2009/07/18 - 2009/07/21
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Leprechaunさん
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1日目
長楽路-延慶路-東湖路-襄陽公園-淮海中路-茂名南路-徐家匯天主堂
昼食:滄浪亭
夕食:紅房子西菜館
2日目
陸家嘴-南京東路
昼食:燕雲楼
夕食:1931
3日目
小桃園清真寺-蓬莱路-南浦大橋
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー
- 航空会社
- 大韓航空
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今回は錦江飯店北楼(Cathay Mansions,1929)に宿泊。改装中のためか、格安で泊まれました。AM9:00〜PM7:00の間は騒音が出ます、ということでしたが問題ありませんでした。噂の地盤沈下も・・・。
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北楼の内装の一部はこの様な感じです。董竹君という女性実業家が買い取って開業したということで、ドアのデザインなど、至る所に竹のデザインが施されている。
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右は貴賓館と呼ばれる錦江飯店中楼(The Grosvenor House,1935)。外観も値段も圧倒的な迫力。各国元首や中国の指導者らを数多く接待してきたそうです。
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(左上)錦江飯店西楼,南楼側(1935)
(右上)錦江飯店西楼,北楼側(1935)
(左下)錦江飯店南楼(1965)
(右下)小礼堂(ガーデンを挟んで) -
長楽路と茂名南路の交差点にある蘭心大戯院(Lyceum Theatre,1931)。上海での話劇の中心であったそうです。
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フランス租界、プラタナス並木が続く長楽路。陜西南路と襄陽北路の間あたりの眺め。
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長楽路と襄陽北路との交差点、改装中の襄陽大楼のあたり。鶏を絞めていた・・・。
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長楽路から延慶路へ入ります。中央やや左がコロンビア・アパート。
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延慶路に入ってすぐあたり、油条のお店。この辺りはローカルな雰囲気。
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延慶路にある里弄、「大福里」。この通りはカーブして常熟路にぶつかります。
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プラタナス並木が続く東湖路に入ります。
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東湖賓館は上海暗黒街のボス、杜月笙の別邸(1934)でした。
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別荘建築となっている東湖賓館7号楼(1925)。こちらの方が敷地が広い。
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朝の襄陽公園で見かけた、路面書かれた漢詩。水をつけた筆で書いている人がたくさんいる。
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朝の襄陽公園、こちらは太極拳。合気道のようなことをやっている人もいました。
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淮海中路と茂名南路の交差点にある国泰大戯院(Cathay Theatre,1932)。現在でも現役の映画館。ハリー・ポッターを上映中。
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茂名南路にある新式里弄、霞飛坊(淮海坊,1924)。魯迅の夫人、許広平は魯迅の没後すぐにここに住んでいたそうです。
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茂名南路と南昌路の交差点にある南昌大楼(Astrid Mansions,1933)。V字型に建てられている。
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茂名南路にある新式里弄、霞飛坊(淮海坊,1924)。外観は改装中でしたが、中は整然としていました。
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淮海中路、国泰大戯院の並びにあるエッグタルトのお店。購入してホテルで食べた。
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蘇州麺のお店。1Fはローカルな雰囲気。食券を買い、店員に渡して席について待ちます。席への案内は、もちろんありません!
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スープはあっさりとした蘇州麺。別に出てくる具を乗せて食べると絶妙。写真の具は牛肉とセロリ炒め。
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最近日本にも進出したH&M。思南路と淮海中路の交差点にある重厚な建物(益民商廈?)に入っている。B1-5Fまであり、品数も豊富。上海の夏は思った以上に暑く、大量に汗をかいたのでアバクロのデザインにそっくりな?Tシャツを購入、ちょうどよかった。
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淮海中路から復興公園へと向かう雁蕩路の角にある永業大楼(1932)。1Fには中国工商銀行が入っている。
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上海最大のカトリック教会、徐家匯天主堂(1910)。逆行で写真はうまく撮れず。
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花園飯店(オークラガーデンホテル上海:Garden Hotel Shanghai,旧フランス・クラブ,1926)。茂名南路を挟んで宿泊した錦江飯店に隣接。
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花園飯店前のガーデンから眺める錦江飯店中楼(貴賓楼)と新錦江賓館(錦江タワー,1989)。
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陜西南路にある上海風フランス料理店の紅房子西菜館。淮海中路にも別館がある。改革解放前までは、洋食といえばここか徳大西菜社と言われていたそうです。
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左上の自家製マヨネーズであえたポテトサラダと左下のボルシチ(Russian Soup)は上海の家庭料理にもなっているとか。右上は当時上海には無かった食用カタツムリの代用として蛤を使っていたという「エスカルゴ」、現在の名前は「蛤のエスカルゴ風」。これに右下のビーフステーキを頼むと定番の組み合わせ。徳大西菜社でも同じようなメニューを食べた。
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陝西南路駅3番出口の銅像「電話をかける少女」は電話機がなくなったこともある。上海市内のあちこちで、このての銅像がみられる。
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地下鉄陸家嘴駅を出た所、東方明珠塔の下あたり。観光目的を兼ねた2階建て路線バスが走っていたが、この時期は暑そうだ。冷房は効いているのかな?
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濱江大道にある川沿いの公園からの眺め。ちょうど星巴克(スターバックス)の前あたり。ここからの眺めがお気に入り。天気には恵まれたが、暑すぎる・・・。
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黄浦江を挟んで、船の後ろに見えるのがアール・ヌーボー様式の気象信号塔(外灘信号台,1907)。徐家匯天主堂の近くにあった天文台からの気象情報を信号旗で示していたそうです。
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南京東路、中央が改装中の和平飯店北楼の緑色の屋根。お昼は燕雲楼(1941)で北京ダックをいただく。
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茂名南路、プラタナス並木の裏に見えるのは錦江飯店西楼。フランス租界らしく、ウィンドウ・ショッピングを意識した店舗が連なる。
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茂名南路沿い、南昌路を渡って右手にあるレストラン「1931」。上海が一番輝いていた時代を意識したレトロな内装の中で上海料理をいただきました。店内は写真撮影禁止、お客さんは外国人ばかりで満員でした。予約無しで入ったけど、なんとかなりました。
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帰国日、早起きして初めて乗る8号線の老西門から歩いて南市方面へ。イスラム寺院、小桃園清真寺(1920)へ。
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河南南路から、南市の雰囲気が未だ残るという蓬莱路へ。左に清真飯店とあるのでムスリムが多いのか。
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蓬莱路を更に奥へ進んでいく。だんだん人通りが多くなっていき、生活感が漂ってくる。食欲を誘う朝食の香りが漂う。
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蓬莱路から凝和路を望む。早朝なので下町の生活感があふれている。
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蓬莱路から望雲路を望む。遠くに見えるビルとの対比が上海を象徴しているような気がする。
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蓬莱路で売られる西瓜。西瓜も量り売りのようだ。
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上海最大のモスク、小桃園清真寺(1920)。最近の、新疆ウィグルの騒動とは無縁のように見えるほど、静かではあったが。
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老西門へ向かう途中、復興東路沿いでも西瓜が売られていた。季節柄、あちこちで西瓜をみかけた。
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浦東国際空港へ向かうタクシーの中、南浦大橋上からみえた、来年の上海万博の「中国国家館」。これからテレビでお目にかかることも多いはず。
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