角島・下関北部旅行記(ブログ) 一覧に戻る
角島は2度目のツーリングです。<br />一度目の印象は、ナントきれいな処。こんな島が本州にもまだ在るんだ。オーストラリア・メルボルン近くの、ペンギンの島「フィリップス島」を思い起こさすようなきれいな島です。<br /><br />何度来ても、感動できる癒しのアイランドです。

長州路!爆走ツーリング580k(角島?)

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2009/07/12 - 2009/07/12

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風遊

風遊さん

角島は2度目のツーリングです。
一度目の印象は、ナントきれいな処。こんな島が本州にもまだ在るんだ。オーストラリア・メルボルン近くの、ペンギンの島「フィリップス島」を思い起こさすようなきれいな島です。

何度来ても、感動できる癒しのアイランドです。

同行者
一人旅
交通手段
バイク
  • 角島大橋・・資料参照<br />2000年(平成12年)11月3日、角島大橋が完成しました。1780mの延長となる角島大橋は当地特有の白い砂浜とエメラルドグリーンの海士ヶ瀬戸をまたぎ、景観と調和した雄姿は西長門海岸地域随一の景勝地となっています。<br />これまで、離島に架かる通行無料の橋としては日本最長でしたが、平成17年2月8日に沖縄県の古宇利大橋(全長1,960m)が開通したため、現在では2番目の長さとなっています。

    角島大橋・・資料参照
    2000年(平成12年)11月3日、角島大橋が完成しました。1780mの延長となる角島大橋は当地特有の白い砂浜とエメラルドグリーンの海士ヶ瀬戸をまたぎ、景観と調和した雄姿は西長門海岸地域随一の景勝地となっています。
    これまで、離島に架かる通行無料の橋としては日本最長でしたが、平成17年2月8日に沖縄県の古宇利大橋(全長1,960m)が開通したため、現在では2番目の長さとなっています。

  • 橋の中間に数台停車できるパーキングがあります。

    橋の中間に数台停車できるパーキングがあります。

  • 橋の手前にある「西長門リゾートホテル」<br />このホテルからの眺めも絶景です。<br />http://4travel.jp/traveler/abc619/album/10205885/

    橋の手前にある「西長門リゾートホテル」
    このホテルからの眺めも絶景です。
    http://4travel.jp/traveler/abc619/album/10205885/

  • 何もない島ですが、唯一見学出来る「角島灯台」

    何もない島ですが、唯一見学出来る「角島灯台」

  • 角島灯台は、明治9年に初点灯した総御影石造りの洋式灯台です。日本海側初の洋式灯台で、130年以上経った現在でも、現役で毎日点灯しています。その高さは29.6mで、らせん階段で踊り場まで昇れます。(有料)<br />角島灯台に隣接された灯台記念館は、職員の宿舎だった退息所を利用した施設で、角島の歴史や日本各地にある灯台が紹介されています。灯台長の部屋なども復元されています。

    角島灯台は、明治9年に初点灯した総御影石造りの洋式灯台です。日本海側初の洋式灯台で、130年以上経った現在でも、現役で毎日点灯しています。その高さは29.6mで、らせん階段で踊り場まで昇れます。(有料)
    角島灯台に隣接された灯台記念館は、職員の宿舎だった退息所を利用した施設で、角島の歴史や日本各地にある灯台が紹介されています。灯台長の部屋なども復元されています。

  • 明治9年にイギリス人技師によって建てられ、この島のシンボルとなっている角島灯台(記念館含む灯台参観料大人150円、小人20円)からは開放感溢れる大自然を、今春リニューアルした「角島灯台記念館」では、角島の四季や灯台の歴史を資料・映像で学ぶことができる。

    明治9年にイギリス人技師によって建てられ、この島のシンボルとなっている角島灯台(記念館含む灯台参観料大人150円、小人20円)からは開放感溢れる大自然を、今春リニューアルした「角島灯台記念館」では、角島の四季や灯台の歴史を資料・映像で学ぶことができる。

  • 「角島灯台記念館」では、角島の四季や灯台の歴史を資料・映像で学ぶことができる。

    「角島灯台記念館」では、角島の四季や灯台の歴史を資料・映像で学ぶことができる。

  • 角島灯台に隣接された灯台記念館は、職員の宿舎だった退息所を利用した施設で、角島の歴史や日本各地にある灯台が紹介されています。灯台長の部屋なども復元されています。

    角島灯台に隣接された灯台記念館は、職員の宿舎だった退息所を利用した施設で、角島の歴史や日本各地にある灯台が紹介されています。灯台長の部屋なども復元されています。

  • 「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー<br /> R・H・ブラントンは、1841年12月、イギリス海軍の艦長の息子としてスコットランドのアバディーンという街で生まれた。<br /> 鉄道会社の土木首席助手として鉄道工事に従事していたが、イギリス政府から日本政府雇いの灯台技師の選定を任されていた有名な灯台建築家スチーブンソン兄弟に1868(明治元)年2月に明治政府の雇い灯台技師として採用された。日本に出発する3ケ月前に灯台建設と光学、その他の機械装置の知識を習得、更にイギリス各地の灯台を訪れ、実地の技術習得につとめた(当時、イギリスでも灯台建設の専門家が不足していたという時代背景がある)<br /> 1868(明治元)年8月、26歳の時に妻子を伴い、2人の助手と共に来日した。1876年まで日本に滞在していた8年間の間に、いろいろ困難な条件のなかで日本全国の沿岸に30余りの主要灯台を建設して、日本の灯台システムを確立した。<br /><br />資料参照<br /><br />

    「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー
     R・H・ブラントンは、1841年12月、イギリス海軍の艦長の息子としてスコットランドのアバディーンという街で生まれた。
     鉄道会社の土木首席助手として鉄道工事に従事していたが、イギリス政府から日本政府雇いの灯台技師の選定を任されていた有名な灯台建築家スチーブンソン兄弟に1868(明治元)年2月に明治政府の雇い灯台技師として採用された。日本に出発する3ケ月前に灯台建設と光学、その他の機械装置の知識を習得、更にイギリス各地の灯台を訪れ、実地の技術習得につとめた(当時、イギリスでも灯台建設の専門家が不足していたという時代背景がある)
     1868(明治元)年8月、26歳の時に妻子を伴い、2人の助手と共に来日した。1876年まで日本に滞在していた8年間の間に、いろいろ困難な条件のなかで日本全国の沿岸に30余りの主要灯台を建設して、日本の灯台システムを確立した。

    資料参照

  • 灯台中間からの「響灘」

    灯台中間からの「響灘」

  • 階段最後はこんな状態、ほぼ垂直。ロープを持って上ります。

    階段最後はこんな状態、ほぼ垂直。ロープを持って上ります。

  • 灯台展望所からの本土方面!

    灯台展望所からの本土方面!

  • リチャード・ヘンリーの祖国スコットランドを模して、英国風ガーデン。

    リチャード・ヘンリーの祖国スコットランドを模して、英国風ガーデン。

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