2003/03/30 - 2003/04/03
23132位(同エリア27512件中)
重兵衛さん
平成15年春,休暇を利用して韓国に行って来ました。私は海外旅行は8年前に韓国に行ったきり。
そのときは,字も読めず,何も分からないまま1週間位を過ごしました。その後,また行きたいと思ってハングル語の収得を志したり(挫折したが),韓国についての本を読んだりしましたが,結局8年間行くことはなかった。そういうわけで,あこがれの韓国についに行ってきたという感じです。
今回のテーマは仏の道と世界遺産巡り。結局やることは国内旅行と一緒です。
日本の仏教が,聖徳太子の時代より前に,半島を通してもたらされたのは,周知の事実である。その影響を受けて,聖徳太子の法隆寺や,奈良仏教文化が花開いた。その後は,直接中国やインドから取り入れたりもしたが,仏の道という点で,ルーツは同じといえよう。そういうことで,韓国の仏に触れることは,「日本の仏に触れるのと同じ」という強引な理屈で,寺巡りをして参りました。
1 海印寺(ヘインサ)
海印寺の由来はよくわからないが,ここが世界遺産として有名なのは,やはり八万大蔵経であろう。ここで価値があるのは,大蔵経の印刷物ではなく,版木。私が行ったときには,貸出中で残念ながらなかった。
この八万大蔵経は,高麗のとき,元からの侵攻を防ぐために仏の加護を借りる目的で作られたとか。海を隔てた日本ですら,神風頼りで祈祷をしていたというから,元の恐ろしさというのはよほどのものであっただろう。この版木は,当初ソウルの北西の江華島にあったらしいが,現在では韓国のほぼど真ん中の山の中。どうやってここまで版木を運んだのかは今もって謎だそうである。
また,この版木を納めている経蔵は,日本の正倉院と同様,高床式で,この建物とこの山の気候が版木を現在まで長らえさせた。高温多湿の日本なら,すでに朽ち果てているかもしれない。
2 仏国寺(プルグクサ)
慶州にある韓国有数のお寺。仏国寺の由来は古く,6世紀だそうである。時代は新羅。仏教文化が発展した時代である。
司馬遼太郎の「街道をゆく」では,新羅が滅ぼした百済の文化の影響と書かれているが,いずれにしても,その壮麗さには目を見張るばかりである。
もっとも,現在の仏国寺は,最盛期のものではなく,17世紀の再建である。これは,豊臣秀吉の起こした侵略戦争・慶長・文永の役(壬辰倭乱)で,すべて焼き払われたためである。その時代は李氏朝鮮であるが,李朝では儒教が国教で,仏教は,弾圧がされたこともあるが,仏国寺はこれほど立派に再建されたということは,それなりに格式のある寺なのだろう。
私が行ったのは,朝早くであったから,観光客は少なかったが,それでも日本の団体さんが2組ほど来ていた。
3 石窟庵(ソックラム)
ここは仏国寺の子院のようなもので,石窟の中に石仏が彫られている。この石窟を形作る岩は,人工的に積み上げたものとおもわれるが,あれだけ巨大な石をどのようにして石窟を作るだけ積み上げたかは謎である。
何でも,郵便配達員が,雨宿りしていたときに発見して,それを日本軍が公園のように整備したとか。なぜ日本軍がこの石窟庵を大事にしたのかも謎である。文字通り,仏心を出したのか,防空壕にでもするつもりだったのか。
なお,内部保護のため,中は撮影禁止。石窟の入り口はお堂で覆われている。
4 昌徳宮(チャンドックン)
ソウルにある離宮の一つで,世界遺産。宮殿というと,どうしても日本のものと比べてしまうが,ソウルにある離宮一つ一つが,京都御所と匹敵するのではないかというくらい立派である。日本の離宮は,庭園はすばらしいが,隠居所ということで,建物は茶室とか質素なものしかないが,韓国の離宮はどこでも政務が執れるように,朝議殿のようなものがある。もっとも,これは,李朝の王室は政治の実権を握っていたのに対し,日本の皇室は,長らくお飾りで,窮乏していたという違いもあるのだろう。
なお,建物は,これも壬辰倭乱で焼かれているので,再建である。秀吉という一人の人物が,韓国では宮殿を焼き,日本ではどえりゃあ宮殿・離宮を造営するというのは,彼の政治観・思想の現れとして考えてみるとおもしろいかもしれない。
庭については,ただ広いだけということで,桂離宮や修学院離宮など日本のほうが凝っていて,私の好みに合う。まあ,首都のど真ん中にあれだけのものがあるというだけでも驚きだが。
それと,京都御所など日本のものと比べて,格段に違うのは,ガイドさん。日本だと,宮内庁の古株といったちょっと年輩のガイドさんのほかに,目つきの悪い(?)皇宮警察が後ろからぴったりマークするが,ここのガイドさんは,若くて美人のおねーさん(残念ながら,写真を撮るのは忘れた。)。警備の人も一応付いてきてはいるのだが,かなりアバウト。
5 宗廟(チョンミョ)
昌徳宮に隣接してある。韓国歴代の王の廟。一人1室が与えられ(?),代が代わるたびに建て増ししていく(多分)。そのため,1棟の建物が長屋のようになって,非常に長い。全部は写真に収まらないのである。
廟の中には位牌が安置してある。また,この場所は韓国儒教では重要な場所とされており,いまでも,儒教大祭が行われる。
正直,なぜここが世界遺産なのかはよく分からないが,もしかするとこの儒教大祭と結びついているのかもしれない。なんと言っても,儒教の信仰は,本場中国ではすでになく,日本ではかけらほどの形しかないから,これを色濃く残すのは,もはや韓国だけである。その意味では,釈迦,キリスト,ソクラテスと並ぶ世界4大聖人の一人孔子の聖地みたいなモンであろうか。ちなみにここも,壬辰倭乱で焼かれた後に再建された。こんなのばっかりで,日本人は,韓国ではちょっと肩身が狭い感がある。
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