2008/10/15 - 2008/11/17
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コーカサスからイランを経由して中央アジアへ。。。
ここからは寒さとの戦いになりそうだ。。。
-
トルコのトラブゾンから国際バスでグルジアの首都トビリシに向かった。。。
19時に出発したバスは夜中に国境に到着した。。。
国境には荷物をいっぱい積んだトラックが長蛇の列をなしていて、俺の乗ったバスはその後ろについた。。。
どう考えても国境を越えるまでは時間がかかりそうだったが、乗客は降りて歩き始めた。。。
俺もそれに付いていくと、パスポートコントロールがありそこでトルコの出国スタンプを押してもらった。。。
バスに戻ると思いきや、みんな歩いて国境を渡りグルジア側で入国審査をしていた。。。
俺もパスポートを見せ入国スタンプを押してもらう。。。
ただバスは遠く後方のトラックの後ろにいてる。。。
しかもトルコ側なのでグルジアに入国した以上トルコには戻れない・・・
この時期外の気温は10度前後でとても寒い・・・
しかもバスに乗ってたのでそれぼど厚着もしていない・・・
ギリギリまでバスに乗っていて国境渡るときに降りて出入国を済ませたら、外で待ってる時間なんて数十分で済んだんじゃないのか、なんと効率の悪いことをするやつらなんだと1人言をブツブツ言いながら待っていた・・・
結局1時間以上バスが来るまで外で待たされた・・・
とりあえず深夜1時過ぎに無事にバスが来てトビリシに向かい走り始めた。。。 -
トビリシに着いたのは朝の8時過ぎだった。。。
グルジアはつい2ヶ月ぐらい前はロシア軍が侵攻して危険な状態にあった。。。
EUなどの非難もありロシア軍は撤退したが、侵攻したときも撤退したときも俺は旅をしていたのでニュースをほとんど見てなく、なぜそんなことになったのか未だにわかっていない・・・
でも侵攻を知ったときはグルジアには行けないと諦めたが、トルコでグルジアから来た人に会い、大丈夫だったとの情報があったので今回予定通りグルジアに来れた。。。
しかしグルジア自体旅行者に対する窃盗や強盗が多発している危険な国でもあった・・・
2人に1人は被害に遭うとまで言われるぐらいの国でもあった・・・
でもトビリシに着くと危険な香りはなく予想外に普通の街だった。。。 -
日本人の間で有名なネリダリの家に行く。。。
いわゆる民宿みたいなもので、ネリさんとダリさんというおばあちゃんが営んでいた。。。
駅から近く立地もよかったが、1泊11ドルとちょっと高めの値段だった。。。
しかし宿には日本人が4人ほどいた。。。
挨拶がてら少し話し、一段落着いたら街に散歩に出かける。。。
トビリシの街はバスやミニバンなどが多く走っているが、地下鉄も走っていた。。。
天気もよかったので土地勘をつかむためにも当てもなくただブラブラ歩いた。。。
朝夕は冷え込むが日中はTシャツで過ごせるぐらいの日差しで、少し歩くと汗ばんだ。。。
ここでもアジア人が珍しいのか、すれ違うたびにジロジロ見られたり笑われたりするが、別に今始まったことでもないので、この顔見て笑いたければ笑えばいいみたいな開き直りはできていた。。。
当てもなく歩いていると噴水があり高校生たちが水遊びしていた。。。
それほど寒くもなかったが、水遊びするほど暑くもなかったので、ふと目が行くと女子高生と目が合い6−7人に一気に囲まれ代わる代わる隣に立って写真をバシャバシャ撮られた・・・
こんな時期に水遊びしてるぐらいの女子高生たちなのでとりあえずテンションが高い・・・
ただほとんど英語は話せない。。。
ここは旧ロシア圏になるので、ロシア語は通じるが俺が話せない・・・
あまり会話も通じない中、これから教会に行くからあなたもどう???と誘われる。。。
普段はそういう誘いには乗らないが、高校生なので騙されることも脅されることもないだろうと、暇だったのでついて行った。。。
歩いては遠いらしく地下鉄に乗せられた。。。
初めてなので女の子たちが切符売り場まで連れて行ってくれて、切符の買い方を教えてくれて、混雑して遅れそうになったときは手を引いて連れて行ってくれた。。。
トビリシには教会が多く、最近はイスラム圏でモスクが多かったので久しぶりの教会だった。。。
大きい教会だったが有名なのかどうか名前は何なのかはわからなかったが、手を引かれるままについて行った。。。
教会の写真を撮ったり友達同士で写真を撮ったりしていたが、その度に俺も連れて行かれ写真の中に入れられていた。。。
なされるままに流されていたが、それがまた心地もよかった。。。
とりあえず女子高生たちは元気がよかった。。。
連れて行かれる場所が教会というのも新鮮でよかった。。。
2時間ほどつれまわされ、帰りは最寄の駅まで送ってくれた。。。
別に何かを要求されることなくあっさりと去っていった。。。
ビクビクしながら入国したグルジアだったが、いい国じゃないかと思えてきた。。。 -
トビリシからバスで北に3時間行くとカズベギという町がある。。。
そこはもうロシア国境まで10kmぐらいでもあった。。。
カズベキへは行くかどうしようかと思っていたら、同じ宿の日本人2人が翌日カズベギに向かうと言っていたので、ここは乗っかっておくしかないと、ついていくことにした。。。
他力本願の旅もなかなか楽でいい。。。
1−2泊の予定なので大きい荷物は宿に預かってもらい、デイバック1つで行く。。。
しかしカズベギは標高が高くかなり寒いと聞いていたので、服はありったけものを詰め込んだ。。。
カズベギ行きのバスはハイエースで1人10ラリ(700円)と3時間の移動にしては安い感じがした。。。
トビリシからカズベギへ続く道はグルジア軍道と呼ばれ、軍道と付くだけあってきれいに舗装された快適な道を走った。。。
途中には2400mの峠があり木々は黄色に赤にと色づきしっかり紅葉していた。。。
カズベキの町は標高1700mだったが、町からは5000m級のカズベキ山がきれいに雪化粧した壮大な風景を見せてくれるはずだったが、着いた日もその翌日も天候が悪くお目にかかれなかった・・・ -
カズベギの宿はお目当ての場所は休業していて泊まれなかったので、バスターミナルに来ていた客引きのおばちゃんについていった。。。
しかしそこが当たりだった。。。
民泊だけど3食付いて15ラリ。。。
トビリシでは素泊まりで15ラリ・・・
それもボリューム満天の温かい食事が毎食出てきた。。。
おばちゃんは料理も上手で、いつも怒ったような顔でちょっと怖かったが、本当はやさしいおばちゃんだった。。。
元々教師をしてたようで、英語も話せて自宅で英語も教えていた。。。 -
町から山の頂上にある教会が見えていた。。。
サメバ教会と言うらしく、詳しい地図はなかったが登ってみることにした。。。
町から山道の入り口に行くと1匹の犬がいて物言わず、黙々と我々の前を歩き出す。。。
時々後ろを振り返りながら、その時の目は「俺について来い」と強く語りかけていた。。。
別れ道になると3人の日本人は素直に犬の行くほうについていった。。。
ただその犬がサメバ教会に連れて行ってくれるという保障はまったくなかったが、自信ありげに進む後姿がやけに頼もしく3人の日本人は犬を信じきっていた。。。
1時間半ほど登るとサメバ教会に本当に着いてしまった。。。
この犬はすごいと心から思った。。。
1人の日本人がこの犬はこの教会で修行していた人の生まれ変わりだと言った。。。
普段なら生まれ変わりねぇ〜っと右から左に聞き流すところだが、今日はう〜ん生まれ変わりねぇ〜あるかもしれないとちょっと納得してしまう自分がいた・・・
しかし天候は悪く青空がほとんどみえてなく、晴れればきれいに見えるカズベギの町もどんよりしていて、背後にはカズベギ山の雪化粧が見えるはずだがどっぷり雲で覆われていた・・・
かなり寒かったので仕方なく下山することにした。。。
翌日は午前中のバスでトビリシに帰る予定だったが、朝起きると一面の青空で午前中に帰ってる場合でないと、午後のバスで帰ることにして、もう一度1人で山頂のサメバ教会に行った。。。
カズベギ山も見えたが山のほうだけ少し雲がかかっていたが壮大な雪化粧も見れ、陽の当たったカズベギの町も美しかった。。。
大満足で下山したが、チュニジアのラクダから振り落とされそうになって以降左のふくらはぎを痛め、それをかばうように2日連続で急な下り坂を下りたので、今度は膝を痛めてしまい歩くのが苦痛になるほどに痛みが強くなった・・・
あのラクダめぇ〜今後会ったときには絶対ミンチ肉してやると恨み言を呟きながらトビリシへと戻ってきた。。。 -
カズベギからトビリシに帰って以降天候に恵まれず、曇りや雨の日が続いた。。。
グルジアもそろそろかとアルメニアに行く準備をする。。。
準備と言ってもバスで行くか列車で行くか決める程度だけど、バスなら6−7時間で行く道のりを、なぜか列車だと17時間かかってしまう。。。
バスに比べて遠回りをするようだが、それほど大きくない国なので、遠回りにもほどがあるだろうから、結局国境での待ち時間が長いのだろうというのがプンプン臭ってくる。。。
しかしバスは2000円するのに対して列車はなんと800円だった・・・
こういう場合は必ず安いほうを取ってきた。。。
今回もブレることなく列車のチケットを買う。。。
夕方発の翌朝着になり時間的にも悪くなかった。。。
出発の日も雨が降っていた・・・
ネリとダリに別れを告げ、駅に向かい列車に乗り込むと開放寝台と言う一応の寝台だった。。。
しかし一番安いチケットなのでベットだけで布団がない・・・
夜はかなり冷え込み自前のシーツにくるまり寒さをしのぐしかなかった。。。
写真:薬局の看板なのになぜこんなに胸元が・・・ -
アルメニアに着いても天候はいまいとつだった・・・
アルメニアの首都イェレヴァンではリダの家という民宿に泊まる。。。
もちろんリダというばあちゃんが営んでいる。。。
3世代同居の宿だった。。。
2歳の孫以外あまり愛想のいい家族ではなかったが、1泊3.3ドルという格安なうえキッチンも使え、自炊すれば5ドルで1日の生活ができてしまうという貧乏バックパッカーのためのような宿だった。。。
宿に行くと韓国人が1人いて夕方にはイランから日本人が1人来て客は3人だった。。。
俺と韓国人はトルコのトラブゾンで会っていて、韓国人ともう1人の日本人はウズベキスタンで会っていたようで、旅のルートは違ってもまたどこかで再会できるのは楽しいことだ。。。
アルメニアの楽しみといったら何と言っても美女。。。
世界一美女の多い国はアルメニアと言われている。。。
将来の俺の嫁がこの国にいてるのかと、雨上がりを待って早速街に嫁探しに行く。。。
街を歩きながら右に左にヤラシイ目付きで見るが、確かに美女も多いし巨乳も多いが世界一かと言われると・・・
でもグルジア・アルメニア・モルドヴァなどは美女の絶対数がやっぱり多い。。。
旧ロシア圏でロシア人の血が混じると美人になるという方程式はあるようだ。。。
俺の個人的な意見ではアルメニアよりグルジアのほうが美人は多かったような・・・
しかしこれは趣味嗜好になるので、世界一は自分だけが持ってるものかも???
写真:日曜ミサにて -
アルメニアの見どころはグルジア同様教会や修道院がメインになってくる。。。
イェレヴァンからバスで50分行くとアルメニア聖教の総本山エチミアジン大聖堂がある。。。
アルメニア聖教もキリストの分派では大きいほうで日曜ミサとなると多くの人が訪れていた。。。
老若男女、深く信じるものそうでないもの、単なる冷かしの観光客などさまざまな人が訪れていた。。。
12時から始まったミサは2時間も続いた・・・
普段なら最後までミサを見ることはないが、大聖堂にある宝物館はミサの後に開放されるので待ってるしかなかった。。。
宝物館にはノアの箱舟の破片やキリストの脇腹を刺したロンギヌスの槍が展示されていた。。。
信憑性は???って代物だし、ロンギヌスの槍に関してはは木箱に納められていて見ることすらできなく、木箱の中にあるらしい・・・
俺の心はやらしいので、信憑性は???なんて思ってしまうが、きっと信じるものは救われる!!!
それが宗教の鉄則だろう。。。
ノアの箱舟が行き着いた先はアララト山でそれはトルコとアルメニアの国境にあり、ここイェレヴァンからは40kmの距離でバスでほんの1時間で行けてしまう。。。
だからこの地にノアの箱舟の破片があっても何の不思議もなく自然なことだろう。。。
疑う余地はない。。。
信じることは素晴らしい。。。
ただキリストが最後の刺されたのがエルサレムだから、ここからはちょっと遠いな・・・
でも信じよう木箱の中には絶対にロンギヌスの槍はある。。。
さぁそろそろ11月になり吐く息の白さが濃くなってきて寒さが本格化してきた。。。
写真:薄っすら奥にそびえ立ってるのがアララト山 -
アルメニアのイェレヴァンには1週間いたがどこを見たわけでもなく、かと言って見てないわけでもなくと曖昧な日々が続いた・・・
宿には日本人もいて居心地が悪いわけではなかったが、この1週間でも日々気温が下がってきてるのがわかり、この先の日程を考えると、それが段々恐怖にもなってきた。。。
とりあえず先に進むかと、いきなりイランのテヘラン行きのチケットを買った。。。
他の町も見ながらゆっくり行ってもよかったが、あまり興味のある町がなかったのと早く先に進みたかったので、直行の国際バスに乗ることにした。。。
朝10時にイェレヴァンのキリキアバスターミナル(中央バスターミナル)からバスが出発するため9時前に宿を出た。。。
キリキアバスターミナルは中央バスターミナルと別名があったし、イェレヴァンで一番大きいと聞いていたのでそれなりのバスターミナルを想像していったら、ビックリするほど簡素なバスターミナルで中は暗く国際線が発着する割には両替所さえなくほとんど人もいてなかった・・・
9時過ぎにはバスターミナルに着きバスを待っていると、徐々に人も集まりだし出発の10時には45人乗りのバスは満員になっていた。。。
45人のうちアルメニア人とイラン人以外は日本人の俺1人だけだった・・・
写真:キリキアバスターミナル -
10時に出発したバスは西にアララト山を望みながらひたすら一路南下していった。。。
イェレヴァンでは天候に恵まれず雨も多かったが、出発の今日は嫌味のように晴れ上がっていて、アララト山が雄大な姿を惜しげもなく見せてくれていた。。。
いくつも峠を越えトイレ休憩や食事休憩を取りながらイラン国境を目指した。。。
2400mの峠を越える頃にはもう山には雪が積もり銀世界へと変わり始めていた。。。
天候も段々悪くなり、一面を覆う霧も深くなった。。。
イェレヴァンから9時間後の19時にアルメニア国境に到着し出国手続きをする。。。
パスポートを増補しているために不審に思われたのか、いつもより念入りにパスポートをチェックされブラックライトを当てたり1枚1枚スタンプやビザを確認しながら、5分以上かかりやっと出国スタンプを押してくれた。。。
またバスに戻りイラン国境まで移動し入国審査になる。。。
イランの担当官はビザを見つけるとすぐにスタンプを押して終わり意外とあっけなく入国できた。。。
しかしアルメニアもイランも荷物検査がありバスの下の荷台に入れてる荷物もすべて持って行きチェックされる。。。
俺の荷物は少ないが地元のやつは1人なのに1人でも持てないほどの荷物を持ち込んでるので、それが44人にもなればそれだけでもかなりの時間がかかった・・・
多分アルコール類などのチェックが厳しいのだろう。。。
イスラムの国でもイランはアルコールが手に入りにくい国の1つらしい。。。
結局21時にバスはテヘランに向け出発した。。。
イランに入り30分時間を戻したので出入国に2時間半かかったことになる。。。
写真:2400mの峠 -
深夜の0時過ぎに食事休憩があったがトイレだけ済ましバスに戻り眠った。。。
目覚めたのは6時ごろで初めてのイランは雨が降っていた・・・
バスは足元が特に寒くあまり寝た気もしなかった・・・
9時にテヘランの西バスターミナルに到着したので、23時間バスに乗ってたことになる。。。
今までの最高がペルーで乗った24時間なので新記録更新にはならなかったが、2番目の記録となった。。。
バスを降りると一緒のバスだったイランの若者が話しかけてくる。。。
この若者は国境とかでも俺が困ってると話しかけてきて助けてくれていた。。。
今からどこに行く???と聞かれたので行き先を告げると、今から俺の弟が迎えに来るので送っていってやると言われ、その言葉に甘えることにした。。。
ターミナルから彼の弟車で送ってもらうがどこを走ってるか右も左も分からない・・・
今までイランについては旅行者からいろいろ聞いていて、結構悪い人も多いらしいので車中で本当に乗ってよかったのかちょっと後悔したが、降りることもできず流れに任せるしかなかった。。。
そうしてるうちに車が止まりここからは一方通行だからバスで行ったほうが早いよとバス停まで連れて行ってくれて、バスチケットまで買ってくれて持たせてくれた。。。
最後にはもしイランで困ったことがあったらいつでも電話してこいと携帯番号を教えてくれた。。。
そんな親切な彼らを少しでも疑った俺は何と罪深い人間なんだと罪悪感にさいなまれた・・・
やっとテヘランにある安宿のマシュハドホテルにチェックインでき荷物を置くとベットに倒れ込んで寝た。。。
写真:出国審査中 -
テヘランに着いてからは忙しかった。。。
観光に走り回ってわけでなく、これから行く先のビザ取りをしなければならなかった。。。
それぞれの大使館でビザ申請する前に、日本大使館に行きレターをもらう必要があった。。。
通称レターと呼ばれているが本当は「旅券添え状」というもので、ビザを申請する際に必要な国がある。。。
すべての国がいるわけでなく、圧倒的にいらない国が多いが、なぜ必要なのかわからないが必要な国も多少ある。。。
申請用紙には氏名、住所、緊急連絡先、渡航目的、渡航日程、渡航手段などを書くが、最後にその国に注意勧告や渡航の延期や渡航の是非の検討などが外務省から出ていれば、「私は○○の地域に渡航の延期がでていますが、その地域には絶対に行きません」という一筆を書かされる。。。
これは旅行者の安全を守ることでなく、何かあった時の日本大使館の責任逃れという趣旨が大いに感じられる。。。
でもそれさえ書けばほとんどレターは発行してくれるが、それでも今はパキスタンのレターは日本大使館が出し渋ってるようで、イランからパキスタンに行こうとしてた子はパキスタンビザを申請できずルート変更していた。。。
俺はパキスタンじゃなかったので無事にレターを出してくれたが、イラン大使館と言うのが分かりにくい場所にあり、他の国でも何度か日本大使館に行ったことがあるが、異質な大使館だった。。。
まず外観が暗く入り口からして牢獄へようこそと言わんばかりの重厚な鉄柵があり、中に入るとカウンターはマジックミラーになっていて、係員の顔を見るのでなく自分の顔を見ながらのやり取りだった。。。
それも2重のマジックミラーで唯一相手が見えるのが書類をやり取りする時の指先だけ・・・
しかしこれには訳があるらしく、昔イラン人が日本にたくさんやって来て悪さをいっぱいしていた時代があった。。。
例えば公園で改造テレカを売ってたり、偽バックや財布を売ったりと・・・
それで警察に捕まり強制送還されたイラン人が日本の銀行に残してきた現金が引き出せなくなり、それを何とかしてくれと大使館に押し寄せたらしい。。。
もちろん大使館では何ともできないので相手にしなかったのだが、その頃はマジックミラーでなかったので顔を覚えられて、待ち伏せされ家までつけられて危ない目に遭った人もいたようだ・・・
それから職員の安全を守るためマジックミラーにするようになったそうだが、それにしてもマジックミラーはいただけなかった・・・ -
テヘランでもドミトリー(相部屋)に泊まってた。。。
俺の部屋は5つベットがあり日本人3人フランス人2人いた。。。
日本人は俺と就職が決まったので大学生活最後の旅行に来てる女の子とフリーカメラマンの男性だった。。。
フリーカメラマンの人はイラク戦争の時も現地入りし取材していたフリージャーナリストでもあった。。。
悪い言葉で言えば争うごとを待ってる人???
そんな人がなぜこのイランに来たのか聞いてみると、近くイスラエルがイランを攻撃すると言う噂があるらしい。。。
攻撃するとイスラエルの後ろにはアメリカが付くことになり、イランの後ろにはロシアが付き、中国やサウジアラビアを先頭に中東諸国もイランに付くかもしれない。。。
ヨーロッパは多分態度を保留し、日本は顔面蒼白でどっりつかずであたふたしてるだろうと・・・
それが現実になると第5次中東戦争か第3次世界大戦にまで発展する可能性も高いそうな。。。
それが今月中旬から下旬にかけてあるかもしれないと彼は予想していた。。。
しかしこの話を聞いたのは今回が初めてではなかった・・・
他の旅行者からも近い内容の話しは聞いていたので、実しやかにそんな噂は流れているようだ。。。
ただフリーカメラマンの人もかなりの低い確率だけどと付け加えていたが・・・
でもここはイラン。。。
あってもおかしくないなと思わせてくれる国だった・・・ -
フリーカメラマンの人が情報収集のためテヘラン駐在の報道関係の人に会いに行ったとき、駐在の人がご馳走しますから食事でもどうですか?とお誘いをうけ、カメラマンの人は同じ部屋に日本人が2人いてるのですが、一緒でもいいですか?と大胆なお願いをいたところ太っ腹な駐在の人はOKしてくれ、小汚い格好をしたドミとリーに泊まってる日本人3人がテヘランでも1,2を争う高級ホテルの高級レストランでタイ料理を食べることになった。。。
タイ料理のレストランはさすがに高級ホテルに入ってるだけあって、利用してる人もほとんどが外国人で観光客というより駐在してる人やビジネスで来た人が多い感じがした。。。
みんなジャケットを着てるなか3人だけはそんな服も持ってるわけもなく、ヨレヨレの普段着で開き直って座っていた。。。
テーブルの上にはトムヤムクンを筆頭にタイ名物の料理が並んだ。。。
味もタイで食べるのと変わらないぐらいおいしかったが、さすがに高級料理レストランでもここはイランなのでお酒は出てこなかった・・・
みんなお酒好きみたいでちょっと不満げでノンアルコールビールを飲んだりしていたが、俺はお酒を元々飲まないので、プーケットトロピカルジュースをおいしくチューチュー飲んでいた。。。
会話もお互いに普段接することのない人たちなので、話すこと聞くことが新鮮な話題が多く、話しも尽きなかったが高級レストランはピアノの生演奏がありそれがちょっとうるさく聞き取りにくかった・・・
戦争はありますかねぇ?の質問にフリーカメラマンは期待も込めて3割ぐらいあるんじゃないのといい、駐在さんは冷静に95%はありませんねと言っていた。。。
しかし5%の確率であるの?と俺は上品な味のフライドライスを食べながら思っていた。。。 -
テヘランから南に900kmに位置するシーラーズ。。。
標高は1600mあるが南に下ってきたぶん日中は若干暖かくなった感じがした。。。
しかし季節は秋なので汗ばむような暑さでもなく心地よかった。。。
夜行バスで着たのでターミナルに着いたのは朝の8時過ぎで、バスターミナルは街の中心から少し外れていたが、地図を見るとそれほどの距離でもなかったし、朝だったので歩いて中心部まで行くことにした。。。
15−20分ぐらいで着くと思いきや、意外と距離があり30分近くかかってしまった・・・
ガイドブックに載ってた宿に行ってみるが改装中で閉まっていたので、人に聞いてた宿や飛込みで入ってみるがフルだったり値段高かったりとなかなか手頃な宿が見つからなかった・・・
何軒も回ってるうちに600円までは値下げできたが、希望額の500円にはならなかった。。。
仕方なく別の宿を探しに出るが、600円までは下がってもなかなか500円にはならない・・・
100円の攻防戦になってきた。。。
たかだか100円と言われるかもしれないが、ここまできたら意地だと自分に言い聞かせ荷物を持ったまま町中を歩き回る。。。
2時間ぐらい歩いただろうか、何軒回ったかわからないが町中のほとんどの安宿と思われるところは見た感じがしたが、どうしても500円にならない・・・
仕方なく自分自身に敗北宣言を出し、不本意ながら600円の宿に泊まることにした・・・
結局この作業で午前中をつぶしてしまうことになった・・・
しかし2時間も歩き回ったおかげで町中の散策と土地勘はつかめるようになっていた。。。
午後からはモスクを見に出かける。。。
モスクなんて珍しくもなく最近見に行く機会もなかなかなかったが、旅であった子にいいモスクだからと聞いていたので久しぶりにモスクに出かけることにした。。。
外観は何の変哲もない普通のモスクだが、中に入るとそこは前面ガラス張りの内装で、大きなガラスでなく小さな三角形や四角形のガラスが張り巡らされていた。。。
ときどき赤やブルーのガラスが入り、ライトは白や緑が使われていて、入った瞬間小宇宙にいるような感じさえしてきた。。。
今までいくつものモスク入ってきたが新感覚の特異なモスクだった。。。
ただ写真はうまく撮れなかった・・・
いつまでたっても写真の腕は上がらないものだ・・・ -
イランのお金の単位はリヤルで、現在1ドル=10000リヤルで円高のおかげで100円でも10000リアルと0を二つ取ればいいので計算しやすかったが、リヤルの他にもトマンという単位もあった。。。
トマンは10リヤルで1トマンとなる。。。
これが実にややこしい・・・
町中にはリヤルとトマンが入り乱れている。。。
それも悪いことに単位を言わなかったり書いてなかったり、書いててもアラビア文字なのでわからず、確認するか大体の物価から予想しなければならなかった。。。
缶ジュースを買っていくら?と聞くと500と返ってくる。。。
缶ジュースは5円では買えないので、これはトマンということで50円となる。。。
ハンバーガーを頼んで15000と言われると1500円もしないのでこれはリヤルということで150円になる。。。
なぜ2重の呼び方があるか疑問だがイランを旅する以上慣れるしかなかった。。。
しかし落とし穴かあった・・・
シーラーズから日帰りでペルセポリスに行った。。。
バム遺跡が地震で崩壊した今、イランの一番有名な遺跡だろう。。。
シーラーズの町からミニバスで50分行くとマルヴダシュトという町に着きそこからタクシーで行くことになる。。。
ミニバスは4000リヤルだった。。。
タクシーは乗り合いとプライベートがありもちろん乗り合いのほうが安いので、乗り合いを見つけ乗った。。。
運転手にいくら?と聞くと指を2本立てたので、2000リヤルだった。。。
乗り合いなのでそんなものだと思っていたし、現に降りていく客は1000とか2000リヤルしか渡してなかった。。。
しかし意外とペルセポリスは遠かった・・・
他の客は全員降り、ペルセポリスについた時は俺1人だった。。。
運転手に2000リヤル渡すと、怒り出し20000リヤルよこせと言ってきた。。。
20000リヤルとはプライベートタクシーの値段だった。。。
そんなに払えるかと言い返すと、怒鳴りだした・・・
こっちも怒鳴り返していたら、他の運転手たちがやってきたので事情を説明する。。。
ここにつれて来た運転手は英語をまったく話せない。。。
確かに距離もあったのでこっちも妥協して5000リヤル払ってやるというが、運転手は怒鳴るばかり・・・
他の運転手もその運転手にお前も悪いから妥協しろみたいなこと言ってるが、まったく聞かない。。。
野次馬も1人2人と去っていき、英語の話せる運転手1人だけ残った。。。
その運転手がここまで遺跡を見に来たのだから、嫌な思いをするのでなくあと5000リヤル払ってやればどうだと言ってきた。。。
たかが50円だ、こっちも心穏やかな気分で遺跡を見たかったので、10000リヤル渡して解決した。。。 -
心穏やかにして入ったペルセポリスはきれいな遺跡だった・・・
ただきれい過ぎる感じさえした。。。
歴史にうとい俺なので、ペルセポリスがどんな偉大な遺跡かはまったくもってわかっていない・・・
しかし今まで見てきた遺跡も何もわからすに見てきた。。。
こうやって旅をしていると歴史好きの人なら死ぬまでに一度は見てみたいと思ってるような遺跡も申し訳ないぐらい何もわからずに見てきた・・・
しかしわからないなりにもその遺跡を見ていると、その時代に生きていた人たちの息づかいや生活が感じれられる遺跡がある。。。
それは俺の勝手の想像でしかないが、そんなことが感じられる遺跡はやはり印象に残っている。。。
でもそれは有名な遺跡ばかりでなく、通りすがりの名も知らぬ遺跡でも息づかいや生活を感じられることも多かった。。。
でもこのペルセポリスでは伝わってくるものはなかった・・・
俺には単なる空虚な廃墟にしか感じられなかった。。。
廃墟なのにきれいに整えられ観光客を迎えてるようで、その生き残り方が滑稽にさえ見えた。。。
ただ見る人によってはこのペルセポリスに感動し、過去を想像できる人も少なくないと思う。。。
遺跡はそれぞれの見かたがあるのでおもしろいものかも知れない。。。
2時間ぐらい見て回りシーラーズの町に戻った。。。 -
エスファハーンはかつて世界の半分と賛えられるほどの壮大な都だったようだ。。。
その中心ともエマーム広場にはイランで最も美しいと言われているモスクや一度入ると迷路のように迷ってしまいそうなバザールなどがあった。。。
昔は壮大な都だったかもしれないが、今ではイランの観光のハイライトとして世界中から観光客が押し寄せ、観光の街をして生き延びていると言った感じだった。。。
イランで最も美しいと言われているモスクもウズベキスタンのサマルカントにあるモスクと似ていた・・・
というよりサマルカントがここのモスクを真似たらしい。。。
サマルカントに比べこちらのほうが大きくて、小を見て大を見るからいいよ、大を見て小ならつまらないけどと人に言われたが、実際見てみると小でも最初に見たという衝撃は強く、本家の大がくすんで見えてしまった・・・
俺の中では小が大を食っていた・・・
世界の半分と賛えられた当時の世界観がうかがい知れたようだった。。。 -
イランはイスラムの国で俺の中のイメージでは厳格なムスリム(イスラム教徒)が多く、これぞイスラムの国というのが体験できると楽しみにしていたが、これがまた予想に反してけっこうゆる〜い感じだ・・・
イスラムの女性はあまり外に出ることも少なく、街中で会うことも少なく出る時もチャドルという顔を覆うものをかぶり、家族や亭主以外の男性には顔を見せないものだが、イランでは女性の社会進出が多く街中には多くの女性が颯爽と歩いていた。。。
それもチャドルでなくスカーフを覆うぐらいで、髪の毛を見せることは禁じられているが、半分以上見えてる(見せてる)女性も多かった・・・
若いカップルは並んで歩き手をつないでる人たちもいた・・・
数年前まではほとんど見られない風景だったみたいだが、女性の社会進出が進みオープンになり女性のファッション意欲が宗教を越えてしまったのだろう・・・
ムハンマド(イスラム教創始者)がこの現状をもし見たとしたら、たぶん失神して宗教のあり方を考えてしまうでしょう。。。
しかしスカーフを覆うことは法律で決まられているので観光客の女性に対しても強制されている。。。
数年後にはスカーフすら取ってしまうイランの女性が出てくるかもしれない。。。 -
しかしそんなイランでも男性の俺から女性に声をかけたりすることは躊躇してしまう。。。
他のイスラムの国では御法度みたいなものだから・・・
しかし声をかけられるぶんには問題ない。。。
エマーム広場を歩いていると、またもや好奇心旺盛な女子高生に声をかけられる。。。
初めは3−4人が寄ってきて一緒に写真撮ってほしいと。。。
こっちからは撮れなかったので喜んで一緒に撮る。。。
イランの女子高生も英語は話せなかったが、1人話せる子がいてその子を介して質問攻めにあう。。。
ふと周りを見るともう10人ぐらいの女子高生に囲まれバシャバシャ写真を撮られていた。。。
「家族はいるの」 「日本にいるよ」
「結婚してるの」 「独身だよ」
「何歳」 「○○歳」
「そのカメラってSONY製」 「そうだよ」
「SONYって韓国の会社でしょ」 「・・・日本の会社だよ」
「へぇ〜そうだったの、私韓国好き」 「そうなんだ」
「韓国の俳優はかっこいいし」 「なんで知ってるの」
「ドラマとかやってるし」 「そうなんだ」
「宗教は?」 「仏教だよ」
無宗教というとなぜ?とかあなたは何を信じてるの?とかうるさいので、最近は仏教で統一。。。
「日本の学校でイスラム教の勉強する?」 「それはしないかな」
「イスラム教に改宗するとここにいてる誰でも結婚できるわよ」 「え・・・本当に?」
一夫多妻のイスラムで4人までの奥さんを持てるしと、一瞬日本を捨てることを考えた中年オヤジの俺・・・
17歳の女性高生たちにまたもや翻弄されてしまった・・・
30分ぐらい話し、最後に1人の女子高生がイスラムのお祈りの時に使う数珠をくれて、こちらもまたあっけなくみんな去って行ってしまった・・・
去り際に意味を分かってか分からずか「I LOVE YOU」と捨て台詞のように言って行った・・・
でも韓国人にこんなに押されているとは・・・
がんばれSONY!!!
がんばれニッポン!!! -
エスファハーンから一旦テヘランに戻り、申請していたウズベキスタンビザを受け取り、2泊ほどして夜行でマシュハドに移動した。。。
マシュハドの第一印象は寒い・・・
夜行バスの温度計は外気温を0度と表示していた・・・
朝7時のバスターミナルは晴天で気持ちよかったが、その寒さに持っている服を総動員させる。。。
日中も5−6度前後で道端の水溜りは夜中に凍り昼間も日が当たらなければ凍ったままだった。。。
大阪の一番寒い時期と同じぐらいか、それより寒いかも知れない。。。
寒いのは基本的に苦手なのだが、でも宿に着くと暖かかった。。。
イランはガス代がとてつもなく安いので24時間暖房をかけっぱなしにしてる。。。
それがせめてもの救いだった。。。
電気代は2ヶ月で2000円程度でガソリンは1リッター10円程度だそうな。。。
だからイランのバス代は他の国に比べて格段に安かった。。。
長距離バスで900km走っても800円程度だったし、大型バスで乗り心地も結構よかった。。。
市バスは2円から5円程度と無料でもいいのじゃないかと思うほど安かった。。。
さすがアメリカに目も敵にされ経済制裁を受けてても、資源の力で十分にやっていけてる。。。
ただアメリカに経済制裁を受けてる影響でクレジットカードなどがまったく使えず、今日もニコニコ現金払いなので、旅行者にとっては少し不便な面はある。。。 -
マシュハドの見所は唯一街の中心にあるエマーム・レザー(ハラム)という宗教複合施設だった。。。
その唯一の見所がとてつもなくすごかった。。。
ハラムの中には2つのモスクに2つの博物館や12の門に6つの神学校と4つの広場があり、とりわけイスラム教のテーマパークのようなものだった。。。
外国人オフィスに行くと無料でハラムのVCDもくれた。。。
今の時期は観光シーズンでもないので、異教徒は俺だけではないのだろうかと思うほど、そこはイスラム一色の世界だった。。。
モスクの中は男女別に仕切られているが、広場などは1日数回のお祈りの時間を除けば男女一緒にいたり、家族でくつろいだりしていた。。。
ハラムの中心にはエマーム・レザー廊があり、そこにはエマーム・レザーの墓があった。。。
その墓に触ろうと押し合いながら進んでいくものや、周りでひたすらコーランを読んでいるものや、感極まって泣いているものもいた。。。
男女は仕切られているが女性のほうも墓に触ろうと壮絶なバトルを繰り広げていた。。。
もちろん泣いてるものもいる。。。
一体その涙はどんな涙なのだろうか???
嬉しい涙なのか、悲しい涙なのか・・・
その理由はわからないが、久しぶりに大人が泣く風景を見た感じだ。。。
こういう場所に来るといつも思う。。。
信じる力ってすごいなぁ〜と・・・ -
ハラムへは荷物は持ち込めず、入り口に預けることになる。。。
もちろんカメラも持ち込み禁止になっている。。。
でも現地人は携帯を持ち込みそれでバシャバシャ写真を撮っていた。。。
俺は携帯を持ってないので、悪いこととはわかっていてもどうしてもカメラを持ち込みたかった。。。
入り口でボディチェックされるので、うまく隠さないといけない。。。
靴下の中などいかにも隠してますって場所に隠して見つかると確信犯的で入場を拒否されても困るので、見つかっても不自然じゃない場所に隠す必要があった。。。
必然的にポケットになる。。。
何度がチャレンジするがポケットなので見つかってしまい、預けてきてくださいと言われる・・・
ポケットに手袋や帽子を一緒に入れたり、本を入れたりと創意工夫しながらやってると、何とかボディチェックをパスして持ち込みに成功した。。。
しかし中でも見つかると追い出されそうなので、あちこちにいる施設職員の目を盗みながら撮ろうとするがなかなか撮れない・・・
悪いことはできないなぁ〜と思いながらも何枚か撮る。。。
金曜日はイスラムの休日でハラムも平日以上に多くの人が訪れる。。。
4つある1つの広場で金曜日の午前中に座って本を読んでると、昼前にはどんどん人が集まりだし、広場が足の踏み場もないほどの人で埋め尽くされていた・・・
いったい何人いてるのだろうか???
4−5000人はいてる感じがする。。。
広場は4つあり建物の中にも大勢の人がいるので、2−3万人はいてるかもしれない。。。
その人々が1日数回のお祈りの時間には一斉に立ち、お辞儀し、床に額をつけ祈る。。。
その姿はとても美しいものに見えた。。。
やっぱり思ってしまう・・・信じる力ってすごいと・・・
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