2008/06/14 - 2008/06/14
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〜松坂屋社長 伊藤次郎左ェ門の別邸です〜
松坂屋百貨店 初代社長 伊藤次郎左ェ門祐民(すけたみ)が作った別邸です。
存在は知ってましたが、名古屋市の有形文化財に指定され庭園は毎日公開されていることは知りませんでした。テレビで放映されたのでさっそく見学に訪れました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
-
現存する揚輝荘は空襲から逃れた一部分で、伊藤家から土地建物が名古屋市に寄贈され、先日市の有形文化財に指定されたものです。
揚輝荘の藏ですので中にはお宝がたんまりと・・(笑) -
揚輝荘のシンボル的存在の伴華楼(ばんがろう)です。
名前の由来はもちろん「バンガロー」で、和洋折衷の建築様式が特徴です。
栄華を極めた邸宅は、数奇な歴史を歩みます。
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揚輝荘入り口です
入り口が広いのは、最近建設されたマンションの入り口を兼ねているためです。
億ションだったと思いますが・・(^。^) -
揚輝荘(ようきそう)
松坂屋百貨店創始者の第15代伊藤次郎左衛門が大正から昭和にかけて建設した別荘で、敷地1万坪の広大な土地に最盛時には30数棟の建築物があったとか
また、謎のトンネルが存在し有名になった邸宅です。 -
実際の揚輝荘の入り口です。
現在、一般自由公開されいるのは北園の6500?の池泉回遊式庭園だけで、近代建築の「伴華楼」の内部見学は抽選になってます。
なお、南園の聴松閣などはまだ公開されていません。 -
こちらは伴華楼の純和風部分でしょうか?
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伴華楼の入り口です。
石積みの柱につたの蔓?
ひょっとして車止めの玄関なのでしょうか?
お洒落な玄関です。
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内部は見学許可証を持っていないと入れません。
2階のテラス部分の造りが凝ってます。(^。^)
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2階の四角の穴はスライド式で閉めることができるそうです。
エアコンのない時代ですから、夏は涼しく冬は暖かくと考え出されたものでしょう。 -
洋風な部分ですね。
和風の中に洋装が入ってます -
洋風玄関を横から見ました
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柱の外にせり出した造りは、その名の通りバンガローの雰囲気を出している部分です。
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でも・・、壁にしている木材の貼り方は何と言うのでしょう?
チェック模様の柱は、室内に暖炉があり、その煙突だと思いますが
内部見学の応募してみたいです。(^_-) -
伴華楼の横にはお稲荷さんがありました。
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横からの入り口には、これまた凝った造りの壁が巡らされてます。
鬼瓦がはめ込まれてますが、かなり古い時代の陶器のようです?
とにかく、昔の金持ちはとても金持ちだったようで、現在の格差など比べようの無い差があったようです。 -
豊彦稲荷です。
商売繁盛を毎日祈願したのでしょうね(^。^)
松坂屋本店屋上にもある(?)そうで、本社は京都仙洞御所にあった御所稲荷だとか?
お祈りすればお金が貯まるのなら私もあやかりたい・・(笑)
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庭園に戻る下り階段ですが、あらっ、お狐様の顔がみえないわ(^。^)
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庭園の道です
右側にさきほどの豊彦稲荷社の石柱が見えます。 -
白雲橋です。
揚輝荘の、 もう一つの目玉です (^。^) -
屋根のある橋です。
どこかの有名な橋の真似をした造りとか?
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でも、今は通行禁止でして・・
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欄干にも技巧が凝らしてあるような・・
天井にも竜の絵が書いてあるとか?
もっとよく見てくるべきでした(-.-)
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白雲橋から先ほどの豊彦稲荷を見ます
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野外ステージの痕跡です
石段やベンチが半円形に並んでます
芸人を呼び、華やかなステージを演出したと思います。
昔のセレブ族なのでしょうね。 -
庭園内の散歩道の案内柱のようです。
もちろん今は通行止めですが、昔の広さが推測できます。 -
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右側の石柱の横には茶室の「三賞亭」があります。
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三賞亭内部です。
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池を見ながらお茶を嗜んだのでしょうね。
贅沢の極みかも? -
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にじり戸でしょうか?
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基礎の石積みも趣があります
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池には二つの島が作られてます。
一つは八丈島と名前が付いているとか?
白雲橋を見ますが木が多くきれいに見えません。 -
角度を変えるとよく見えます。
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島から三賞亭を見ます
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島から伴華楼はほとんど見えません。
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二つの島との間は小さな橋で結ばれてます
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小さなベンチもあるのですが、手入れがされていないので蚊が・・
(笑) -
この丸い石は石うすを利用してるとか?
でも、大昔の石幣に似てる。
お金が儲かるようにと願いがこめられてるのかも (^。^) -
庭園風景です。
もう少し整備しても良いような気がします
栄枯盛衰は世の常なれど、せっかく公開するなら、せめて「夏草」ぐらい刈り取ってからに願いたいものです。
数ヶ所、蚊に食われました。(爆) -
木が生い茂ると回遊式の美しい庭が見えません。
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緑はきれいですが・・
緑ばかりでも?(-.-)
いくら名庭園でも、庭師を入れ手入れしなければ観賞するには足りません。
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池にはカメさんも (^。^)
たぶん、昔は覚王山の高台から水が沸き出てきたと思います。
そう言えば、日泰寺の舎利殿の横には池があったはずです。現在は埋め立てられ駐車場になってます。
水が澱んでいるのもそうした影響があるのかも?
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池から南園へ向かってる小川でしょうか?
これ以上奥へは進めません。 -
謎を秘めたトンネル?
五色の石で飾られた橋でその下にはトンネルが・・
ここが、有名なトンネルなのでしょうか?(^_-)
何のために、作られたのでしょう?
謎が謎を呼びます (^◇^;) -
橋は入り口横から上部が見えます。
ここは、散歩道の一部なのでしょう。 -
北庭園を後にして南園に向かいます。
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途中にも豪邸があり、その表札には「伊藤次郎左ェ門」とあります。
門柱の造りもどこか揚輝荘によく似てます。
別邸ではなく松坂屋社長の本宅なのでしょうか?
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南園は扉が閉ざされてます。
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揚輝荘の南園にある聴松閣はまさに昭和初期の和洋折衷の建物ですが、まだ見学に耐えるような改装はされてないようです。
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公開されてるのは北庭園だけのお知らせです。
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門の中を写してみました。
こちらも藏でしょうか? -
揚輝荘座敷と思われます。
一時期、川上貞奴が住んでいたとか?
東区の文化の道にある貞奴邸ができる以前の話でしょうか? -
揚輝荘のかつてを思い巡らしますと、昔の地方財閥でも相当な力を持っていたと思われます。
皇族や文化人・政財界の要人の社交場で、園遊会などが催され「名古屋の迎賓館」と呼ばれたそうです。各界著名人の他に外国人も多数訪れ、留学生の受け入れも行っていたそうです。その中には、かつて中華民国行政院長を務めた汪兆銘(おうちょうめい)もいたそうで、空襲時には、例の謎のトンネルに避難し九死に一生を得たとか・・
伊藤次郎左ェ門
この時代に比べれば現在の姿は・・・
「夏草や 強者どもが 夢の跡」でしょうか? (^。^)
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外から見ると・・
これは、伴華楼の後姿ですが
土蔵作りには、まだ隣に建物が有ったことが分かります。
少しづつ削られていく?消えていく?
運命かもしれませんが、古き良き時代の名残は次世代に残したいものです。
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この地域は高級住宅街です。
この後は、千種公園のゆりの園を見に行きました。(^。^)
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