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真夏の和歌山、後半は、和歌山城を見学した後、岩出市の根来寺、紀ノ川市桃山の桃街道まで足を延ばしました。<br /><br />和歌山と言えば、みかん、梅干しを思い浮かべますが、史跡・旧跡も多く、いろいろ楽しめます。<br /><br />雑賀衆、根来衆と織田信長・豊臣秀吉の対立など、歴史を再認識した旅行となりました。<br />

真夏の和歌山:(後半)和歌山城、根来寺など

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2008/07/20 - 2008/07/20

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morino296

morino296さん

真夏の和歌山、後半は、和歌山城を見学した後、岩出市の根来寺、紀ノ川市桃山の桃街道まで足を延ばしました。

和歌山と言えば、みかん、梅干しを思い浮かべますが、史跡・旧跡も多く、いろいろ楽しめます。

雑賀衆、根来衆と織田信長・豊臣秀吉の対立など、歴史を再認識した旅行となりました。

  • 和歌山城 一の橋と大手門<br /><br />JR和歌山駅前からバスに乗り、公園前で下車。<br />バス停のすぐ近くに大手門があります。<br /><br />当初は、一之橋御門とよばれていたが寛政8年(1796)に大手御門と改称されたそうです。<br />明治42年(1909)に自然倒壊し撤去され、昭和58年(1983)に、一の橋と共に再建されたもの。<br />(和歌山城のパンフレットより)

    和歌山城 一の橋と大手門

    JR和歌山駅前からバスに乗り、公園前で下車。
    バス停のすぐ近くに大手門があります。

    当初は、一之橋御門とよばれていたが寛政8年(1796)に大手御門と改称されたそうです。
    明治42年(1909)に自然倒壊し撤去され、昭和58年(1983)に、一の橋と共に再建されたもの。
    (和歌山城のパンフレットより)

  • 一の橋の樟樹(楠)<br /><br />大手門を入った右手にある樹齢450年といわれる大楠。<br />幹の周囲は7m、高さ25m、太い枝を四方に伸ばし約35mにおよぶ城内最大の樹木。<br />昭和20年の空襲で被害を受けたが、樹勢が回復したそうです。

    一の橋の樟樹(楠)

    大手門を入った右手にある樹齢450年といわれる大楠。
    幹の周囲は7m、高さ25m、太い枝を四方に伸ばし約35mにおよぶ城内最大の樹木。
    昭和20年の空襲で被害を受けたが、樹勢が回復したそうです。

  • 大手門から入った突き当りにある亀甲積みの石垣<br />

    大手門から入った突き当りにある亀甲積みの石垣

  • 伏虎像<br /><br />解説によれば、<br />江戸時代、和歌山城は別名「虎伏山竹垣城」と呼ばれている。これは、和歌山城の建つ山が海上から見ると猛虎が伏している姿に似ているため。<br />この像は、和歌山城の別名にちなんで、昭和34年に建てられた二代目。<br />初代の像は、和歌山出身の有吉佐和子の小説「紀ノ川」にも登場するが、銅製であったため、戦時下の昭和17年に供出されたそうです。<br /><br /><br />

    伏虎像

    解説によれば、
    江戸時代、和歌山城は別名「虎伏山竹垣城」と呼ばれている。これは、和歌山城の建つ山が海上から見ると猛虎が伏している姿に似ているため。
    この像は、和歌山城の別名にちなんで、昭和34年に建てられた二代目。
    初代の像は、和歌山出身の有吉佐和子の小説「紀ノ川」にも登場するが、銅製であったため、戦時下の昭和17年に供出されたそうです。


  • 大手門から入った突き当りにある石垣(内側)<br /><br />敵に攻められた時は、この石段を上り、石垣の上から弓を射たそうです。<br /><br /><br />

    大手門から入った突き当りにある石垣(内側)

    敵に攻められた時は、この石段を上り、石垣の上から弓を射たそうです。


  • 和歌山城 天守閣へ登る表坂登り口

    和歌山城 天守閣へ登る表坂登り口

  • 和歌山城 天守閣<br /><br />和歌山城は、天正13年(1585)に紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まり。<br />天正14年、秀長の城代として桑山重晴が入り、慶長5年(1600)には、関ヶ原の戦いで功をたてた浅野幸長が入城。そして、元和5年(1619)には徳川家康の第10子頼宣が入城し、紀州55万5千石の居城となり、以来、尾張・水戸と並び、徳川御三家のひとつとして長い歴史を刻んできました。<br /><br />

    和歌山城 天守閣

    和歌山城は、天正13年(1585)に紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まり。
    天正14年、秀長の城代として桑山重晴が入り、慶長5年(1600)には、関ヶ原の戦いで功をたてた浅野幸長が入城。そして、元和5年(1619)には徳川家康の第10子頼宣が入城し、紀州55万5千石の居城となり、以来、尾張・水戸と並び、徳川御三家のひとつとして長い歴史を刻んできました。

  • 和歌山城 天守閣<br /><br />現在の天守閣は、昭和20年の戦災で焼失後、昭和33年に再建されたもので、「日本名城100選」の一つに選定されています。

    和歌山城 天守閣

    現在の天守閣は、昭和20年の戦災で焼失後、昭和33年に再建されたもので、「日本名城100選」の一つに選定されています。

  • 和歌山城 天守閣の入口

    和歌山城 天守閣の入口

  • 和歌山城 天守閣から西の眺め<br /><br />天守閣からは和歌山市街が見渡せます。<br /><br />西側には紀ノ川から和歌山港が見えます。<br />淡路島も見えるそうですが、この日は見えませんでした。

    和歌山城 天守閣から西の眺め

    天守閣からは和歌山市街が見渡せます。

    西側には紀ノ川から和歌山港が見えます。
    淡路島も見えるそうですが、この日は見えませんでした。

  • 和歌山城 天守閣から北の眺め<br />

    和歌山城 天守閣から北の眺め

  • 天守閣に植えられている三宝柑<br /><br />三宝柑の由来<br />幕末末期に紀州藩士の屋敷に珍しい果物がなり、それを第10代藩主徳川治宝に献上したところ形状、味状ともに優れているとして、治宝が三宝柑と命名し、非常に珍重し一般に栽培することを禁止し、和歌山城内にも古木があったそうです。<br />明治維新以降は、自由に栽培できるようになり、特産物となっています。

    天守閣に植えられている三宝柑

    三宝柑の由来
    幕末末期に紀州藩士の屋敷に珍しい果物がなり、それを第10代藩主徳川治宝に献上したところ形状、味状ともに優れているとして、治宝が三宝柑と命名し、非常に珍重し一般に栽培することを禁止し、和歌山城内にも古木があったそうです。
    明治維新以降は、自由に栽培できるようになり、特産物となっています。

  • 動揺「毬と殿様」の歌碑<br /><br />作詞 西条八十 作曲 中山晋平<br /><br />1 てんてんてんまり てん手まり<br />  てんてん手まりの 手がそれて<br />  どこからどこまで とんでった<br />  垣根をこえて 屋根こえて<br />  表の通りへとんでった <br />  とんでった<br /><br />2 表の行列 なんじゃいな<br />  紀州の殿様 お国入り<br />  きんもんさき箱 ともぞろい<br />  おかごのそばには ひげやっこ<br />  毛槍をふりふり ヤッコラサの<br />  ヤッコラサ<br /><br />3 てんてんてんまり てん手まり<br />  はずんでおかごの やねの上<br />  もしもし紀州の お殿様<br />  あなたのおくにの みかん山<br />  わたしにみさせて くださいな<br />  くださいな<br /><br />4 おかごはゆきます とうかいどう<br />  とうかいどうは 松なみ木<br />  とまりとまりで 日がくれて<br />  一年たっても もどりゃせぬ<br />  三年たっても もどりゃせぬ<br />  もどりゃせぬ<br /><br />5 てんてん手まりは 殿様に<br />  だかれてはるばる たびをして<br />  きしゅうはよいくに 日の光<br />  山のみかんに なったげな<br />  赤いみかんに なったげな<br />  なったげな<br />

    動揺「毬と殿様」の歌碑

    作詞 西条八十 作曲 中山晋平

    1 てんてんてんまり てん手まり
      てんてん手まりの 手がそれて
      どこからどこまで とんでった
      垣根をこえて 屋根こえて
      表の通りへとんでった 
      とんでった

    2 表の行列 なんじゃいな
      紀州の殿様 お国入り
      きんもんさき箱 ともぞろい
      おかごのそばには ひげやっこ
      毛槍をふりふり ヤッコラサの
      ヤッコラサ

    3 てんてんてんまり てん手まり
      はずんでおかごの やねの上
      もしもし紀州の お殿様
      あなたのおくにの みかん山
      わたしにみさせて くださいな
      くださいな

    4 おかごはゆきます とうかいどう
      とうかいどうは 松なみ木
      とまりとまりで 日がくれて
      一年たっても もどりゃせぬ
      三年たっても もどりゃせぬ
      もどりゃせぬ

    5 てんてん手まりは 殿様に
      だかれてはるばる たびをして
      きしゅうはよいくに 日の光
      山のみかんに なったげな
      赤いみかんに なったげな
      なったげな

  • 和歌山城 新裏坂から下山しました。

    和歌山城 新裏坂から下山しました。

  • 和歌山城 新裏坂を下りたところで見つけた玉虫

    和歌山城 新裏坂を下りたところで見つけた玉虫

  • 和歌山城 鶴の渓(つるのたに)<br /><br />先代藩主浅野公がここで鶴を飼育していたことからこの名が付いたそうです。

    和歌山城 鶴の渓(つるのたに)

    先代藩主浅野公がここで鶴を飼育していたことからこの名が付いたそうです。

  • 和歌山城 西の丸庭園(紅葉渓庭園)<br /><br />紀州徳川家初代藩主頼宣が築造したもの。<br />起伏の変化に富み、江戸時代初期に作庭された城郭庭園屈指の名園で、国の名勝指定を受けています。<br />

    和歌山城 西の丸庭園(紅葉渓庭園)

    紀州徳川家初代藩主頼宣が築造したもの。
    起伏の変化に富み、江戸時代初期に作庭された城郭庭園屈指の名園で、国の名勝指定を受けています。

  • 和歌山城 西の丸庭園 渓流と紅葉渓橋(もみじだにばし)

    和歌山城 西の丸庭園 渓流と紅葉渓橋(もみじだにばし)

  • 西の丸庭園 鳶魚閣(えんぎょかく)<br /><br />堀池に浮かぶ釣殿風建物、昭和48年に復元されたものです。

    西の丸庭園 鳶魚閣(えんぎょかく)

    堀池に浮かぶ釣殿風建物、昭和48年に復元されたものです。

  • 和歌山城 西の丸庭園の御橋廊下<br /><br />御橋廊下は、藩の政庁や藩主の生活の場である二の丸と、紅葉渓庭園のある西の丸とを行き来する橋で、江戸時代には藩主とそのお付の人だけしか行き来できない奥向きの橋でした。<br />そのため、外から見えないように壁と屋根が設けられ、部屋の廊下のような作りとなっています。<br />斜めに架かる廊下橋は、全国的にも珍しく、江戸時代の図面に基づき、平成18年に復元されました。<br />

    和歌山城 西の丸庭園の御橋廊下

    御橋廊下は、藩の政庁や藩主の生活の場である二の丸と、紅葉渓庭園のある西の丸とを行き来する橋で、江戸時代には藩主とそのお付の人だけしか行き来できない奥向きの橋でした。
    そのため、外から見えないように壁と屋根が設けられ、部屋の廊下のような作りとなっています。
    斜めに架かる廊下橋は、全国的にも珍しく、江戸時代の図面に基づき、平成18年に復元されました。

  • 和歌山城<br /><br />緑茂る虎伏山に天守閣がそびえます。

    和歌山城

    緑茂る虎伏山に天守閣がそびえます。

  • 和歌山城 二の丸広場

    和歌山城 二の丸広場

  • 郷土玩具 紀州まりと紀州凧

    郷土玩具 紀州まりと紀州凧

  • 和歌山市役所

    和歌山市役所

  • 和歌山市内

    和歌山市内

  • 根来寺(ねごろじ) 大塔と大傳法堂<br /><br />根来寺は、和歌山から東に17Kmほどの岩出市にある新義真言宗総本山で一乗山大伝法院根来寺といいます。<br />覚ばん上人が、大治元年(1126)平為里により岩手荘を寄進され、神宮寺を建てたことに始まります。<br />室町時代末期の最盛期には堂塔2700、寺領72万石といわれるまでになり、真言宗三大学山の一つとして全国から学問を志す僧侶が集まったそうです。<br />警護のための僧兵の勢力も強大となり、根来衆と呼ばれる僧兵は、近在の雑賀荘の鉄砲隊とともに織田信長、豊臣秀吉に抵抗し、これを恐れた豊臣秀吉が天正13年(1585)に根来攻めを行い、大伝法院の一角と2、3の寺院を残し焼失したそうです。<br />江戸時代には紀州徳川家の庇護のもと一部が復興されました。<br />(根来寺のパンフレット参照)<br /><br /><br />

    根来寺(ねごろじ) 大塔と大傳法堂

    根来寺は、和歌山から東に17Kmほどの岩出市にある新義真言宗総本山で一乗山大伝法院根来寺といいます。
    覚ばん上人が、大治元年(1126)平為里により岩手荘を寄進され、神宮寺を建てたことに始まります。
    室町時代末期の最盛期には堂塔2700、寺領72万石といわれるまでになり、真言宗三大学山の一つとして全国から学問を志す僧侶が集まったそうです。
    警護のための僧兵の勢力も強大となり、根来衆と呼ばれる僧兵は、近在の雑賀荘の鉄砲隊とともに織田信長、豊臣秀吉に抵抗し、これを恐れた豊臣秀吉が天正13年(1585)に根来攻めを行い、大伝法院の一角と2、3の寺院を残し焼失したそうです。
    江戸時代には紀州徳川家の庇護のもと一部が復興されました。
    (根来寺のパンフレット参照)


  • 根来寺 国宝大塔<br /><br />明応5年(1496)に建立され、わが国最大の木造多宝塔で、明治32年に国宝に指定されています。<br />高さ40m、横幅15m。

    根来寺 国宝大塔

    明応5年(1496)に建立され、わが国最大の木造多宝塔で、明治32年に国宝に指定されています。
    高さ40m、横幅15m。

  • 根来寺 大傳法堂<br /><br />根来寺の本堂で文政10年(1827)に再建され、<br />本尊は大日如来です。<br /><br />境内は36万坪、葛城連峰の山腹にあり、桜、青葉、紅葉と季節ごとに趣があるそうです。

    根来寺 大傳法堂

    根来寺の本堂で文政10年(1827)に再建され、
    本尊は大日如来です。

    境内は36万坪、葛城連峰の山腹にあり、桜、青葉、紅葉と季節ごとに趣があるそうです。

  • 根来寺 太子堂<br /><br />弘法大使空海を本尊として祀っています。<br /><br /><br />

    根来寺 太子堂

    弘法大使空海を本尊として祀っています。


  • 根来寺 光明真言殿<br /><br />享和元年(1801)建立。<br />開山興教大師(覚ばん上人)像が安置されています。

    根来寺 光明真言殿

    享和元年(1801)建立。
    開山興教大師(覚ばん上人)像が安置されています。

  • 根来寺 鐘楼門<br /><br />

    根来寺 鐘楼門

  • 根来寺 行者堂<br /><br />僧侶が護摩を焚き、真言密教の修法をするところです。

    根来寺 行者堂

    僧侶が護摩を焚き、真言密教の修法をするところです。

  • 根来寺 本坊<br /><br />

    根来寺 本坊

  • 根来塗 発祥の地記念碑<br /><br />この寺では、数千人にも上る僧たちが日常に使う什器として大量の漆器が生産されたそうですが、豊臣秀吉の根来攻めで、工人たちは散り散りになり、和歌山県の海南黒江を始め、輪島や薩摩に行き着いたそうです。<br />根来塗の技法が各地に伝えられ、近代漆器のルーツと言われるています。<br />

    根来塗 発祥の地記念碑

    この寺では、数千人にも上る僧たちが日常に使う什器として大量の漆器が生産されたそうですが、豊臣秀吉の根来攻めで、工人たちは散り散りになり、和歌山県の海南黒江を始め、輪島や薩摩に行き着いたそうです。
    根来塗の技法が各地に伝えられ、近代漆器のルーツと言われるています。

  • 根来寺 身代不動尊参道

    根来寺 身代不動尊参道

  • 根来寺 不動堂<br /><br />「三国一のきりもみ不動」で有名な不動尊を本尊に嘉永3年(1850)に建立されました。<br />興教大師が難に遭われた時に身代わりとなって上人を守られたことから、身代わり不動尊と言われるそうです。<br />今は、自動車の祈願所としても有名だそうです。

    根来寺 不動堂

    「三国一のきりもみ不動」で有名な不動尊を本尊に嘉永3年(1850)に建立されました。
    興教大師が難に遭われた時に身代わりとなって上人を守られたことから、身代わり不動尊と言われるそうです。
    今は、自動車の祈願所としても有名だそうです。

  • 根来寺 身代不動尊の参道<br /><br />帰り道には、「ようお詣りです」とあります。

    根来寺 身代不動尊の参道

    帰り道には、「ようお詣りです」とあります。

  • 紀ノ川市桃山<br /><br />街道沿いには、桃の直売所が並びます。

    紀ノ川市桃山

    街道沿いには、桃の直売所が並びます。

  • 桃のシャーベット<br /><br />あっさりした味で、暑い時にはお奨めです。

    桃のシャーベット

    あっさりした味で、暑い時にはお奨めです。

  • 紀ノ川市桃山の桃の直売所。<br /><br />和歌山と言えば、みかん、梅干しを思い浮かべますが、桃の生産も盛んです。<br /><br />和歌山、まだまだ見どころがありそうですが、今回の旅行で、ちょっとだけ知ることができました。<br /><br />和歌山、また訪ねたいです。

    紀ノ川市桃山の桃の直売所。

    和歌山と言えば、みかん、梅干しを思い浮かべますが、桃の生産も盛んです。

    和歌山、まだまだ見どころがありそうですが、今回の旅行で、ちょっとだけ知ることができました。

    和歌山、また訪ねたいです。

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この旅行記へのコメント (6)

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  • ralphinさん 2008/07/27 23:35:29
    紀伊旅行
    morino296さん。

    猛暑日にお疲れさまです。
    しかも急な階段の数々・・・。
    さぞ汗を掻いたことでしょう。
    沢山お寺詣りされたんですねー。

    和歌山城の天守閣って、会津若松城に似てる!!
    そういった意味でとても和歌山に親近感が湧きました(笑)
    そして西の丸庭園の御橋廊下、とても立派ですね!
    この日はお仕事のついでで?

    私まだ、和歌山って行ったことがないんです。
    熊野古道は歩いてみたいですね。

    ralphin

    morino296

    morino296さん からの返信 2008/07/28 06:39:11
    RE: 紀伊旅行
    ralphinさん

    おはようございます。
    いつも有難うございます。

    暑いですね!

    和歌山は、仕事のついでではなく、ちょっと用事があって出掛けました。
    紀三井寺の階段は、結構急なんですよ。
    お年寄りには、ちょっと危険ですね。
    紀ノ国屋文左衛門が母親を負ぶって上ったそうですが、危ないですね。

    和歌山城は、復元された天守閣ですが、市街地が見渡せて気持ちよかったです。
    会津若松城は、まだ行っていないので、行ってみたいですね。

    今日も暑くなりそうですね。気をつけてください。

    morino296@osaka
  • Luceさん 2008/07/26 16:36:00
    和歌山を堪能されたのですね
    morino296さん、こんにちは。
    猛暑の中、和歌山へのお出かけお疲れ様でした。
    紀三井寺は231段の急な石段とはかなりきついですね。
    でも上からの景色は絶景!
    お参りした甲斐がありましたね。

    お寺も好きですがお城も好きです!
    和歌山城は綺麗ですね。
    さすが「日本名城100選」。
    壮大な風景に暑さも忘れてしまいそうです。

    なかなか和歌山まで足を延ばす機会がないので
    morino296さんの写真で観光が出来て楽しかったです。
    次はどこへ行かれるのでしょう〜?

    Luce

    morino296

    morino296さん からの返信 2008/07/26 17:06:26
    RE: 和歌山を堪能されたのですね
    Luceさん

    暑いですね。
    いつも有難うございます。

    和歌山、なかなか行く機会はなかったのですが、
    用事があって出掛けました。

    この時季は、どこも暑いのでしょうが、和歌山も暑かったです。
    今回は、ほんの少しですが、歴史の勉強もできて、良かったです。

    また、明日から関西へ出掛けますが、
    あまりの暑さなので、行き先を決め切れずにいます。

    morino296
  • momotaさん 2008/07/26 00:42:15
    お城♪
    morino296さん、こんばんは〜。

    和歌山城〜♪城好きにはかなりそそられる優美な成りですね!
    復元とはいえ石垣など当時もまま立派で見ごたえありそう☆

    斜めに掛けられた渡り廊下真新しいですけど珍しいですねぇ。
    そういえばそんな造りって見ないですよね。

    前の旅行記に続き階段を登る、登る(^o^)
    この暑さでは途中投げ出したくなりますね。
    厄除の階段はなんだか御利益ありそうなので頑張っちゃいそうですけど。

    さぞかしもものアイスがおいしかったことでしょうね。

    私はこの夏は出雲方面に行くことにしましたー(^^♪
    せっかくなので12天守松江城も制覇してきます。
    いつもの通り、歩かぬ母を連れどう周るか思案中です。。。

    morino296

    morino296さん からの返信 2008/07/26 08:43:30
    RE: お城♪
    momotaさん

    おはようございます。
    いつも有難うございます。

    和歌山城、天守閣は再建ですが、なかなか良かったです。
    風の通る天守閣から市街地を見渡せて、気持ち良かったです。

    和歌山、あまり縁がなかったのですが、
    いろいろ見どころもあり楽しめました。

    旅行記には書いていませんが、
    和歌山は、優しくて人情味のある人が多いように感じました。

    夏休み、出雲・松江にお出掛けですか、良いですね!
    私も、随分前に行きましたよ。
    松江城も良かったし、鰻も美味しかった記憶があります。
    気をつけて、楽しんで来てください。

    morino296

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