2008/09/01 - 2008/09/01
454位(同エリア453件中)
honneamisさん
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「ポニョ」と「ダークナイト」一気に観ました。いやー、どっちも傑作です。
え?福田ナニガシがどしたって?んな無責任な坊っちゃんチンパン二世総理がどーのより、ポニョがジブリの新しい時代を拓いたことの方が大事件だよ。
しっかし、これつまんないって言ったやつ誰だ?!すんげー面白いじゃん!むしろ海外に認められる普遍性という点では、ピカチ。。いやさピカイチ☆だと断言するよ。
なぜなら、ポニョは“動く絵本”として、それこそ5歳児くらいの世界中の子どもに、セリフやシナリオや果ては文化の違いをも超越した強烈な魅力を、「絵」のみで伝えれる、初と言っていい宮崎アニメになってるから。「トトロ」でもローカル色が若干強く、世界中の人の無意識に容易にアクセスできるほど垣根は低くなってないと思う。
それが初めて巨人ディズニーと世界で真っ向勝負できる作品ができたんだから、吉報を待たずしてどーする。ディズニーの連中これ観たら悔しがると思うよー、絶対。もう自分たちじゃ逆立ちしたってここまでセル画じゃできねーって。柔よく剛を制すだよ。
だから必ず海外の賞獲れると予言しとく。獲れなかったら?そりゃアレだ。逆立ちして町内一周だよ。
て訳で私は「ポニョ」全面擁護派です。観る前にかなりズタボロなレビューがあるの読んで、観るの止めようかと思ったけど、ジブリアニメでは一番好きになりました。今までは3位「火垂るの墓」、2位「ナウシカ」で1位「ぽんぽこ」でしたが(笑)、久々順位変動です。
この手の作品の楽しみ方は、ミニシアター系を観る時と同じく、その世界に“浴する”、あるいは“ダイブ”する感覚で身を委ねるのが一番です。時間は多少掛かりますが、世界に入り込めた時は至福の映像体験が待ってます。
その際重要なのは、個々の事象の整合性とかにとらわれ過ぎると、「木を見て 森を見ず」みたいに本質が伝わってこない場合が多々あるということ。が、優れた芸術作品は必ず魂の深い部分をシャッフルしてくれるというか、耕してくれるような瞬間を宿しています。
その意味ではポニョの映像体験は、「チェブラーシカ」のような、手作りの温もりが直に伝わってくる素敵なものでした。私なんか、もう頬も涙腺も同時に緩みまくりで危ない人みたいでした。あー、でもロリコンじゃないですよー。
ただ思うに、これは宮崎監督なりの、「ハイジ」へのセルフオマージュのように感じました。そんな言葉あるかは知らないですが。。
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以上総論。次ディティールへ。
やっぱり宮崎監督はファンタジーの名手ですね。あの擬人化した波を見ただけで、ヤラレターって思いました。海の持つ不気味さの一面を、よく表現しています。私は夜の浜辺の磯の香を感じました。あの波一つだけでも童話できるでしょうね。名前は波平で(^-^)
水中の表現(古代生物も含めて)も見事です。あれなんか監督の見たい海でもあるんですよね?!訊いてみてー(*仝*)
それに、おもちゃの船がかわいい実用船になるのなんか、もう男の子のハート鷲づかみですよ。子どもに「夢」を見させるってこと監督は忘れてなんかいない証拠です。大人は「保証外」なんですな、きっと。
それと、“絵本”として見たら、ポニョと妹たちが、巨匠レオ・レオーニの「スイミー」の絵本とオーバーラップして、またほほ笑ましかったです。スイミーは時代を越えた、もはや芸術作品ですからね。宮崎監督も、よりよいものを残そうと全セル画にこだわったんだと思います。
そして個人的なツボシーンを♪
宗介のお母さん、リサのドラテクにはシビれました。マニュアルトランスミッションを駆使して、軽を振り回すテクニックは、ラリードライバーもあわやです。いや、レベルの低いサイドドリでもないので、某とうふ屋のハチロクと勝負させたいくらいです。ハッキリ言って惚れました(*'o'*)
これもあんな乱暴な運転見てられない、と心の狭い意見がありますが、リサのアクティブさの監督らしい表現であり、遊び心ってのが分かりませんかね〜。。
ほら、監督は人物キャラにもよく限界以上の動きをさせるでしょう?多分監督は、限界付近の挙動が一番キャラの「生命力」を印象付けやすいからそうするんでしょうね。ハラハラドキドキ感を観客にも疑似体験させる上でも。
それにCGなんかじゃ出せない躍動感あふれる車見て、「うれしそうに走ってるな〜この車」って私は思いましたよ。「生まれてきてよかった」と作中で一番イキイキしてるのはリサの車ですね、私の見たところ。
車だってこの世に生まれてきた以上は、くすぶったままその生を終えるのは本望じゃないと思うんですね。本来の性能は宝の持ち腐れなスポーツカーや4駆なんかいっぱいいますしね。
あ、今度こそ話が脱線しました('◇')ゞ
そうそう、ポニョの本名ブリュンヒルデも、由来は違うにせよ「銀英伝」好きなら、もうあの白い優美な戦艦を見ても、福々しい人面魚が目に浮かんでニヤけてしまうことでしょう。いや愉快ゆかい。
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ハイ、ここまでが表レビューです。
裏レビューはちとスパイス効いてます。ポニョ否定派読まないのオススメします。
裏レビューのテーマは、「子どもの無垢なラジカルさ・残虐性を云々する無粋」についてです。
そもそも、子どもにただ道義性を求めることこそ、子どもを理解していないと私は思います。子どもは本来的に残酷な生き物です。
それが虫なんかを殺したり、身近な人やペットが死んだりする中で、後天的に命の重みが皮膚感覚として身についていくんですから(ゲームでしか遊べない子はかわいそうですね)、その前の段階のイノセントな純粋さをポニョで表現した監督は、本当に子どもというものをよく観察していると思います。
それをポニョが津波を起こした責任や補償問題をあげつらって、シナリオの杜撰さを指摘している人がいますが、私見では、宮崎監督が描いたポニョの世界にそんなことをガタガタ言う人はいません。あの口うるさいトキばあさまも違うやさしさ持ってたでしょ?
当然でしょう。監督は、子どもたちに他人に対するゆとりや、自然に対する畏怖の念に満ちた、“あり得べき”アナザーワールドを見せたかったのであり、すぐ他人のせいにする「現実社会」とは明確に違うと思います。
そういう意味では、この作品を口汚なくののしる人こそ、宮崎監督が図らずも用意することになった、「踏み絵」を踏まされていると言えるのでは・・・。
否定派の人に忠告するけど、そんな言い掛かりつけても監督タメ息つくだけだよ、きっと。
だからつまんないと思った人は、全て監督のせいにすることで、自分の感受性が摩耗してしまってることを認めたくないんじゃないかな?
別に、「ポニョ」のよさが伝わらなくても、ただ真っ黒クロスケが見えなくなっただけなんだから、そんなに悲観することないと思う。何も言わなければ、それがまともな大人の反応だし。
まあ確かに「もののけ姫」の時は中だるみがあって、上映中に走り出す子もいましたが、「ポニョ」は愉快な笑い声が客席から絶えず聞こえましたよ。
それがまるで「火垂るの墓」のセツ子ちゃんがそこで笑ってるみたいで、ワタクシも一つジ〜ンとなってしまいました(T^T)
だから結局、子どもが一番よく分かってるんだと思います。一番容易にアクセスしてるみたいですし。
これつまんないって5歳児いたら、そっちの方が深刻な問題と思いません?
え?私??そりゃもう、鳥足ポニョのぬいぐるみ欲しいですねー。30過ぎのおっさんですが、初めてジブリグッズ欲しくなりました。子どもどころか結婚まだですが(爆)
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・・・と、結論づけていましたが、あるレビューに妙に納得することが。
というのも、公式パンフに載っているそうだが、津波の後、船で会う赤ちゃん連れの夫婦は、時代の違う大正時代の人らしいのだ(驚愕)
ちょっとマジメに検証してみることにしよう。
それが事実なら、映画を観て感じたことが根底から覆されることになるからだ。
私はイイ話だな〜、ハッピーエンドで良かったな〜と無邪気に感動していたが、事実として町一個(もっとかも)壊滅していたら、彼らはポニョによって、あの世に連れて行かれたことになる。いや、もうニュースキャスターに至るまで、み〜んな彼岸に連れ去られていたともいえるのだ。だから時代の違う人とも会え、おばあちゃんたちも歩けるようになったと考えれば、それでも一応つじつまが合う。
宗介のお父さんたちの船が集まっていたのも、「紅の豚」で出てきた飛行機乗りの空の墓場と重なるではないか。
実際はどうかまだ判りませんが、そう考えると、「ポニョ」に込められた深さがまたズシンと伝わってきました。これは確かにグリム童話の本来的な残酷さにもつながるし、現代の神話とも言えますね。
私は清水寺に思い至りました。今は観光でみんな楽しんでいますが、清水寺は記録に残された日本最古の自殺スポットであり、清水の舞台の下の小川には確かに供養塔みたいなのがいっぱいあって、清水寺はあの世とこの世の境目という、もう一つの顔を持つのです。
「ポニョ」に意図してその怖さを込めていたとしたら、監督は“進化”までする、天才の中の天才だと私は改めて驚きますね。
「もののけ姫」以降、監督は伝えたいことを説明し過ぎて、逆に伝わらないもどかしさがあったように勝手に想像します。
だからこそ今回はまた違う神話や古典の、全く違う表現手段を採ったのだとしたら、監督は今まで培った方法論をアッサリ捨てて大冒険をしたことになります。「意識」に語り掛ける手法から「無意識」に語り掛ける手法へと切り換えるのは勇気が要ったと思います。
でも、その“自由”さは、私たち凡人がどーこー言う次元なんか、とっくに超越したところで監督はものを創ってるんだな〜って、なんかうれしくなるくらいです。
まっこと宮崎駿ちゅんは日本の宝ぜよ。いやマジで。人間世界遺産で保護しないといかんきに。。
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最後に、ちょうど神戸でやっていた宮沢賢治展で見た「注文の多い料理店」の出版当時の広告文句を載せときます。
「これらは決して偽でも架空でも窃盗でもない。多少の再度の内省と分析はあっても、たしかにこの通りその時心象の中に現れたものである。
故にそれは、どんなに馬鹿げていても、難解でも必ず心の深部において万人の共通である。
卑怯な成人たちに畢竟(ひっきょう)不可解な丈(だけ)である」
どうです?私は生前に一部の人を除いてほとんど顧みられなかった賢治と、一部の人に「ポニョ」をボロカスにけなされる宮崎監督が重なって見えます。
まあ、時間が「答え」を導き出してくれることでしょう。ポニョ否定派はその時にはポニョの本当の魅力に気付きますかね?
いんやぁ オラはそう思わねーだよ。おでぇかんさま(´〜`)
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・・・さて、自分がどう感じたか、そして風説(公式パンフには大正時代云々は書いてなかった)を手掛かりにポニョレビューを書き足してきましたが、増築を重ねた違法建築のような(ゴミ屋敷?!シツレーな(`∞´)カオスレビューになってきました。
最後に知ったばかりの自分にとって驚愕の事実を自分なりの結論にしてなんとか締めくくりたいと思います。
それは、ポニョのロケハンが広島県福山市の鞆の浦でされたという事実です。
福山は実家の隣り街であり、鞆の浦はお気に入りのドライブコースでもあった場所。
そこへ宮崎監督は04年11月のジブリの社員旅行で初めて訪れ、さらに翌年2〜3月には長期滞在もしていたということです(*'o'*) -
なんてこったい!その時期は地元にいた頃だ。もしかしたら宮崎監督と会えたかもしれなかったのにー!!
監督は阿藻珍味の手作りちくわ作って食べたんだろうか?路地裏の絶品惣菜屋に寄っただろうか?グリーンラインの海に飛び込むようなワインディングをリサの通勤路にしたんだろうか?
訊きたいことがグルグルしてる。
公式パンフに監督が瀬戸内海と太平洋の海面の高さの違いを寄稿していてアレっと思っていたが、その瀬戸内海がよく知っている鞆の浦だったのは驚く他にない。
そして、鞆の浦の抱える問題に監督も深くコミットしていたことが判り、それを補助線として見て、ようやく監督が「ポニョ」で伝えたかったことに自分の中で合点がつきました。 -
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