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矢板市の木幡神社のご紹介です。<br /><br />木幡神社は平安時代初期に坂上田村麻呂が、蝦夷征伐の戦勝祈願のために建立したと伝えられています。艶やかな朱色が目立つ楼門と本殿は室町時代中期、この土地の土豪であった塩谷氏の時代に建造されたものです。主催神は、正哉吾勝勝速日天忍穂耳命(マサヤアカツカチハヤヒアメノオシホミミノミコト)です。<br /><br />この時代、塩谷氏の氏神として祀られていた木幡神社ですが、源頼朝が建久四年(1193)に那須で巻狩りを行った際に愛犬が病気になり、この神社に祈願し治った事から犬の神様としても信仰されているそうです。<br /><br />境内には大きな杉の木が何本も存在します。その杉の木に囲まれるように本殿は存在します。もう1つ、この境内で目を引くのが東照宮から移された鉄灯篭です。この灯篭は徳川家康の供養のために松平土佐守藤原忠義が日光東照宮に寄進した物で、中に銘が彫ってあるそうです。東照宮から木幡神社への移設に関しては記録が残ってないのですが、損壊や亀裂が灯篭に見られることから地震等によって東照宮と深い縁のある木幡神社に移されたとの見方が濃いようです。現在の灯篭は修復されてここに置かれています。<br />

木幡神社。

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2007/05/22 - 2007/05/22

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フロッガー

フロッガーさん

矢板市の木幡神社のご紹介です。

木幡神社は平安時代初期に坂上田村麻呂が、蝦夷征伐の戦勝祈願のために建立したと伝えられています。艶やかな朱色が目立つ楼門と本殿は室町時代中期、この土地の土豪であった塩谷氏の時代に建造されたものです。主催神は、正哉吾勝勝速日天忍穂耳命(マサヤアカツカチハヤヒアメノオシホミミノミコト)です。

この時代、塩谷氏の氏神として祀られていた木幡神社ですが、源頼朝が建久四年(1193)に那須で巻狩りを行った際に愛犬が病気になり、この神社に祈願し治った事から犬の神様としても信仰されているそうです。

境内には大きな杉の木が何本も存在します。その杉の木に囲まれるように本殿は存在します。もう1つ、この境内で目を引くのが東照宮から移された鉄灯篭です。この灯篭は徳川家康の供養のために松平土佐守藤原忠義が日光東照宮に寄進した物で、中に銘が彫ってあるそうです。東照宮から木幡神社への移設に関しては記録が残ってないのですが、損壊や亀裂が灯篭に見られることから地震等によって東照宮と深い縁のある木幡神社に移されたとの見方が濃いようです。現在の灯篭は修復されてここに置かれています。

  • 楼門。<br /><br />昔は茅葺きだったそうですが、、木羽葺きにかえたのちに昭和36年から行われた解体修理の際に銅板葺きになりました。<br />神仏混合時代の遺物と思われる仁王立像が左右に安置されていたそうですが、解体修理の際に仁王像を下宮に移し、建築当時の状態に戻しました。。

    楼門。

    昔は茅葺きだったそうですが、、木羽葺きにかえたのちに昭和36年から行われた解体修理の際に銅板葺きになりました。
    神仏混合時代の遺物と思われる仁王立像が左右に安置されていたそうですが、解体修理の際に仁王像を下宮に移し、建築当時の状態に戻しました。。

  • 社務所。

    社務所。

  • 東照宮の鉄灯篭。

    東照宮の鉄灯篭。

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