2008/10/19 - 2008/10/19
2070位(同エリア2791件中)
wohyさん
脱出不可能と言われ、全米の凶悪犯が集められたアルカトラズ連邦刑務所。
私見ですが、アルカトラズ刑務所を題材にした映画を見てから行かれた方がいっそう楽しめると思います。
ザ・ロック ★★★☆☆
告発 ★★★★★
アルカトラズからの脱出 ★★★☆☆
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【時間】
火・水 8:00-17:00
木−月 8:00-19:30
【料金】
船のチケット $52(大人2人)
駐車場はPIER39のパブリックパ−キング利用
【補足】
観光シーズン時(特に夏)は大変混雑するため、船のチケットを予め予約しておいたほうがいいと思います。
サンフランシスコも寒いですが、アルカトラズ島は海風が強く吹くため、余計寒く感じます。
羽織れるものを持っていったほうがいいでしょう。
チケット予約HP:http://alcatrazcruises.com/
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Alcatraz Cruises
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この船で島へ渡ります。
所要時間は約20分。 -
かつてはインディアンが占拠していたアルカトラズ島へ上陸です。
この看板の下でガイドの方が島の説明をしてくれます。 -
シカゴ暗黒街のボス、アル・カポネ。
wikipedia:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%9D%E3%83%8D -
郵便引渡し所/兵士用クラブ
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1910年に建設され、はじめは郵便物や日用雑貨などの生活用品を扱う雑貨店でした。
1934年にアルカトラズが連邦刑務所になると同時に、看守達の憩いの場としてレクイエーション施設と生まれ変わりました。
【ガイドマップより抜粋】 -
郵便引渡し所/兵士用クラブ
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かつてはジムやボーリング場、ダンスフロアまであったようです。
1970年6月の火事により消失。
【ガイドマップより抜粋】 -
陸軍チャペル
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1920年初に陸軍が衛兵所と出撃口の上に建てたこの建物は、その優雅なデザインから「チャペル」と名づけられましたが、実際に礼拝が行われたことはなかったそうです。
1階は独身将校の寮、2階は帽子工場、学校や会議室として使われたこともあります。
1934年には独身の看守の寮として利用する為に再建されました。
【ガイドマップより抜粋】 -
モデル産業ビル
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囚人の作業場だったようです。
建物の前には「ランドリー」と書かれた看板も立っておりました。 -
監視塔
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灯台と刑務所長邸
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練兵場から見た景色です。
■灯台
初めて灯台に灯をともしたのは1854年6月1日。
その後、1909年に高さ約25mの現存する形に立て直されました。
■刑務所長邸
1920年代に造られたこの所長邸は部屋数17、窓からはサンフランシスコの夜景が一望できたと言います。
1970年の火災で焼け、骨組みだけが残りました。
【ガイドマップより抜粋】 -
セルフハウス(刑務所)ツアー
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いよいよ刑務所内へ!! -
入口でオーディオツアーのヘッドホンが渡されます。
※チケット代にオーディオ使用料含む。
ガイドに従い、所内をウロウロ。
臨場感のあるナレーションがおもしろくもあり、不気味でした。 -
Broadway
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有名な「ブロードウェイ」です。
この他にも「Michigan Ave.」など、実際の道路のような名前が付けられています。 -
Broadway
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上記と同じ写真です。
実際の明るさはこの写真の通り。
太陽光だけなので、暗いです。 -
Times Square
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食事の時間になる度にここを通ることから「タイムズスクエア」と呼ばれていたようです。
この先は食堂。 -
食堂。
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ナイフの絵が描かれているのは、本数が足りなくなった時などにすぐ分かるようにです。 -
食堂入口にある金属探知機。
食堂の天井には缶がぶらさがっています。
暴動が起きた場合、その缶の中に入っている催涙ガスを噴射させ、すぐに鎮圧出来るように設置してあったようです。 -
当時の実際のメニュー。
ネタバレですが、ナレーションの一部に〔毎日スパゲティーばかり食べさせられていた囚人達がいい加減にしろ!と腹を立て暴動を起こした〕というくだりがあり、思わず笑ってしまいました。
全米に悪名をとどろかした凶悪犯たちがスパゲティで怒るとは…。 -
一般房。
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幅1,5m×奥行き2.7m×高さ2m弱。
この房の中にトイレ、洗面台、簡易ベッドがあるのです。
日本人の私でも狭いと感じるこのスペースに、大柄なアメリカ人男性が居たと思うと、どうやって過ごしていたのかが気になります。 -
再現された一般房
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一般房に居た受刑者は、比較的自由な時間を与えられていたようです。
編み物をする人、絵を描く人。
これは受刑者達が描いた絵をまとめて飾っている房です。
鉄格子近くの壁には、ラジオのヘッドフォンが設置されている房もありました。 -
独居房
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反抗的な態度をとった受刑者は、罰としてこの独居房へ入れられます。
観光客も中に入ることが出来ますが、電気も無く太陽の光も届かないこの部屋は本当に真っ暗で怖かったです。 -
海軍vs囚人
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ある囚人が看守を殺して鍵を奪い、刑務所を占拠し立て篭もったが、すぐに海軍が刑務所を囲み、海兵隊が屋上から突入し鎮圧した、という事件の詳細が書かれています。 -
上記の暴動で人質となった看守8人が、この房で囚人によって射殺されました。
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海兵隊が鎮圧の為に屋上から投げ入れた手榴弾の跡。
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面会用の窓。
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刑務所長室。
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壁にある写真は歴代所長です。 -
脱獄した3人の当時の手配書
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不可能とされたアルカトラズ刑務所から脱獄したジョン・エングリン、クラレンス・エングリン、フランク・モリスの3人。
成功したのか、失敗したのか…今なお謎に包まれたままです。 -
脱獄する為に作ったダミーの頭。
食堂からスプーンを盗み、壁に穴を空けた時に出る廃材から作ったようです。
十分な材料も揃わないはずなのに、この完成度の高さ。
奥に見えるのは、脱獄ルートの通気口です。
この穴を掘り広げて房を抜け出しました。 -
模範囚しか利用できなかった運動場。
支給されるものは衣服、食料、寝起きの場所並びに医療のみ。その他のものはすべて特典とみなされる。
1934年アルカトラズ刑務所内規律第5条。
【ガイドマップより抜粋】 -
当時の制服を着た看守のマネキンがありました。
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この日のお天気は良くありませんでしたが、ここから見えるサンフランシスコの夜景は「世界三大夜景」と言われるほど美しいようです。
クリスマスのシーズンなど、風に乗って聞こえてくる人々の笑い声などに囚人達は胸が苦しくなったとか。
映画の影響(「告発」)で、訪れた場所でしたが、色々と考えさせられるものがありました。
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