2008/11/03 - 2008/11/03
471位(同エリア546件中)
早島 潮さん
平成20年11月3日(月)
朝の散歩で次第に中村地区の市街の配置が判るようになった。アーケード街と地元の人達が呼んでいる商店街は一条神社の参詣路に直交する形で形成されているが、早朝なので店は未だ閉まっており人通りもない。僅かにコンビニエンスショップだけが開いていたので稲荷寿司とお握りのセットされた弁当を朝食用に求めた。ままかりの黄金漬けという懐かしい惣菜も買ってみた。産地を見ると新潟産である。辺鄙な片田舎の土佐中村で何故新潟産の惣菜をと言う思いが強いが同時に日本の物流システムの高度化を実感した。今や全国津々浦々に世界各地の産物が複雑に入り組んで流通しているのである。
地図を片手に幸徳秋水の墓へお参りしようと道を辿っていると検察庁と裁判所が並んで建っていた。いかにも小振りな建物である。県庁舎も近くにある。ここは高知県の地方都市の司法、行政の中心地なのだなとの印象である。今でこそ自動車道路が四通八達して東西の交通は自在になっているが自動車道路が開通するまでは急峻な山々に阻まれて東西の往来が難しくこの中村では閉鎖性、独自性を持ったユニークな文化が育まれたに違いないと思った。
幸徳秋水の墓の案内標識が建つていたので表示通りに検察庁横の細い路地を進むと、墓地がありここにも案内表示があった。墓地の端隅に幸徳秋水を顕彰する会の建て看板と幸徳秋水の卒塔婆が立てかけられている墓石を見つけた。墓石には坂本清馬と刻字されている。幸徳秋水と何故刻字されていないのかと怪訝に思い何度も確かめてみたが周囲には目印の施されている墓は見当たらない。幸徳秋水は多分号であって俗名は坂本清馬だったのだろうと勝手に判断して般若心経と法華経寿量品を読経し霊を慰めた。後にして思えば墓石の刻字を逐一調べるべきであったとの悔いが残る。
帰宅して違和感が払拭されないのでネットで調べてみると幸徳秋水は本名であり坂本清馬とは別人であることを知った。坂本清馬は大逆事件に連座した者26名の中の一人としての嫌疑を受け収監されたが後に仮出獄できた一人であったことも知った。敗戦後、大逆事件の関係資料が発見され、暗殺事件にいくらかでも関与・同調したとされているのは、宮下太吉、管野スガ、森近運平、新村忠雄、古川力作の5名に過ぎなかったことが判明した。大逆事件は不幸な冤罪者を国家が多数作りだした明治時代の暗い事件であったといえよう。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%80%86%E4%BA%8B%E4%BB%B6
県庁舎では四万十川の清澄な水を保全するための地域の人々の努力の姿を記念碑などで再認識し四万十川の赤鉄橋まで脚を伸ばして清清しい朝の散策を終えた。何時しか天候も回復していた。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JR特急
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
中村・四万十川周辺(高知) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
15