2009/05/05 - 2009/05/05
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ライオンベラーさん
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(9 http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10343866/ の続きです。)
予定では、今日は1日かけて新潟めぐりをする日です。
出発前に、少し調べてみましたが、あまりこれといった観光の目玉のようなものはありませんでした。
それまでの印象では、昔から新潟は日本海側の中心都市として、栄えてきて、今でもそのような歴史的遺産(いさん)のようなものが数多く残っている・・・と思っていました。
事実、今でも日本海側の中心都市はどこだと思いますかと尋(たず)ねられれば、ほとんどの人が、この新潟を挙げるでしょう。
人口は福岡に次いで2番目ですが、福岡は九州の中心都市としての印象が強くて、位置的にも西の方になるので、やはりここ新潟こそが、日本海側を代表するような、中心都市だといえるでしょう。
現在の人口は53万人で、日本で22番目です。
これは京都や神戸の3分の1、福岡の5分の3ほどの人口規模(きぼ)になります。
さあ、そんな新潟の様子を知るために、さっそく街に繰り出してみることにしましょう。
まずは、地理的な様子を知るために、高いところに登ってみることにしました。
最初はレインボータワーです!
うきうき、るんるんとした気持ちになってきました。
(5月5日の旅です。)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
-
レインボータワーです。
心がときめいてきました。 -
チケットを買いました。
全部で十数人ぐらいの人たちが、次の搭乗を待っていました。
あの輪の部分が展望室です。
回転しながら降りてきています。 -
だんだん、だんだん降りてきます。
わくわく、どきどき・・・ -
うわあ、もうすぐ到着です!
-
やった〜、到着しました。
ほとんど満員のようです。
乗っていた人たちがすべて、降り終わってから私たちが乗り込みます。 -
うわあ、どんどん登っていきます。
写真は新潟駅方面(南東)です。
写真中央の左右に伸びている白い屋根の部分が、JR線です。
上越新幹線は写真右(西)から入ってきて、ここが終点になります。
ここから2時間〜2時間半で東京に着きます。
-
こちらは、北方です。
ああ、カメラのSDカードの容量がいっぱいになってしまいました!
入っている画像を削除していかなければ、新しい写真が撮れません。
これまで撮った写真のうち、要らないものを選んで消していくしかありません。
展望室はどんどん昇っていきます。
10分ほどで頂上に着いてしまいます。 -
ああ、ああ、早く消さなければ・・・
あ、やっと、また一枚撮れそうです。
カシャ!
あれあれ、数枚消したのに1枚しか撮れません。
早く、もっと消さなければ・・・
本当に要らないものだけを選ばなければなりません。
間違えて要るものを消してしまってはいけません。
あああ、残しておきたい写真ばかりです。 -
お、また1枚撮れそうです。
カシャ!
どうも、同じ方向ばかりを撮っているようですが・・・
こんなことをしていては、せっかくの景色を見ることができません。
もうすぐ頂上に着いてしまうようです。
もう、写真はあきらめて、じっくり景色を楽しむことにしましょう。
左側の大きな川は日本一長い信濃川で、中央に見える高いビルが朱鷺(とき)メッセです。 -
タワーを降りてきました。
12時を過ぎました。
しばらく、ここでSDカードを整理することにしました。
それにしても、このような細い塔をするすると(実際には、ぐわぐわぐおーんと)昇ってきたとは、実に信じられないような気持ちです。
塔の高さは100mだそうです。 -
ぐわうわぐわ〜んと、ゴンドラが降りてきました。
-
だんだん、だんだん降りてきました。
-
もうすぐ到着です。
-
すごい迫力です。
-
朱鷺(とき)メッセにやって来ました。
-
近くに海産物市場がありました。
-
朱鷺(とき)メッセの展望階に昇ってきました。
西向きです。
手前を流れるのが信濃川です。
向こうに日本海が見えます。
中央に見える高いビルがNEXT(ねくすと)21です。
先ほど昇ったレインボータワーやJR新潟駅は信濃川のこちら側で、この写真の左外になります。
今いる、朱鷺メッセが新潟市内で最も高い建物です。(この展望室は125m) -
北西向きです。
写真の左にNEXT21が見えています。
昔の新潟は、この信濃川の西側の地域が中心だったようです。
JR新潟駅は信濃川の東側(この写真の左外)にあります。
駅ができてからは、東側が発展してきました。
レインボータワーも東側(駅側)にあります。 -
北西向きです。
謙信や景勝の時代は、この写真のあたりは阿賀野川の河口で、信濃川の河口はこのもう少し左だったようです。
信濃川西岸(写真左外)が新潟津、阿賀野川東岸(写真右外)が沼垂(ぬたり)津、そして両河川の間(写真中央から左)が蒲原(かんばら)津だったようです。
当時はここは上杉の領地でしたが、謙信の死後3年ほどしてから、織田信長と結んだ新発田重家が、東方(写真右)から攻めてきて、新潟津を占領してしまいました。
1581年のことでした。 -
北向きです。
中央の建物は佐渡汽船の発着場です。
そのずっと向こうに、敦賀(つるが)、新潟、秋田、北海道を結ぶ、新日本海フェリーの発着場があります。
謙信や景勝の時代は、阿賀野川は、この写真の右から流れ込んできて、正面の日本海に注いでいました。
今は、阿賀野川の河口はこの5kmほど東(右)です。
この写真の左半分ぐらいは陸地(蒲原(かんばら)津)で、信濃川は、その左に注いでいました。 -
新発田重家の拠点は、この25kmほど東(右)にある新発田城(新発田市)でした。
1581年に、重家は織田信長の上杉・武田包囲網に加わって、写真の左にあった新潟津を支配しました。
信長は1582年、甲斐(かい)の武田氏を滅ぼし、魚津城(富山県)を占領し、上杉景勝を追い詰めました。
このとき上杉景勝は、信長と重家に包囲され、窮地(きゅうち)に立たされました。
そのとき本能寺の変が起こり、信長が没しました。 -
南向きです。
中央部の左右に細長い白い部分がJR新潟駅です。
昨日の宿はその駅のすぐ向こう側でした。
1582年の信長の死後、5年間、新発田重家と、上杉景勝との間で、ここ新潟をめぐる争いが続きました。
この写真のあたり一帯は重家の支配下で、景勝は写真のずっと右(西)の方から攻め続けていました。
そして、5年後の1587年、ついに景勝は重家を破り、越後(新潟県)を平定しました。 -
朱鷺メッセを下りました。
駐車場に行く途中にこのような全国の有名ラーメン店を集めたところがありました。
来るときに通って、是非食べてみたいと思っていたので、立ち寄ることにしました。
混雑していたということもありましたが、注文してから出てくるまで、とても長かったので、うんざりしました。
そのため味も、それほど特別に美味いとは、感じられませんでした。
時刻は2時になりました。 -
次に、みなとぴあ新潟市歴史博物館に行ってみました。
ここは撮影OKということでした。
展示をゆっくり見て周ろうとしていたら、ビデオが始まるということで行ってみました。
でも、ほとんどありふれた観光案内のようなものでした。
展示についても、地元の人は面白いかも知れませんが、私たち観光者にとっては、地元の細かいことばかりに終始せずに、もう少し大きな視点で、全国的な歴史と関連付けながら、解説して欲しいと思うものばかりでした。 -
これは昔の、宴会(えんかい)料理です。
-
外に出てきました。
東向きです。
みなとぴあの外から信濃川を見ています。
こちらが西岸で、対岸が東岸です。
この船は佐渡ヶ島行きでしょうか。 -
ずっと昔に、職場の旅行で、新潟空港から佐渡ヶ島に渡ったことがあります。
そのときは新潟までは飛行機で来たのでしょうか?
確か、帰りは電車だったと思いますが、昔のことなので思い出せません。
だから、新潟は今回で2度目ということになりますが、市内を回るのは、これが初めてです。 -
南東向きです。
この建物が朱鷺メッセで、先ほどはあの上からこちらを見ていました。
その左あたりに、市場やラーメン店街がありました。
この右あたりがJR新潟駅です。 -
後ろを振り返ったところです。
この左の建物が新潟市歴史博物館です。
信濃川は写真の右を流れていて、この写真の向こうが日本海です。 -
そのまま信濃川の河口に向かって車で移動しました。
南東向きです。
船がいるところは信濃川で、この左が河口になります。
青いビルの向こうあたりが朱鷺メッセです。 -
手前に階段が見えている建物がこれから行こうとしている「入船みなとタワー」です。
-
入船みなとタワーです。
ここは入館無料です。
とりあえず、階段を昇ってみましょう。 -
ト、ト、ト、ト、ト・・・ (← 階段を昇る音)
-
西向きです。
うわぁ、素晴らしい・・・。
この右が信濃川の河口です。
昔はこの海には、たくさんの米俵(こめだわら)やら、日本海岸各地の特産品を積んだ船がいて、北方や西方に行き来していたことでしょう。
時刻は4時になりました。 -
こちらは南西です。
左に朱鷺メッセ、右にNEXT21が見えます。
朱鷺メッセの下に信濃川が流れています。
JR新潟駅は朱鷺メッセの向こうの方です。
昔はこの写真のあたりが新潟津として栄えていました。 -
南東です。
左奥の白い船が、新日本海フェリーでしょうか。
舞鶴と北海道を結んでいます。
この写真の右に朱鷺メッセがあります。
何と、この川の対岸(写真左外)には、ここと同じ施設があって、それを山の下みなとタワーというそうです。
そちらにも昇ってみたいと思うのですが、他も周りたいのでやめておきましょう。 -
この左の大きな白い船で、舞鶴から北海道に行けるようです。
でもまる1日以上、乗り続けなければならないし、車を積めば、運賃も相当かかってしまいます。
ここ新潟港は、江戸末期に開港した5港のうちの1つで、その後も、中国大陸への開拓団を運んだり、ロシアや北朝鮮の貿易船を受け入れたりと、重要な港であり続けてきたようです。
現在はここは新潟西港で、この10数キロ東にコンテナ船用の新潟東港が整備されているようです。 -
みなとタワーを出た後、水族館マリンピア日本海に行ってみました。
5時までとなっていたので急いで行ってみましたが、着いたのが5時前で、もう入館できませんでした。
そのとき駐車場は満車状態だったので、たとえ入れたとしても、中は混雑して大変だったでしょう。
その後、日本海タワーにも行ってみましたが、ここも閉館でした。
そこで、東北電力ビッグスワン(写真)に行ってみることにしました。 -
ビッグスワンです。
ここは2002年日韓ワールドカップの舞台にもなったところです。
今日の日中に試合があったので、つい数時間前まではここは、人でいっぱいだったはずです。
今はほとんど誰もいませんでした。
しばらくあたりの公園を散策してみることにしました。 -
きれいな庭園です。
-
ビッグスワンの屋根が少し見えています。
-
ここは市街の南にあります。
この鳥屋野潟という池の向こうに、NEXT21などの建物が見えます。 -
だいぶ暗くなってきました。
時刻は6時45分です。
地図を見ると、亀田が近かったので、行ってみることにしました。
私たちのところでも、亀田のあられやおせんべいがよく流通していて、昔からよく食べていたので、どんなところか見ておきたかったからです。
行ってみると、工場は大きなショッピングモールの隣でしたが、暗くてよくわかりませんでした。 -
入船みなとタワーに昇りましたが、もう一つの山の上みなとタワーが気になっていたので、もう一度行ってみました。
でも、遅くなったので、昇るのはあきらめました。
そして、信濃川の河口をつなぐ、新潟みなとトンネルを走ってみました。
ここは最近できたようです。
850mあるそうです。
まるで、東京湾の海底トンネルのようで、ここも、それに似た気分を味わうことができました。 -
明日、春日山城を訪れることにしたので、少し時間をつぶさなければなりません。
暗くなってきたけど、このまま海岸を走ってみることにしました。
先ほど訪れた水族館の前を通過しましたが、もう、車はだいぶ少なくなっていました。
そのまま西に走り続けました。
何と、走っても走っても、海水浴場が続いています。
おお、これは驚きです。
延々と続いています。 -
新潟がこんなところだとは知りませんでした。
ここを走ってみてそれがわかってよかったと思いました。
面白いとおもいました。
柏崎のあたりで北陸自動車道に入りました。
米山SA(サービスエリア)に到着しました。
今夜はここで休みます。
時刻は10時になろうとしています。
それにしてもすごい車です。
駐車スペースはいっぱいで、それ以外のところも車であふれています。
何とか停めることができました。
明日は春日山城です。
旅もいよいよ最終日になります。
今日までの旅をいろいろと思い起こしながら・・・
では、グッナイト(おやすみなさい)!
(11 春日山城 http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10346192/ に続く)
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