2008/11/16 - 2008/11/24
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ariariさん
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今回は取材をかねて聖フランチェスコの足跡を訪ねました。
約7日間アッシジに滞在し、アッシジでの聖フランチェスコの息吹を十分感じることができました。
行った場所は
聖フランチェスコ大聖堂
聖マリア・デッリ・アンジェリ教会
サン・ダミアーノ教会
サンタ・キアーラ教会
カルチェリ僧院
リーボルトのサンタ・マリア教会
リボルトのサンタマリアマッッドレ教会
ヌオーバァ教会
サン・ルフィーノ教会
聖マリア・ミネルバ教会
サンタ・マリア・マッジョーレ教会
サン・ピエトロ教会
かかった費用は
飛行機代 136000円(諸経費込み)
宿泊代 36000円(7泊合計)
食費その他 20000円(食費、列車、バス代)
となります。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- JAL
-
テルミニ駅から電車でアッシジへ。
発車時刻10分前にようやく出発ホームが分かる。
4番ホームC〜Fてどういう意味?
4番ホームのA〜Bは別の電車C〜Fがアッシジ行きだそうです。「この電車は乗り換えなしダイレクト」と聞いたが、途中で乗り換え。そういえば、以前乗った電車は発車8分前にならないと車内が明るくなりませんでした。イタリアと比べると日本のJRはやはりいい。 -
アッシジの駅です。ここから徒歩約10分でサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会、米国のロサンジェルスの語源はここの教会から来ているそうです。
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サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会。
聖フランチェスコが亡くなった場所。
又、ポルツィウンコラ礼拝堂(聖フランチェスコが最初に譲り受け、活動を創めた教会)が」内部にあります。 -
とげのないバラの庭。
聖フランチェスコが誘惑に打ち勝つために裸でバラに身を投げた時に、一瞬にしてとげがなくなったといわれている庭。写真手前のバラの茎にはとげがありません。 -
山鳩と聖フランチェスコの像。
手前の柱には白い鳩がいます。
不思議ですね。 -
その拡大写真。
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バラの礼拝堂。
聖フランシスコが夜を明かして祈りを捧げた場所。 -
サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会内の独房。
聖フランチェスコが幼子イエスを抱きかかえる事ができた奇跡の1場面。 -
セミと聖フランチェスコ。
聖フランチェスコがセミに「主を褒め称えよ」と問いかけセミが歌いだしたという奇跡の像。 -
朝陽の聖フランチェスコ大聖堂。
上階正面から -
朝陽の聖フランチェスコ大聖堂。
下階。 -
朝のアッシジの町並み
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ヌオーバァ教会。
聖フランチェスコの育った場所に出来た教会。 -
ヌオーバァ教会前に建つ聖フランチェスコの両親像。
両親の財産を勝手に貧しい人や、教会修復に使ったため勘当させられる。 -
ヌオーバァ教会内部。
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ヌオーバァ教会内のステンドグラス。
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聖マリア・ミネルバ教会。
2000年前のミネルバ神殿をそのまま教会にしたそうです。
アッシジの町は2000年前の建物から300年位前の建物がそのまま今でも使われています。 -
聖マリア・ミネルバ教会の天井。
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サンタ・キアーラ教会。
地下に聖キアラ(聖クララ)の墓があります。
又、聖フランチェスコに語りかけたと十字架もあります。 -
サンタ・キアーラ教会前の広場からロッカを望む。
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ヌオーバァ門。
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サン・ダミアーノ教会へ続く道
ヌオーバァ門からゆっくり歩いて10分位の場所にあります。 -
サン・ダミアーノ教会1。
聖女キアラ(クララ)が生活した教会。 -
サン・ダミアーノ教会2
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サン・ダミアーノ教会内部の食堂。
キアラの席には花が今でも飾られています。
清貧な生活を送ったキアラの食事は
月,水,金は何も食べず、火,木,土,日はパンと水のみだったと言います。 -
サン・ダミアーノ教会の中庭。
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カルチェリ僧院への道。
歩いて1時間と書いてありましたが40分位で行けました。うっすらと紅葉していた木々を見ながら、聖フランチェスコもこのような山間を見ながら僧院へ行ったのかと感じました。 -
カルチェリ僧院の入り口。
「彼は外の騒音から耳をふさぎ、外界の動きを感知する五感のすべての働きを止めて、情操を抑え、神のみを祈った。岩の間に家を構え、岩の裂け目に住んだ。」チェラーノ、第1伝記から -
ルフィーノの住居の洞窟1。
聖フランチェスコの最初からの仲間だったルフィーノの洞窟。 -
ルフィーノの住居の洞窟2。
このような洞窟に住み、魂のすべてを捧げるために孤独に身を置いた。
ある種の悟りを得るためにはこのような修行が必要なのでしょうか。 -
マッセオの住居の洞窟。
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カルチェリ僧院。
残念ながら工事中のため、聖フランチェスコの住居の洞窟は見る事ができませんが、悪魔の穴、小さな礼拝堂、各聖人の住居の洞窟など、十分に見学する事ができました。
機会があればご紹介したいと思います。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- フルリーナさん 2009/02/19 13:44:22
- はじめまして
- はじめまして
フルリーナといいます。
この5月にクールマイヨール、チンクエテッレ・モンテフェガテーシなどを回った後、ヴェルナ修道院・アッシジに行きます。
アッシジは大好きで震災前・震災後と訪れていますが、今回すっかり復興したアッシジを訪れるのを楽しみにしています。
今回はヴェルナ修道院に1泊アッシジに3泊予定で、まだ行ったことのないリヴォトルトやカルチェッリを訪れるのを楽しみにしています。
フランチェスコの旅の続きを楽しみに待っています。
ダミアーノからリヴォトルトまでは歩いてどのくらいかかりましたか?
- ariariさん からの返信 2009/02/27 00:44:51
- RE: はじめまして
- フルリーナ様
メール有難うございます。
まずご質問からお答えします。
> ダミアーノからリヴォトルトまでは歩いてどのくらいかかりましたか?
歩いて15分から20分位です。今度旅行記をアップいたしますが、とても素晴らしい風景が道なりに続きます。ただ、ダミアーノからリヴォトルトまでは少し分かりずらいと思います。私はダミアーノのシスターに教えてもらいました。
1番分かりやすいのはアッシジの駅(駅を背にしてアッシジの町を向いて右)から右にまっすぐ20分位歩くと着きます。表札が分かりやすく書かれています。
途中にフランチェスコがハンセン病患者を看病した小さな教会(隣が何かの工場)があります。開いている時間はあまりないようですが、私は感動しました。
又、カルチェッリには舗装された道を通って行きましたが、フランチェスコが歩いた小道が今もあるそうです。
私は聖フランチェスコ大聖堂の日本人の平神父様と知り合う事ができて大変良かったです。
もしかしたら4月に移動されているかもしれませんが、確認して尋ねても良いかと思います。(奄美出身なので奄美焼酎をおみあげでもって行くととてもお喜びになります。)時間があれば大聖堂を案内して頂けますし、一般の人が入れない所も連れて行ってもらえるかもしれません。
お役に立てれば幸いです。
ariari
- フルリーナさん からの返信 2009/02/27 11:36:40
- RE: はじめまして
- ariariさん、ありがとうございます。
平神父様とお会いできたら嬉しいです。
どのようにご連絡差し上げたらよいのでしょうか。
実は、http://4travel.jp/traveler/fururina/album/10043038/
こちらのフランシスコ会の神父様が昨年天国に召され、
神父様が大好きだったフランチェスコの足跡をたどりたいなあと思ってます。
長年、アフリカでエイズの方々とともに生き、祈られ、看取り、ロシアに渡られて活動を続けておられましたが、一時帰国中に病気が発見されました。
病室にいくと、ブラザーさんシスタームーンの曲がよく流れていて
神父様は、アフリカでよくエイズのこどもたちとホスピスの庭でこの曲を歌っていらしたとのこと・・・。
イエスさまを習って生きたフランチェスコ、そしてフランチェスコに習っていきた神父様・・・。
「わたしをあなたの道具としてお使いください」と、フランチェスコの祈りの中の一文をともに祈った時は大切な思い出です。
フランチェスコたちがハンセン氏病の方々のお世話をした教会もぜひ行ってみたいです。
- フルリーナさん からの返信 2009/02/27 11:46:56
- 追伸
- 続きの旅行記楽しみにしています!!。
こちらにこの根本神父様のアフリカ・ロシアでの活動などの記事がたくさん入ってます。
もしご興味があったら覗いてみてください。
フランシスコ会「小さき兄弟会」のブラザーでした。
http://blogs.yahoo.co.jp/fururina2000/folder/763528.html
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