2008/09/19 - 2008/09/23
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kazuuzooさん
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2008年9月19日:羽田−ソウル−仁川
2008年9月20日:仁川−大連
2008年9月21日:大連−丹東
2008年9月22日:丹東−瀋陽
2008年9月23日:瀋陽−成田
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 船
- 航空会社
- ANA
-
大連の散策をもう少ししたかったのですが、
今回少し遠回りして北朝鮮との国境丹東へ
行くため大連を発つことにしました。
大連駅から道を挟んで各バス会社ごとの
バスターミナルがあり、そこから丹東行きの
バスに乗って一路国境の町丹東へ。
ちなみに写真は途中の休憩所です。 -
大連から3時間半ほどでようやく丹東に到着です。
丹東の駅から歩いて5分くらいのバス降り場から
丹東駅までひとまず歩いてきました。
既に陽も暮れてあたりは薄暗いです…
ちなみに丹東の駅周辺はあまり国境の雰囲気はありませんでした。 -
丹東駅から鴨緑江のそばに移動してきました。
この鴨緑江は中国と北朝鮮の国境です。
今日の宿は鴨緑江沿いのホテルにしました。
宿からはライトアップされた断橋、中朝友誼橋
が部屋から見えました。
ただ、鴨緑江は中国、北朝鮮の国境なのですが
中朝友誼橋のライトアップは橋の途中まで。
多分中国側だけがライトアップされているのだと
思います。 -
ホテルでちょっとのんびりした後、鴨緑江沿い
をちょっとブラブラしました。
朝鮮の民芸品を売る屋台が沢山あったのと、
北朝鮮の国旗が掲げられている店が多かったのが
印象的でした。 -
鴨緑江沿いの広場で地元の人がフォークダンス
のようなダンスをみんなで楽しそうに踊って
いました。
他の広場でも見たのですが、夜になると色々な
ところでダンスイベントが開催されるようです。
この後ご飯食べて、のんびりホテルで過ごしました。 -
翌朝、天気はあまり良くありませんが、
部屋から朝もやの友中朝友誼橋が、そして
その向こうには北朝鮮、新義州の街になります。 -
ホテルから見た丹東の街並みです。ちょうど
鴨緑江から丹東駅のほうをみています。
この後朝ご飯を食べて、早速外に行くことに
しました。 -
鴨緑江沿いを歩いて遊覧船に乗ることに
しました。
遊覧船は8時くらいから出発するのですが、
何せ人が集らないと出発しない様子。
20分くらい待っていたでしょうか!?
中国人観光客の団体さんがきました!
ようやく出発。
まずは遠〜くに丹東の高層マンション群が
見えました。
丹東は駅周辺にはそれほど大きな建物が
無いのですが、周りには沢山の高いマンション
がありました。 -
続きまして北朝鮮側、新義州の工場でしょうか?
煙突が印象的です。
そして、もし工場だとすると・・・う〜ん何を
作ってるんだろ。 -
中朝友誼橋の北朝鮮側の端です。
丹東側の都市部の風景とことなり、
自然がまだ残った風景です。 -
中朝友誼橋、全長946mです。
昨日ライトアップしていたところは中国側だけだったのでしょうか?かなり長い橋です。 -
中朝友誼橋と鴨緑江断橋のちょうど間です。
-
断橋を通過したあたりから北朝鮮側に近づいていきました。
学校っぽい建物です。その前には船が陸地に乗り上げています。ここは鴨緑江の下流になるのでひょっとすると潮の満ち引きでこのようになっているのでしょうか?? -
北朝鮮側の漁師でしょうか?丹東側は川に堤防
を作っているためこのような漁師を見ることは
できません。今日の調子はいかがでしょうか!? -
北朝鮮の国旗の付いた船です。国境警備の船でしょうか??船の上には多くの人が乗っていました。
-
建築現場でしょうか??
ショベルカーがあったり、コンテナがあったり、
トラックがあったり… -
15分くらい経ったでしょうか?
ここで、スタート地点の船着き場へUターン。
その際に鴨緑江の下流方面をパチリ。 -
船の向きが変わったので今度は丹東方面をパチリ。
ホント丹東の街は予想以上に大きな街でした。
あれっ?川の真ん中になんかあります。しかも
ハングル。う〜ん、なんだろ…
と丹東の街を見ていたら船着き場に到着です。
結構北朝鮮のそばまで行けますが、昔はもっと
近くまで行けたそうです。 -
続いて船からも見た鴨緑江断橋を見学。
-
断橋というだけに途中で壊されてます。
ちょうどこの部分ですが、この橋、朝鮮戦争のときに
アメリカの爆撃で壊れてしまったそうです。 -
もともとこの橋鴨緑江橋梁という日本が作った橋です。1911年開通で船が通れるように回転するように作られてました。ちょうど案内の写真があったのでパチリ。
-
となりの中朝友誼橋は今でももちろん現役、車用の道と鉄道の線路が敷かれてます。
ちょうどトラックが通っていきます。このトラックは
中国から北朝鮮に向かっていきます。 -
断橋の入り口には彭徳懐将軍?の記念碑があります。
この記念碑、ものすごく迫力があります。
この後、国境地帯の散策を終了して虎山長城へ向かう
ため丹東駅近くのバスターミナルへ。 -
虎山長城行きのバスは1日に1,2本しか出てないのですが、そのそばの虎山のバス停を通るバスは結構あります。ただ、どのバスか分からずバスターミナルで聞いて乗ったのですが…検札所でチケット買ったら、特に指定席じゃないのに、みんな指定席のチケット持ってる…結局、満席で最初のバスは追い出されました。それまで20分くらい待ってたのに!
ちゃんとチケット売り場で買うことをお勧めします。
なにはともあれ、虎山長城に到着です。 -
この虎山長城、実は最近再建されたものらしいです。
山海関が東端とされていたものが明書をもとにした調査でこの虎山まで長城があった跡があるとのことで、
600m分を再建したのだそうです。
確かにこの建物も見た目から新しいです。 -
麓から長城は山をひとつ越えたところまで続いています。この長城を歩くことができます。が、山頂手前はかなりの旧斜面の階段です。
-
頂上に到着した時にはかなり息が切れます。
すると…そこには飲み物売りが!しかも冷たい
水を売ってます。かなり高いですが…
でも欲望には勝てずその高い水買っちゃいました。
一息ついて、今まで上がってきた道のりを上から
眺めてみます。確かにこれだけ高い所に見張り台
があれば、遠くの敵も一目瞭然です。 -
山頂の見張り台から見た北朝鮮方面の風景です。
ここから北朝鮮の国境はすぐ目と鼻の先です。
この辺はのどかな田園地帯が広がってます。 -
バス停側から山を越えるとこのような長城の端につきます。一応、ここが長城の東端ということでしょうか??
ちなみにこの建物、確か資料館みたいなものになっていたのですが、ゆっくり見る時間がなかったので、そのまま山頂を通らない遊歩道を歩いてバス停方面へ向かいました。 -
本当にここから北朝鮮へはすぐ。この川を渡ればそこは北朝鮮です。このちょっと上流には一歩跨と呼ばれるもっと川幅のせまい場所があります。そこからはこのあたりを船で遊覧するツアーが出てますが、今回は時間がなくて断念。でもこの辺は本当に国境が近いというか川幅がないので、鉄格子などの警備が非常に厳しい気がします。
この後、丹東の街へバスで帰りました。 -
丹東からバスで約3時間半、瀋陽にやってきました。
到着時は夕刻ということでラッシュなのでしょうかそれとも大都市だからでしょうか?かなりの交通量です。さすが遼寧省の省都です。街には、吉野家も伊勢丹もありました。夕刻ということで街の散策もほどほどにホテルにチェックイン。 -
かなり歩きまわったからか、いつの間にか窓もあけっぱなしで寝ていたら、翌朝寒さで目が覚めました。
瀋陽はさすがに内陸だけあり9月ですが朝、6℃まで下がってました。(ちなみに昼間は25℃以上ありました。)
でもおかげで朝焼けの瀋陽をパチリ。 -
瀋陽に到着して1夜があけました。
今日は今回の旅の最終日です。飛行機の時間まで
半日ほど、瀋陽のどこに行こうか悩んで最終的には
瀋陽故宮博物館に行くことにしました。
バスで向かったのですが、瀋陽のバス、バス停には
きちんと路線図があり、どのバスに乗ればいいか結構
分かりやすい!ちょっと中国っぽくない!? -
瀋陽故宮は北京に移る前の王宮で、北京の故宮ほどではありませんが、見学するのにのんびり回ればそこそこの時間がかかります。
-
故宮に入って左のほうにある演舞台です。
左右にある門から入って演舞の準備を行い、食事
を行う場所もあったそうです。 -
続いて演舞台の前にある文溯閣です。
外側から見ると2階建てですが実は3階建の
建物です。 -
これが文溯閣の内部です。3階建なのわかりますか?
-
続いてこの大きな建物。詳細忘れてしまったのですが、確か崇漢閣っていう秘密書庫だった気がします。
-
この建物、名前忘れちゃったのですが、倉庫として
使われていた建物です。 -
故宮の落ち着いた雰囲気の向こうに高いビルが…
なんとなく、過去と現在をまとめたような感じが良くて写真をしかもセピアで撮ってしまいました。 -
続いて大政殿と十王亭です。真ん中の大政殿は皇帝が式典を行う大政殿、そして通路を挟んである赤い建物、方形亭と呼ばれるもので、10軒あります。
この方形亭では貴族や大臣が執務を行った場所です。 -
大政殿の内部です。
-
続いて崇政殿です。
清朝皇帝、太宗ホンタイジが住んでいた時は、この
崇政殿で軍務、政務の処理などを行い、また海外からの使者との応対もここで行ったそうです。北京に都が移った後も皇帝が瀋陽に来た際にはここで執務を行っていたそうです。 -
崇政殿の内部です。
-
鳳凰楼です。
政治に宴に利用された施設です。
この建物の上から見える日の出は昔8大風景の1つに
数えられていたそうです。
ただし、そのほかの7つは分かりません… -
清寧宮です。ホンタイジはここに住んでいたようです。この建物の手前の柱。神竿と呼ばれる柱で祭り
のさいには食糧を上にある皿に入れてカラスにあげて
感謝を表していたそうです。 -
清寧宮の内部です。
故宮の見学に時間を使いすぎて、急いでタクシーで空港に向かいました。なんとか飛行機に間に合いました。帰りはやはり北朝鮮上空は飛べないので大連を迂回して成田へと向かいました。
北朝鮮も将来自由に旅行できるようになると良いのですが…
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