2009/07/20 - 2009/07/20
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morino296さん
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すっきりとしない蒸し暑い日でしたが、比叡山延暦寺の門前町として栄えた坂本を散策しました。
西教寺の猿を楽しんだ後は、琵琶湖を眺めながら山の辺の道を歩き、日吉大社へ。ここでも神猿(マサル)とご対面。
その後は、日吉東照宮、慈眼堂、滋賀院門跡と回りました。
今回の散策は、観光案内所のSさんに教えていただいたお陰で、琵琶湖を眺めながら坂本のまちを楽しむことが出来ました。
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西教寺をあとにして、山の辺の道へ向かいます。
ざっと降り出した雨も上がり、傘を差さずに歩けました。 -
八講堂の千体地蔵尊
消えかけた解説板に書かれていた内容から拾うと、
「比叡山が修行の山で、一般の人の参詣に制限があったため、せめて山麓で日夜論議法要の梵音の聞こえる処に、小さな石像をまつって成仏を祈ったのであろう。近世、田畑を耕作するに際し、入鍬ごとに地蔵尊が出てきたので、誰言うことなしに、ここに集められたのがこの千体地蔵尊である。」そうです。 -
千体地蔵尊は琵琶湖の眺望が良い高台に並んでいます。
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山の辺の道から望む琵琶湖
生憎の空模様で写真としては良くありませんが、雰囲気だけでも。 -
山の辺の道
誰も歩いておらず、ちょっと不安? -
山の辺の道
さらに進むと日吉大社の森に続きます。
この両側には、日吉古墳群が広がります。(立ち入り禁止) -
日吉大社 東本宮の参道の猿の霊石
猿が座った形に見えますね。 -
日吉大社 東本宮の楼門
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日吉大社摂社 樹下神社本殿
日吉大社の狛犬は、軒下に安置されているのですが、その理由は、木製だからだそうです。
三間社流造、檜皮葺き。文禄4年(1595)に建てられました。華やかな錺金具が豪壮な桃山時代の気風を良く表しています。御神座の真下に霊泉があります。(HPより) -
日吉大社 東本宮本殿
『神道秘密記』によれば、西本宮よりも早くからご鎮座していましたが、社殿はなかったとあり、古い形態を残していたことが伺えます。西本宮の次に建てられた当初の社殿は小規模で平安時代の相応和尚の頃に現在の日吉造の様式になりました。
神仏習合の時代では延暦寺西塔の守護神として崇敬されました。(HPより) -
日吉大社 西本宮本殿
天智天皇7年(668)に大和より大己貴神がお招きされ、その時に創祀されました。当時境内には社殿が無く、社殿建立の最初であります。その社殿は小規模なものであり、東本宮が日吉造になってから現在の様式になりました。元亀2年(1571)に織田信長の比叡山焼討ちに遭い焼失しましたが、天正14年(1586)に平安時代の姿そのままに再築されています。床下に明治時代以前に本地仏をお祀りしていた「下殿」と呼ばれる部屋が設けられているのも特徴です。神仏習合の時代では延暦寺東塔の守護神として崇敬されました。(HPより) -
日吉大社 西本宮の楼門
文録4年(1595)に再建されたもので、檜皮葺き、屋根の4隅に「神猿(マサル)」の彫刻があり、蟇股にも特徴が見られます。(HPより) -
日吉大社 西本宮楼門の「神猿(マサル)」の解説もありました。
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日吉大社 西本宮楼門の「神猿(マサル)」
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日吉大社 西本宮楼門の「神猿(マサル)」
愛嬌のある顔をしています。 -
日吉大社 西本宮楼門の「神猿(マサル)」
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日吉大社 西本宮楼門の「神猿(マサル)」
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日吉大社の山王鳥居
総合神門、合掌鳥居とも呼ばれ、この形の鳥居は日吉大社と山王神道の象徴として名高く、その形態に関して仏教的見地から多くの教説が込められています。七本柳と称される琵琶湖畔にも同じ形の鳥居があり、山王祭船渡御の神輿乗船場です。(HPより) -
日吉大社 山王鳥居の近くにて
雨に濡れた杉苔が青々としています。 -
日吉大社 走井橋には臥竜のように杉の枝が伸びています。
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日吉大社 大宮橋(重要文化財)
巨石を組み合わせた重厚な構えの石橋で、大宮(西本宮旧称)に通じる橋であることから、その名がついています。寛文9年(1669)に木造から石造になりました。(HPより) -
日吉東照宮
日吉大社から南へ300mほど。
この階段は、高さがあり、結構きつかったです。 -
日吉東照宮(重要文化財)
この東照宮は、日光東照宮の雛型として造られたもので、豪華さは西日本随一といわれ、関西の日光として知られるそうです。(知ってました?) -
慈眼堂の石仏
天海によって高島市から移された鵜川四十八体石仏のうちの13体の阿弥陀如来座像が並びます。 -
慈眼堂の石仏
石仏の周りには紫陽花が植えられていますが、残念ながら、花は終り、剪定された後てした。 -
慈眼堂の石仏
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慈眼堂の石仏
僅かに残っていた紫陽花と石仏
紫陽花が咲き揃う頃、また訪れてみたいものです。 -
慈眼堂の石仏
13体は琵琶湖を向いて並んでいます。 -
慈眼堂
慶長12年(1607)から比叡山南光坊に住み、織田信長の比叡山焼き討ち後の復興に尽力した天海(慈眼大師)の廟所。 -
慈眼堂の境内
堂建立と同時に整備された石燈籠(江戸時代初期)16基も並びます。 -
滋賀院門跡
延暦寺の本坊で、江戸時代まで天台座主の居所であったたもの。
客殿には、狩野派の障壁画があり、庭園は小堀遠州作として有名だそうですが、時間が遅く見れませんでした。 -
滋賀院門跡から石積みの町並みを歩きます。
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鳥居の向こうに琵琶湖が広がります。
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本家鶴喜そば
享保初年に鶴屋喜八なる人が店を開設し280年もの歴史があるそうです。
http://www.tsurukisoba.com/ -
鶴喜そばでいただいた”とり南蛮そば”
17:20頃、中途半端な時間のためか、待つことなしに食べられました。
きつねそばを注文したのですが売り切れ(残念)。
蕎麦も出汁も美味しかったです。 -
坂本観光案内所(17:40頃)
この日、お世話になったSさん、有難うございました。また来ますよ! -
JR比叡山坂本駅のホームから望む琵琶湖(18時頃)
時々、雨に降られましたが、ほとんど傘も差さずに楽しむことができました。
神の使いである”お猿さま”も楽しむことができ、
石積みの門前町・坂本、散策にはお薦めです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- はんなりさん 2009/07/23 11:42:36
- 涼を頂きました。
- こんにちは〜
作成中に失礼します。
久しく訪ねていない日吉大社や西教寺
坂本の散策ご一緒させて頂き
緑深き風景や
色々な表情様子の神猿に今すぐ会いたいところですが
暮れまでは鳥居はご法度ですので
こちらで楽しませて頂きました。
雨の心配がありましたクライマックスの巡行も滞りなく済み
鉾建てから解体までの作業を通りすがりに毎日横目で〜(苦笑)
暑さ厳しき折ご自愛下さいね。
では〜また
- morino296さん からの返信 2009/07/23 20:32:38
- RE: 涼を頂きました。
- はんなりさん
こんばんは。
いつも有難うございます。
暑さの中、毎日ご苦労様です。
祇園祭の巡行、無事終わって良かったですね。
日吉大社には幾度か行ったことがありますが、
坂本をゆっくり散策したのは初めてです。
はっきりしない天気でしたが、直射日光を浴びずに済みましたので、
その分、楽だったのかも知れません。
西教寺、紅葉のシーズンも行ってみたいと思っています。
お疲れが出ませんように、お大事にして下さい。
morino296
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