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新田次郎氏の山に関する本は大体読んでいるので、この映画の原作も確かに読んではいると思うが、もう何十年も前の話しで、内容は殆ど忘れてしまっていた。<br /><br />確か明治の末ころ、日本にも「登山」というアウトドアのスポーツが木暮理太郎氏やイギリス人登山家・ウエストン氏等により導入され、当時未踏峰だった「劔岳」へ三角点道標設置の国土地理院の前身と発足間もない日本山岳会との初登頂争い、と記憶していたが、この競争相手は国土地理院ではなく、陸軍参謀本部、測量部であることが、この映画を観ることによって改めて理解できた。<br /><br />先陣争いは、陸軍測量部が勝ったが、その頂上付近には錆びた錫杖が落ちていて、既にこの山は前人未踏ではなかった。その最後のシーンだけはこの小説の中で、鮮明に覚えている。<br /><br />新田さんの山岳小説では白馬山頂上に石の方向盤を持ち上げた「強力伝」が出色で、この小説は良く覚えていて、先年白馬へ登った際も、新田さんの「強力伝」を思い出しつつ、かの大雪渓を登ったものだった。<br /><br />この「劔岳・点の記」は「強力伝」に較べるとやや色あせたもので、最後の「錫杖」のシーンが強いインパクトで記憶に残っていたが、昨日、この映画を観ることにより、改めて山の厳しさ、険しさ、初登頂の困難さ、人間の精神力の強さを感じたものだった。<br /><br />「点の記」とは、「強力伝」の「方向盤」とは違って、測量をする際の基点となる「三角点」を埋め込み、測量をした結果を「記録」する困難な作業であるが、正確な地図を作成するためには欠かせない作業である。主役の浅野忠信、助演の松田隆平、香川照之は、人々の為に命を賭してまでもその困難な作業をやり遂げる強い意志と、それを支える奥さん役の宮崎あおい等、殆ど初めて見る俳優ではあるが、皆それぞれ好演で、感動的な映画になっている。<br /><br />明治40年、というから日露戦争の始まる4年前の事であるが、当時の参謀本部、陸軍測量部が、日本の地図においてまだ空白になっている部分がこの「劔岳」を中心とした一帯で、参謀本部首脳部とすれば、一刻も早く地図の作成に迫られていたし、尚且つ、日本山岳会も初登頂を目指している中で、帝国陸軍が、民間の登山隊の後塵を拝することは出来ないことだった。西田敏行がその陸軍参謀役で、悪玉の見本としてのキャステイングは似合っていた。<br /><br />5年前に陸軍測量部技官として別山、前剱に三角点道標を設置し、今は引退している役所広司、行者役の大八木勲、山岳会の仲村トオル、お山の総代、井川比佐志、他、皆それぞれ役柄をこなし好演であるが、何と言っても主役の浅野、助演の香川の好演は光っていた。山の厳しさ、夫婦、家族愛、父と子、宗教、自然の偉大で混じりけの無さ。美しさ。救われた命。思わず貰い泣きする場面もあった。<br /><br />測量士技官の柴崎、山案内人の長べえ。この二人の精神力の強さ、山に負けず劣らぬ人間の美しさ。気持ちの純さ。そして大画面の迫力。雪崩の時は、一瞬身を竦めたくなる程の真迫性。山は美しい。終わって暫らく席を立つのが惜しい位の残影感が残っていた。久し振りに見る良い映画だった。<br /><br />思えば今から4年前の2005年7月、「劔岳」直下の山小屋、剱山荘を朝3時に出て、しばらく歩くと、もうカンテラも必要なく、前剱、カニの横ばい、カニの縦ばいも何なく通り抜けたが、劔岳直下の僅か10mの斜めに傾斜しているテーブル石のところで立ち往生。今の登山靴では滑り易く、一度滑ったら、千尋の谷。結局ここを渡り切れずに引き返してしまったが、現実に翌年、初老の女性がこの場所で転落し、一命を失っている。過去にも何人も落命して場所だ。剱山荘もその後雪崩に流され、今はない。<br /><br />映画を観ていて、それ等4年前の出来事が、画面にダブって映る。丁度会社勤務を辞めて4年。日々足腰が弱くなってきているが、あの当時は山歩きも早く、引き返した後、山小屋でリュックをまとめ、別山、大汝山、雄山、一の越と大周回をして室堂に下り、その足で黒部のトンネルを潜って扇沢バス停まで下り降り、大町から松本へ出て、その日の内に小金井の自宅まで帰り着くくらいに元気だったが、今はもうその半分も歩けない。「劔」の山頂からトロッコ、バス、電車を使って、1日で小金井の自宅まで帰ることなど、今では到底考えられないことである。<br /><br />4年前と言ったら僅かな歳月であるが、自分にとってはもう既に、遠い青春の残影を見ているがごとき、山の思い出と、映画の中の感動を胸に収め、映画館を後にした。<br />

「劔岳・点の記」を観る。

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2009/07/03 - 2009/07/03

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10

ちゃお

ちゃおさん

新田次郎氏の山に関する本は大体読んでいるので、この映画の原作も確かに読んではいると思うが、もう何十年も前の話しで、内容は殆ど忘れてしまっていた。

確か明治の末ころ、日本にも「登山」というアウトドアのスポーツが木暮理太郎氏やイギリス人登山家・ウエストン氏等により導入され、当時未踏峰だった「劔岳」へ三角点道標設置の国土地理院の前身と発足間もない日本山岳会との初登頂争い、と記憶していたが、この競争相手は国土地理院ではなく、陸軍参謀本部、測量部であることが、この映画を観ることによって改めて理解できた。

先陣争いは、陸軍測量部が勝ったが、その頂上付近には錆びた錫杖が落ちていて、既にこの山は前人未踏ではなかった。その最後のシーンだけはこの小説の中で、鮮明に覚えている。

新田さんの山岳小説では白馬山頂上に石の方向盤を持ち上げた「強力伝」が出色で、この小説は良く覚えていて、先年白馬へ登った際も、新田さんの「強力伝」を思い出しつつ、かの大雪渓を登ったものだった。

この「劔岳・点の記」は「強力伝」に較べるとやや色あせたもので、最後の「錫杖」のシーンが強いインパクトで記憶に残っていたが、昨日、この映画を観ることにより、改めて山の厳しさ、険しさ、初登頂の困難さ、人間の精神力の強さを感じたものだった。

「点の記」とは、「強力伝」の「方向盤」とは違って、測量をする際の基点となる「三角点」を埋め込み、測量をした結果を「記録」する困難な作業であるが、正確な地図を作成するためには欠かせない作業である。主役の浅野忠信、助演の松田隆平、香川照之は、人々の為に命を賭してまでもその困難な作業をやり遂げる強い意志と、それを支える奥さん役の宮崎あおい等、殆ど初めて見る俳優ではあるが、皆それぞれ好演で、感動的な映画になっている。

明治40年、というから日露戦争の始まる4年前の事であるが、当時の参謀本部、陸軍測量部が、日本の地図においてまだ空白になっている部分がこの「劔岳」を中心とした一帯で、参謀本部首脳部とすれば、一刻も早く地図の作成に迫られていたし、尚且つ、日本山岳会も初登頂を目指している中で、帝国陸軍が、民間の登山隊の後塵を拝することは出来ないことだった。西田敏行がその陸軍参謀役で、悪玉の見本としてのキャステイングは似合っていた。

5年前に陸軍測量部技官として別山、前剱に三角点道標を設置し、今は引退している役所広司、行者役の大八木勲、山岳会の仲村トオル、お山の総代、井川比佐志、他、皆それぞれ役柄をこなし好演であるが、何と言っても主役の浅野、助演の香川の好演は光っていた。山の厳しさ、夫婦、家族愛、父と子、宗教、自然の偉大で混じりけの無さ。美しさ。救われた命。思わず貰い泣きする場面もあった。

測量士技官の柴崎、山案内人の長べえ。この二人の精神力の強さ、山に負けず劣らぬ人間の美しさ。気持ちの純さ。そして大画面の迫力。雪崩の時は、一瞬身を竦めたくなる程の真迫性。山は美しい。終わって暫らく席を立つのが惜しい位の残影感が残っていた。久し振りに見る良い映画だった。

思えば今から4年前の2005年7月、「劔岳」直下の山小屋、剱山荘を朝3時に出て、しばらく歩くと、もうカンテラも必要なく、前剱、カニの横ばい、カニの縦ばいも何なく通り抜けたが、劔岳直下の僅か10mの斜めに傾斜しているテーブル石のところで立ち往生。今の登山靴では滑り易く、一度滑ったら、千尋の谷。結局ここを渡り切れずに引き返してしまったが、現実に翌年、初老の女性がこの場所で転落し、一命を失っている。過去にも何人も落命して場所だ。剱山荘もその後雪崩に流され、今はない。

映画を観ていて、それ等4年前の出来事が、画面にダブって映る。丁度会社勤務を辞めて4年。日々足腰が弱くなってきているが、あの当時は山歩きも早く、引き返した後、山小屋でリュックをまとめ、別山、大汝山、雄山、一の越と大周回をして室堂に下り、その足で黒部のトンネルを潜って扇沢バス停まで下り降り、大町から松本へ出て、その日の内に小金井の自宅まで帰り着くくらいに元気だったが、今はもうその半分も歩けない。「劔」の山頂からトロッコ、バス、電車を使って、1日で小金井の自宅まで帰ることなど、今では到底考えられないことである。

4年前と言ったら僅かな歳月であるが、自分にとってはもう既に、遠い青春の残影を見ているがごとき、山の思い出と、映画の中の感動を胸に収め、映画館を後にした。

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  • 「劔岳・点の記」は、新宿では唯一、このバルト館で上映されている。

    「劔岳・点の記」は、新宿では唯一、このバルト館で上映されている。

  • 場所は新宿通り、伊勢丹の前の交差点を過ぎた右側、画材やの世界堂の隣のマルイビルの8階にある。

    場所は新宿通り、伊勢丹の前の交差点を過ぎた右側、画材やの世界堂の隣のマルイビルの8階にある。

  • 数年前に新装なったマルイに出店しているアイスクリーム店、GROMは今日も大勢の客を集めている。

    数年前に新装なったマルイに出店しているアイスクリーム店、GROMは今日も大勢の客を集めている。

  • この辺り、昔は内藤新宿と言って、甲州道の追分になっていて、江戸時代からの賑やかな町であった。新宿通りを真っ直ぐ行くと、四谷の大木戸(現四ッ谷駅、上智大学)、半蔵門(服部半蔵屋敷)を通り、江戸城内に通ずる大通りだった。今はTimes Squer などが出来ている。 

    この辺り、昔は内藤新宿と言って、甲州道の追分になっていて、江戸時代からの賑やかな町であった。新宿通りを真っ直ぐ行くと、四谷の大木戸(現四ッ谷駅、上智大学)、半蔵門(服部半蔵屋敷)を通り、江戸城内に通ずる大通りだった。今はTimes Squer などが出来ている。 

  • 映画「劔岳・点の記」は、大画面での映像の美しさ、山の美しさ、自然の厳しさを余すところなく映し出している。

    映画「劔岳・点の記」は、大画面での映像の美しさ、山の美しさ、自然の厳しさを余すところなく映し出している。

  • 山の魅力。「劔岳」は、いつ、どこから見ても美しい。

    山の魅力。「劔岳」は、いつ、どこから見ても美しい。

  • 雪渓の中、登頂路を探すために苦難している柴崎、長べえ、の登山隊。

    雪渓の中、登頂路を探すために苦難している柴崎、長べえ、の登山隊。

  • 映画の中の1シーン。

    映画の中の1シーン。

  • 雪と紅葉。

    雪と紅葉。

  • 余韻を残し、映画は終了する。

    余韻を残し、映画は終了する。

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