2009/01/21 - 2009/01/21
769位(同エリア991件中)
沙瑠さん
寝台列車にて
早朝アグラ駅着
レストランにて朝食
タージマハール→アグラ城観光
大理石のお土産屋
お昼
ファテプールシクリの遺跡観光
車でジャイプールへ
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自転車
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-
アグラ駅です
朝です
寝台列車でほとんど眠れず
微妙に機嫌悪かったかもしれません(苦笑)
朝なので、結構涼しかったのですが
運転手さんとの待ち合わせが、うまくいって
なかったのか?少し待たされました
コノ後、まだ開店してないレストランへ行き、
掃除する従業員を横目に、2人だけで
朝食を食べました -
タージマハールへの入口の門です
すでにゴージャス
タージマハルは環境のため、少し離れた場所の
駐車場で一度車を降ります
そこからは電気バスがあるので、それに
乗り込みます(チップ2人で10Rs)
または、ラクダ車や馬車であったらOKだそうです
で、東門から入り、正門が見えてきました
デッカイです
まだタージが見えません
門の上の小さい玉ねぎみたいのは
タージの建設にかかった年数の数です
11個ありますが、それが2列なので22年です -
出ました!タージちゃん!
普通の人が、普通のデジカメで
撮影しても、この完璧具合です
何度もテレビや写真で見たものでありますが
生で見ると、やっぱりスゴイですね
大理石の豪華さというよりも
左右均等のこのバランスが感動的です
有名な話ですが、これ、お墓なんですよね〜
タージができたムガール帝国は、イスラム教の国で
あったため、こんなお墓が存在するわけです
で、ムガル帝国5代のシャー・ジャハーンの
奥様のお墓です
大好きだったんだって。ヨメが。
でも結構若くして死んじゃって、ショックで
ショックで、もう大きなお墓作っちゃう!!!
で、作ったのがコレ
アホやな〜と思ってしまうのが世の常ですが
人が住むためではなく、お墓だからこそ
こういう完璧建築が適ったのかもしれませんね〜 -
総大理石です
下駄箱もありますが、現在は
便利な靴カバーを配っていて
靴の上に、そのカバーをつけて
建物内に入れます
入口と同じポーズをとってみました
一時期、環境悪化で、白タージが
黒ずんできてる!とか、大理石が
溶けてきてる!?とか言われてたそうですが
さすがの有名どころ、清掃が行き届いていて
近くで見ても、白くてキレイです -
定番の玉ねぎツマミです
もっと手前側でもできるのですが
テロの影響で観光客が減ってるとはいえ、
ここは賑わっていて、あまり
手前側の写真取る場所が長い時間占領
できませんでした
私もツマんだのですが、いまいちなので
旦那ちゃんの方で -
アグラ城へきました
タージからは2キロぐらいの距離です
ムガル帝国の3代アクバルちゃんによって
建築されました
このアクバルちゃんのときにムガル帝国は
首都をデリーからアグラへ移したそうだ -
タージのときに、メモリーが足りなくなってしまい
やむなく、アグラ城前にある、屋台にて
フィルムやら、メモリーカードやらを
売っていたので、買うことにした
すると、値段の件で、こっちは
ちょっと割高だけれども、多少
値切って、それでもう買ってしまおうと
思っていたのだが、ショカが話に入ってきて
またケンカのような雰囲気になってしまった
一度、車内に戻るように言われ、
ショカ曰く、他の物売りの前で
サイフを出すのは良くないから
自分が、あの店員から買ってくる
とのこと
ふ〜ん。。。と思っていたが、旦那ちゃんも
ありゃ、ちょっとショカにもマージン入るな〜
とすっかり不信感
とりあえず、製品に異常はなかったし
(帰国してから、盗品かも!?との疑いもあったが)
1GBのを2000Rsにて購入。
日本だと3,000円ぐらいと後から判明したから
そんなに大きな損害ではないけれども
やっぱり、ドっと疲れてしまった
画像の前を歩くのがショカ -
ムガルはイスラム教の国ではあるけれども
インドそのものはヒンドゥー教徒がたくさん
いたこともあり、アクバルちゃんは
側近にヒンドゥー教徒を登用するなどして
広く統治することを優先した姿勢があり、
これがムガル朝→帝国へと成長したひとつの
理由とも言われてるそうだ〜
なので、ちょっと他宗教な部分が
建物にも反映されてるらしい -
屋根がついてるところから
王様さんが舞踊ショーとか
見てたんだっけ?
こういう感じはアジア〜ンな建物ですよね -
イスラムっぽくあり〜の
ヒンドゥーっぽくあり〜の
ちなみにアグラ城は、もちろん
一気に作られたわけではなく
段々増築されていってるので
建物により、その代の王様さんの意思や趣向が
反映されてるようです -
アグラ城からタージが見えます
手前にはヤムナー河という川が流れてます
この川を挟んで反対側に、黒の大理石で
全く同じタージをつくり、橋で結ぼうと
5代のシャー・ジャハーンちゃんは
考えてたらしいです
しかし、白タージにお金がかかっちゃったし
息子には皇帝の座から引きずりおろされるわで
幻となってしまったのでした
まあ、お墓に天文学的な費用をかけるだなんて
ある意味、支配者らしいですが、現在の
日本であれば、バカとしか言いようがないですけどね -
これは貴賓謁見の場かな?
大理石ラブのシャー・ジャハーンちゃんが
作ったもの
大理石に宝石が埋め込まれており
タージと同じようなゴージャスさであります -
これは、5代シャー・ジャハーンが
3男のアウラングゼーヴに幽閉された
塔の場所です
この3男ちゃんは兄弟も殺して
6代になるという、悪いやっちゃなのですが
父ちゃんのシャーちゃんも3男であり
継承争いにおいて、色々やってしまってるらしい
カエルの子はカエルか -
この幽閉された塔の窓からも
タージが見えるので
シャーちゃんはここで7年間
死んじゃったヨメを想いつつ
タージを眺めてたらしい
だからタージは愛の遺産(だっけ?)とか
なんとか言われてるそうだ
結局シャーちゃんは白タージ内の
愛するヨメさんの隣に埋葬されたそうだ
それでいいじゃんと思うけどねぇ -
宮殿らしく、中庭があり
現在もキレイなお花畑があります
ちなみに、ムガル帝国ですが
父ちゃんを幽閉したアウラングゼーヴは
軍事統率力はすごかったけども
ヒンドゥー教徒に対して、強固な統治をしたり
地方の反発や、直属の過信の離反とか
「もう、ついてけな〜い!」
という感じになっちゃったそうで、
あげく、父ちゃんが母ちゃんのお墓に
膨大なお金を使ってしまったから、財政も
厳しくなっちゃって、どんどん坂道を
転げ落ちるように滅亡へと向かっていったそうだ
とある本を読んでると、父ちゃんのシャーは
本当は長男に跡を継いで欲しかったみたいです。
長男は他の宗教に対しても、柔軟というよりも
他も含めて研究熱心だったようで、
長男が跡を継いでいたら、争わずして
近隣諸国とも関係を保ち、帝国も長持ちしたかも
しれませんね〜。
争いから繁栄するものはないという歴史の
ひとつの真実ですね〜 -
これが一般謁見の場ですね
大会議室といったようなもんでしょうか
天井箇所がイスラムらしい建築物ですよね -
これも一般謁見の場のひとつ
ここに王様さんがいて、謁見しに来た人と
顔を合わせてたらしい
やはり上から目線ですね〜 -
広くて整備が行き届いております
-
リスです
このインドで非常によく見かけました
ちょっとビビるくらいいます -
ファテプールシクリに来ました
アグラから南西39キロのところにあります
ムガル帝国の3代アクバルちゃんは
一時期、ここに首都を移転させたのです
なんでかっていうと、世継ぎに恵まれずに
悩んでたアクバルちゃんは、ここに住む聖者の
予言によって、子を授かることができたらしい
5年かけて建築されました
画像は階段を上ったところにある正門です
すぐ近くには駐車場がなく、一番近い
駐車場から、リクシャーで入口階段下まで行きました
行き帰りと同じ運ちゃんのリクシャーで40Rs -
アグラ城もそうですが、赤砂岩での
建物って、結構素敵な色合いですよね〜
ここは正門から靴を脱いで入ります
(チップは2人で10Rs)
モスク地区と宮廷地区があるようですが
私たちが見たのはモスク地区だけでした
先ほどの正門(ブランド門:勝利門)を抜けると
モスクや予言した聖者さんのお墓があります -
預言者さんのお墓には入れますが
入口でいかにもイスラムな形の帽子が
渡されます(チップ10Rs)
この壁面の透かし彫りは、たしか
大理石を削ったものだった気がします -
タージとかに比べると、ちょっと
お掃除が足りなくて、床が汚いです
鳥のふんちっくなのが落ちてる。。。
目の前にあるのはモスクです
でも、現在のイスラム国にあるモスクとは
異なってる部分で建築史上ここは重要視
されてるのだそうだ
仏教やヒンドゥー寺院にみられた建築様式を
取り入れることによって、領土統治の安定を
はかったんだそうじゃ。
外側もそうですが、内側にも反映されてます -
勝利門やらモスクの入口やらに、
変なキノコみたいなのがあるので
何なのかを聞いてみたら
蜂の巣らしい
うぇぇぇぇ〜〜〜!!!
見た目が気持ち悪いし
鉢にもし刺されたらイヤだな〜〜〜!!! -
モスクの内部です
正直、どこがふんたらかは
忘れてしまいましたが、
内部もイスラムとヒンドゥー&仏教の
建築様式のMixがなされております
某国の観光客一家が、サリーに
わざわざ着替えて、記念撮影に
臨んでたな・・・・・ -
勝利門を出ると、町が眼下に広がります
ところがどっこい、山の上だけに
水の確保が非常に困難だったのと
やはり交通の便等々がアグラに比べると
不便だったこともあり、アクバルちゃんは
14年で
『無理ッ』
といって、首都をアグラに戻したので
ございました
宮廷地区は全然見てないですが
そんなに建物は残ってなかったような。。。
地元民は資材確保のために、結構
モスク地区以外は、建築物は瓦礫の山に
なってましたよ〜 -
デリー・アグラ・ジャイプールの
ゴールデントライアングル地帯は
やはり物資の行き来が昔から多いこともあり
道路の状態が非常に良かったです
アグラ→ジャイプールへの道路は
時々工事中でしたが、新しく建築された
ばかりの道路を走ってきたので
距離の割には快適でした
(一瞬、犬ちゃんをはねそうになったときが
あって、運ちゃんも含めてドッキリしたときも
ありましたが)
HORIDAY IN JAIPUR
ここで、ようやく2泊だったので洗濯をしました
Aクラスのホテルだけに、とてもキレイで
広くて、快適でした
なぜか、卓球台も置いてあり、到着したときは
卓球してる、たぶん日本人もいましたよ
アジア系の観光客が多いのかな? -
ホテル内にある野外レストランにて
バイキングの夕食でした
インドのダンスショーもやってました
暖房用の火も焚いていましたが
ちょっと寒かったです
ビールは、これまでのとは違って
分量が足りなかったので、2人で
2本頼んだら、450Rsしてしまいました -
バイキングだったので、
適当にカレーやライスを入れて
ナンはテーブルに運ばれて。。。
という感じで
味、云々よりも、このときは
寒さが先行しちゃってたかも
あと、旦那ちゃんとケンカをしてたので
結構凹んでいたかも
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