何だろう?
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黒い建物の亀屋
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お客さん待ちの人力車の車夫
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川越の街並みにマッチする人力車
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「蔵の街の銀行」埼玉りそな銀行川越支店
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川越市蔵造り資料館がありましたので、入ってみることにしました。
蔵造り資料館は、明治26年(1893)の川越大火直後、類焼を免れた数軒の蔵造り建物や東京の日本橋界隈の商家を参考に、当時煙草卸商を営んでいた小山文造(屋号「万文」)が建てたものだそうです。 -
万文の荷箱車
万文が小売店に煙草を配達する際に使われたもので、荷箱の側面には大きく「万文」の文字が書かれていたそうです。 -
腕用喞筒
西洋式喞筒がわが国に登場したのは、1860年の神奈川の外国人居留地が初めてである。その後明治時代になって外国から次々と購入されたが、非常に高価なものであった。1874年になってフランス型をモデルとした国産初の手押喞筒が完成すると、消防組には喞筒を必ず配置するようになった。この腕用の喞筒はその後長く使用され、消防ポンプ自動車の時代になっても村の消防団などで活躍したそうです。 -
蔵造り資料館(旧万丈)に上がってみました。
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二階へあがる階段です。
結構、急な階段です。 -
蔵造り資料館の蔵
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店蔵の2階
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二階へあがる階段
こちらもやはり急な階段です。 -
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2階の窓から見た眺め。
向かいのお煎餅屋が見えました。 -
菓子屋・駄菓子屋がひしめく菓子屋横丁にも行ってもました。
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「これにしよっか!」
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老若男女、みな買い食いしていました(笑)
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再び一番街に戻ってきました。
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豚の親子が散歩中(笑)
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グレーのポストです。
街なみにあわせているのでしょうか・・・ -
最後に、蔵通り街なみとレトロバス眺めて、小江戸・川越をあとにしました。
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