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伝馬町牢屋敷跡

平成19年 吉田松陰先生終焉の地

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2009/03/17 - 2009/03/17

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研博さん

伝馬町牢屋敷跡

  • 日本橋小伝馬町1丁目「十思公園」。<br />かつて、「伝馬町牢屋敷」があった場所。

    日本橋小伝馬町1丁目「十思公園」。
    かつて、「伝馬町牢屋敷」があった場所。

  • 安政六年(1859)10月27日、この付近で吉田松陰が斬首された。

    安政六年(1859)10月27日、この付近で吉田松陰が斬首された。

  • 「松陰先生終焉の地」<br />

    「松陰先生終焉の地」

  • 吉田松陰辞世の碑<br />「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも<br /> 留め置かまし 大和魂   十月二十五日 二十一回猛士」<br /><br />「今、吾国の為に死す。死して君親に背かず、悠悠たり、天地の事、鑑照明神に在り」<br /><br />国許の家族宛の手紙に記した、<br /><br />「親思ふ こころにまさる 親ごころ 今日の音づれ 何ときくらん」<br /><br />も、もうひとつの辞世といえるでしょう。

    吉田松陰辞世の碑
    「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも
     留め置かまし 大和魂   十月二十五日 二十一回猛士」

    「今、吾国の為に死す。死して君親に背かず、悠悠たり、天地の事、鑑照明神に在り」

    国許の家族宛の手紙に記した、

    「親思ふ こころにまさる 親ごころ 今日の音づれ 何ときくらん」

    も、もうひとつの辞世といえるでしょう。

  • 自身の死刑を覚悟した松蔭は遺書ともいえる最後の著作「留魂録」の執筆にとりかかる。その中でも最も心に響いた言葉を紹介します。<br /><br /><br />(講談社学術文庫:古川薫著「吉田松陰 留魂録」より引用)<br />『一、今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環という事を考えたからである。<br />つまり、農事で言うと、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。秋、冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ち溢れるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるというのを聞いた事がない。<br />私は三十歳で生を終わろうとしている。<br />未だ一つも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから、惜しむべきことなのかもしれない。<br />だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのであろう。なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が四季を巡って営まれるようなものではないのだ。<br />人間にもそれに相応しい春夏秋冬があると言えるだろう。十歳にして死ぬものには、その十歳の中に自ずから四季がある。二十歳には自ずから二十歳の四季が、三十歳には自ずから三十歳の四季が、五十、百歳にも自ずから四季がある。<br />十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするような事で、いずれも天寿に達することにはならない。<br />私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なる籾殻なのか、成熟した栗の実なのかは私の知るところではない。<br />もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになるであろう。同志諸君よ、このことをよく考えて欲しい。』<br />(講談社学術文庫:古川薫著「吉田松陰 留魂録」)<br />

    自身の死刑を覚悟した松蔭は遺書ともいえる最後の著作「留魂録」の執筆にとりかかる。その中でも最も心に響いた言葉を紹介します。


    (講談社学術文庫:古川薫著「吉田松陰 留魂録」より引用)
    『一、今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環という事を考えたからである。
    つまり、農事で言うと、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。秋、冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ち溢れるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるというのを聞いた事がない。
    私は三十歳で生を終わろうとしている。
    未だ一つも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから、惜しむべきことなのかもしれない。
    だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのであろう。なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が四季を巡って営まれるようなものではないのだ。
    人間にもそれに相応しい春夏秋冬があると言えるだろう。十歳にして死ぬものには、その十歳の中に自ずから四季がある。二十歳には自ずから二十歳の四季が、三十歳には自ずから三十歳の四季が、五十、百歳にも自ずから四季がある。
    十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするような事で、いずれも天寿に達することにはならない。
    私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なる籾殻なのか、成熟した栗の実なのかは私の知るところではない。
    もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになるであろう。同志諸君よ、このことをよく考えて欲しい。』
    (講談社学術文庫:古川薫著「吉田松陰 留魂録」)

  • 松陰先生の至言<br /><br />「人を信ずることは、もちろん、遥かに人を疑うことに勝っている わたくしは、人を信じ過ぎる欠点があったとしても、絶対に人を疑い過ぎる欠点はないようにしたいと思う」<br /><br />「至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり」<br /><br />「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」<br /><br />「『国家とともに』という志がないならば、人ではないのである」<br /><br />「世の人は よしあし事も いはばいへ 賤が誠は 神ぞ知るらん」

    松陰先生の至言

    「人を信ずることは、もちろん、遥かに人を疑うことに勝っている わたくしは、人を信じ過ぎる欠点があったとしても、絶対に人を疑い過ぎる欠点はないようにしたいと思う」

    「至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり」

    「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」

    「『国家とともに』という志がないならば、人ではないのである」

    「世の人は よしあし事も いはばいへ 賤が誠は 神ぞ知るらん」

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